第四話 転生とは
第四話 転生とは
この世界には多くの場所で宗教が設立されている。
聖十字教会。
その宗教も数あるそのなかで一番の勢力を誇る存在だ。
その聖十字の教えの中に、このような一文が記載されている。
『この世界に生を受けし者。その命は生を育み、世界を育む。その魂は死後、神の元へと返され、輪廻へと向かい、再びこの地に舞い降りる』
聖十字教会では死後、転生されると信じられている。
物心ついた時から、頭の中に別の誰かがいることが理解できた。
自分の見たことのない情景を浮かべ、自分の聞いたことのない知識を話す。
そんなことを独り言のように喋るものを、いつしか先生と呼ぶようになった。
この世界を様々な所を旅してきたが、その情景を見ることも、その知識以上の事を聞けたことはなかった。
この先生が生きた世界は、遥か昔の時代か、ここではない異世界か、はたまた夢物語か……。
「――僕には判断がつかない」
つらつらと話をするクーヤはどこか遠くを見ているようだった。話に着いていけるかどうか心配になったが、案の定ぽかんと口を開け理解には及ばなかったようだった。
「こんな話をしてもわからないよね?」
「ちょっと……信じられない」
「ああ、信じがたい話だ」
「まぁ、すぐに信じろとは言わないよ。――そうだな、例えるならお前達の力のようなものだ」
いきなり変わった口調に彼女達は少し驚いたが、段々と慣れてきている彼女達がいた。
「その力は生まれ持ったもの、と言ったな。つまり魂に刻まれたものだ。その力がどんなに疎ましく思おうとも、魂を切り離すことはできない。
お前らには強大な魔力を持ったモノが転生した。クーヤには知識を持った俺が転生したという考えだ」
彼女達はその話に受け入れがたい表情を取った。
「……この力は本当に魔術だと思ってるの?」
「調べる方法は……まぁ、ある」
ごそごそとリュックの中を漁り、取り出したものを離れている彼女達の方へと投げて渡す。
ラビは慌てて両手でその石を受け取った。
「これ、は?」
「魔吸石という。魔力を吸収する石らしいが、とりあえず力を使ってみてくれるか?」
言われるがまま、ラビは力を行使する。
「……あ、あれ?火が出ない」
「!!貸してくれ」
アリスも石を受け取り、同じように力を使ってみるがなにも起こらなかった。やがて石がビキリと音を立てて砕けた。
「耐久容量はあまり高くないらしいな。石の大きさでその容量が決まるか試してみたい所だ――と、話がずれたな」
力が発動しなかった事に対して不思議そうな顔をする彼女達に結論を述べる。
「これでその力が魔術であると証明されたな」
呆然とする彼女達。
今はただ、目の前の現実を受け入れないでいた。
「だって……詠唱してない、のに」
「……詠唱以外にも世界と繋がる方法はある」
「えっ?」
あまりの内容に、彼女達はクーヤへと視線を向けた。
「その話はまた今度。それよりも強大な魔力を持っているが制御が疎かな事が重要だ」
それはまるで、容器に満たされたガソリン。その強大過ぎる魔力は人の器には納まりきらず、溢れその周囲に巡る。今の状態は気化したガソリンがその周囲に充満しているようなもの。
そこに意思という火種が投下されれば、その炎は一瞬にして周囲を爆発的に巻き込む。
いまでは火種を投げ入れる前に、容器に蓋をする術をある程度身につけたようだが。いつその爆発が容器を巻き込むとも限らない。いまはまだ、そんな危なげな方法しか知らない。
「その魔力を制御するってことは、積載量数トンのダンプカーが高速で走っている中で、急カーブを曲がるような……と、この例えじゃわからないよな」
僕もわからないよ、とクーヤが愚痴をこぼした。
「気性の荒い暴れ馬に乗るにはどうすればいいか、といった所だろう。そのままでは振り落とされてしまう。落馬すれば自分も怪我するし、暴れた馬は周囲に被害を与える。
では手綱をつけてみてはどうか?それだけじゃ落ちてしまうかもしれない。
では鞍をつけて安定して座れる場所を作れば?それでもまだ振り落とされるかもしれない。
では手綱を絶対に放さない腕力を手に入れれば?振り落とされない馬術を身につけては?」
つまりそれを制御するべき知識、経験、技術が不足していたということ。
「今はまだ馬に振り落とされないように、しがみついている状態だ。でもいつの日かその馬に手綱をつけ、鞍をつけ、暴れた馬の上でも落とされない術を身につけるだろう。
いや……お前達ならその荒い気性を収める方法が見つけるかもな」
彼女達は俯いていた。
疑心と希望。
