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第七話 鍛冶屋vs騎士


第七話 鍛冶屋vs騎士


 カンカンと金属を叩く音が響く。

 音はエトワール城下町の一角。一軒の鍛冶場から発せられている。

 建物の中には数名の男達が作業に没頭している。みな、真剣な面持ちで仕事に勤しんでいた。


 厚みのある一枚の金属板に線を引き、線にそって金属を切り出す者。

 型に溶かした金属を流し込む者。

 剣状に切り出した金属を炎が滾る釜に入れる者。

 刃こぼれした包丁に研磨をかける者。

 歪んだ鎧を金槌で叩き、形を元に戻す者。様々だ。


 働く職人達の中にクーヤの姿もあった。ここでは武器や防具、鎌や包丁などの日用品の製造、修復を主に行っている。父親から受け継いだ鍛冶の技術を生かし、数日前からこの場所で働いていた。


 建物内は熱気に溢れかえっている。

 金属を溶かす為に高温の炎が炉に、熱処理して金属を硬くする為の釜にも火がくべられている。建物内はまるでサウナのようだ。

 職人達は滴る汗に気も止めず、目の前の作業を真剣に取り組んでいた。


 そんな場所に足を向ける二人の女性の姿があった。ラビとアリスだ。

 彼女達はフードを深く被り、顔を覆い隠しながら裏路地を歩いていた。

 町の人達との関係もそこそこ改善してはいるが、いまだ魔女という人種を受け入れない人も沢山いる。


 特に町の大通りを闊歩する貴族や魔術師達には魔女は許されざる存在だ。

 魔力は押さえ込んであるので、町の魔術師に気づかれることもない。だが、なるべく不必要な接触は避けるべきという理由で身を潜めるように裏路地を歩いていた。


 彼女達が町に赴く理由は多くない。

 食料はほぼ自給自足。薬も森から取った薬草の類を主に使っている。故に町に向かう事は少ない。

 町の中で向かう場所は精々3ヶ所と限られている。


 まず一つ目にクルツが勤めている教会。

 クルツの様子を伺うものではない。まして祈りを捧げに行くものでもない。

 クルツへ品物を売る目的の為だ。彼女達は森で取ってきた物の余剰分をクルツの元へ持っていき、金銭を受け取るか、または穀物と交換をしていた。


 二つ目に服を新調する為の生地屋。

 彼女達の成長と共に、クーヤから受け取った服は着る事が出来なくなった。彼女達がその事をクルツに相談すると、一軒の生地屋を紹介してくれた。

 仕立てには時間も金もかかるので布地だけ買う。仕立てはクーヤから貰ったコットを参考に自分達で行った。裁縫道具などもここで購入している。


 そして三つ目はこの鍛冶屋だ。

 布を切るための鋏や、獲物を解体するための刃物などをここで購入していた。


「すいませ~ん」


 店先でラビが声をかけた。

 奥の工房から熊のような体格の店主がのそのそと姿を現す。


「あいよ、いらっしゃい。……ってなんだ、魔女っ子か」

「魔女っ子って言うな!」

「なんでぃ、別にいいじゃねぇか」

「子供みたいじゃない。なんか嫌なの」

「俺からしたらお前らなんて鼻の垂れたガキみたいなもんだ。んで、今日はどうした?」


 二人が言葉を詰まらせる。互いの顔を見合わせては、口を開き紡ぐ。


「えっ、と」

「その……だな。……クーヤは、居るか?」

「ははぁ。なるほど」


 手招きをして工房の入り口まで連れて行く。

 さすがに工房の中までは入れる事が出来ないので、彼女達は入り口から顔を覗かせてクーヤの姿を探した。

 その時、店主が工房に向けて大声を張り上げた。


「おーい!クーヤ。魔女っ子が仕事の様子を見に来たぞ!!」

「ば、馬鹿!」

「おい、仕事の邪魔になるだろう」

「心配すんな……って、やっぱり気づいてねぇよあいつ」


 鍛冶場の片隅にクーヤは居た。

 その顔はいつに無く真剣な表情。工房に響くような声にも気に留めず、目の前の作業に集中していた。


「たくっ、作業始めるといつもこうだ。近寄って声かけるまで気づきゃしねぇ」


 店主が愚痴るが、隣に居る彼女達には聞こえていない。視線の先にはクーヤの横顔。


 この10年でクーヤの性格は変わっていた。先生の性格による所も大きいだろう。いや、子供から大人になったのだから変わらない方が珍しい。


 今のクーヤは冷めているというか、飄々としている。

