荒川河川敷
「え? 孝、今なんて言ったっけ」
「聞こえてないのー?」
「ちょっと電波悪くてさぁ」
「だから、俺たち、一緒に住もうって…あー、もう超恥ずかしいよ、二度言うとか…」
「はは、ごめんね。本当は聞こえてたんだけどさ、嬉しくて、つい」
「うわー、ひどい」
「でもそういうことはさ、電話で言わなくない?」
「思い立ったときに言わなきゃ、と思って。だけど、これからは仕事中でもない限りは一緒だから…」
「うはは、そだね。…孝、顔赤いでしょ?」
「かもしんない。だけど、ゆかり、うははってそれ、女の子の笑い方じゃないって」
「なんか、嬉しすぎた。いいじゃん? 周りに今、なーんにもないし」
「どこにいるの?」
「荒川の河川敷! ほら、金八先生のとこ」
「ああ、そこね。好きだなー」
「たぶんね、あたしは根っからの田舎もんなんだね」
「そーなのかな?」
「草の匂いとか、水の跳ねる音とかね、落ち着くんですよ」
「俺だって下町育ちだけど、そうだよ」
「ほんとう?」
「うん。やっぱ人間って動物だなーって思う」
「動物かぁ。そうなのかな」
「え? 違う?」
「ほら、やっぱり人間には感情があって、特別だから『望む』ってことができるわけでさぁ…って、難しいよね」
「そういうのは確かに人間ならでは、だよね」
「でしょう? だから、うん…。あれ、何が言いたかったんだろう、あたし?」
「つまり、俺は…」
「ん?」
「俺はさ、まぁゆかりが喜んでればそれでいいかなって」
「難しいもんね。大丈夫だよ、あたしすごく嬉しい。これまで長かったー」
「出会って、もう何年? うわ、本当に長かったな」
「高校生だったんだよ、あたしは。一、二、三…え! もう七年じゃない?」
「やっと同棲って、俺らすごいな」
「結婚は三十歳になってからかな?」
「はは、それはどうかなー?」
「待ってるからね?」
「ん?」
「待ってるからね、先生?」
「あ、うん。大丈夫。待っとけよ」
「うん」