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第三十話 波長

第三十話 波長



 オワゾの広場に男達の慟哭が響いた。

 日中の仕事を終え、仕事道具を片付けながら村人達が自分の帰る場所へと戻っていく。泣き崩れる男達の横を通り過ぎるが、日常と化した光景に特に声はかける者はいなかった。


「おおおおおおお! 何故、何故クーヤどのに勝てないのだ!?」

「あんた達……まだ勝ててないの?」


 素通りする村人の中、唯一おせっかい焼きなラビは男達に近づいていく。あまりに惨めなその姿に、呆れながら彼等に声をかけた。


「ラビどのーー! 助言を、助言をお願い致しまするぅ」

「何をやっても勝ない。ふふ、勝てそうなのに勝てない……うう」

「こ、このままでは、ち、鳥人族としての威厳が」


 涙でぐしゃぐしゃな鳥顔が詰め寄ってきた。威厳の無くなった者はこんなにも情けない顔をするのかと、ずれた感想がラビの脳内を過ぎる。


「ちゃんと三人力を合わせてやってるの?」

「何を馬鹿な!? 正々堂々一対一で挑んでおります!」

「あ、それは無理ね」


 馬鹿正直なイチロー達に額に手を当てて頭を振った。

 この男達は自分を戦士と言いながら、強さというものを理解していないのだろうか。戦いにおいて、相手の力を理解するというのはとても重要な事だ。いや、力量を理解しているからこそ、今度は勝てるという甘い幻想を描いているのかもしれない。


 ため息をつき、出来の悪い子供を諭すような眼差しで傍に座る鳥獣人達を見据える。


「確かに、クーヤとの力量はそれほど離れてるわけじゃないわね」


 近くに落ちていた木の枝を取り、地面に突き刺し点を描く。クーヤの点のやや下にイチローの点を作る。これが平均的な互いの力量。


「いい、あんた達。強さっていうのは点じゃないの」


 描いた点から上と下に直線を書く。強さの幅を記す線を書くが直ぐに消した。


「そして、上下に伸びる線でも無いわ」


 枝の先端をイチローの点に挿し、そこから右へと波打つ線を描いた。横に描かず、やや右肩下がりの曲線を描いていく。


「強さはね、流動的なものよ。こんな風にね、グネグネとした曲線なの。クーヤは波長と言ってたわ」


 振幅が大きい所、小さい所。上へと流れる線、下へと流れる線。戦況の流れを記し、イチロー達に理解させる。ここまでは戦闘を行う者ならば気づけるはずだ。


「その場の状況、身体的な状態、精神的な状態。様々な要因によってこの線は揺れているわ」

「むぅ……なんとなく解ります!」


 彼等の反応に少々不安を覚えたが、ラビは話を続ける。


「でもね、クーヤはこの幅が少ないの」


 次にクーヤの点を枝の先で挿し、線を描いた。一定の間隔で揺れる振幅が延々と続いていく。それは自分の身体を把握していると言う事。


 自分に出来る事、出来ない事を知っている。

 周囲の環境や、物事の状況によって揺れるが、身体的、精神的なものの揺れは少ない。それは戦いを熟知した者特有の波長である。


「見た所クーヤの方が強いけど、それでもあんた達が勝てると思った場所はここよ」


 イチロー達の幅広い線とクーヤの揺れの少ない線が近づく場所をいくつか指し示した。

 格下の者が格上の者に勝てる場面がある。それはつまり、波打つそれぞれの線が交差し、格下と上が逆転した事を示す。


「クーヤがあまり強く無さそうに見えるのはそう見せてるの。まぁ、筋力もそんなにあるわけじゃないし、魔力も少ないのは確かだけどね。馬鹿にしてたら勝てないわ」


 戦士と呼べない身体つき、並の魔術師程度の少ないその魔力量、そして覇気の無さ。クーヤと対峙した者がまず抱く感情は、自分なら勝てるだろうという油断。


 こいつになら勝てるだろう。勝てるかも知れない。今度は勝てる。そんな思考に我を忘れ、生じる隙を彼は見逃さない。彼はその油断さえも利用する


 そこまで話して、ふとラビは思う所が出来た。

 否。むしろクーヤはわざと追い込まれているのかも、と。わざと隙を作り相手に責めさせて体力を削る。相手が勝利を望んだ一撃を防ぐ事で生じた身体の硬直。心理的な隙を突く場面を彼女はその目で見ている。

