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第三十五話 電気信号

第三十五話 電気信号



 ここで一つ御伽噺がある。姉妹の話だ。


 小さな村で姉妹は生まれ育った。姉である快活な少女と、少し後に生まれたか弱い妹。姉妹は仲がとても良く、何時も二人で遊んでいた。片時も離れず、何をするにも一緒であった。裕福な環境ではなかったが、それでも少女は満たされていた。隣には自分の手を握る小さくも暖かい存在があったから。


 ある日、妹は大人達の手によってどこかへ連れて行かれた。妹はあってはならない力を持っていた。凶暴で、暴虐で、大人達の手にも負えない強力な力。

 妹は暗い暗い、とても狭い場所へと押し込められた。そこには妹よりもさらに幼い男の子が片隅で震えている。


 少女は何度も大人達に抗議をした。だけれども大人達は首を振るばかりだ。何時も一緒だった隣に今は誰も居ない。開いた手が温もりを求め、生えていた草を掴む。大人達の目を盗んでは、妹の様子を何度も確認しに行っていた。


 時が経つにつれ、妹と男の子の姿が変わっていく。着ていた服は薄汚れ、体は見に来るたびに痩せ細り、目から光が消えうせた。彼女が何度も呼びかけるが、段々と返事をする回数が減ってくる。


 このままでは妹が死んでしまう。そうして彼女は決意した。この暗闇から抜け出す事を、こんな間違った世界から逃げる事を。

 彼女は妹と男の子の手を取って飛び出した。何処へ向かえばいいか分からない。

 後ろからは男達の怒鳴り声。捕まったらどうなってしまうか分からない。彼女はただ前を向き、走り出す。握った手が再び失われる恐怖に脅えながら。ただひたすら走る。安住の地を目指して――



 誰に語られる事も無い。よくある御伽噺だ。







「ようこそオワゾへ。魔女および転生者よ」


 クーヤの言葉はフィズの心臓を鷲掴みにした。

 良い意味など微塵も含まれて居ない単語。不吉の象徴。この世界で誰一人として口にして面白くないその名称。悪魔の称号。自分の妹を散々苦しめてきたその言葉を素直に受け入れる程、彼女は大人では無かった。


「なに言って……あたし達は――」

「ああそういうのはいらない、時間の無駄だ」


 確信に満ちた声色にぐっとフィズが黙り込んだ。

 目の前の男が何か得たいの知れない化物のように写る。


「――俺に、嘘は通じない」


 まるで心を見透かすような視線に、フィズは少し身を引いた。だが、必要以上に恐怖を感じる事は無かった。それは彼女にとって、慣れている感覚だ。


「お前……まさか――」

「残念ながら、俺は魔女じゃない。俺の読心は相手の表情、仕草から読み取った曖昧なモノ。心を読むというなら、そちらの方が上さ。なぁ――サエッタ」


 サエッタの身体が大きく一度ビクついた。

 上げていた視線を伏せ、暫くの間床を見つめ続ける。沈黙は長いこと続けられた。


「お前は、人の心が読めるんだな」

「…………なんで?」

「なんでって、お前は魔術の軌道を事前に読んだじゃないか」


 逡巡の後、恐る恐る視線を上に上げていく。

 その力がテレパスかサイコメトリーかは判断つかないがな、と初めて聞く単語にサエッタが困惑の表情を示していた。


「おかしな事だ。魔術師でも無いヤツが……いや、魔術師であろうと、放つ前の魔術の軌道を読めるわけが無い。予想は出来る。だが、人に忠告出来るほどの確実な助言は出来ない。心を読まない限りはな」


 サエッタは心を読む事が出来る。それは長い時間、フィズ達と一緒にいる間に彼自身が教えてくれた。彼はあまり自分の事を話さない。そして読んだ心の内容を口にする事はほとんど無い。


「もう少し詳しく教えてくれるか?」

「……………………」


 その一言にフィズは呆れた。

 自分の呪われた力を一体誰が好き好んで喋るというのか。その力が有ったせいで、どれだけサエッタが酷い目にあって来たのか。彼には解らないのだろう。


「だんまりか……お前達には聞きたい事が三つある。一つ、お前達の力について。二つ、何処から来て、どうやって進入したか。三つ、これからどうするか」

「どうするって、どう言う事なのさ」

「物事には順序がある。1と2を飛ばして3という話には至らない」


 要するに自分達の事を喋らない限り、話を進める気が無いという事らしい。


「ただ可能性を示唆すると、先程も言ったようにこの村は魔女との共存も目指している。魔女だからという理由で毛嫌いする奴は此処に居ない」

「魔女と共存なんて……あるわけない」

「ああ、何処にもなかった。だから、俺が造った。今は所用で出かけているが、この村には既に魔女はいる」


 一つフィズの心臓が高鳴った。あまりにも魅力的な話だ。煙たがられる魔女が人として生活出来る。それは彼女が求めて止まなかった安住の地。ずっと探していた彼女達の居場所。


