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第三十七話 ソニー・ビーン

第三十七話 ソニー・ビーン



 エトワールにおける不可侵領域であるハーグの森。そこへ訪れる人が絶える事は無い。


 空から降り注ぐ日光を遮る深い木々が行く手を遮り、そこに成る植物はどれもこれも食用に適さないものばかり。闇は濃く、そこに住まう魔獣達の数も多い。この国の騎士達も行軍を途中で諦めざるを得なかった危険区域。それでも、此処を訪れる人は後を絶えない。


 騎士でさえ攻略出来なかった場所。攻略不可能という響きは冒険者達にとって心をくすぐられ、多くの者達が無謀な試みを実現させるべく森の中へと姿を消していく。


 一体その何人が生きて帰って来られたのだろう。そしてその何十倍の命がこの森で命を散らしていったのだろう。生き残った者は森で感じた恐怖をどのように語り、仲間だった者の最期をその目でどう焼き付けたのか。


 ハーグの過酷な環境は酒場にでも行けばいくらでも耳に入ってくる。それでもこの森を訪れる冒険者の数は一向に減らない。未開の地、まだ見ぬ未知の風景。そんなうたい文句フレーズに惹かれ、今日もまた冒険者達はハーグの森へと踏み入れる。


 それが遠まわしな自殺であると、頭の片隅を過ぎっても――


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ――は、早く!」

「はぁはぁはぁ……待って!」


 暗い森の中を一組の男女が駈けずり回る。

 男の手には森へ訪れるために新調したショートソードが、女の手には使い込まれた杖が握られていた。傷ついた鎧がカチャカチャと音を立て、汗だくになりながら前を向いて走り続ける。

 向かっている方角が森を抜けるものなのか解らない。何処へ向かっているかも解らない。それでも彼等は、がむしゃらに逃げ続けていた。


「くそっ、邪魔だ!」


 慣れない道を突き進む彼等の行く手を、幹から伸びた枝が邪魔をする。乱暴に枝が掃われた。葉を散らしながら一目散に逃げ続けるが、景色は何処まで行っても同じ。まるで出口のない迷宮に迷い込んだかのよう。


 焦り、危機感、恐怖、絶望。幾種もの負の感情を表情に浮かべながら彼等はただ走り続ける。

 こんな所に来なければ良かった。今更そう後悔しても遅く、生き残った仲間の手を取ってただひたすらに前を目指す。


 彼等なりに準備は万端で出向いたはずだった。致死性が高いため、森の植物に手をつけた事は無い。魔獣もどんなタイプが住んでいるかという情報も得ていた。しかし、結果を見ると今は二人しか残っていない。他の皆は死んでしまった。頼もしい仲間は殺されてしまった。


 彼等は知らなかった。


「ひぐっ、い、た……」


 繋いでいた手が離れ、男の後ろの方で地面に重い物が落ちる音が聞こえる。彼にとってかけがえの無い女性。昔から少しとろくさい所がある彼女。大方、突き出た根に足を取られたのだろう。


「大丈夫か! 早く立……て……」


 女の足には矢が深々と刺さっていた。

 おかしい。追っ手はかなりの鈍足だ。おかしい。ずっと走り続けていた自分達にこんなに早く追いつくはずが無い。


「痛い……痛いよ……助け――ひっ!」


 痛みを訴えていた女性が顔面を蒼白にし、小刻みに震える指を男の方へと向けた。


「う、後ろ!」

「え?」


 振り向いた男の目には、戦棍メイスを頭上へ高々と振り上げたオークの姿。何故先回りしているのか。訳が解らない。


 ごしゃりと鈍い音が彼女の耳にまで届いた。


「いやああああああああああああああああああああああああ」

「ぐ、げ、が――」


 意味不明な言葉が口から漏れる。

 顔の半分を潰した戦棍。力任せの一撃は頭蓋を陥没させ、潰れたそこからは白色と赤色……そして柔らかい桃色が覗ける。思い出したかのように暖かい液体が天に向かって噴き出した。


 壊れた蛇口のような多量の出血。冒険者の命を奪ったオークは頬に降りかかった血をぺろりと舐め上げ、男の顔から飛び出した眼球を指で摘みあげた。瞳の奥へと繋がる紐のような物を強引に引っ張り、千切ったそれを開けた口へと放り込む。