 彼ならまったく無いとは言えない戦法だ。


「なるほど。つまりこの交わった所を勝機とみなし、一気に叩き込めばいいのですかな?」

「違うわよ。クーヤは互いの線が混じろうとした時、全力で防御に回るわ。この線の最下点から上昇するまでね」

「う、うう。た、確かに勝てるかもと思ったときのクーヤ殿の防御は凄まじかったです……」

「クーヤは自分の弱さを理解してるのよ」


 自分の弱さを理解しているかさこそ、そこを狙う敵に対して最適解を導き出せる。常に自分の領分に相手を引き込む事に長けている。

 騎士などはどうしても正面からの戦いに拘り勝利を掴むものだが、暗殺者は相手を最高の状態で戦わせない事で勝利を掴む。クーヤの戦い方とは、そういうものだ。


「それでね、クーヤが一番やっかいな点は武器の扱いでも体術でもないの。観察力に優れてるって所なのよ」


 先程描いたイチローの線を消し、今度はイチローの点から三つの波線を描いた。


「この線がその場の状況、こっちの線が身体の状態、3本目の線は精神の状態。さっきの線は私から見た強さなんだけど、クーヤが見たらこうなるわ。この3本の線が合わさると、曲線はさらに複雑になってくの」


 三本の線を掛け合わせた複雑な線が描かれる。


 干渉。

 複数の波が重ね合わさる事によって、新しい波形が出来上がる。

 干渉により先程の波線よりも振幅が複雑に乱れていく。最初に決めた点よりも上に延びる線や、下に延びる線が乱雑になる。重なり合う振幅の和によって出来上がる、観察力に優れた者にしか感知出来ない波形。


 クーヤの一定の波形と、一定とはかけ離れているイチローのでたらめな線。最初こそ交わる所が多かった二つの曲線が段々と離れていく。ついには完全に交わらない二本の線が出来上がった。


「クーヤは格上の者なら相手が落ちてくるまで待つけれど、格下の者に負けるような戦い方はしないわ」

「ちょ、ちょっとお待ちくだされ!それでは、私達が勝てる見込みなど無いではありませぬか!」

「ええ、そうよ。でもね、クーヤの相手を観察する戦い方には致命的な弱点があるわ」

「それは……」

「相手が大勢だと、相手の力量を把握しにくくなるみたいね」


 クーヤは多対一を苦手としている。

 思い返せば、クーヤが多数の魔獣と戦闘している姿など見かけた事が無い。それはこの森で過ごすうちにラビが気づいた数少ないクーヤの弱点。

 弱点と呼べるものでは無いかもしれない。不確定要素が多い場合の戦闘は避ける。死ぬ事が許されない現状こそ、当たり前の行動ではあった。


 ただ、一対一では優れた力を発揮する観察力であるが、観察する対象が増えれば増えるほど流れを読みにくくなるのは確かである。だからこそ、三人力を合わせれば勝てる。そう彼等に教えるが、納得がいっていないような顔つきだった。


「シ、シルバ殿は一人でも勝ててました、よ」

「シルバは力量が高かったし、クーヤを強者とみなして隙を見せなかったもの。でもあんた達は格下。気力だけじゃ勝てないわ」

「しかし……それはあまりにも……」

「卑怯って言いたい? ハーグに住んで居た者の言葉とは思えないわね」


 何処まで甘い思想を持っているのか、本当に出来の悪い子供を叱るようにラビはイチロー達を睨んだ。


「此処で必要なモノは騎士道精神でも、神の慈悲でもないわ。例え泥水をすする事になろうとも生きるという強い意志」


 例え地に伏せようとも、剣だけは掲げてなくてはならない。

 精神力、気力。戦いにおいて曖昧なものと位置づけられるが、生き残るためには重要なステータスだ。

 気力があれば身体が折れてもまだ動ける。気力が折れれば身体が無事でも諦めてしまう。


 這いずってでも生きるという覚悟をイチロー達に決意して欲しい。


「強く有りなさい。貴方達が戦士と自負するならば、負けちゃいけない」


 相手への気遣いで攻撃を躊躇ってはいけない。今度は勝てるという甘い覚悟であってもいけない。守りたい相手、帰りたい場所があるなら相手を殺す覚悟で挑まなければいけない。

