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第三十六話 エネルギーの使い道

第三十六話 エネルギーの使い道



 視界が暗くなる。

 昔に一度だけ見た光景が、ティナの目前に広がった。


 空間が歪む。体中の骨が小気味良い音を立てて折れ、肉が赤い飛沫を上げてちぎれた。目の前で動くに動けない生物が壊れていく。

 空気が捻れる。目玉が飛び出し、頭蓋が砕け、脳漿が飛び散り、口から内臓が裏返った。

 視界が渦を巻く。突き出た骨の欠片も、噴き出した血の一滴も、搾り出された悲鳴すらもその中心へと吸い寄せられ、押し潰されていく。


 クーヤとサエッタの居るその場所が、圧倒的な力によって蹂躙された光景――


「あ……あ……あ」

「ティナ、大丈夫!?」


 そんな光景を幻視した彼女の隣で、フィズが肩を揺すった。


「お、姉ちゃん……私……また」

「気をしっかり持て、息を吸って長く吐け。サエッタは無事だ」


 想像の中で肉塊になった人物が、何事も無かったかのように傍に立っている。その隣にはサエッタが驚いた顔をしていた。


「え……あ……な、なんで」

「いいか、まずは息を吸え。息を吸ってゆっくりと吐くんだ。そう、もう一度」


 ティナが言われたとおり呼吸を繰り返す。一体何が起きたのか解らなかった。力が暴走し始めた時、確かに彼等は視界の中にいたはずだ。


「落ち着いたか?」

「…………はい」

「しかし……凄まじい力だな。まぁ、これのおかげで被害は少ない方か」


 先程までクーヤが居た空間を見てみると、壁の一部は歪んで亀裂が入っている。彼女が思い浮かべたような光景は無い。想像していたよりも被害が大きくない事に彼女はほっとするが、何故これほど被害が少ないのか疑問に思った。


「一つ認識しておくと良い、その力の弱点は視点にある」


 視界を覆うために手にした刀が拉げている。クーヤが取った行動はとても単純だ。意識と視線をより近い物への誘導。眼前に物を突きつける催眠誘導を応用し、彼女の視点を刀へと向けさせた。


 目隠し用に使える物が、近くに刀しかなかったのがクーヤにとって痛手だ。


「そして力の込め方がピーキーだな。物体を静止させるか、少し移動させるか。それ以上は押し潰すのか」

「……ごめんなさい」

「謝んなくていい、ティナは全然悪くないんだから」

「その通り、俺の認識不足だ。それに作り直そうと考えてた物だし、気にする必要は無い」

「あはは……き、気持ち悪いですよね、こんな力。本当に気持ち悪い」

「そんな事ない、ティナは全然気持ち悪くなんかない!」


 ティナの乾いた笑いがその場に響く。フィズが彼女をなだめるが、ティナが抱えている闇は深そうだ。


 押し潰され、細長い串のようになった自分の刀を眺める。まるでプレス機に押しつぶされたように体積が小さくなった物を床に置いた。そして彼女の力の活用を考える。戦闘に使うのではなく、生活する中でその使い道を探る。


「気持ち悪い、気持ち悪い。ずっと言われ続けてきました。私も、そう思ってい――」

「凄いな。ティナは圧縮に特化した念動力か」


 ティナの言葉を区切ると、まるで居つきにあったように二人が止まった。気抜けした瞳でクーヤへと振り返る。

 励ますのは良いが、ただ否定するだけでは意味が無い。力を否定しても逆効果。力は、彼女の一部なのだから。


「……えっ」

「物を圧縮させるという力は面白い。金属を加工するには有意義なモノだ。人力で圧縮するしか無い今の時代では重宝する力」

「あ、な、何を……」

「物を停止させるというのもいい。建物を建てる時にとても便利だな。此処ももっと人を増やす予定だ、その時はティナの力は皆の役に立つ」

「そ、そんな事……」

「そんな事はある。ティナはその力の利点が解っていないだけだ」


 ティナが喋ろうとする所に言葉を被せ続け、彼女の考えを否定する。今の彼女に賛同してはならない。利点だけを述べ、考えを否定し、その力を肯定する。

 力を否定する事は彼女自身を否定する事。どんなモノであろうと、力は自身の一部。影のようなモノ。切り離せないのなら尚更だ。


「此処に住んでいる魔女達も昔は力の制御が上手く行かず、自暴自棄になっていた」


 友達になりたくて、仲間が出来たと嬉しくて、先生と一緒になって彼女達を説得した。その時言った言葉は確か――


「その力は怖くない。ただちょっと上手く使えてないだけだ」


 呆然とした生気の感じない瞳でクーヤを見つめる。嘘を吐いている、ただのお世辞だ、という否定的な意見。本当に気持ち悪く無い? こんな力を受け入れてくれる? という疑問に満ちた希望的な感情。ティナの中で意見が対立しているのが目に見えた。