 まるで飴玉をしゃぶるようにコロコロと舌の上で転がし、やがてぷちゅりと噛み潰して飲み込んだ。男の頭から戦棍を引き抜くと、返り血に染まったオークはもう一つの獲物へと手を伸ばす。手は一つでなく、野太い腕がいくつも伸ばされた。


 恐怖に揺らぐ視界には自分に向けられた多くの掌。ゆっくりと歩み寄って来るオーク達の姿に、彼女は絶望した。


「こ、来ない、で。嫌……いや、いやいやいやいやいや――」


 一際甲高い女性の悲鳴が木霊し、森の木々に吸い込まれ、消えていく。

 彼等はただ知らなかっただけ。無知だっただけ。たったそれだけ。だが、この森で情報という知識はどんな高級装備よりも重要な物。


 オークの狩場。オーク達の領域。彼等はそこに足を踏み入れてしまった。




 ただ、それだけの事だ。







 冒険者達が襲われていたのと同時刻。ラビ達も同様にオーク達の魔手から逃げていた。


「ああもう。結構遠回りしたのに見つかるなんて……オークの縄張り広すぎ!」


 模擬戦の結果で得た情報の一つに、何故オークはあんなにも他種族と敵対するのかと質問した事がある。その答えをイチローは口篭りながらも正直に告げた。


 オークは人を喰らう。

 そうやって此処での生活を成り立たせている、と。


 その場に居た者は誰もが絶句し、悪寒は何時までも背中に残り続ける。胃を掴まれたような気持ち悪さに吐き気を催した。クーヤは「まるでソニー・ビーンのようだな」と呟いたが、誰も彼もそれ所では無かった。


「ラビ殿ぉぉぁあ! 追いつかれそうですぅ!」

「わかってるわ、よ!」


 イチローの嘆きに、ラビは顔だけ振り返り火球を放って牽制した。数にして二十は放たれた火球が乱雑に飛び交い、木々に当たって森を燃やす。偶然にもオークに当たるモノもあり、火達磨となったオークをラビは心の中でざまあみろ、と吐き捨てた。


 振り返り際の一瞬に目にしたオークの姿。

 顔は醜い豚、形相は鬼。黄土色の皮膚をぶくぶくと太らせ、突出した鼻や左右の口角から突き上がる牙が特徴的であった。


 あんな醜悪な姿を前にして、クーヤは交渉を続けたというのがラビには信じられない。最もそんな彼だからこそ、他の亜人を前にしても人として受け入れるという器量があるのだろう。


「ラ、ラビ殿。ま、また」

「ああ、もう! しつこい!」


 木々の陰からはぬらりと巨体が這い出てくる。かなりの鈍足ではあるが、此処はオーク達の縄張り。移動に慣れた庭の中では先回りする事も、待ち伏せする事も余裕であろう。


 サブローの焦り声に今度は後ろを振り向かず、手だけかざして辺り一面を焼き払った。轟々と燃え盛る炎の壁が一時の間、オーク達の進行を止める。


「捕まったらどうなることか……ふふふふっ、鶏肉鶏肉」

「あんたは黙ってなさい!」


 ジローはネガティブな発想を全開にして呟き続けている。

 そんな彼を叱咤し、くるりと身体を反転させた。驚いた表情の三人がラビの隣を過ぎ去っていく。


「此処は私に任せて先に行って。すぐ追いつくわ」

「ラビ殿! それはクーヤ殿が言っていたフラグというものですぞ!」

「無駄口叩いてないで、さっさと行きなさい!」


 変な知識つけたイチローへ怒鳴り声の鞭を打つ。立ち止まりかけた彼等はラビの言葉に再び前を向いて全力疾走を続けた。遠ざかっていく足音を聞きながらラビは一つため息をつく。


「まったく、どうでもいい事ばっかり覚えて……」


 クーヤは生活の知恵を授けているが、本当にどうでもいい雑学も住民へ伝えている。

 特に戦いを主にする者達には死亡フラグというモノを熱心に聞かせた。彼曰く、戦いの前日に戦いが終わった後のささやかな希望を語るな。彼曰く、爆発の後に確信めいた台詞を吐くな。彼曰く、殿を務めておきながらすぐ合流するとか口にするな、等々。