 常にぼーっとしている様子で、時々深い思慮に耽った顔をする。かと思えばうたた寝していたりする。捕らえどころが無く、それが自然な感じであった。

 基本的に無気力、無関心。そして無愛想。

 だが今は頬を引き締め、力強い眼差しで刃にヤスリをかけている。完成図を頭に浮かべ、寸分の狂いも無いように一つ一つの作業を丁寧にこなしていく。

 そんなクーヤの横顔を、彼女達は頬を上気させて眺めていた。


「なんでぃ、惚れ直したって感じだな」

「……え、あ。いや……」

「職人が作業する顔つきは、まさに漢の顔よ。惚れたってしょうがねぇや」

「まぁ……うん。そう、だな」


 気の無い二人の返事にやれやれとため息をつきながら話を続けた。


「普段やる気なさそうな顔してんのによ、仕事始めた途端顔つきが変わりやがる」


 クーヤの作業を眺めながら、店主はにっとはにかんだ。


「実際良い腕してるよ。さすがあの人の息子ってだけはある」


 満足のいく仕事が出来たのか、クーヤは頷いた後、研磨を終えた刃を近くの壁に立てかける。そこでラビ達がいる事を初めて知った。


「お?ラビ、アリス……どうした?」

「や、やほ~」

「仕事お疲れ……」

「魔女っ子達が旦那の仕事ぶりを見学しに来たぞ」

「旦那じゃねぇよ、おやっさん……あ、ラビ火をくれ」


 クーヤが懐から細身の葉巻を取り出した。ラビの指先に灯された火に近づけ、葉巻の先端に火種を作る。タバコを吸うように煙を肺に満たし、口から紫煙を吐き出した。煙と葉巻独特の香りが周囲に満ちる。


「葉巻なんて、よく買えるな」

「葉巻の葉自体は安いよ。乾燥やら巻く作業は自分でやってる。安上がりだぞ」

「それでも嗜好品に回せる金はねぇって。まるで貴族様みたいだぞ」

「貴族ならパイプとか使うだろう。こんな葉っぱを巻いただけの不細工な物使わないって」

「葉巻なんてよく吸えるわねぇ」

「まったくだ」


 二人からの理解し難いという視線をもろともせず、クーヤは葉巻を短くする行為に没頭した。本来葉巻は吸い終わるのに1時間程かかるものだが、クーヤ手製の葉巻は細く、短くされており、数分程度で吸い終わる事ができる。


「しかし、魔力をちゃんと抑えられるようになったな。目の前にいても全然分からないぞ」

「クルツさんのおかげだ」

「町に来れるようになったしね。こっそりだけど」

「もう少しで仕事が終わるが、一緒に帰るか?」

「んー、折角町に来たし、クルツさんの所にも顔出してみようかな」

「そうだな、お礼を言いに教会に顔出してみるか」


 こうしてクーヤの仕事が終わった後、教会へと向かう事となった。




 教会は城下町の中心からは少し離れたところにあった。

 建物自体もこじんまりとしており、周囲を飾るようなものは一切無い。宗派は聖十字教会に所属していると聞いているが、このエトワールではあまり優遇されていない様子が外からでもわかった。

 がちゃり、と教会のドアを開け中に入る。


「おや?クーヤ君……ですか?」

「お久しぶりです、クルツさん」

「いやはや、帰ってきていたのですか。大きくなりましたね」

「ええ、数日前に。挨拶が遅れてすいません」

「いえいえ、お気になさらず……おっと貴方達も一緒でしたか」

「ああ」

「クルツさん久しぶり」

「はい、こんにちは」


 フードを被ったラビ達に笑顔で挨拶を交わす。彼女達に挨拶をした後、ぐるりと笑顔のクルツがクーヤに顔を向けた。


「さてさて……クーヤ君には色々とお礼を頂かないと……ね」


 くわっと普段細目なクルツの目が開眼する。その迫力にクーヤが一歩たじろいだ。ラビ達も一歩後ずさる。こんなクルツは見たことが無い。


「あー、こいつらに魔力の制御を教えてくれてありがとうございました」

「それは気になさらず。その事に関する感謝の気持ちは彼女達から既に貰っておりますので」

「他になんかありましたっけ?」

「おやおや、クーヤ君は昔の恩を忘れているようで」

「治療した事です?それなら父が料金を払ったはずですが」

「いやいや、彼女達にネックレスを渡したことですよ」


 笑顔で首を横に振るクルツにクーヤは恐怖を感じた。だが、表情には表さない。


「さぁさぁ、私に魔術文字を教えていただけませんか?」


 ズイズイとクルツが近寄ってきた。さらには逃がさないようにクーヤの両肩をがしっと掴んだ。子供が見たら恐怖で泣き出すような笑顔を浮かべている。ラビとアリスは互いの手を握りながらガタガタと震えていた。


