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第三十八話 訪問勧誘

第三十八話 訪問勧誘



 森林の臭いを含まない無味乾燥な風の臭い。乾いた風がアリスの頬を撫で、艶やかな長い髪を揺らしている。目の前でなびく髪を邪魔そうに耳の裏側へ梳きながら、彼女は遠くを見つめた。


 ラビ達と逸れてしまった。

 オークの村からかなりの遠回りをしたはずだったが、予想以上にオーク達の探索範囲は広かったのだ。オークを先に見つけようにも、鷹の目は障害物の多い場所ではあまり意味をなさない。段々と包囲網は狭められていき、気づけばアリスとルーシィだけになっていた。


 奇怪な鳴き声が聞こえるが、直ぐ近くに居るという感覚は無い。

 二人は、広大な景色をじっと見つめ続ける。視界に映るのは逆に目が痛くなりそうな濃い緑が広がるばかり。

 この森は果てしなく深い。そしてそれは、彼女達が目指す最終地点の近くまで続いているだろう。少し目を遠くへ向ければ、微かに光る水辺が見えるような気がした。


「……何時まで此処に居ればいいんですか?」

「向こうの状況が一段落したら、かな」


 緑色の地平線が続く世界に、パッと爆ぜる木々の破片と光が芽を出した。遅れて低い爆発音が響いてくる。足元が揺れるのを二人は感じた。

 爆発があった付近を見据えながら、アリスは鞄に手を入れ中身を物色する。目的の物を掴み、取り出した手の中には小さい木箱が一つ。


「結構離れましたね」

「そうだな。しかし相変わらずラビの力は派手だ」

「火の力で派手じゃないモノなんて無いですよ……それに、アリスさんも人の事言えません」


 やれやれとため息を一つ吐きながらルーシィは視線を下へ落とした。


「お、ラビ達から来たな」


 アリスは木箱を耳に押し当てながら数度頷き、やがて木箱に向けて声を発し始める。隣に居るにも関わらず、ルーシィは彼女の喋る声が聞き取れなかった。風が吹き、ルーシィは一度だけ猫耳をピクリと動かす。


「うん、やはり此処からならイチロー達の里より狐獣人の里の方が近いらしいな。私達はこのまま狐獣人の里へと向かうと伝えておいた」

「便利な物ですね。通信機というのは」

「クーヤが作った物だ。不便な物のわけが無い」


 通信機である木箱を鞄の中へしまい込む。

 構造は小さい木箱に術式が描かれ、羅列された文字の中心には緑色の鉱石が一つはめ込まれている。

 機能は声の受信と送信。回路は術式、動力は魔吸石。


 ラビとアリスとの再会を果たした後に見せてもらった魔吸石。その鉱石には強化魔術が施されている。強化されていない魔吸石では耐久力が少なすぎて直ぐに壊れてしまうほど脆かった。

 魔力が封じ込まれ、紅や蒼に染まった鉱石を見つめながら、クーヤはそれを電池としての使い方を見出した。


 取り込んだ魔素を取り出す為の研究。汚染された魔素の研究を始める前に完成させた魔吸石の研究。取り出し方は理解したが、同時に問題にも突き当たった。

 強化魔術を施しているにも関わらず、石から魔力を放出し、再度魔力を込められるほど耐久性は増してはいない点である。


 魔吸石に一度魔力を込めた後は、使い捨ての電池となってしまう。

 そうなるとあまり浪費する事も出来ず、使い道に悩んでいたが、今回の遠征で彼女達に通信手段として持たせる事に決めたのだ。

 魔力を込める作業は、ウィムとニールに頑張ってもらった。


「作ったおもちゃで誰かに遊んでもらいたい……そんな目でしたけれどね」

「そう言うな。確かに隠密性は無いから玩具っぽい感じではあるが」


 術式はウィムが奴隷商人を連れて来た時にクーヤへ発した魔術の文字版だ。

 自分の声を指定の場所へと風に乗せて飛ばす手法で、その場所に魔術に精通した者が居れば誰でも受信出来る魔術。風に含まれる魔力を感知出来れば誰にでも受信出来るという秘匿性の欠片も無い情報伝達手段である。