 クーヤが模擬戦で求めるものは、何が何でも生き残るという強い覚悟。ただ、それだけを望んでいる、とラビは考えている。


 しかし未だに納得していないような顔をしていた。もう一押し必要かと考え、ラビは彼等の背中を押す言葉をかけた。


「……近々、あんた達の里を訪れる予定よ」

「ほ、本当ですか?」

「ええ、だからあんた達真剣にやりなさい。でないと、ただの道案内で終わるわよ」

「……わかりましたラビ殿」

「今度は負けてはいけない覚悟で行きます! 三人で力を合わせて!」

「ん、よし」


 涙に濡れていた顔に力が戻っているように思えた。自分のアドバイスで彼等がどれ程変わるかが見物だ。


「そして今度は自分の武器で挑みます!」

「ん……ん?」

「くふふ、クーヤ殿覚悟してくだされ、次は最も愛着のある武器で挑みます」

「ちょっと……あんた達、もしかして……」

「う、腕が鳴りますね」

「今まで本気じゃ……なかった?」

「本気でしたとも! いつもの得物では殺傷力があるゆえ、棍を使っていましたが!」


 あんぐりと口を開けて、目の前の馬鹿共に目を丸くする。

 一体、クーヤはどれ程低く見られていたのだろう。いや、彼の戦い方がそう思わせた原因なのかもしれない。それこそ彼の術中にはまっていると言える。

 だが、何度も模擬戦を行ったのだ。何故勝てないのか、勝つために何をするべきか、反省しなかったのだろうか。それすらも学習出来ない鳥頭とでも言うのだろうか。


 彼等の頭の弱さに不安を覚えるラビであった。







 冷蔵庫の前にアリスが立ち、周囲に集まる者へ講義を行っていた。


 内容は魔術文字についてである。

 視聴しているのは奴隷達の中から魔力が一定量ある者を集められた。オワゾの来た当初は自分の魔力を把握できない素人も多かったが、ウィムによる魔術指導により基礎的な知識は蓄えた者達だ。


「いいか、言葉とは力だ。言葉には意味がある。私達が使う日常の言葉にもそれらは含まれている」


 講義を視聴する者の中にはウィムの姿もある。

 魔術について元々心得が有った者。ウィムに教えを受けた者。知識の深さに差はあれど、これから話しをする事になんの支障も無い。これは今まで蓄えた常識を覆す内容だ。


 魔術を知るという事は、世界を知るという事だ。


 極小単位の魔素について語る。

 魔素を知り、世界は小さな物質の集まりでしかない事を知る。


「魔素についてはそれぞれが理解してくれる他無い。何度も復習して自分に合う解釈を見つけてくれ」


 第二の世界の鍵について語る。

 詠唱と魔術文字。二つの方法で世界を知り、繋がるための鍵とする。


「言葉を表現するには二通りある。喋る、そして書く」


 先生から教わった言葉を、アリスが伝える。理解し難かった所には自分なりの解釈を取り入れ、彼等の理解が及ぶように話を進めていった。


「ここでは書く方、つまり魔術文字について教える」


 アリスは地面に魔方陣を描き、ほんの少し魔力を込めた。

 瞬間。小さな氷の山が出来上がる。かざしていた手を離しても、その場に持続する氷の塊を皆が驚き、不思議そうに眺めていた。


「はぁぁ」

「もはや驚きで言葉も出ませんね。まさか無詠唱魔術……いえ、詠唱以外に世界と繋がる鍵があるとは……」

「私は魔力が魔素という粒の集まりであるという事に驚きました」

「とまぁ、こんな感じだ。オワゾではこの冷蔵庫や風呂の温度管理、結界に使われている。早速やってみてくれ」


 皆が皆、半信半疑ながらも教えられた文字を、陣を描き魔力を込めて実戦していく。此処に集まっている者達には魔術文字という物を理解してもらい、温度管理、結界を張る役目などを継いでもらいたいと考えている。


