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第三十九話 欠けた歯車

人が求める真実の形は、

自分でも気づかぬままに、型を造っている。

その型がピタリと一致したとき、

人は感動できるものなのだ。



第三十九話 欠けた歯車



「という訳で俺達はオークを潰す」


 三度目のカマル村への訪問。相変わらずチャフとシルバ以外は厳しい視線をクーヤへと向けているが、彼の方は涼しげな顔で対応していた。


 クーヤ一人では道中の危険に対して何かと心細い。今回の護衛はショルとウィムがついている。そして、その場所にはサエッタの姿もあった。三人にもあからさまな敵意が向けられており、ショル達は頬を痙攣させた。サエッタは悪意を向けられクーヤの後ろで縮こまっている。


「ふむ、なるほどの。して、今回もただ会話しにきたのか?」

「力を……貸して欲しい」

「何を馬鹿な!? お前は頭がおかしいのか!」


 老狼獣人の一人が立ち上がり、怒声を上げた。老獣人達の煮え立つ感情をチャフが一喝し、諌める。


「暴言失礼した。しかし、その感情も理解出来る。わし等に関係の無い事であるのでな」

「その通り、こちら側からしたらカマル村は戦へと巻き込む形となる」


 鳥獣人や狐獣人とは条件が異なり、カマル村の狼獣人達にはオークという実害が今のところ無い。オークの討伐戦に勧誘するというのは、何も関係の無いカマル村の住民を巻き込む形だ。


「それが解っていながら……何故じゃ?」

「こちら側は……未熟な、欠けた所ばかりなので」


 欠点があると言うクーヤに対し、チャフは怪訝な表情を向けた。

 オワゾはカマル村よりも豊かに感じている。食料を交渉材料に出来るくらいには潤沢で、人間と様々な亜人が集っていながらも関係は良好と聞く。カマル村を襲った魔獣達をいともたやすく薙ぎ払う武力も有るのだ。

 そして、それ以上に目の前の男は抜け目がないとチャフは感じていた。


「我らの力を借りたいと?」

「その通りだ。狼獣人の強さはよく理解している。一緒に戦って欲しい」


 長同士の会話であるが我慢ならず、老狼獣人の一人が再び声を荒げた。


「力を貸せだと? ふざけるな。お前の村には脆弱な人間や、あの弱い兎獣人達ばかりなのだろう!? そんな者と一緒に戦えと言うのか!」

「そりゃ価値観の相違だ。亜人にはそれぞれ特殊な能力がある。それぞれの力を上手く使えば誰も見劣りすることなど無い。勿論、弱い人間も、な」


 狼獣人は筋力があるため、力と速さがある。だがしかし、戦う方法は別に肉弾戦に限る事では無い。

 確かに兎獣人の力は弱いが、聴覚が優れている。事前に危機を察知する力に特化されているのだ。他にも鳥獣人は風を読む感覚や遠くを眺められる目があり、高い弓術の技術が備わっている。狐獣人は魔力が高く魔術に対する知識が豊富であると聞く。


 どの能力もそれぞれ特長が有り、その力は生きるという事に繋がっている。力任せに近距離で相手を倒す事だけが戦いではない。危機を事前に察知し逃げる事も、遠くの敵を見つけ出し弓で射る事もそれぞれがその種族の戦い方なのだ。


「ぐむっ……」

「力だけでなく強さには様々な形が有るのは認めざるを得ん。わし等は狩猟民族じゃ。戦いを好む気性は有る」


 皺の寄る口角を震わせ、チャフは話を進めた。


「だがそれは、春から秋にかけて自然の恵みと魔獣を狩り、冬は秋に狩った魔獣を食料としての生活なのだ。その流れは森の一部として完成されておる。流れを逸脱するような無用な戦いは必要としておらん」

「完成されている……か」


 自然との一体化。

 字面はとても綺麗で無駄が無いように感じられる。その生き方で人としての生活が成り立っているのか、と感想を抱くのは身勝手かもしれない。ハーグという森の中に住む以上、他の部族も森の一部としての生活なのだから。

 ただ一つ進言するならば、その生き方は強いられていたものではないだろうか、という点だ。


「口を挟んで悪いが、こちらからしたらその流れは此処の環境に仕方なく折り合いをつけているとしか感じられない」


 カマル村の現状は、足りない部分が多々有ると感じた。作物を育てる事も出来ず、かといって森の恵みだけでは筋力を維持する事が出来ない。狼という狩猟本能にもよる所があるのだろう。