「こうやって連絡は取り合えたんだ」

「まぁ、解り易い目印もありますしね」


 ルーシィが足元の氷をコンコンと叩いた。


 特定範囲内の不特定多数に送るメッセージ。無線機や携帯ほど便利な物ではないが、離れた場所へ声という情報を送る事が出来るこの術は生活の中で活用されている。


「……それで。これからどうします? このまま足場を作って向かうのも良いですし、私が鳥にでも変化して優雅に飛び回るのも良いですね」

「悪いが、今度オークに出会ったら氷漬けにすると心に誓っていたんだ」


 そう呟いてアリスは足元へと手をかざした。ピシリと亀裂が走る音が連続し、幾重にも連鎖し、線が繋がり合う。


「はぁ……アリスさんはもう少し冷静な人だと思ってたのですが……」


 ルーシィによる軽い抗議の声は、落下による風切り音に紛れアリスの耳に届く事は無かった。


 森の中に突き出た氷の塔が崩れ落ちる。

 大きい塊、小さい塊。無数の破片を煌かせながら落ちていく。氷片を足場にしながら落下速度を調節していく彼女達。その先に、氷柱を囲っていたオークの群れの姿を見つけた。

 どの顔も、一体何が起きたのか理解していない呆けた表情をしている。オークの手には握り締められた斧や鈍器がある。今まで必死に氷柱を壊そうとしていたのだろう。無駄な努力を褒めてやりたい。


「疲れただろう。存分に休むと良い」


 オーク達に手をかざす。

 自由落下に任せていた大小の氷片が一瞬だけ止まり、今度は意志を持って動き出した。落下速度を上回るスピードで氷の群集はアリスを追い抜いていく。

 前回、追い回された事を思い出し、彼女は唇を歪めた。


「さぁ、終わりの時間だ」


 空を見上げるオーク達の目に映ったのは、くすんだ青。まるで空が落ちてきたかのようなその光景。急いで逃げ出そうとするが、どの塊も自分を捉えて追ってくる。逃れられない氷の雪崩れに彼等は恐怖した。


 強靭な肉体を誇るオーク。その誇りを打ち砕く氷片の重量、速度、硬度、そして鋭さ。アリスの力はオークが自慢する鎧を遥かに上回った。


 蒼い氷を花芯にし、紅い花弁が開花する。

 地面に次々と出来上がる造花。押しつぶされ。貫かれ。叫び声を上げるオーク達の悲鳴は、崩れ落ちる音に紛れていった。


「ふむ、まぁこんな所か」


 一際大きな塊の上に降り立ち、アリスは細かい破片が絡みつく髪を一度だけ拭い払った。遅れてルーシィも傍へと着地する。


「ラビさんの事、言えないじゃないですか。力の使い方が派手ですよ」

「たまには良いじゃないか」

「そうですね……ああ、まだ周囲に居ますね」


 奇跡的に攻撃範囲から逃げ出せたか、逃げ場を失くすために離れて潜んでいたのか。森の奥にはまだオーク達の姿がちらほらと見える。凶悪な力を目の前にしてこちらの様子を伺っているようだ。


 手を開いて、握る。ルーシィの両腕が薄く、とても細い形に伸びていった。腕は何処までも伸びていき、やがて彼女の足元へと到達した。


「アリスさん、身をかがめた方が良いですよ」


 氷塊の上へと渦を巻く紐のような彼女の腕。鋼の色をしたその身が動き出し、先端が蛇の頭のように立ち上がる。得物を見つけた蛇は一足飛びに森の中へと消えて行き、縦横無尽に木々の間を駆け巡った。


「散りなさい」


 ルーシィの肩が動いた。

 巻きつけた紐を肩で引き、徐々に腕の体積が増えていく。


 そこらじゅうに生える木ごと切り倒される音が響いた。アリスの水鉄砲のような容易さだが、切れ味はそれほど鋭くない。さながらチェーンソーで強引に切ったかのような切り口だ。