素直に彼の言葉を受け入れることはできない。そんな単純な事ではないと、否定する心。
だが、この呪われた力をどうにか出来るかもしれない。そんな考えが胸に生まれ始めていた。
ラビ、アリス。と彼女達の名前を呼ぶと、弾かれたように顔を上げた。
「お前達は魔女なんかじゃない、れっきとした人間だ」
その言葉に彼女達は震えた。
受け入れられなかった。その言葉が。
怒りが込み上げた。今まで魔女と罵った人々に。
許せなかった。自分達をこんな境遇に追い込んだこの世界が。
「っ……そんな……こ、と……」
「……私達は……魔女で……ま、じょだからこん、な……」
彼女達の瞳が潤む。
大粒の雫が目尻へと溜まっていく。
「この世界を許して欲しい……とまでは言わない。ただ、呪われた存在と自分を蔑む事はしないで欲しい」
「……だって、このち、から……で、みんな……」
「っ、わた……わた、したちは……」
「――先生は難しい事言ってるけど。僕から言える事はね」
ゆっくりと、優しく。囁くように、染み入るように。クーヤは彼女達へと言葉を告げる。
「その力は怖くないよ。ただちょっと上手く使えてないだけだ」
耐え切れず彼女達はボロボロと涙を落とした。
魔女と罵られ、虐げられた日々。
誰も受け入れてくれなかった。町も大人達も。
言葉をかけてくれなかった。親でさえも。
人として認めてくれなかった。この世界が。
彼女達は泣いた。
今まで溜めたものを全て吐き出すように。
人の前で久しぶりに泣いた。
「落ち着いたかな?」
「……うん」
頬に涙の後が残っている。
クーヤは手ぬぐいを取り出し、目の前の彼女達に手渡した。
「あ、ありがとう」
「その……今まで、すまなかった」
クーヤは困惑した顔で、頭をぼりぼりと掻いた。
「そんな言葉を聞きたかった訳じゃないんだけどね」
「で、でも――」
「ね、それよりもこれから遊ばない?」
「えっ」
「さ、行こうよ」
二人の手を取り、少年は駆け出した。
戸惑い気味の彼女達がその後に続く。
この日を境に、彼らは友達となった――。
それからというもの、彼らは多くの時間を共に過ごした。
森の中を一緒に駆け回り、一緒に木の実を食べたりした。
近くの川で魚を獲ろうとし、足を滑らせずぶ濡れになったお互いを笑いあったりした。
雨の日は室内での遊びを先生に教えてもらったりもした。
あるときは狩りをして過ごし。
「ラビ、そっち行ったぞ!」
「オッケイ、任せて……おりゃああ!」
「…………」
「……見事に黒焦げだね」
「何故そんな火力で力を使うんだ!」
「う、うるさいな。加減が難しいの!アリスだってこの前氷付けにして粉々になっちゃったじゃない」
「なんだと!」
「はいはい、その辺にして。次がんばろうよ」
「「……うん」」
あるときは魔術の講義などをした。
「先生、詠唱を使わないのになんで私達は魔術を使えるの?」
「詠唱とはどんなものか理解しているか?」
「詠唱とは世界を繋ぐ鍵……という程度だな」
「そう詠唱は世界と繋がる為の儀式。言葉を発し、世界の鍵とする。言葉とは力だ。詠唱とは意味の有る言葉の羅列」
「ふ~ん、で、その鍵を持ってない私達はどうやって?」
「別の鍵を使えばいい。例えば精霊、もしくは魔方陣、術式」
「魔方陣?術式?」
「言葉は力と言ったな。言葉を口から発する代わりに意味の有る文字を書いたものだ。それぞれ文字を書くという事は同じだ。
二つの違いは、魔方陣は文字の端と端を繋げて円を作る。こうやって地面に円を書いたりしてな。この魔方陣に魔力を注げば魔力は円の中を巡り、注いだ魔力が尽きるまで効果は持続する。
術式は円を書かない。文字だけを書いたものだ。主に紙に文字を書くな。ちなみにこれを札と言う。こちらは円を描かないから文字の端から魔力がどんどん漏れる、持続するには魔力を注ぎ続けなければならない。そういった意味では術式は詠唱に似ているな」
「精霊は?」
「精霊魔術は精霊を召喚して火、風、水、土それぞれの属性を操る。召喚といっても目に見えないが今もこの周囲にいるぞ。呼び掛けると表現もできる」
「ふむ、今の説明でいうと私達の力は精霊魔術というのに似ているな」
「だが、精霊を使役するには呼び掛けなければならない。精霊を召喚するにも時間かかるしな。よってお前達は術式を使っていると思う。魔方陣ならあんな一瞬で消えることないしな」
「そんな、術式なんてどこに……」
「お前達はなぜ強大な魔力を持って生まれた?」
「えっと魔力を持ったものが転生したから」
「転生……魂……まさか――」
「そう、お前達の魂に術式はすでに組み込まれている。と考えている」