 馬鹿げた迷信だ。しかしながら、何故か実現しそうな不安が心に残る。

 だが、この条件が成立するのは半端な者が残った場合に限る事を忘れてはならない。


「悪いけど、全力で行かせてもらうわ」


 指先に火を灯し、素早く地面へ魔方陣を描いていく。踏み固められた土の地面、太い木の幹、あるいは宙へと。

 その頃にはオーク達が火の壁を突き破り、重量感のある足音を響かせながら近づいてきた。迫り来るオークを横目に、時間の許す限りそこかしこへと陣を描く。


「set ready」


 描かれた魔方陣それぞれに魔力を込め、ラビは振り返り足へと魔力を伝え始める。意識が集中し易い。そのような理由で掌、指先から魔力を放出させるのが一般的だが、魔素の扱いになれていれば他の部位でも可能だ。


 四方からラビへと伸ばされる腕。

 想像を完了し、踵から魔力を放出させる。瞬間、足の裏が爆発。オーク達の肉厚な指は空気を掴むだけだった。彼等の目には、まるで煙が消えたかのように映っただろう。


 衝撃の反動が身体を推し進め、景色は瞬く間に後ろへと流れていく。爆発の衝撃による推進力を得て、彼女の体はみるみるうちに加速していった。


「……3」


 発動まであと数秒。足は動かさず、推進力のみで動く彼女の右指が3つ伸ばされた。親指、人差し指、中指で示された導火線カウントダウン


「……2」


 中指が折り畳まれ、銃を模るような人差し指と親指による秒読み。身体を半身にし、人差し指の先を集るオーク達へと向ける。目の前で消えた人物を探す間抜け面が笑えた。


「……1」


 人差し指が曲げられ、最後に親指だけが天へとそびえ立つ。残された指をぐいっと地へ振り降ろした。


「弾けろっ」


 一瞬の静寂。遅れて空間が波打った。

 音が轟く。熱風は移動を続けるラビの下までやってきた。衝撃がラビの身体をさらに押す。

 洞窟が崩落したかのような揺らぎ。もしくは火山の噴火と間違えようか。爆音に爆音と爆音が重なる。重なり合う轟音は森を、地面を揺らし、その破壊力を物語っていた。







「――――!! な、何の音ですの!?」


 地響きが部屋に座っていた女性の耳元まで届いてくる。部屋の水差しを揺らす振動にハッとし、急ぎ足で窓枠へと駆け寄った。


 周囲よりも少し空に近い場所。そこから見下ろす景色は相変わらず緑一色。この辺りの植物は冬でもお構い無しに枝先へ緑色の葉をつけている。この周囲には針葉樹林が多そうだ。

 そんな緑の絨毯にぽっかりと明いた穴。いまだに木を燃やす炎がちらついている場所を彼女は鷹の目を凝らして見つめた。


 まるで隕石でも落ちたかのように、森の一部が焼き払われ陥没している。

 地面が削り取られ、木々をなぎ倒し、円の周囲には燃え盛る木々によって囲まれていた。灼熱色の幹は黙々と黒い煙を天へと立ち昇らせる。蜃気楼のような空気の歪み。その溢れる熱量がここまで伝わってきそうだ。


「一体……何が……」


 さらに目へ力を込め、そこで何が起こったのか観察する。

 彼女の視界は一段と現場へ近づき、その場所を鮮明に写す。高温で溶かされた地面、赤色に光を灯す石、焦げ付いて微かに煙を放つ木々。その中に黒い物体を見つけた。


 それが炭化した生物の破片である事に結びつくのには暫くの時間が必要だった。焼き爛れ、焦げ付いた手とも足とも解らない肉片が辺り一面に飛び散っている。気分が悪くなり、彼女は目を背けた。


「なんなんですの……一体全体」

「ひ、姫様、姫様――ひーめーさーま~~!!」


 長い間使い続けた目を休めていると、ドタドタと慌しい足音が聞こえる。

 慌しい足音は部屋の前まで続き、慌しいままに部屋のドアが豪快な音を立てて開けられた。そこから顔を覗かせた初老の鳥獣人は息を切らせ大事な羽毛をはらはらと散らしている。