 ルーシィの腕が元に戻る頃には覆い茂る木々は切り開かれ、彼女達を中心に円形の空間が出来上がる。その地面をざっくばらんに切り刻まれた肉塊が周囲を汚していた。


「ルーシィだって人の事言えないじゃないか」

「そうですか?」

「ああ、派手だ」

「では訂正を。魔女の力で派手じゃないモノなんて無いですよ」

「うん、まったくだ」

「さ、また囲まれる前に向かいましょう……まぁ、大体の位置しか分かっていませんが」

「狐獣人は魔力が高い。大体の位置にさえ行けば魔力を感知出来るだろう」

「ですね。では行きましょう」

「途中で変な物に出会わなければいいな」

「不吉な事言わないで下さい」


 彼女達がその場を後にする。

 後に残ったのは、血臭が漂う空間だけ。鉄分を含んだ風は、森林の香りをかき消すほどに強かった。







 イチロー達から教えてもらった地点を目指して彼女達は森の中を歩き続ける。草を踏みしめ、森を掻き分け、地図に示された場所を目指す。とは言っても、簡素な地図に「この辺り」というとても曖昧なモノだ。

 見渡す限り植物が群生し、特に目印らしい目印も無い。狐獣人の里は遠目に見ただけで近くに寄った事は無いと彼等は言っていた。


「近くに行けば魔力が感知出来ると思っていたんだがな……」

「確かに魔力は感じますが……かなり小さいですね。多分、こちらの方向で合ってるかと思いますが」


 ニールから狐獣人ならば彼くらいの魔力は持っていると聞いている。里の規模ともなれば、例え暗闇でもその場所だけ昼間のような煌々とした魔力を感じられるだろう。そんな想像を裏切り、捉えたのはやけに小さい魔力のみ。


「魔力を抑えているのでしょうか?」

「それだけならまだ良いが……最悪なのは結界を幻覚タイプで張っている場合だな」


 魔力を抑えるのは魔獣がうごめく森の中では、当然の配慮かもしれない。もしそうならば、結界を再び張る時の魔力を感知すればいいだけの事だ。しかし、その結界が里を訪れようとする者を迷わせようとするものだとしたら、彼女達は里に辿り着く事が出来ないかもしれない。


「野宿は慣れてますが、あまり時間を浪費したく無いですね」

「ああ、まったく――っ!」


 日が暮れてきた森の中で、ぽつんと明かりが灯る。

 いや違う、急に大きな魔力が出現したのだ。亡霊のように現れた魔力の塊。あまりの唐突さに彼女達は警戒の色を強めた。


「……なんでしょう?」

「わからん。だが行ってみよう」


 オークと魔獣に出くわさぬよう気配りながら進んでいく。日が落ちた事により、一寸先すらも危うい闇の中へと潜り込んでいく。闇の中から何かが這い出てきそうだ。

 周囲の風景など既に黒一色であるが、感知した魔力は大きく明るい。やがて、アリスとルーシィは魔力の発信源へと辿り着く。


 そしてその場で、彼女達の足が止まった。


「…………驚いたな」

「ええ……予想外です」


 まず目にしたのはこちらを睨みつける赤色の眼光。

 凶暴な顔、頭頂から突き出た角、白く伸びる無数の歯。体は強固そうな鱗で覆われていた。

 闇の中でも輝くその鱗。尻尾は長く、先端付近は刃物のように鋭い棘が数本。長い首にも鱗で隙間無く固められ、太い足は地面をがっしりと掴んでいる。胴体から広げられた翼はその巨体をさらに二周りは大きく魅せた。


「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 ドラゴン。

 雄々しい竜はけたたましい咆哮を二人に浴びせ、侵入者達を威嚇する。歯の隙間から炎をチラつかせ、喉の奥からは低い唸り声が響く。今にも飛び掛かろうかと、地面の土を一度蹴り払った。


