Cream3
「何しにきた、八神」
「情に強い貴方に、伝言が伝えられるとは思いませんでしたので」
苦虫を噛み潰したような社長に、男は気に止めた様子もなくさらりと返して、その鋭い視線を俺に向ける。
「そういう訳です。あぁ、勿論ご心配なく。新しい仕事先は、こちらできちんと紹介しますから」
居丈高なこの男は、八神。
社長の大学時代の同窓生で、法務省に勤める役人だそうだ。
社長がこの会社を立ち上げるに当たって、諸々の許可を取り付けたのがこの男らしい。
社長には、頭は固いが根は良いやつだ、と云われているが、採用時から何かにつけて邪険にされている気がする俺としては、正直好きになる要素がない。
実際今の台詞の何処が、根は良いやつになるのか解らない。
社長は好きだが、この男の評価に関しては、俺は意義申し立てたいところだ。
「ふざけんな。俺はこの仕事を止めるつもりはねぇよ」
八神を睨みつけて苛立ちを滲ませると、彼は面倒臭そうに溜息をつく。
「破格の待遇だと思いますが? 何がそんなに気に入らないんでしょうねぇ」
「当たり前だろ。俺はこの仕事が遣りたいんだ!」
「何故? 他の仕事と変わらないでしょう」
心底不思議そうな八神の様子に俺はその衿元を掴んでいた。
「ふざけんな。夢に入らないあんたはわかんないかもしれないけどな! どれだけの人間が、此処を必要としてるか」
「救世主になったとでも思っているんですか、君は」
冷ややかな言葉とともに俺の手を払って、八神は皴の拠ったシャツを直して肩を竦める。
「呆れますね。それこそ、不相応な力を手にした子どもの発言そのものじゃないですか」
「はぁ!? 俺の何処が!」
「それなら、こうしましょう。ただ辞めるのがご納得いただけないようですから、今回私の方にあった依頼を君に任せます。君を残す価値があるのか、きちんと結果を出してみせてください」
「おい、八神」
口を挟んだ社長に、八神はちらりと視線をくれて目を細めた。
「私はどちらでも構いませんよ。無理だと思うようでしたら、このまま辞めていただいても」
「ふざけんな! 遣るに決まってんだろ」
「おい、阿木」
「止めないでよ、社長。あんた、俺がうまく熟したからって、あとから撤回すんなよ」
「しませんよ。君が結果を出せるようなら、考え直しましょう」
「言ったな。証人は社長だ。その言葉覚えとけよ」
「えぇ。詳細は依頼人と相談した上で追って連絡します。今日の用件は、以上ですね?」
八神につられるように俺が視線を移すと、社長は僅かばかり目を細めて溜息をつく。
「まあな。あのな、阿木」
「大丈夫。俺も結構数熟してるしね。まあ、見ててよ」
くるりと踵を返して扉に向かうと、社長の声が追ってきた。
「悪いな、阿木」
「社長が気にすることないよ。じゃあ、またね」
俺は知らなかった。
軽く肩を竦めて後にした扉の中に、閉じ込められた真意を。
社長の言葉が何に対する謝罪だったのか。
俺がそのかん違いに気付いたのは、結局、最後の選択を迫られた時だった。