「……本当、ですか?」

「ああ」

「気持ち悪く……ないんですか?」

「その力は気持ち悪くない。本当に気持ち悪いってのは、力に溺れ能力を使って無差別に人を傷つけるようになったやつ……そんな弱い人の心にある」


 力が大きければ大きいほど、行き着く先はそれを使いたい衝動に駆られて力を乱用する事になる依存症。もしくは自己嫌悪に陥って自らを破滅に導くだろう自殺。彼女は後者になる可能性が高そうだ。


「もう一つ認識しておくと良い……大きすぎる力というのは不便だ」

「……はい」

「大き過ぎれば過ぎるほど制御が困難になり、制御した後はその力に依存する危険性がある」

「はい……」

「だがその力を制御しない事には始まらない。此処で生活するには力の扱い方を知るのは絶対に必要だ」

「はい……えっ! わ、私此処に住んで――」

「結論を先急ぐな。話はまだ途中だ」

「は、はい」

「だがまぁ、一つだけ明言しておく。此処はどんな力を持っていようとそれだけで拒否するような事はしない」


 奴隷だから、亜人だから、魔女だから相手を見下す。未知の力を持っているという理由で相手を化物だと認識する。相手の事を知ろうともしないで、そういうモノだと決め付ける。先入観だけで、人物の一部だけで観念を固定するのは彼の最も嫌いとする所だ。


「はい……ありがとう、ございます」


 ティナの声が震えていた。震える彼女の身体をフィズが強く抱きしめる。背中に回した手で背中を摩りながら、顔を上げてクーヤを見つめた。


「あ、あの……その……」

「どうした?」

「その、あんがと。ティナの力を嫌いになんないでくれて」

「今回は俺の責任だ。それにしてもらしくないな、さっきまで反発していたというのに」

「う、うるさいなー。いいじゃんか別に、礼くらい普通に言わせてよ」

「素直なのが一番だ」

「子ども扱いすんなっての!」


 実際クーヤの方が年上だが、そこまで離れているわけではない。

 肩を竦めてため息を吐き出しながら、この年頃の扱いは難しいとつい考えてしまった。実年齢よりも10歳ほど年老いたような感覚が不快だった。


「まぁ、後はフィズだな」

「へっ? あ、あたし??」

「当たり前だろう。というか、俺が一番知りたいのはお前の力だ」

「でも別に、あたしに特別な力なんて……」


 ああ、聞き方が悪かったと頬を指で掻き、もう一度質問を繰り返す。


「フィズ……お前は、その技術どこで手に入れた?」

「技術? なんのこと」


 ああ、本当に解っていない顔だ。嘘を吐いている様子などこれっぽっちも無い。的外れな勘違いをしている可能性は低いと考えていたが、彼女の反応にクーヤは自信が無くなってきた。


「……ふむ、それじゃあこう聞こうか。お前はどこで武術と、気の――気功の扱いを覚えた?」

「ど、どうしてそれを!」


 フィズの反応にクーヤは内心ほっとする。再び疑問符を浮かべたらどうしようかと考えていた所だ。一体何を教えていたのかと、呆れる他にない。


「おいおい何だって? また新しい言葉が……」

「気を扱うのは難しい事じゃない。イースさん達だって知らない内に使っているぞ」


 何か行動を起こそうとやる気を出す。戦う前に闘気を満たして身体に力を蓄える。相手に気取られないよう気配を消す。敵に殺気を投げかける。気とは、そんな有り触れたものだ。


「……んん。まぁ、そう言われりゃ、なんとなく」

「気は別に珍しいモノじゃない。ただ、やる気にしても闘気にしても、とても散漫的だ。気を本当の意味で使うというのは、その散漫なエネルギーに指向性を持たせるという――気功と呼ばれる技法だ」