「素晴らしいですね」

「ああ、まったくもって凄いとしか言えないな」


 死の象徴を目の前にして、彼女達は酷く冷静であった。

 怯む事の無い二人を前にして、竜はもう一度土を蹴飛ばす。獣臭い息を吐き出し、喉を鳴らす音は長く続いた。


「目で見える容姿も、耳に聞こえる咆哮も、鼻で感じる獣臭も素晴らしいですね。でも――」


 目の前の現実を二人は淡々と語っていく。必要以上に怖がる事もせず、ただ事実のみを零していた。


「そこまで上手く化けたのなら、肌で感じる威圧感も欲しい所だ。今のままでは可愛らしい狐としか感じないぞ」


 ビクリとドラゴンが震えた。

 苛立たしく喉を鳴らすとガパリと大きく口を開け、その奥には光源が集ってくる。ある程度集ってくると、口から火球を放ってきた。通り道に接する木を燃やし、二人へと襲い掛かる。


「良い熱量だ……しかし、ラビと比べたら温いな」


 アリスは片手を広げ、人の体ほどある火球を受け止める。

 彼女の手と火球の間には、薄くも強固な氷の壁が生まれていた。渾身のブレスを片手で止められているように見え、竜は一歩後ろへ後ずさる。


「ガァ!?」

「一つ、教授してあげますよ。本当の化物というのは――――コンナモノノコトヲイウンデス」


 その場所にもう一匹の竜が生まれ出る。

 元の竜は目を丸くし、ルーシィの竜は目前の相手へと睨みつけた。鏡写しのような、寸分違わない二匹の竜は対峙する。ただ一つ、お互いが違う所は、ルーシィの方は元の竜よりも遥かに高圧的な存在感を示していた。豪快な姿とは裏腹に、睨まれた竜はガクガクと震えだしている。


「さぁ、この遊びは何時まで続ければいい? 力を示せというなら私は存分に示してやろう」

「ご、ごめんなさあああああああい! 試しただけなんですううううう~」


 元の竜が情けない鳴き声を叫びながら平伏した。

 やがてその姿はすすけて行き、その中心には頭を低くした狐獣人の子供の姿だけが残っている。


「お、お待ちしておりました。わ、私達の里へと案内しますので、どうか食べないで下さい~~」


 カタカタと震える狐獣人の少女は震える両手を合わせ、地に着けた頭よりも高く掲げながらアリスとルーシィに懇願しているのであった。







「はぁーはっはっは! 御待ちしておりましたぞ。煌く雪( ブルースノー)殿、混沌喰らい(カオスパープル )殿。さぁ、今宵は魔道の知識を存分に語りつくそうではなかろうか」


 狐獣人の少女に案内された里に訪れると、一人の男性を中心に老若男女様々な狐獣人達が出迎えてくれた。亜人の里に人間が出向くのは拒絶されるとばかり考えていたため、その歓迎振りに思いのほか面を喰らった。


 中央には30代に届きそうな狐顔の男がアリス達の姿を見た途端に語りだす。後ろの尻尾が激しく躍動していた。

 アリスとルーシィは信じたくなかったが、配置的に彼が此処の長であろう。


「ふふふ……飢える、飢えておるぞ。我は飢えておる。魔術の知識に、魔道の道理に、外道の理に」

「こういう方ですが……あまり気にせずに」


 男性は突然目を皿のようにし、きつく睨みつける。

 少女の言葉が頭に来たというわけでは無さそうだ。何故なら彼は人の居ないあらぬ方向へと視線を向けているのだ。虚空を見つめて空気に語りかけ始めた。


「……なにっ? 落ち着け? ――馬鹿者! これが落ち着いていられるか! あ……ああ、そうだ。これは我が望みだ……しくじる訳には行かない」


 こんな時どんな顔をすればいいのかアリスには解らなかった。頬の筋肉がひくついているのは自覚している。

 強烈な印象にアリスは気が遠くなってきた、ルーシィも理解不能と頭を抱えて頭痛に苦しんでいる。


「……ふむ、ふむ。まずは互いを知る所から? 確かに……一理あるな」


 納得がいったのか、狐獣人の長は虚空を見つめていた視線を戻しアリス達へと向き直る。


「自己紹介がまだでしたな。我の名は真理を追求する者( ステルスアリシア)。気軽にアリシアと呼んでいただいて結構」

「本当の名前はヘラトル様です。あ、私の名前はコロンと言います」


 急な物言いに彼女達の頭はついていかなかった。

 先程熱烈な歓迎をしてくれたコロンが助け舟を出してくれた事にお礼を言いたいくらいだ。


「さぁ、ブルー殿、カオス殿。いざ我の聖域へ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきからブルーとかカオスとか一体何なんだ?」