 特に集まっている者の中で一際魔力量の高い狐獣人のニールには、その役目を担ってくれる事を期待している。


 それぞれ失敗と成功を繰り返している中、アリスはニールの元へと向かった。


「順調か? ニール」

「アリス先生」


 頭に尖った耳を生やし、左右の頬に3本づつの髭が飛び出ている。年はまだ十台だと言っていたが、とても年相応とは思えない。落ち着いた雰囲気を持つ青年だ。


 眼鏡が似合いそうなニールの丸みを帯びた尻尾がせわしなく振られる。尻尾の動きに合わせて耳と髭がピクピクと揺れる姿は、彼の興奮度合いを顕著に示していた。


「これは魔術至上類を見ない画期的な発見ですよ。魔術に理解の深い僕達狐獣人族でさえこんな事を知っている人は誰も居ませんでした。魔力を込めさえすれば発動する魔術文字。これは生活でも戦闘でもかなり有用性があります。特に魔方陣、込めた魔力が輪の中を巡り持続するこれは本当に信じられない。今までの常識が吹き飛んでしまう程の衝撃です」


 相変わらずよく喋る奴だ、とアリスは呆れた。

 普段はそんなに話をするような青年ではないが、魔術に関する事になると流暢に長々と語りだす。魔術に関する智的好奇心がとても高く、種族の性と彼は語っていた。


「アリス先生、質問があります」

「なんだ?」

「魔獣が放つ魔術は、詠唱を使っているのでしょうか?」


 人が詠唱し魔術を使用する時、人の言葉・・で謡われている。人外の言葉では無い。人が理解出来る発音で語られる。だが、魔獣が魔術を使用する際に人語で話している事など有りはしない。


「ふむ、良い質問だ」


 優秀な生徒を前にしてアリスは微笑んだ。

 ニールが言いたい事は、つまり魔獣が使う魔術はアリス達と同じように魔術文字を使った物ではないかと聞いている。


「だが残念ながら魔獣が使う魔術は詠唱だ。そもそも詠唱で世界とどうやって繋がっていると思う?」

「詠唱とは、その語句、単語、言葉に意味が有りそれが世界の鍵となっていると考えます。先生も言ったように言葉には力が有ります。魔術という現象を表す単語、古来より語り継がれた語句。それに魔力を宿す事によって、世界に対する扉が開かれるという考えです」

「合ってはいる。だがその考えは魔術文字に対するモノだな」

「……そうなのですか?」

「ああ、詠唱というのは実は波長だ。いや、正確には周波数と呼ばれるか」


 声の高い音域、低い音域。人が、魔獣が発する声の波。

 理解し易いように、のたくる蛇のような跡が地面に描かれた。


「このようにグネグネとした線だな。世界という奴は様々な周波数を持っている。そして、世界の周波数と詠唱の周波数を合わせることにより鍵とする」


 世界への干渉。

 世界が持つ波長へ、詠唱という波長を同調させる。

 魔術とは、世界を知るという事である。魔術の深遠に近づいた者は、世界と同化する。世界というの現象となる。そんな言葉を先生から聞いた事があった。


「つまり……魔獣は人と異なる、その、周波数を用いて詠唱を行っている、と――!! ですがそれはつまり……」

「ああ、そうだ。まだ見つかっていない波形があるかもしれない。そして人の可聴域を超える周波数――詠唱を見つけた場合、周りの者が見たらそれは無詠唱魔術と見えるだろうな。それが人の声帯で出せればという話だが」