「もう時効だと思いますがね」

「彼女達に無償で講義をしようとしましたが、ちゃんとそれに見合う物を返してくれましたよ。それを教えた本人が施しを受けると?」

「いや、ラビ達がちゃんと料金を払ったのは貴方を守る為でもあるでしょう」


 驚いた様子で掴んでいた肩を離した。開いていた目を再び細め、クルツは微笑みを浮かべた。


「ほう、それはどういういう意味です?」

「未だ魔女と呼ばれている者に牧師が施しを与えるなんて、クルツさんの立場が悪くなるだけです。こいつらは自分と同じ境遇にさせたくはなかったんですよ」

「まったくこの子達は……」


 照れたような微笑を浮かべるラビ達に、クルツは精一杯の笑顔を向けた。


「ふむ、そう考えるとクーヤ君、貴方もそういった意味があるのですか?」

「さぁ、どうでしょう」

「はっきり言えばいいじゃない。魔術文字は世間に知られてない。それをクルツさんが広めようとしたら、異端として扱われるからでしょ?」

「おい、人の心読むなよ」

「隠す気もなかったくせによく言う」

「私の心配までして下さるとは……なんと慈悲深いことだ、神に感謝を」


 クルツは感激のあまり、手で顔を覆った。

 涙を流しているように見えたが、指の隙間から再び開かれた目がクーヤを見る。


「ですが、私は騙されませんよ」

「ちっ」

「話を逸らせたと思ったのにねぇ」

「上手くいかないものだな」


 クルツの身を案じたのも一つの理由ではあるが、別の理由をクーヤは話したくなかった。

 魔術文字について知れば知る程に浮かび上がってくる疑問。

 それは、魔術文字をどこで教わったかという事。つまりは転生についても話さなければならないという事。

 転生についてはこの聖十字教会でも教えとして語られているが、それは単なる教えだ。転生したという話が本当にある事など誰も信じてはいない。ましてや他の世界から転生してきたかもしれない、などという内容を誰が信じるだろうか。

 納得のいく説明を考えるのはクーヤには億劫だった。


「私の心配してくれたのも確かでしょうが……隠している事もあるのでしょう。さぁ、迷いはいりません、私の前で告白しなさい」

「いやまぁ、それは言いたくないんですがね」

「あちらに懺悔室があります。そこでみっちり聞く事も出来ますよ」

「なかなか強情だなクルツさん」

「基本的に善い人だけどね」

「魔術文字に関してはどうしても聞きたいらしいな」


 ニコニコと笑顔で懺悔室の方を指差す。何が何でも聞こうとする姿勢にクーヤはうんざりした。

 今にも懺悔室に連れ去ろうとするクルツに、どう話を逸らそうかと考えていた矢先、教会の扉が開け放たれた。


「失礼します。クルツ牧師はいらっしゃいますか?」


 扉の向こう側から鎧を身に着けた長い髪を後ろで束ねた女性と、短い髪の女性が姿を現した。

 甲冑に包まれたその姿から騎士とすぐに理解できた。ラビ達は慌ててフードを深く被り、クーヤの背中に隠れる。


「これはこれは、ミリィセ様にリリカ様。今日はどういったご用件で?」

「ええ、この剣にもおまじないをして頂こうかと」

「クルツ牧師に祝福して貰うと武器が強くなった気がするからな」

「そう言って頂けるとこちらも嬉しく思います。畏まりました。それでは承ります」


 まじないとはクーヤが教えた魔方陣の事だろう。その事はクーヤ達にもわかったので、あえて聞く事はなかった。それよりも今はこの場から、クルツや騎士から逃げる事が優先である。