 ただ、それが事実かどうかなど今の彼女には解らない。彼の言う事は全てでまかせで、自分達を陥れようとしているのかもしれない。希望と疑念が天秤を揺らす。焦る心を抑えながらも、うろたえが声に混じっていた。


「は、話したくないって言ったら?」

「俺の方針として、亜人だろうと魔女だろうとまずは人として受け入れるというものがある。だがそれは、無条件に相手を信じるという事じゃない」


 相手の事を理解せずに信じるなど、能天気過ぎる者の愚行だと彼は語った。


「そりゃそうだ。そもそも人間にだって良い奴と悪い奴がいる。素直な奴もいれば、疑り深い奴もいる。気の合う奴もいれば、敵に回る奴もいる」


 その意見には彼女も賛成であった。そんな人間の悪い部分ばかり彼女達は見てきたのだから。よく知りもしない人物を信用するなど、彼女には出来ない。


「話したくないならしょうがない。だが、よく解らない相手を此処に置いておくつもりも無い。村の出口まで連れて行ってやる。後はお前達の自由だ」


 だが、再び食料を盗みに来るなら今度は容赦しない、と念を押した言葉が返ってきた。


 彼は自分達が行くあての無いことを知っているのだろうか。何処も受け入れてくれなかった事を知っているのだろうか。様々な場所で食料を盗み、追い立てられ、終いにはこの森の中までやって来た事を知っているのだろうか。

 フィズの中で、本当は心を読む事が出来るのでは無いかという疑惑が再び浮上してくる。


 気がつけば逃げ場は無くなっていた。まるで狼の狩りだと彼女は思う。

 逃げ出すという行動も出来ず、黙るという逃げ場も無い。いやらしいやり口だ。憤りさえ感じる。それでも自分達が語らない事には何も得る事が出来ない。


「それじゃ。まずはサエッタから詳しく聞こうか」


 彼女達が目指した安住の地には、得体の知れない狼が住み着いていた。







「ふむ、なるほど」


 サエッタの心を読むという力をクーヤ達が一通り聞いた後、エリーナの淹れた茶で一息つく。彼のボソボソと喋る、途切れ途切れの単語を頭の中で整理すると口を開いた。


「確認させてもらう。サエッタの力は人の表面的な考えを読むもの。動物の考えまで読み取る事が出来る。距離はまだ確証出来たわけじゃないが、この村くらいの範囲なら聞こえる。読んだ声は頭の中で文字として浮かぶんだな」

「……うん」

「そして、それを防ぐ手段は無い、と。この村も結構人が増えてきた。皆の声が聞こえるのは辛いだろう」

「……もう、慣れた」


 慣れるはずが無い。四六時中人の考えが流れてくるのだ。知りもしない人物に常に語りかけられるストレスは、この少年の中でどれ程積み重なっているのか。


 彼等の力の内容を知りたいのは確かに有るが、本当に知りたいのは彼等の人格や考え方だ。しかし、サエッタの口数では知るという事がなかなか難しい。少し荒治療が必要かとクーヤは話を進めた。


「他には何かあるか?」

「……触れば、もっと解る」

「人の過去や、その人の深層心理を見る事が出来るという事か」

「…………うん」

「それじゃ、俺に触れてみるか?」


 いきなりの言動にサエッタは目を丸くしてクーヤを見つめ返した。能面のような無表情だが陰のある顔に、初めて子供らしい表情が浮かんでいる。


「……怖く、無いの?」

「その質問に答える前に聞いておきたい事がある。サエッタ、お前は……人が怖いか?」

「……………怖い」

「素直だな。それは人が気持ち悪い事ばかり考えているからか? 口にする事で気味悪がられるのが怖いか? 人に嫌われるのが怖いか?」

「なっ――お前!」

「お前が聞き取り難い声で喋るのは、人の心を読んで口に出してしまった過去があるからか? 口にして関係を険悪にしてしまった事があるからか? そう例えば……一番身近な親とか――」