「……一体どこまで知ってんの」

「ほんのちょっとだけ詳しいだけだな」


 フィズの質問におどけて返すが、気迫を込めた視線で睨み返された。そんな彼女の反応にクーヤは肩を竦めるばかりだ。


「そう睨むな。実際、俺には気を扱う手段は気配を隠す程度にしか使えない。お前のように指向性を持たせる技術は俺には無い」


 フィズが訝る。確かにティナ達の後ろへ回った時に気配を感じる事はまったくなかった。まるでその場にいるのが当たり前のような、突然現れたような気味の悪い感じであった。


「にしたって、詳しすぎる……」

「そりゃそうだ。俺が詳しいのは魔術に関する事。そして、気とは魔術の原点にして動力、気功は別分野の系統にあるがな」

「――どう言う事です?」

「気と呼ばれる生命エネルギーが、魔素の核に詰められた原動力という事さ」


 魔術という現象を起こすために魔素には必要なエネルギーが込められている。

 過去に説明したように、錬金術に必要な事項として魔素に内包するエネルギーの量を増やし、結合するための動力とするという条件がある。他の魔術であっても魔素の核にはそのエネルギーが注ぎ込まれており、原動力としての働きとなっているのだ。それが、気と呼ばれる生命力。


 ティナの念動力に関する仮説も、大気に満ちるマナへエネルギーを注ぎ込み間接的な魔術を可能としているという想像だ。もしくは直接物理的エネルギーが関与しているかもしれないが、その詳細は判明していない。


「そもそも――ああ、話が脱線しているな。この話はまた今度にしよう」


 こほん、と咳払いを一つし、クーヤはフィズへと向き直る。


「世界を回ったが、指向性を持たせて気を扱う奴なんて見た事が無い。それで、フィズはどうやって扱いを覚えた? まさか自分で見つけたわけでもあるまい」


 それほど武術としても、気功の扱いとしても完成されていた。彼女がその技術を会得しているのは間違いようが無い。問題は、その技術をどこで教わったという事だ。


「……さっきから一つだけ聞きたい事があるんだけど」

「なんだ?」

「お前……一体何者?」

「俺か? 見ての通りいたって平凡な人間だ」

「……そう見えるけど、全然そう思えない」


 フィズ自身にしか知らない知識を持つ者など、何処にも居なかった。誰もが知らない知識を、当たり前の様に持つクーヤに疑念を抱かずにはいられない。


「平凡すぎて嫌になるくらい普通の人間だ。魔女のような特殊な力も無い。魔術師としても平均的な魔力しかない。イースさんのような体格も無い。

 臆病で、ずる賢くて、だけれど人より多く物を考えようと努めているだけの……ただの人間だ」

「ティナ達の力はずっと否定され続けてきた、ただの人間が受け入れるなんて絶対に無かった」


 未知の現象を前に、人はそれほど冷静では居られない。魔女の力を目にして嫌悪しない者などいなかった。それは、長い間放浪して彼女が認識した事実。


「そうかい。ただ一つ他人と違う所は、頭の中に居た住人のおかげかね。その不思議さに比べれば何てことは無い」

「住人……って!」

「そう、俺はお前と同じ転生体さ」


 俺はその知識に縋っているだけの矮小な存在だ、と語りかけるクーヤがまるで鏡に写った自分の姿を見るようで、奇妙な感じだけがフィズの中でいつまでも残っていた。







 クーヤが自らを転生者と公言してから、フィズは転生元の話をぽつぽつと語りだした。


 その存在に気がついたのは、ティナが牢に押し込められてから暫く経った後だったという。


 何時も隣に居た妹の存在を失い、誤魔化すために草を毟り続けていると誰かが語りかけてきた。初めはその存在に驚いたらしいが、その時の精神状態では気が触れたのかもしれない、という感想を抱く事はなかった。ただ、寂しさを紛らわすために耳を傾け、生返事を返していく。


 話を聞いていく内に、フィズは空いていた手を強く握り締めた。妹を牢から出すためには力がいる。村を出るには力がいる。言われるがままに修行を始めた。力を得るために。

 そうしてフィズは転生元の知識を、気功の使い方を教わった。彼女はその存在を師匠と名づけ、武術と気孔の術を伝授されていく。クーヤの先生のようにほかの生活の知識は教わらない。武術と気功のみだ。