 いつもはしとやかに優雅にと口を酸っぱくしている者がこの有様では、どうやって立ち振る舞いを覚えればいいのだろうという疑問が彼女に浮かんだ。


「い、インシルリク。ジャンルイジ。サドフニコフが帰還いたしましたぁ!」

「――っ。本当ですの?」


 食料確保の部隊は短くて数日、長くて一週間の探索期間を設けている。それ以上は良くない事が起きてしまったという事実。

 その三人は今年の夏に食料を集めに行って姿を眩ませた者達だった。オーク達に捕まったか、人間に捕まったか何時までたっても帰らなかった者達。食料を取りに行き、半年もの時間が経って帰る者はいまだかつて居ない。


「はいっ。事実でございます」

「此処へ通して、今すぐ彼等と会いますわ」

「はぁ、ですが一つだけ問題が――」


 謁見の間は彼女の住む場所に設けられた。謁見の間とは言うものの、単なる一階にある一室。鳥獣人の里にある建物はそれぞれが物見矢倉のような構造で建てられている。低い物でも三階、高いものでは六階ほどの住居だ。

 寝室以外の壁は取り払われ周囲を見通せるようになっている。例え自分の家に居ても、警備している者が敵を発見したら直ちに攻撃できるよう機能性を重視していた。


 一つの例外は、この村の長が住まう一階の部屋。長と高齢の者達が集り、話し合いをする会議室だ。会議室と名乗るのも仰々しいかもしれない。何せ話し合う事は、今年は誰が村を降り食料となる虫を集めに行くかという程度のものだ。


「よくぞ戻ってきましたね。インシルリク、ジャンルイジ、サドフニコフ。生きて帰ってきた事を心から嬉しく思いますわ」

「ひ、姫様~~」


 三人とも瞳に涙を溜め、歓喜に満ちた顔を彼女へと向けていた。生きて故郷へ帰る事の出来た三人の顔をそれぞれゆっくりと眺め、やがてその隣の人物へと視線をずらしていく。そこでギシリと彼女の表情が固まった。


 彼女の隣に控えている初老の鳥獣人を手で招き寄せ、口元を手で隠しながらボソボソと喋りだす。


「爺……なぜ此処に人間が居るんですの?」

「何故と申されましても……彼女達がインシルリク達を奴隷から解放し、此処に連れてきてくれた者ですじゃ」

「人間だなんて聞いてませんわ」

「それは姫様がそんな恩人を待たせる訳にはと言って聞かなかったからです。もう少し冷静さをお持ちになって――」

「初めまして、鳥獣人のお姫様。私はラビという名よ」


 相談中だった彼女達にラビの声がかかる。

 突然の言葉に彼女は背中から生える羽をビクリと強張らせ、ゆっくりとラビの方へ振り向いた。


「此処からオークの村を跨いでその先にある小高い丘、そこを越えた所に有るオワゾという場所から来たわ」


 聞きなれない名称が耳に入り彼女は困惑した。いや、彼女にとって外の知識というモノは皆無だ。隣にはオーク達の村がそびえ、周囲の森には魔獣達が闊歩する。そんな場所に生まれ、彼女はこの村より一歩も外へ出た事は無かった。


 里の長である翼人として彼女はこの村における防衛の要だ。だからこそ、鳥獣人以外をこれ程近寄らせた事は無い。人間がいきなり飛び掛ってくるのではという恐怖、知らない外の知識への困惑に彼女は狼狽していた。


「いやぁ、大変だったわよ。一緒に来た二人とも別れちゃって」


 そんな心中にも関わらず、ラビは気さくに話しかける。急に襲いかかってっくるような仕草は見せない。恐怖や困惑は胸の奥へと押し込み、彼女は毅然とした態度だけ取り繕った。


 恐る恐る耳を傾けると、なるべく見つかり難いルートを選んだはずだが、オーク達に見つかり追われている途中で仲間と逸れてしまったという。


「それは大変ですわね。今すぐ追いかけた方が宜しいのではないでしょうか?」

「……ああ、気にしないで、連絡はつけておいたわ。元々二人は狐獣人の里に行く予定だったしね」


 今すぐ出て行けという言葉をオブラートに包んだが、相手は何処吹く風と気にしなかった。ストレスが蓄積されていき、彼女の顔が険しくなる。


「それに……帰れと言われて帰る訳にもいかないのよ。人間は怖い存在ていう認識で居て欲しくないし、ね」


 まるで自分の焦りを見透かすような言葉に、彼女は今にも吐き出てきそうな弱音に蓋をする。蓋を必死に握り締め、無様な姿を晒さないように必死だった。過剰な力の入れ方に、背中の羽が一度羽ばたいた。