「いい加減に――」

「僕だってこんな力持ちたくて持ったんじゃない!」


 小さい声でしか喋ることの無かったサエッタの思わぬ大声に、フィズは仰天した顔を彼へと向けた。


「虐められた、気味が悪いって思われた、化物って言われた。だから本当は心読むの嫌い」


 少年の叫びを、クーヤはまるで父親のように黙って受け入れた。だが彼はサエッタのような子供がいるほど、年老いてはいない。精々年の離れた兄弟のような心境だろうか。


「……でも、聞こえてくる。ずっと、ずっと、何時でも、みんなの声が……」

「悪い。だがこれで解っただろう? 心が読まれるという事がどういう物か」


 こちらは単なる推測だがなとおどけて喋りかけるが、フィズから疑惑の視線が投げかけられた。


「…………凄く、嫌な感じ」

「心を読まれる事が他人にとって恐ろしいのは理解出来るな?」

「……わかってる」

「だったらその力を制御出来るようにしなきゃならない。周りの者のためにも、お前自身のためにもな」

「……出来るの?」

「さてね。こればっかりはやってみないと解らない。ある程度考えはついてるが、合っているか試さない事には何ともな」


 そこでサエッタの力について聞いている時に立てた仮説を、伝えておこうと思い立つ。理解出来ないかもしれないが、自分の中で考えをまとめる事が出来るだろう。


「これから二つ語りたい話がある。雑談程度のものと思ってくれて構わない。考察と仮定の話だ」


 考察と聞いてイース達が苦い虫を噛み潰したような表情を取った。また頭の痛くなる話しが始まるのかと、構えられずにはいられない。


「まず考察の話をしよう。サエッタの持つ心を読むという力は、超能力の中では一般的な力だ」

「クーヤ、超能力ってなんだ?」

「超常的な力。俗に言う魔女の力。ラビやアリス、ルーシィのように魔術に関係する力とは別の、原理がよく解らない本当の意味で魔女の力だな」

「うむむ……よく解らん」

「詳しくは知らない。だから俺が言えるのは単なる考察、妄想。その程度の物として話をさせてもらう。まずはそうだな……人が物を考えるという行動を取る時、脳の中では電気信号が行き交っている所からか」


 コンコンとクーヤが自分の頭を叩いた。

 音波というのは縦の波で発せられているが、電気信号である電磁波は横の波。声を聞くのには耳の奥にある鼓膜が必要だ。鼓膜を震わせて音を聞く。そして、鼓膜では電磁波を捕らえることは出来ない。


 そんな話をつらつらと語るが、理解している者は此処には居なさそうだ。自分の知識を深く理解している者達がこの場に居ないのが悔やまれた。


「その電気信号を読み取る……もしくは受信するといっても良いか。受信するには電磁波という横の波を捉える器官が必要だ。その受け取る器官は、同じ電気信号が行き交う脳の一部器官と考えている」

「つまり……その、なんだ。俺達からその、波ってのが出てるって事か?」

「その通り。微弱な電磁波が出ているという仮説だ。もっと解り易いのは体温だな。これは熱というエネルギーが身体から――」

「ちょっと待ってよ。いきなり何わけわかんない事言ってんのさ」

「心を読むという力について、俺なりの考えだ。俺は臆病な性格でな、未知の現象にもある程度憶測を付けたくなるんだ」

「詳しくなかったけど、あたし達はサエッタの力を受け入れたよ」

「それはお前達が、サエッタという人物を理解していたからだろう」


 それにこの考えが正しければ、サエッタの力の制御に兆しが見える。という言葉はクーヤの中で閉まっておいた。単なる仮説を述べ、間違っていたとなればぬか喜びさせてしまう。


「先程の質問に答えよう。はっきりと言ってサエッタの力は、怖かった」


 人は皆、何かしら暗い感情を秘めている。自分の考えを読まれるなど、誰でも嫌なものだ。だがそれは、相手が自分の考えを変だと思われないか、他の人に言いふらさないか、嫌われないかというもの。

 本音をさらけ出しても大丈夫か、信用できる人物かどうかという点に尽きる。


 挑発して、ほんの少しだが彼の本音を聞けた。フィズ達のように彼を理解しているとまではいかないが、サエッタの人物という物に触れることが出来た。他人の考えを全て理解する事なんて出来はしない。それでも、彼が自分の力を嫌っていて悪用するつもりが無いとだけ解れば十分だ。