 剣を受け取っているクルツを尻目に、クーヤ達はそろそろと動き出す。


「おい、お前達。教会内でなぜ顔を隠している」


 髪の短い騎士が目ざとくラビ達を見つけた。ラビ達の姿を不審に思い、注意を促す。息を飲む音がラビ達から聞こえてきた。


「どうした、何故フードを取らない……」


 警戒した面持ちで、腰に据えられた剣に手を伸ばした。どうしようかと顔を見合わせる彼らに、もう一人の騎士から言葉がかけられた。


「……貴方達……魔女ね」

「なっ!!それは本当か!」


 髪を束ねた女性の指摘に、びくりとラビ達が体を震わせる。どうしてばれたのかと顔を上げたのがまずかった。


「やっぱり……」


 髪の長い騎士に確信はなかった。ただ、カマをかけ、相手の反応を観察していただけである。

 ラビ達は、はっとして顔を俯かせるが、すでに手遅れだった。


「何故魔女がここにいる!くそ、門番達は何をしているんだ!」


 鞘から剣を抜き放ち、ラビ達へと切っ先を向ける。今にも切りかかりそうな険悪にラビ達は怯えていた。


「なぁ、魔女が懺悔をしに来ちゃいけないか?」

「なんだお前は……一般人は下がっていろ!」

「下がれと言われても……こいつらは俺の友人でね。黙ってられねぇな……それで、魔女と呼ばれる者は神に懺悔することも許されないのか?呪われた存在という自分達を悲しみ、神に許しを請いに来ただけだ。そんな殊勝な行為も神は許してくれないと?」

「魔女は存在自体が悪だ!それが懺悔?笑わせるな!」


 クーヤの口から出まかせが次々と出てくる。感情に訴えかけるような言葉で相手を諭そうとしたが、一向にとりあってくれはしなかった。ただ、一方的に吼えるだけ。クーヤは落胆の表情でため息を吐いた。


「はぁ、平和的に済ませようと思ったが……猿相手じゃ話にもならねぇよ」

「貴様……騎士に対してその口の訊き方はなんだ!叩き切るぞ!」

「騎士ねぇ。騎士ってのは教会の中で刃物をちらつかせる馬鹿者の事を指すのか?」

「こ、の……無礼者が!」

「お前には言われたくない言葉だな」


 ピリピリとした殺意が、二人の間で交わされる。

 騎士は剣を構え、クーヤの様子を観察する。そしてすぐににやり、と笑った。クーヤのあまりに隙だらけの立ち姿に、大したことのない男だと高をくくった。

 クーヤはというと――。


(さて、相手のあまりの馬鹿さ加減につい挑発したが……どうしようか)


 自分の軽率な発言に後悔していた。


(さすがに騎士相手はまずいよな。怪我させたりしたら色々めんどそうだ)


 まず初めに逃げるという選択肢が浮かんだが、すぐに却下した。場所が悪い。

 クーヤ達と教会の出口の間に騎士達がいる。逃げ出すには身構える騎士を通り抜けなければならない。さすがに危険すぎた。

 かといって、迎え討つという事も考えていなかった。クーヤの懐には短剣があったが、出来れば使いたくはない。相手が切りかかって来たとしても、騎士に怪我を負わせたとなると、クーヤもラビ達の立場も悪くなるだけだ。


(なんとか、無手で切り抜け……ああ、そうか。剣を振りかざして来たのに無傷で捕らえられる。騎士にとってこの上ない屈辱だろうな)


