Cream1
駅から続く商店街は、俺のじいちゃんが生まれる前からあるらしい。
シャッター商店街なんて言葉がいろいろなところで聞かれるようになったけれど、此処はなんとかそれを免れて割と賑やかに日々を過ごしている。
商店街の中ほど、ケーキ屋と靴屋に挟まれた所に、ビルというのも気恥ずかしくなるような3階建てのこじんまりした鉄筋コンクリートの建物がある。
その最上階。
つまり3階が俺のバイト先だった。
「おはようございます」
「お前な。どこぞの芸能人じゃないんだから、夕方におはようもないだろ」
『Company:Cream』とイタリックの筆記体で書かれた、ガラス窓のついた扉を開ける。
途端に聞こえた呆れたような声は、曽我さんだ。
「えぇ? それじゃ、こんばんは?」
「こんばんは、は早いんじゃない? こんにちは、でしょう」
給湯室から顔を出した広野さんが、そう言いながら俺のマグカップに珈琲を入れてくれた。
それを見て、奥に座っていた手嶋さんが「僕にも頂戴」と手を上げる。
「手嶋さん、濃い方が好きでしたよね?」
「え? うん。好きだけど」
「これ、凄く薄いですけど良いですか?」
「えぇ? 嫌だなぁ」
広野さんが持ち上げたマグカップに、手嶋さんは整った眉を寄せて哀しそうな顔をした。
「じゃあ入れ直すので、ちょっと待ってください」
「ありがとう」
くすくすと笑って、広野さんは給湯室に戻っていく。
その間に俺は、自分のマグカップを一つ空いた席に置く。
此処、『Cream』は一風変わった仕事を売りにしている。
勿論、最近は珍しい仕事が多いのは事実だ。
人の話をただ聴いてくれる、「聴き屋」。
課題や宿題を代わりにやってくれる、「代行屋」。
迷惑なクレーマーを撃退してくれる、「苦言屋」。
なんてものもあるらしい。
そんないろいろな商売が成り立つでも、多分、これを扱うのは世界中でこの会社だけだ。
依頼人がいて初めて仕事は成り立つが、今の所お客には困っていないことを考えると十分に需要もあるのだろう。
この会社が請け負うのは、「依頼者の記憶を復旧すること」だった。