「――といった感じ。師匠はあたしが武術と気功を全部使えるようになった頃には、いつの間にか居なくなってたよ」

「そうか」


 気功の扱いは難しい。気を練るために効率の良い呼吸法を会得する事から始まり、蓄えたエネルギーをロスさせる事無く運べるよう、運搬動作を円や螺旋で用いるために武術も体得しなければならない。それらを体得するには数年の時間を要する。

 彼女の転生元は業を受け継がせるためだけに少ない時間を使ったのだろう。


「子供というのは多感なものだからな、人格が十分に形成されてもいないから別の人格を受け入れやすい。成人を過ぎる頃にはその人格が無くなるか、乗っ取られる場合がほとんどだ」


 精神的に不安定であり、孤独という恐怖を紛らわせるために無意識に話す相手を求めている状態。転生体を受け入れる条件となるのが幼年期の孤独、もしくは……繰り返される虐待による自己否定の最中だ。


 孤独や虐待。そんな境遇においてその相手はいいパートナーだったかもしれない。

 だがしかし、培った知識を口に出そうと理解出来る者は居ず、広めようと考えても頭の硬い学者達には気が狂っていると否定される。知識を授かった後に待ち受けるのが孤独とは、なんとも皮肉なものだ。


「こちらは共存といった形をとったが、これはかなり稀なケースだ。俺も先生を受け入れていなければ、どちらかが消滅していただろう」

「ふ~ん、そなの」


 乗っ取られる可能性を示唆したにも関わらず、フィズの反応は軽かった。いまいちその危機感を理解していないとも取れる。


「しかし……ふむ、やはり転生者だったか」

「へ? やはりって……ま、まさかお前――」

「手広く回ってきたが、全てを見てきたわけじゃない。もしかしたら、何処かの一部では伝承している地域があるかもな」

「だ、だだ、騙したな!」

「というかそろそろ名前で呼んだらどうだ。何時までもお前とか、相手に失礼と思わないのか?」

「お前なんかクソ野郎のクーで十分だよ!」

「あだ名か……安直過ぎてフィズの語学力に疑問を持つが、まぁ悪くない」

「嫌味だよ! わかってよ!」

「理解している。その上での了承だ」

「本当に捻じくれた性格してるなクーは!」

「ああ、よく言われる。俺から言える事はそうだな――気にするな」

「「「自分で言うな!」」」


 一同が声をそろえて同じ言葉を叫んだ。彼等の息の合わせ方、足並みそろえた言葉に、これなら此処での生活も安心出来るなと、見当違いな感想がクーヤの中で漏れるのであった。


「そろそろ二つ目の質問へと移行しよう」


 皆の反応を自分自身が気にせずクーヤは話を進める。フィズがプルプルと拳を握りながら震えていたが、イースが怒るだけ無駄な労力だと諭していた。コミュニケーションが既に取れているようでクーヤは満足である。


「何処から来て、どうやって侵入したかについてだ」

「……やっぱ言わなきゃなんない?」

「当然だ。と言いたいが、侵入方法は予想が出来ている。お前達が住んでいた所にも興味無い。聞きたい事は一つだけ」


 侵入した経路も彼女達の力について聞く事で大体の予想はついた。ティナの力で塀を登るための足場を作り、サエッタが心を読んで見張りの穴をついた侵入。正解ではないかもしれないが、近い答えではあるだろう。


 現在結界は魔獣が入ってこないよう、獣除けの効果しかない。

 人の侵入を防ぐ物に切り替えようと考え付くが、出入りにも不便が無いよう門の開閉時には結界が張られないような物にしなければならない。なかなか複雑な結界になりそうだ。結界を担当する者達にはがんばってもらうしかないだろう。


「お前達はこの国の出身か?」


 本来ならあるわけが無い質問をフィズ達へと投げかけた。


 魔女狩りが発令された時、クーヤは山を越えて国から逃げ出すか、海へ向かい隠れるかという選択に迫られた。その時は目印も無い道無き道を馬車で進むのは不可能と考えて後者を選んだ。

 何処へ向けて進めばいいか分からない山の中を進むなど自殺行為だ。そこに住まう魔獣達も強力だと聞いている。満足な装備も無い、十分な道具も持たない者にそれが出来るとは思えなかった。