「だが、もう――怖くない」

「……本当?」

「触ってみるか?」

「……うん」


 ただ、彼に嫌悪感を与えたままでは、今後の関係に支障をきたしてしまうだろう。そんな考えも読まれているかもしれないが、謝罪の意味も込めてクーヤは手を差し出した。


 サエッタがクーヤの近くまで寄ってきて、差し出されたままの手を恐る恐るといった手つきで握る。


「……怖がってない」

「だろう」

「……うん……でも過去の方は、ぐちゃぐちゃしてて、よく解らない……それに、知らない言葉がいっぱい」

「まぁ、その辺はおいおい説明するとして……もういいか?」

「……もう少し、いい?」


 魔女の烙印を押されてから、この幼い少年は人と触れ合う事をしてこなかったのかもしれない。人の温もりに飢えているのかもしれない。幼い頃のラビ達を思い出して懐かしくなった。

 そんな事をぼんやりと考えていると、サエッタがコクリと頷く。

 ため息をつき、サエッタの手を握りながらそのまま話を進める事にする。


「次は仮定の話をしようか。その世界は国同士で使っている言葉が異なっている世界だ」

「……あれ、解らなくなった」


 この世界では全て共通の言語が用いられている。

 国が違おうと、人間と亜人という種族が違おうと全て同じ言葉で会話がなされているという常識。国によって訛りがあろうと、種族によって口調が違おうと直ぐその場で言葉を交わすことが出来る。それがどれ程便利な事か、この世界では理解できないだろう。


「なにそれ、そんなんどうやって相手と話せばいいのさ?」

「まったくだ。不便な世界だよな。その分、言葉が通じるというのはありがたい事だ」

「……また、解るようになった」


 同意の視線を送ると、サエッタはコクリとまた一つ頷いた。


「だから会話を続けよう。言葉を交わす事で俺はお前達を、お前達は俺を知ることが出来る」

「今のところ、サエッタを傷つけたクソ野郎としか思えないんだけど」

「さて、次はティナについてだ」

「ひゃ、ひゃい!」


 フィズの言葉は聞こえないものとして処理された。フィズがもう一度「クソ野郎」と呟いていたが、その音はクーヤの鼓膜を震わす事はなかった。


「ティナ、お前は念動力が使えるな?」

「ね、ねんど……えっと」

「サイコキネシスとも呼ばれるが、ようは意思の力で物を動かすことが出来る力という物だ」


 念動力。見えない力で離れた物を動かす事が出来る能力。

 先程の一戦で身体が停止する現象について観察した所、クーヤとしてはよく解らない力が働いているという結論に至る。何らかの物理的なエネルギーが干渉しているのだろうが、その原理について説明する事は出来なかった。超常的な力が働いているとしか言えない。


 魔術にも似たようなモノはある。風系統に属される術で、大気を押し出す事で離れた物を動かすという魔術だ。しかし、クーヤから見て魔力は観測出来なかった。


「……そうです」

「その力について説明出来るか?」

「すいません……出来ません」

「ふむ、なら質問形式でいくか。ティナは質問に答えるだけでいい」

「え、あ、はい」

「まずは――」


 クーヤによって次々とティナに質問が投げかけられる。


 その力はどのくらいの距離まで扱えると問えば、視界に映る程度と簡潔に答え、距離が離れれば離れるほど弱くなると付け加えた。

 クーヤの頭の中で、放出したエネルギーが移動という運動により力量が減少していく様子を思い浮かべる。


 数人がかりで捕らえようとした時にその全てを静止させたよなと問えば、視界に映った対象へ意識を向ければ、力を使う意識を持続させれば目を瞑っていても持続できると答えた。

 逆に言えば、視線が届かない場所が彼女の弱点という事だ。彼女の力はやはり視界と意識が肝かと、自分の認識が間違いで無かったと理解する。


 力を使いすぎて倒れた事はあるかと問えば、一度も無いという言葉を途中で区切り、思い出したような表情で使いすぎて頭が痛くなった事はあると答えた。

 脳内では得た情報を元に、細胞内のエネルギー産生と頭痛の関連性について討議していた。


 どのくらい力を出せるかと問えば、黙り込んだ後、表情を俯かせてわかりませんと呟いた。

 嘘を吐いている様子は無い。本当に解っていないようだ。ただ、その陰る顔からあまり触れて欲しくない質問らしい。


「力を使う時どんな事を考えている?」

「えっと、えっと、止まって、止まれ! とか、お姉ちゃんに刃物向けんな! とか、近寄るな豚が! とか――あれ?」


 イースとショルが引いている。クーヤも少し引きそうになったが、動揺を押し込めて気にしていない風を装う。ウィムは笑顔で輝いていた。


 大人しそうな顔や雰囲気の外見とは裏腹に、中々強烈な毒を吐く。心が読めるサエッタと行動するに従って、自分の中の感情を素直に出す癖でもついているのだろうか。クーヤがそんな風に考えていると、サエッタがコクリとまた頷いた。