 解り易い反応にラビはクスリと笑みを零す。


「まずは、貴方の名前を伺っても良い?」


 例え人間であろうと自分達一族を助けてくれた人物。その恩人に無礼など此処の一族の主を勤めている者の態度では無い。それが人間にも適用されるのかどうかなど、取り繕うのに必死の彼女には判断出来なかった。


「失礼しました。私の名はピピンと申しますわ。この度は私達の仲間を助けていただいた事に感謝致します」

「可愛らしい名前ね」

「よく言われます。威厳も貫禄も出ない名前ですわ」

「そう? 私は好きよ。貴方とは年も近そうだし仲良くなれそう」

「亜人と人間……が? 面白い冗談ですわね」

「冗談じゃないんだけどね。少なくとも、私達の村では上手く行ってるわよ」


 見た目にはピピンとラビはそれほど年が離れていないように感じる。しかしラビの落ち着きっぷりにピピンの方は気が気でなかった。一体何を考えているのか、どんな風に人生を過ごせばラビのような冷静さが得られるのだろうか、と真剣に悩んでいる。


「先に私が此処へ来た本来の目的を伝えさせてもらうわね」


 ほら来たとピピンは頬をひくつかせた。

 人間は怖いものだと教えられている。そんな人間が奴隷から解放したインシルリク達を只で帰すとは考えられなかった。どんな無理難題を吹っかけられようと、気丈に反論するよう気構えた。


「此処の生活は彼等から聞いてるわ。春から秋にかけて周囲の森から虫を集め、蟲塚と呼んでる場所で育てているそうね」

「え……ええ」


 何を話し出したのか、肩透かしを喰らう質問にピピンはさらに困惑した。


 蟲塚とは鳥獣人達の村における食料庫。

 ハーグの森から発見出来るのは魔獣と毒性の有る果実ばかり。そんな中、唯一影響の無さそうな虫。それを食料にする事で冬を過ごしてきた。彼女達にとって安全に食べられるものは虫しかなく、それだけを頼りに生きてきたのだ。


「冬には冬眠した虫を掘り起こして食料としているのね」

「おっしゃる通りですわ」

「だけれども、また春が着たら食料を探すために丘を降りなくちゃいけない。オーク達や魔獣が徘徊する森の中へ……とね」

「……そうですわ」

「オーク達に捕まる危険性もある。魔獣に追われる危険性もある。森の出口方面へ逃げちゃって商人に捕まる危険性もあるわ。イチ――インシルリク達のようにね」

「皆が生きるため……ですもの」

「その悩みを解消しようと思わない?」

「――へ?」


 間の抜けた声がピピンから漏れた。

 今までの彼女は村を降りた者が無事に帰って来るように祈願するだけだった。食料調達へと向かい、帰ってこなかった者達へは涙を流しながら「仕方が無い」と諦めたものだ。

 少数の仲間を犠牲にし、多くの者達を生かす。この環境で生きるために長が割り切らないといけない決断。それでも彼女はまだ若く、割り切れない感情に胸を痛めていた。


「…………どういう事ですの?」


 しかし仮に、もし出来れば。そんな想いが一筋の光明としてピピンの前でぶら下がる。人間に対する恐怖は薄れ、身体を乗り出しながらラビの言葉を待っていた。


「私達は貴方達と仲良くなりたいだけなの」


 ラビは今後の予定を彼女達へと説明していく。その言葉はオワゾの意思として、詰まる所クーヤの意思として鳥獣人達へと伝えられていく。


 外は恐いモノ。そう教えられ、その身にも実感してきたピピンにとってラビの提案は考えられないモノだった。





「よく前回訪れた時に捕まらなかったわね」

「アリスが居たからな。殿が無ければ俺はとっくにオークの腹の中だっただろう」

「ふふ、クーヤにしてはお世辞が上手いな」

「世辞じゃないがね」

「周囲の地理の把握、退路の確保。綿密な下調べによる結果だろう?」

「逃げ道が解っていようが、足止めしなければ囲まれていた」

「ふう~ん、ならそういう事にしておいてあげる」

「そーかい」


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