「……どうせ言ったって信じないよ」


 だがそれは彼女達の力を知る前の考えだ。

 フィズ達の力を持ってすれば不可能であると切り捨てる事は出来ない。


「お前達は本当に素直だな」


 三人の反応をクーヤはじっと眺める。

 ああ、まったくこれは運命を信じないといけないかもしれない。嬉しさが大部分を占める複雑な感情をごちゃ混ぜにして、クーヤはため息を一つ吐いた。







 それからも話し合いは続けられ、気がつけば昼をとっくに過ぎていた。彼女達の逃亡生活について聞き、クーヤからもこの村の現状を語る。オワゾの成り立ちに彼女達は苦い顔で聞き入っていた。

 全てを話し終えた後、ティナはクーヤの意思を確認するために口を開く。


「それでその……この村に置いてくれる、のですか」

「いや、駄目だな」

「はぁ!? 今更なに言ってくれちゃってんの?」


 一体今までの話し合いはなんだったのか、とフィズが声を荒げた。

 制御に難はありそうだが、ティナとサエッタの力はとても便利だ。フィズの技術も戦士達の錬度に繋がる。オワゾにとっても迎え入れたい人材のはずだ。それを何故クーヤが拒否を示したのか、イース達には解らなかった。


「お前達は俺の仲間を傷つけた」


 あっ、と口を開け、フィズの気迫がしおしおと萎んでいく。あの場面では仕方が無かった、と口から漏れそうになり唇をきつく結んだ。自分を正当化しても意味が無い。


「うっ……そ、それはあたしが勝手に暴走した事だし、二人には関係ないし……だから、頼む。頼むよぉ」

「だったら謝って来い」

「へっ?」


 刃物を持った者達に囲まれれば誰だって恐れ、戦う力が有れば抵抗するだろう。状況が状況だが、オワゾで生活していくには暴力を振るった者達と顔を合わさなければならないのだ。

 此処で生活する以上、人間と亜人の関係悪化に繋がる原因を残しておくべきではない。


「負傷者達全員に、今すぐ謝って来い。まさかとは思うが、亜人に頭を下げる必要は無いとふざけた事を抜かすのか?」

「そんな事無い! わかった、謝る。今すぐ謝ってくる」

「エリーナ、アムさんの診療所までこいつらを連れてってやってくれ」

「畏まりました」

 

 エリーナの背を押してフィズ達が慌しくログハウスを出て行く。

 彼女達の姿が消えた後、クーヤは葉巻を一つ取り出し、いまだに熱の残る火床へ葉巻の先端を近づけた。


「あー、なんだか新しい言葉ばっかで頭が疲れちまった」

「一つ、いいですかクーヤ君」

「なんだいウィムさん」


 煙を吐き出し、クーヤは壊れた壁を見つめていた。

 これからの気温、隙間風は実に寒そうだ。補強でどうにかなる状態ではなく、一面変えないと無理そうだった。フィズ達の最初の仕事が決まった。自分の責任と言っておきながら、修復作業は彼女達にやらせるつもりだ。


「心配は無いと思いますが……もしティナさんが力に溺れたらどうします?」

「ウィムさん、あんたの不安は最もだ」

「ええ、僕の不安と言うよりも皆の代弁ですけれどね」

「その時は俺がティナの頭でもぶっ叩いてでも目を覚まさせる。俺じゃなくても、あいつ等がなんとかしてくれるだろう」


 彼自身もなんとか頑張ろうとは思っているが、扱いに慣れた強大すぎる力の前ではクーヤは無力だ。

 だからこそ、その力を止めるのは彼女達がやってくれると思う。


「さてさて、あいつらの方はどうなってるやら」


 心配しているような、遠くから見守っているような、だけれども少し嬉しそうな曖昧な表情を浮かべてクーヤは煙を天井へと吐き出した。


「やぁっと終わった。いやなんかもう一生分謝った感じ?」

「はいはい無駄口叩いてないで、手を動かして」

「……釘、追加」

「ふっふっふ、今は大人しく従ってるけど……いつかクーをぶん殴ってやる」

「解ったからお姉ちゃん仕事サボらないの。早く釘を打って」

「これからあたしの活躍に期待しな!」

「……危ない」

「指がーーー!!」

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