「あ、違うんです。その……ごめんなさい」

「な、なかなか過激な子っすね」

「そうですね。とても興味がそそられる性格をしていると思います」

「ウィム、お前は黙ってろ」


 聞く限り、物体を制止する事に長けている念動力かと考えるが、結論を先急ぐ必要も無い。気を取り直して再びティナに質問を投げかける。


「イースさんの腕を動かした事もあるな。それも同じように考えていたのか?」

「は、はい。その汚い手を離せ――なんて思ってないです!」

「ああ~、あれはティナ嬢ちゃんの仕業だったのか。いや、吃驚したぜ」

「ごめんなさい! ごめんなさい! お姉ちゃんが捕まって、それで――」


 手を慌しく動かして弁解し始めた。どこか懐かしい感覚を覚える。「ああ、そうか」と呟き、ナナも最初はこんな感じだったと感慨深げだ。ティナとナナは波長が合うかもしれない。少々毒を吐くが。武闘派に目覚めない事だけをクーヤは願っていた。


「まぁ、落ち着けって。気にしてねぇし」

「そうそう、イースさんの腕の一本。此処には腕のいい治癒魔術師も居るっすから」

「いや、いてぇのは嫌だぞ!」

「まぁ、これ以上は実戦した方が早いな」


 空いた木製の皿を手に取り、ふらふらと揺らした。左右に揺れる木の皿をティナと他数名の視線が追いかける。


「あと知りたいのは能力の限界値だ。今からこれを投げる。宙で止めてみろ」

「え、あの……」

「ほれ」


 相手の了承も得ずにティナへと皿を投げた。

 自分へと向かってくる物体を仰天した目で追っていたが、両手を握り合わせ脇を締めながら身を硬くし皿を睨む。ティナの眉間に険しい皺が寄った。


「おお、すげぇ……」


 放物線を描いた皿は、クーヤとティナの間でピタリと止まった。見えない手に支えられたかのように浮かぶ物体が、なんだか不思議だ。宙に留まり、完全に静止した皿をクーヤとウィムがじっと眺め続ける。


「魔力は観測出来ませんね」

「そうだな。だが……何か揺らぎのようなものが」


 ここで一つ仮説が立ち上がったが、確証はまったく無い。結論は先送りにし、検証を続けるため次の命令を彼女へ下した。


「次は少し動かしてみてくれ」

「っ……は、はい」


 ノロノロと緩やかに浮かんだ皿がクーヤとティナの間で浮遊する。周囲は驚いていたが、クーヤはもう少し俊敏に動き回れるのを想像していたので落胆の色を示した。


「もうちょっと速く動かせないか?」

「っ……む、無理です」


 大の男数人を一辺に止める力が有るのだから、彼女から放たれる総エネルギー量はかなりの物だと考えている。そのエネルギー量と、ゆっくりと浮遊する運動量は明らかに等しく無い。なにか能力に制約でも有るのだろうか、と疑問に思っていた。


「よし、それじゃもう少し力を込めてくれ」

「っ……だ、駄目です」

「ほんの少しでいい」


 頼み込むと、ティナが硬くしていた身体をさらに縮め、目に力を加えた。「……ほんのちょっと、ほんのちょっと……」と呟いている。背筋の奥を何かがはやし立てた。


「あっ、ダメ、にげ――」

「えっ――」


 宙に浮いていた皿が高い音を立てて割れ、雑巾を絞ったかのように形が歪に変わった。


 ギシリと鈍い音が遠くから聞こえた。排水口に流れていく水のように部屋の中が渦を巻き、壁が軋みを上げて押し潰されていく。



 その時、世界が歪んだ。



「此処はあたし達が乗っ取った!」

「乗っ取りましたぁ」

「……おー」

「あっはっは、まったく笑っちゃうよね。また分割かよ! って」

「お姉ちゃんテンション高い……何かむかつく事でもあったの?」

「何も無いよー、何も無いけどねー。なんかねー」

「……キャラが定まってない事を怒ってる」

「サエッタ、いらん事言うな!」

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