「お二人の真名です。我はその人物の魂を感じる事が出来るのだ」


 がばっと大げさに身振りをこなす。

 あまりに仰々しい仕草に、胡散臭さがにじみ出ているが何故かそれが様になっていた。


「止めてくれ、私にはアリスと言うちゃんとした名前があるんだ」

「私はルーシィです……ああ、頭が痛い」

「ふむ、真名は隠しておきたい、と。ならば我はお二人の真名を心の中で呟かせていただこう!」


 それも止めてくれと言いたかったが、疲れ始めた彼女達はもうどうでもいいと諦めの感情を息として吐き出した。意気揚々と聖域へ向かう途中、ふと気づいたようにヘラトルは振り返った。


「おっと、その前に結界を張りなおさないといかんな」


 ついっと右手を振るとアリス達を招くために解いていた結界が再び張られ、里を囲っていった。とある場所を境に空間がぼやける。

 迷わせるタイプの結界だったか、という感想はアリスとルーシィからは漏れなかった。それよりも重要なのは手を振るうだけで結界を完成させた事だ。


「――っ!! お前、いま」

「さぁ、我の聖域へ!」


 強引に二人の手を取り駆け抜けて行った。彼女達は質問したい感情を押し留め、頭の中で内容をまとめる。


 完全に主導権を握られてしまった。主導権を取り返さなければ、この後の交渉が上手く進まないかもしれない。というかヘラトルに話は通じるのだろうかという疑問さえも浮かんできた。


 狐獣人を仲間に出来るよう交渉する。

 それは思っていたよりも難解そうで、彼女達は暗鬱な表情をする事しか出来なかった。







 ヘラトルとアリス達の情報交換会は、ヘラトルが聖域と称していた彼の自宅で行われた。まずは自己紹介を正式に交し合い、互いの村の事に付いて説明し合う。


 聞いた限り、狐獣人達は詠唱によるビニールハウスの効果を有した結界を持続させ、冬の間でも作物を育てる事を可能としているそうだ。

 魔方陣でなくとも魔術は持続させる事はできる。詠唱し、想像の段階で持続する事を思い描けばいい事だ。持続させる事の出来る魔力は必要であるが。冬の間、魔術を持続できる狐獣人達の魔力量ゆえに出来るやり方だ。