あるときは森の中を探索したり。
「このキノコは食べられるのか?」
「それは笑い茸。毒性はあまり強くないけれど毒茸だよ。そっちにあるのはさらに毒性が強い茸。あ、足元にあるのはかなり強い毒を持つ草だから気をつけて」
「毒ばかりじゃないか!」
「見分けがつけば薬草になるものや食用になる茸も沢山あるよ」
「見て見て、蛇捕まえたわよ」
「……これ蛇なのか?やけに短くて胴回りが太いが?」
「珍しい蛇なのかな?先生も見るのは初めてだって」
「食べられるのか?」
「とりあえず焼いてみるね……上手に焼けました~」
「まぁ、食べてみようか」
「「「モグモグ」」」
「「「…………」」
「「「UMAすぎる!」」」
あるときは知識を得るために勉強し。
「詠唱しないで魔術を使う事はなんで考えられてないの?」
「いい質問だ。その前に無詠唱だとどこが有利か、お前達はどう思う?」
「え、そりゃ詠唱無ければ早く魔術が使えるでしょ」
「うん、私も同じ意見だ」
「ふむ、正解の一つではある」
「他にもあるのか?」
「日常生活で、というか時間があるときに魔術を使うにはあまり意味の無い答えだがな」
「時間がないとき?」
「…………戦っている時、か?」
「そう、詠唱している時は言葉を発する事に集中しているから大抵立ち止まっている。稀に動きながらでも詠唱している者もいるが、大体は動いていない。戦いの最中に立ち止まるのは致命的だ。詠唱するよりも早く相手に切りかかられたらどうしようもない。これが一つ。
そして魔術師同士の、いや詠唱の意味を知っている者同士の戦闘の場合、詠唱は今から何をするという事を公言しているに過ぎない」
「……確かにそうね」
「例えるなら『こちらは今から右手で殴る』と言っているものだな。その右手がどう動くかわからないが、右手で殴って来る事がわかっているから対処がしやすい。これがもう一つ」
「まだあるのか……」
「最後に口を封じられた場合だ」
「あー……なるほど」
「魔術師を捕らえる場合、こんな事を言われている。『動きを封じるよりもまず口を封じろ』喉を潰すか、猿ぐつわを噛ませるか、殴って詠唱を妨害するか……方法は色々あるが、詠唱をさせない事は同じだな」
「そう考えると詠唱って結構不便なものね」
「場合によるけれどな。まぁ、そんなわけで昔から詠唱破棄は考えられている」
「だが、実現していない」
「そう、これは単純に魔術文字がまだ解明されてない事が原因だな。だが、いつか解き明かされるだろう」
あるときは戦い方を教えたりした。
「はぁはぁはぁ……な、なんで勝てないの!」
「僕も長い間旅してきたしね。多少は戦闘の心得があるよ」
「はぁはぁ、それにしても、力を使える私達、はぁ、二人が相手だぞ」
「僕の方は先生のアドバイスもあるし――これが何をしてくるかわかる、という事だ」
「う~、ずるいずるい。それじゃいつになってもクーヤに勝てないじゃん」
「今はただ、火や氷を垂れ流すしかしていない。もうちょっと工夫してみるんだな。もしかしたら別の術式が見つかるかもしれない」
「どういった風にすればいい?」
「工夫しろと言ったばかりだろ……まぁ、アドバイスとして二つ言っておこう」
「「はい」」
「まず、魔術が直線的過ぎる。それじゃ避けてくれと言っているようなものだ。 もうちょっと相手の意表を付く軌道を想像するんだな」
「むぅ、想像はこちらで工夫しなければならない所だな」
「二つ目、火と氷しかないのは致命的だな。別のなにかが欲しいところだ」
「別の……他の属性が使えればということか?」
「確かに他の属性が使えるのはいいが……それよりもまず属性に合った別のものを探してみようか」
「別のもの……とは?」
「例えばアリス。氷を使っているが、本来それは水の魔術に属するものだ。温度を調整できれば水を、果ては水蒸気を扱えるかもしれない」
「面白そうだな」
「わ、私は?」
「火はそうだな……爆発とか使えるかもしれん……」
「爆発――カッコいいかも!」
「火の属性かどうか怪しい所だがね。あとは、もし可能なら熱を操れる事が出来るかもな」
「熱……って事は温度だけ?」
「いや、ここでいう熱は炎を出さないという事だ。つまり炎を出さずに焼くという事だな。」
「へ?そんな事できるの?」
「あくまで可能性の話だ。ラビもアリスもそれぞれ火と氷しか使える術式しかないかもしれない。その場合詠唱等を覚える事だな」
「先生は教えてくれないの?」
「詠唱や術式を覚えるよりも、その力がどこまで使えるか把握することが先だ」