 果実だけではどうする事も出来ず、周囲に得物となる動物が居ないので仕方なく、しょうがなく魔獣を狩って生きている。この流れは自然なのだと諦めての現状維持だと彼は感じていた。


「わし等の生き方に口を出そうと言うのか?」

「そうじゃない。俺は互いに足りていない物を補いたいだけなんだ」

「オワゾはハーグ内のどの部族よりも満ち足りておるだろう……クーヤ殿はそれ以上の、完璧な居場所を求めておるのか?」

「完――璧?」


 声に出しはしなかったが、クーヤは腹を抱えて笑いたい気分だった。


「この世で人が造り上げたモノに完璧などというのは何一つ無い」


 そもそも不完全な人の作る物が完璧に仕上がるという矛盾。

 物事に終着点を見つけて、その場所に到達した事を完成と呼ぶ事もあるだろう。その道筋の間にある問題を全て解決し、完璧な仕上がりと思い違いをする事もある。

 だがそれは、それを行う人物が見つけ出した着地地点。不完全である人が勝手に決め付けた終点だ。


「完全? 完璧? 口にするのも馬鹿らしい言葉だ。俺達は皆欠けている。どこもかしこも欠けている。なにかが足りない。完全なものなんて一つもない。人は皆不完全だ」


 何かに特化した能力を持つ者も居る。全体的に能力が高いものも居るだろう。それとは逆に、自分にはこれが不得意だと劣等感を抱く者も居る。自分には優れた所など何も無いと塞ぎこむ者も居るだろう。


「完璧と思える人物もいるだろうが、それは幻想だ。そいつは欠けた箇所が少ないだけで、どこかが欠けている。それでも完全と思えるのは、そう感じるやつの欠けている箇所が多いだけだ」


 クーヤだからこそ言える言葉。珍しく彼が零す本音。

 剣士になれる体格も無く、魔力においては平均的な量しか備わっていない。彼自身劣等感の塊だ。

 そんな事を愚痴れば、彼を知る者は「誰も知らない知識があるだろう」と反論するかもしれない。だがクーヤの知識は今の世間にとっては狂言である。それが本当に正しいかなど、誰に理解出来るものではない。


「俺たちは皆、欠けた歯車だ。そんな欠けた歯車同士が世界に集まってるもんだからこの世はどこもかしこもギクシャクして、上手く回っていかない。かみ合っていない。そして狂っていく」


 彼は自身の歯車が大きくない事を理解している。

 だからこそ彼は求めた。筋力が無いながらも力量を把握し、自分に合った動かし方を見つける事を。様々な知識をさらに深めようと、足りない物を道具で埋めようと、低い能力を技術で補おうと。


 クーヤよりも遥かに大きい歯車を持つ魔女達。その大きく、でも欠けた歯車である彼女達。その間に立ち、世界が上手く回る事を想って。


「かみ合う歯車が必要だ。自分に欠けたものを補う別の欠けた歯車が」


 そしてその考えは今や個人同士の話ではなく、人同士の枠を超えて人の集合体である村同士の巨大な歯車を思い浮かべた。


 村という歯車の集合体を一個の巨大な歯車に置き換えて、オワゾとカマルの歯車を噛み合わせる。一つでは空回りを続けていた物へもう一つ補う事で歯が噛み合い、回っていく。

 互いに欠けた者同士、上手く合わない所もあるだろう。だがそれでも、世界は今より少し大きく回るのだ。


「そなたらに欠けた箇所を補うのがわし等という事か……」

「その通りだ。オワゾには欠けている箇所が多すぎる」

「わし等が力を貸す事で、おぬし等の隙間が埋まるかもしれぬ……だが、そなた等はわし等に何を与える事が出来る?」

「…………子供が、笑顔で外に出れる居場所を」


 汚染された魔素の研究はまだ完成されていないが、相変わらず危険性の高いモノだと言う認識には揺るぎが無い。そんな危険物質を子供に摂取させているという現状は、彼にとって許容出来ないものであった。


「……どう言う意味じゃ」

「俺達の目的は知っているか?」


 シルバからオワゾの詳しい内情はカマル村の皆に説明されている。チャフは一度だけシルバへ視線を向け、すぐにクーヤへと戻した。


「ふむ、シルバからオワゾの……いやクーヤ殿の目的を聞いておる。海を目指すようじゃな。それを成す為に戦力を集めていると」

「ああ、正確にはこの森と海を魔獣の手から取り返す」

「しかし……この森から魔獣が消えるという事は――」

「魔獣が消えたら? 身近にある脅威が無くなり、魔獣の餌になっている動物も家畜として飼えるだろう。今は可能性の範囲だが、畑に植物を育てる事も可能になるかもしれない。そうすれば仕方なく魔獣を喰う必要も無くなる」


