北千住にあるアパート
「起きて、ほら、起きろーっ」
「…うぅ…」
「ほら、もう二時だよ?」
「いや、まだ十時だ…」
「なに言ってんの!」
「その時計きっと左右が逆なんだ…」
「わけわかんないよ! ほら、仕事に行きなさいっ」
「ふゎぁぁぁー」
「早くしなきゃ。先生が遅刻なんてだめだよ?」
「あ、う…。そっか、ここゆかりん家じゃん」
「そうだよ。早く戻って着替えないと」
「あーぁ、めんどくさー」
「あたしも今日は夕方に会社に顔出すから一緒にいこう?」
「…うん。じゃあ、とりあえず顔洗ってくるね」
「ん。お腹減ってる?」
「トースト二枚分入るくらいかな」
「わかった」
「あ、そういや、シェービングジェルあったっけか」
「あ、なかったかも…!」
「まじかよー、やっぱ不便だな」
「だね」
「ま、いいや。帰ってから剃るよ」
「ごめんね」
「ううん、ゆかりは悪くないよ」
「切れてんの忘れてたからさ」
「家に二個あるから、今度持ってくる」
「そっか。それで、なに塗る?」
「待って…。うっ、冷てー」
「あっ、ていうか、イチゴジャムとバターくらいしかないや」
「なーんだ。じゃあ、バターのみでいいや」
「りょーかい。あたしはジャム使おうっと」
「あ、待って待って。そのジャムどこで買った?」
「え? って、あぁもう、ちゃんと顔拭いてよね」
「悪い。で、どこの?」
「スーパーだけど?」
「なんだ、普通のやつか」
「ああ、孝、いちごの里のやつが食べたかったの?」
「そう」
「あれさぁ、あたしけっこう前に食べちゃったんだよね」
「五、六個買ってなかった?」
「ああ、おとなりさんとか友だちとかにあげちゃった。あとお母さん」
「あーぁ」
「孝んとこにはたしかまだあったよね」
「うん。一個半」
「まだそんなにあるんだ」
「たまに食べると格別なんだよ」
「おいしいものは毎日食べたくないの?」
「おいしいもの毎日食べると飽きるじゃん。量と好きは必ずしも比例しない」
「あーはいはいはい」
「ゆかりのキスみたいにね」
「へ?」
「シチュエーションが大事」
「はは、孝は恋愛の塾で先生やればいいのに」
「愛の方程式? いや、さすがに気持ち悪いな…」
「…やっぱり孝はxとかyの方程式でいいよ」
「だな…っていうかジャムでいちごの里って書くなよ。怖い」
「気分でるかと。…ねぇ、仕事一段落したらまたいちごの里、行こうね」
「うん。山を越えたらな」