「ふむ、確かにそうだな。もしかしたら他の術式があるかもしれない。その前に体力をもう少しつけたいな」
「とりあえず疲れたー、お腹空いたー。ご飯食べたい」
「はいはい、それじゃお昼にしようか」
こうして彼等は日々を過ごしていった。
「ちょ、ちょっと……こっちきたぁぁぁぁああああ!!」
「イノシシの群れが現れた。こちらへ向かってくる。
たたかう
アイテム
にげる
→超にげる」
「随分余裕だな!」
「単なる現実逃避だよ。あははははっ」
「くっ、ラビ火の壁を!」
「無理無理!そんなんじゃあいつら止まらないって。むしろ氷で足止めを――」
「そんなの一瞬で砕ける!」
「逃げよう!」
「プギー!!」
身体を動かし、知識を得て、日々は過ぎていく。
「はいっ、先生。魔力ってなんですか?」
「……ほぉ、魔術ではなく魔力の方を聞くか」
「うん、魔力はオドとマナの二種類があるというのは聞いたが、そもそも魔力というのは何なんだろと二人で話したんだ」
「魔力は魔術を使うためのエネルギー、という事はこの前話したからそれよ詳しい事だな?」
「そうそう、私達はこの力の事をもっと詳しくならなきゃって思うの」
「いい心がけだ。だが難しい話になるぞ、すぐ理解しなくてもいいから言葉は覚えておくように」
「「はい」」
「魔力を語る前にまず、分子と原子について知っておかなければならない。あそこに岩山があるだろ、あの山を魔力と例える」
「随分スケールが大きいな」
「大きい方がわかりやすいからな。それで、あの山は何で出来ている?」
「何って……山は山でしょう」
「…………岩、か?」
「そう、その通り。あの山は岩や石で出来ている。それが分子という、物質を構成している小さな物質。ではラビ、この石は何で出来ている?」
「え、っと。石は石……じゃない。もっと小さい石……」
「物事を理解する為にとりあえず砕いて考えてみるといい」
「砕いて……石、砕く、破片……粒。そう!砂、砂で出来てる」
「その通り。この石は砂の粒が集まって出来ている。物質を構成している一番小さいモノ、それを原子という。魔力はこの砂の粒一つ一つの集まりだ」
「分子……原子……」
「だがこの砂の粒も様々な形がある。手に取ることが出来る粒から目に見えない粒まで、だが砂であることは変わらない。これ以上簡単な成分に分解できない万物の根源をなす構成要素。これを元素という。
物質の根源を示す概念を元素といい、元素の実体が原子ということだ。わかりにくければ元素=原子、呼び方が違うと考えてもまぁいい。
岩山を魔力と例えるならば、砂の粒は魔力の粒、これを魔素と呼ぶ。この魔素は物質の最小単位原子と結びつきやすく、原子に干渉して物質を集め魔術という現象を……大丈夫か?」
「大丈夫、問題ない。言葉は覚えてる……はず」
「なるほど……わからん」
「この話はまた今度にしよう」
時間は刻々と過ぎていき。
「あれ?なんでこんな事になってるの?」
「ありのまま、今起こってる事を話してみて」
「私は森の中を走ろうと思ったら、いつの間にか畑を耕していた」
「何を言ってるのか、わからないな」
「私も何をしてるのかわからない」
「いやいや、体力作りだよ」
「それでなぜ畑を耕しているんだ?森のなか走り回った方がいいじゃないか」
「体力作りに農作業は効率いいよ。筋力もつくし、種を蒔けば野菜が手に入る。先生から畑の作り方も教われるし、一石四鳥だよ」
「いっせきよんちょう?」
「本来は一石二鳥。石を一個投げて、鳥を二羽落とすということわざ。それを四に変えただけ」
「ありえんな、そんなこと」
「単なる例えだしね。言いたいことは一つの作業で四つの意味を持つって事」
「鳥かぁ、お肉食べたいな」
「お肉もいいけど野菜もね」
「とりにくー!」
「生肉はすぐ腐ってしまうからな。久々に私も食べたい」
「今度保存が利くように、燻製って方法を教えてくれるって」
「に~く~~!」
そして終わりが訪れた。
「……なんだ、その。これは遊びじゃないな」
「何を言っている。立派な遊びだぞ」
「どこが?これってどうみても――」
「白状するとだな」
「すると?」
「鬼ごっこやら川遊びやら木登りやら……色々あったんだが」
「うん……なぜだろう、どれもこれも先生の入れ知恵で――」
「書き出すときりが無いからな。そんなわけで。純粋な遊び風景は想像してもらう事にして、設定とか人物像とかを主においてみたらしい」
「説明、というかセリフがほとんどだしな」
「でも、もうちょっと遊んでる風景とかも……」
「よし、それじゃあ川で水浴びをしたことを話そう。あの時はお互い裸で――」
「わー、わー!わー!!」