 しかしながら、それは一年中という訳にもいかない。

 魔獣の活動が沈静化する冬の時期だからこそ結界だけで持ちこたえられるが、活動の活発な時期は結界を越えるモノも出てくる。


 そして会話は交渉へと移っていった。まずはアリス達から魔術文字の知識を話し、実技を交えて伝えると彼等は一変して目を見開いた。


「おおおおおおおおおおおおお。す、素晴らしい。素晴らしすぎる。魔術文字という新たな鍵が存在するとは……想像以上だ!」


 ヘラトルが歓喜に震えていた。集った他の者達も知的な顔で目を輝かせている。ニールの言ったとおり、知的好奇心は旺盛のようだ。


「こちらも色々と質問があるのだが、いいか?」

「うむ! うむ! どんな事でもお答えしよう」

「……まず初めに聞こう。何故此処の住人は私達を素直に招いてくれたんだ?」

「我らの序列は魔力保有量が高い者、魔術に対する知識が深い者がより高位としている。お二人とも魔力は此処に居る誰よりも高い。そういう訳だ」


 魔力が高かったから歓迎したと言う。

 本当にそれだけでアリス達を安全だと決め付けたのだろうか。もしかしたら侵略して来たかもしれないのに。魔力が高いから信頼した――そんな事、あるわけない。

 彼女達は敏感にその違和感を掴み取る。嘘は言っていない、だが真実まで話してはいない。その手法は二人にとって馴染み深いものだ。


 強烈な印象で掠れてしまっているが、彼を侮るとこちらが食われそうだ。


「先程、詠唱を行わずに魔術を用いましたね? 貴方も、私と同じ魔女と亜人の混合種――魔人ですか?」

「魔人……おお、なんと甘美で心躍らされる響きだ。これからは魔人真理を追求する者( ステルスアリシア)と名乗ろう」


 いまいち要領を得ない。此処で本当に魔人かと聞き返しても、返って来る言葉は容易に想像出来た。能力について聞こうとして、止めた。どうせはぐらかされてしまうだろう。ヒントは得られるかもしれないが、重要なのは彼の能力ではない。こちらの目的に共感してくれるかどうかだ。


「コロンも言ったが、私達を待っていたと言ったな。あれはどういう意味だ?」

「ふふふ、我にかかれば未来を予見する事も出来るのだ。そう、この目が写す未来を!」


 素直に答える気は無いらしい。アリスの肩に疲労感だけが募っていく。

 ただヒントは得た、アリス達が此処へ来るというのは事前に知っていたらしい。本当に未来を予知出来る力を持っているかもしれない。それが彼か他の誰かかは解らないが。


「…………という事は私達の目的を知っているという認識でいいのか?」

「残念ながら我の千里眼もそこまでは見通せぬ。魔術知識の交換では無いのか?」

「ああ、あながち間違ってはいないが、真実は少々異なる――」


 やっと本題へ入れる。その事にアリスは胸を撫で下ろした。

 警戒を解くために会話を続けていったが、ヘラトルとの会話は疲れが溜まる。ラビの方は上手くいっているだろうか、と遠い目をしながら話を続けた。







 ラビがピピンに語りかける。

 自分達が正義だとは口が裂けても言えない。それでも相手がその行いは正しい事だと感じられるように。自分達の力だけでは不可能でも、他の力が集ればという可能性を示せるように。


「仲良くなりたいだけで、別にオワゾへの移住を勧めているわけじゃないわ。こちらとしてはただ、お互い足りない物を補いたいだけだからね」





 アリスがヘラトルに語りかける。

 知り合ったばかりの者を巻き込むのは気が引ける。それでも相手が求める物はそれを上回ると信じて。自分達が没頭出来る事を安心して行える、そんな未来を思わせて。


「魔術の研究なら何処でも出来る。魔術の知識を持つ者と、口や紙といった情報を伝えるモノがあればな。そして、オワゾには私以上に詳しい者が居る」





 ラビがピピンに語る。

 これからの事を。自分達の目的を。彼が得たいと思う力を得るために。


「だけど、交流を続けるには邪魔者が居るわね」



 アリスがヘラトルに語る。

 今後の予定を。自分達が望む事を。彼が描く未来を実現させるために。


「だが、頻繁に行き来するには障害がある」


 二人が語る。


「だから――」

「よって――」


 殲滅を。


 障害物に対する排除を――


 邪魔者に対する討伐を――


 略奪者に対する略奪を――


 縄張りに対する占領を――


 遠慮などない駆逐を――


 慈悲を含まぬ殺戮を――


 根深い恨みの消却を――


 不自由な鎖の破壊を――


 醜悪な生物の滅亡を――


 上位関係への崩壊を――


「「オークを殲滅する」」


 殲滅を。禍根など付け入る隙も無い、圧倒的な殲滅を。


 そのための力を貸して欲しい。そう、彼等に語りかける。




「氷漬けと言いながら凍らせてませんね」

「言葉の綾でそう言ったまでだ」

「まぁ、漬け物石の役割ではあるかもしれんな」

「ああ、そういう意味なら……いやいや何にも漬かっていませんよ」

「そうだったか、言葉の綾だな」

「うん、言葉の綾だ」

「あやややや」


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