 くつくつとクーヤが笑う。

 相手の力量を読み取り、自分の技量と量りあったうえで、相手を捕らえるという結論に至った。

 相手が攻めやすいよう、さらに余分な力を抜いて自然体に近い構えを取った。

 騎士が構えた状態から一瞬力を入れる。


「叩っ切る!」

「リリカ待ちなさい!」


 リリカと呼ばれた髪の短い女性騎士は、隣にいた騎士の怒鳴り声に体を硬直させた。飛びかかろうとした姿勢のまま顔だけを隣へ向ける。


「ミ、ミリィセ様?」

「連れがとんだ無礼を……。魔女だから、悪だからといって、許しを請いに来た者にまで刃を向けるのなら、この世の犯罪者はすべて斬首しなければならないもの」

「その通りだ、毎日が首狩り祭になるぞ」

「し、しかし!」

「貴方は黙っていなさい!神聖な場で剣を抜くなんて……貴方には後で話があります」

「はい……」


 髪の短い騎士――リリカは覇気を失い、しょぼんと体を縮こまらせ剣を鞘に収めた。彼女自身も、さすがに教会内で剣を抜く行為はやり過ぎたと反省を示す。

 そんなリリカを一瞥し、もう一人の騎士がクーヤを見据える。


「それにしても貴方……」


 長い髪を後ろで束ねた騎士――ミリィセと呼ばれた女性が、じっとクーヤの立ち姿を眺める。骨の隅々まで観察されるような視線に、クーヤは気分が悪くなってきた。

 観察する時間が経つにつれ、ミリィセの表情が険しさを増していく。身体からじわじわと殺気が滲み出ていた。


「貴方……出来るわね」

「いやいや、俺はただの鍛冶見習い。一般人だぞ」


 手を顔の前で横に振り、ミリィセの評価が間違いである事を主張する。折角この場が収まりそうな雰囲気となったのだ。無駄に争う事もないと、クーヤは考えていた。

 だがミリィセの考えは別だった。不思議な雰囲気を纏う男に興味を抱いていた。どの程度の力量を持っているのか試したい衝動に駆られる。


「ちょっと表で一戦してみない?」

「めんどくさいな、断る……と言ったら?」

「貴方と魔女との関係で色々嫌疑をかける事も可能よ」

「さらにめんどくさそうだ……わかった。その代わり、こいつらを無事に帰す事、それが条件だ」

「ええ、いいわよ」


 クーヤの了解を取った事に顔を綻ばせ、ミリィセは出口へと向かう。リリカがその後を追った。

 クーヤもその後について行こうと足を踏み出したら、両方の袖が握られた。不思議そうに振り返ると、ラビとアリスが心配げな表情で見上げていた。


「ま、なんとかするって」


 彼女達の不安を拭うように二人の頭を撫でた。




 ミリィセが選んだ場所は、教会から少し離れた空き地。邪魔になりそうな木も石も無い、少し開けた所であった。

 クーヤとミリィセの手には木製の剣が握られている。木剣はリリカがどこからか持ってきた物だ。ミリィセは素振りなどをし、具合を確かめている。対するクーヤは葉巻を吹かすだけだった。


「ミリィセ様、何故あんな平凡そうなヤツと?」

「平凡?……平凡ねぇ」


 見る目の無い部下に落胆するが、彼女はまだ未熟だから仕方ないと思い直し、丁寧に説明を始めた。


「一見隙だらけに見えるでしょ?でもその隙に打ち込もうと思った途端……隙が潰されていた」

「……えっ?」


 クーヤの目の前に立った時に試した事。幾度となく繰り返された見えない攻防。その掛け合いでミリィセはこの男は強い、と確信したのだ。


「面白いと思わない?私の殺気に全て反応して、対応していたのよ彼」


 興味が抑えきれないといった感情が言葉の端から伺える。意気揚々と木剣を振り続けた。

 リリカはその言葉が信じられない。


「しかし……あんな大した事のなさそうなヤツが……」

「剣士の体格ではないわね。でも盗賊……いや暗殺者のような雰囲気を感じたわ」


 素振りを終え、闘気に満ち溢れたミリィセがクーヤへと近づく。気づいたクーヤは立ち上がり、相手との距離をとって立ち止まった。互いの名乗りが交わされる。


「エトワール騎士団、第2部隊隊長・ミリィセ」

「日雇い鍛冶屋・クーヤ」


 互いが構える。開始の合図はすぐに訪れた。



 最初の一撃目はガツン、という鈍い音が辺りに響いた。

 その後は目まぐるしい攻防。相手の攻めを片方が受け、一通りの攻撃が終わったら攻守交替。その繰り返し。

 カン、カン、カン。と乾いた音が交わされる。

 状況はクーヤが劣勢、段々と攻撃の間隔が減っていき、守りに回る時間が増えてきた。

 ミリィセの下段からの打ち上げが、クーヤの木剣を捕らえる。木剣が空へと飛ばされた。

 結局ミリィセの勝利という結果となった。


「……負けだ」

「さすがミリィセ様!」


 リリカが喝采の声を上げるがミリィセは納得していなかった。


「貴方……ふざけてるの?」

「いんや、俺をどういう風に思ったか知らないが、これが俺の実力だ」


 クーヤの言葉にミリィセは反論出来なかった。

 相手がわざと負けた様子もない。

 手合わせしている最中も、これといってクーヤが手を抜いている様子は感じられなかった。ミリィセの剣を受ける姿も必死。反撃してきた剣筋も鋭かった。だが、何かが違う。その何かが理解できない。

 ひどい違和感だけがミリィセに後味の悪さを残していた。


「約束通り手合わせはした。これで帰らせてもらうぞ」


 ラビとアリスを連れ添って、クーヤはその場を後にした。勝者のミリィセが敗者の背を睨む不思議な結末で、この場は幕を降ろした。




「多少町の人達にも受け入れられたが、まだまだだな」

「騎士とか貴族とかは難しいだろう。あいつ等プライド高そうだし」

「むしろ、牧師のクルツさんと仲良くなれた事は救いよね」

「クルツさんか……あの人聖職者だが、なんか黒くねぇか?」

「ああいう人だ」

「……そうか」

「ちょっとクーヤと似た所あるかも」

「どうだかねぇ」


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