 クーヤの言葉はオークとの戦いに限定されず、その後の戦にまで及んでいた。

 どよどよと周囲がざわめく。本当に出来るのかという疑惑の声や、もし出来ればという希望が生まれた声。


 ざわめきに耳を傾けながら、クーヤは頭の中で未来を思い浮かべる。


「想像して欲しい」


 そして目蓋を閉じた。


「春には植物の芽吹きと共に暖かな日差しを全身に浴び、夏には暑さを紛らわせる為に海へ出かけ、秋には実った果実や畑で育った野菜を一緒に収穫し、そして冬は雪の中を元気に駆け回る。そんな子供達が笑いながら外で過ごせる日々を……」


 つらつらと浮かべた情景を言の葉に乗せ、語る。彼等に自分の思いを共有して欲しい。その未来は直ぐに叶える事は難しいだろう。数年かかるかもしれない、十年単位かもしれない。それでも、いつの日か叶える事を願って。


「狼獣人の力無くして、その未来は無いと考えている」


 そうしてクーヤは頭を下げた。

 クーヤの行動に周りからどよめきが漏れた。亜人に人間が頭を下げる。そんな行動を行った者を見た事など一度たりともない。


「だから頼む、オワゾに力を貸してくれ」


 沈黙が長引く。

 チャフの眉間には皺が寄せられ、他の重鎮達も押し黙ったままだ。仲間になれと言っているわけではない、下につけと高圧的でもない。クーヤからの要求はただ一つ、子供が健やかに過ごせる場所を造るために手を貸して欲しい、それだけだ。


「おぬしに伝えておきたい事がある」


 やがてチャフはその引き結ばれた口が開いた。


「わし等は飼いならされた肉は好まぬ」

「そうだったな。狩猟民族、大いに結構。ならば魔獣が消え失せた後は、普通の獣を狩ればいい」

「二つ目、弱い者達と共に戦うのは我慢ならん」

「今度、オワゾの力を証明しよう」

「そしてもう一つ、カマルの狼を――」


 そこで一旦言葉を区切る。今まで温和であった表情が一変した。

 目は大きく見開かれ、顔は怒りに猛り狂う狼へと変貌。老いながらも筋肉は隆起し、白い体毛に覆われていく。そこにはまさに百戦錬磨の戦士の姿があった。


「飼いならせると思うなよ」


 喉の奥から低い、地鳴りのような音が吐き出された。

 殺意を越えた恫喝にショルとウィムはとっさに身構える。サエッタはクーヤの身体にすっぽりと収まる程に縮こまっていた。下手に返せばそのまま首を噛み千切られそうだ。


「いいね、その目。俺はその強靭な精神力に惹かれている」


 何事にも屈さず、何者にも尾を振らず。

 カマル村の住人で一番気に入っているのは、その気高いまでの精神だ。


 威嚇に動じないクーヤの様子にチャフは鼻から息を漏らしていた。獣化は解けていき、暫くの逡巡後に視線を彼へと向ける。


「……少し、時間をくれまいか」

「了解した。こちらも準備が必要だ。また邪魔させていただく」


 これからの事を重鎮達と話し合わなければならないだろう。

 考える時間が欲しいのはオワゾとしても好都合だ。兵達の熟練度を上げ、オーク村の下調べも出来る。

 獣型の魔獣が冬眠した後ならば手を貸す事は可能かもしれない。そんな事を考えながらカマル村を後にした。







 クーヤがチャフとの交渉を行っている頃、ラビとピピンによる話し合いも終わりが見えてきた。


 一晩、鳥獣人の里に泊まる事となった。ラビに設けられた一室はこの会議室だ。本来は野宿で済まそうと思っていたが、客人にそんな無礼な事は出来ないとピピンは此処に泊まれば良いと提案した。他の住人の所へ人間を泊まらせない方が良いという配慮もあっただろう。

 最初はピピンの寝所を貸す案があったが、それは流石に断った。ついでに食事は自分の分を持ってきた、といういい訳で断った。


 鳥獣人の姫として毅然とした態度はそのままだが、目が充血している。例え階が違おうとも、人間が自分の住居に泊まるのは気が休まらなかったのだろう。

 その事を指摘せず、ラビは話を進めていく。ラビから出された提案をピピンが質問して内容を明白にしていった。


 やがて説明は全て終えた。ラビはあまり長居してもピピンのストレスが溜まるだけだと感じ、直ぐに村を後にしようと席を立ち上がる。そんな彼女にピピンは最後に、と声をかけた。


「一つ聞きたい事がありますわ。あれほどの高威力、全てを薙ぎ払う力を持っていれば私達の力など必要無いのではなくて?」

「貴方、本気で言ってるの?」


 何を言い出したのかという表情を向けたが、ラビは驚いていた。

 気丈に振舞ってはいるが、内心人間を目の前にして恐怖を押し隠すのに必死だと思っていた。話の中で疑問に思った事を質問するのに精一杯だと思っていた。

 しかし、彼女はそれ以外の部分も見る視野の広さがあった。その冷静さは時を共にするにあたり、この人間は急に襲ってくる事は無いと認識してくれたのならありがたい。


「確かに現状の戦力でもオーク達と戦う事は多分可能よ。でも私達だけでやるなら手加減する余裕は無いわ。手加減というのも語弊だけれど」


 今回の遠征でオークの縄張りが考えていた以上に広い事は解った。

 元よりオークの村について調査する必要はあったが、村の中心部の詳細は得難いだろう。最後の詰めは最前列の者達へ判断を任せる場面が出てくるのは目に見えている。


「オークに捕まった男性は肉として、女性はオーク達の苗床とされているのは聞いてるわ。それは確かよね?」

「……ええ」

「私達だけでやったら形振り構わない殲滅戦となるわ。そこに捕らえられている貴方達の仲間が居た場合、助けられない可能性は高いでしょうね」

「そう……ですわよね」

「少しだけど、まだ時間はあるわ。他の人達とも話し合って結論を頂戴」


 そう言い残してラビとイチロー達はその場を後にした。

 一日ぶりに会ったイチロー達はご満悦な表情をしている。久々の帰郷で仲間と家族と過ごす事で充実したのだろう。


「ふふっ、殴られた、叱られた」


 ただ一人、ジローだけは頬が腫れている。長い間姿を眩ませていたのに、一晩帰ってきただけで再び留守番を頼んだ事によるものだろう。あまり触れない方が良さそうだ。


 里の丘を降りると、一直線に集合場所へと駆けて行った。

 里を出る前にアリス達から連絡は入っている。木々の高い森の中からでもよく見える氷柱。その場所に辿り着くと彼女達は再会の挨拶も程々に互いの情報交換を始めた。


「どうだった?」

「はっきりとした返事は貰ってないけれど、悪くなさそうよ。長が人間不信っぽい感じだけど、参戦してくれるでしょうね」

「そうか」

「そっちは上手く行ったの?」

「ああ……二つ返事で了解を貰った。だが、その潔さが逆に不気味だ」

「ふぅん。狐獣人の長はどんな人物?」


 アリスとルーシィが押し黙る。何をどう表現して良いものか、上手く言葉が出てこない。


「どうしたの?」

「いや……すまない。表現が見つからないんだ。ともかく私達では彼の意思を把握しにくい」

「一筋縄ではいかない感じでしたね。今回の件については利害が一致していますので、裏切る事は無いと思いますけれど」

「そ、なら後は捻くれた者同士にまかせましょ。通信機は渡してある?」

「私のを渡しました。まぁ、魔術に長けた狐獣人に必要かというのは疑問ですが、初めて見る魔術道具に興味津々でしたよ」


 一番喜んでいたのが狐獣人の長だったというのはアリスとルーシィだけの心に留めて置く事にした。それが演技なのか素なのかは彼女達では判断出来なかった。


「ま、帰るとしましょうか。遠足は帰るまでが遠足よ」

「ラビ殿! 帰りは穏やかに帰る事を望みます!」

「そうだな。帰りはまた別のルートから行ってみるとしよう」

「さっさと帰ってお風呂入りたいです」

「同感だ。だが情報収集も重要だ」


 オーク達の縄張りが何処まで広がっているか確認しつつ彼女達はオワゾへと帰っていく。デッドライン(侵してはならない限界)を明確しようとするあまり、帰りも森の中にはイチロー達の悲痛な叫び声が木霊した。







 イチロー達の絶叫が響いている最中、クーヤ達はオワゾへの道を馬で駆けていた。揺れる馬体の上で、彼は後ろに腰掛けるサエッタへと声をかけた。


「悪かったなサエッタ、怖い思いをさせて」

「……大丈夫、慣れてる」


 会合の最中、ずっと後ろで服を握り締めて震えていた。にも関わらず強がるサエッタへ頭を撫でてあげたいと感じた。


「子供の話を振ってみたが、彼等は何を考えていたか解ったか?」


 サエッタを連れて来たのは言うまでも無い。堂々と正面からの諜報活動だ。チャフ達には子供でも護衛がつけば此処まで来られるという証明、そしてカマル村の子供達との遊び相手として連れて来た、と嘘を吐いたが。


「…………あそこの子達、半分は病気してる」

「そんなにか」


 沢山の子供達の苦痛が聞こえてきたと言う。

 人間に一族の弱みを見せたくないというのは理解出来るが、どんな症状であるのか程度は確認しておきたかった。まだそこまでの信頼関係ではないと諦め、今後治療へ赴く時のためにその準備をしておかなければならないだろう。


「治療班の強化をしなければならないな」


 ぼそりと呟く声は蹄の音に紛れていった。

 どの道、これから激しい戦闘が繰り広げられるのだ、治療を行える者が多いに越した事はない。


「クーヤ君、ちょっと聞いてもいいですか?」


 二人の会話が途切れたのを見計らい、ウィムはクーヤとサエッタが乗る馬へと近づいて質問を投げかけてきた。


「なんだい?」

「一国を揺るがすほどの力を持つ魔女がオワゾには5人も居ます……オークを滅するのにカマル村だけでなく、他部族の力は必要としていないでしょう。本当の目的は何処にあります?」

「流石ウィムさん、察しが良いな。正直に言うと、確かに今の戦力だけでもオーク達を滅ぼす事は可能だ」


 オーク達の縄張りから逃げ出す事が出来た。その前例はつまり、彼女達の力と地形の把握さえ怠らなければ、被害を出さずに滅ぼす事が出来るだろう。

 方法なんて幾らでもあるが、正面からの突撃では例え彼女達であろうと危険な事には変わりない。ヒット&アウェイを繰り返し、じわじわとオークの戦力を削っていく。知能の低いオークの事だ。何度も同じ手に引っかかってくれるだろう。削りきった所へ攻めれば被害は最小限に留められる。


「だが、それじゃ意味無い」


 そう意味が無い。

 オワゾの戦力でオーク達を滅ぼし、他の部族に自分達の力を見せ付ける事も可能だろう。だがそれでは、オークを滅ぼし、この森での王座を奪った人間の村という認識にしかならない。

 それはそれで交渉が上手く行くかもしれないが、恐怖という重圧による交渉など人間の苦手意識を増幅させるだけだ。素直に聞く所もあるだろうが、それ以上の関係は見込めない。


「俺達だけじゃなくて、他の者も含めて皆で勝ち取った場所という認識にしたいわけだ」


 パーティをやるならば、大勢で、盛大に。皆と一緒に戦った。そんな共通意識を芽生えさせる為の共同戦線。それはオワゾと他の村に限った事では無い。オワゾ内での連携意識についても言える事であった。


「そしてそれは、今後の関係に深く関わる」


 結局、彼が目指しているのは森と海の魔獣を排除する事。オークの討伐は、その予行演習であると考えている。


「あまり、見くびらない方が良いと思いますよ」

「そうだな、だからこそ準備はちゃんと整えなきゃならん」


 可能な限りの情報収集。兵達の熟練度向上。計画の詰め直し。物資の調達。考える限りやっておきたい準備など山ほどある。残りわずかな時間で、その全てを満たせるなど思ってもいない。だが、時期的には今を逃して他に無い。


「俺は武器製造に取り掛かる。ウィムさん達は兵の訓練をお願いしたい」


 彼等にとっても魔獣は要らない障害物だ。獣型、植物型の活動が休眠する冬の中盤。その時、オークとの決戦は開かれる。


 ウィムがコクリと頷き二人の距離が離れていく。「わかりました」との声は徐々に掠れていき、最後の方は蹄の音に紛れていった。




「そう言えば鳥、狐獣人共に村の名前が記載されていませんね」

「互いの村を説明する時に入れ忘れたみたいよ。せっかくだから何処かの場面で明かすみたいだけれど……」

「何をやっているんだまったく」

「まぁ、そんな事はどーでもいいです。次の手紙を見せて下さい」

「次は……これだな」

「読み返してみると、手紙っていうより状況報告書よね」

「らしいと言えばらしいがな」


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