 ニールの目が開かれた。

 頭の耳はピンと尖り、引きちぎれんばかりに尻尾が左右に振られる。全身の毛が先立っている。興奮を押し留めているのがありありとわかる姿だった。


「……魔術にはまだまだ知らないことが、可能性が秘められているのですね。本当にオワゾに来てから驚く事ばかりです」


 魔術をどう用いるか、どのように威力を上げるか。運用方法ばかり考えていたニールには思いもしない魔術の可能性。興奮を抑えきれるはずもない。


「私から一つ質問があるのだが」

「はい、何ですか」

「もう少ししたら、狐獣人の里を訪れる予定だ……同族と一緒に魔術の研究をしてみたいと思わないか?」


 イチロー達から得た情報によると、鳥獣人の故郷の近くには狐獣人の里もあると聞いている。それぞれに交流は無く、不可侵を貫いているようだ。


 亜人の中でも魔力保有量の高い狐獣人。

 その種族全てが魔術の知識に長けており、魔力量が高いと聞いている。仲間に引き入れる事が出来ればオワゾにとって力となる。

 ニールの故郷はもうすでに無いと言っていた。

 家族とも仲間とも散り散りになり、今の所オワゾに狐獣人は彼しか居ない。同族が居れば安心出来るという思いもあった。


「私達はハーグに住む他の種族がどのように生活しているかを知りたいんだ」

「はぁ」

「私達がお前をちゃんとそこまで送る。オワゾと狐獣人達の架け橋になってくれないか?」


 ニールに一つ提案を持ちかける。

 アリス達と一緒に狐獣人の里を訪れ、そこに住む者を説得。もしくはそこで生活する気があるのなら魔術文字の知識を持って、狐獣人の里に住めばいいという移住の選択肢も与えた。条件として、自分達が再び狐獣人の所を訪れた時、里の様子をこちらに話して欲しいという内容。


 柔らかい言葉で濁しているが、つまりは内部の情報をこちらに伝えてくれないかとアリスは語る。

 スパイ、間者、間諜。厳しい言い方をすればそんな所だ。


「確かに同族には会いたいですね」


 ニールは難色を示した。

 アリス達が見知らぬ同族に不利益を招くような事をするとは思っていない。そんな人物では無い事は知っている。それでも彼には荷が重かった。


「魔術について語りたいという気持ちも有ります……ですが、僕の性格からしてそれは難しい仕事に……いえ無理な仕事だと思います。僕は魔術の研究に日々を費やして来たので、説得や探るという行為は不可能かと」


 別に同族を騙すという事ではないのは理解している。彼女達が戦力を増やしたいというのも知っている。だが罪の意識を感じる事がまったく無いとは言えない。上手く出来るとは微塵も思えない。


「……そうか、無理には勧められないな。すまない、変な事を言った」

「いえ、それでは作業に戻らせてもらいますね」


 アリスの勧誘は失敗に終わった。

 クーヤにはこの事を報告するとして、今後どのように狐獣人達との接触を図るかを話し合わなければならない。


「あ、そうでした。一つだけ言いますと、僕達の種族は魔術の新しい知識に飢えている。そういう種族だとだけ伝えておきます」


 そう一言だけ残し、ニールは魔方陣を描く作業へと戻っていった。







 皆が寝静まった夜中、クーヤはいつも通りの日課を行っていた。

 目の前には鋼鉄の檻。その中には外で捕まえた魔獣を捕らえられている。奴隷を連れてきた檻を捕獲用とし、汚染魔素研究に活用していた。


 魔獣の腕を切り落とし、その肉を掲げて見つめる。眼鏡をかけた瞳がじっと、血が噴出す切り口に目を凝らした。その肉のさらに奥の、そのまたさらに奥を覗き込む。


「ふむ、なるほど。生きている内は魔素に含まれるエネルギーが多量に含まれているが、本来はこの程度のエネルギーでも魔素は消失しないのか」


 常人では感知できないほどエネルギーが減った魔素であるが、確かに存在はしている。


 新たに得た知識を文字に残そうとするが、暗闇にまぎれてよく見えない。目を凝らしてぼんやりとする視界を睨んでいると、ぽっと暗い空間に火が灯る。


「お疲れ。灯りが必要でしょ」

「ああ、丁度必要としてたんだ。助かる」

「精が出るな。やはり……気になるか?」

「ああ、これは危険な物質だというのは確かだな」

「所で何それ?」


 ラビがクーヤの目元を指差した。

 目が悪いわけではない彼が眼鏡をかけている姿は初めて見る。


「研究用の補助魔道具だ。機能は顕微鏡だがな」


 眼鏡の形をしたつるを指先で軽く浮かすと、ガラスの部分が闇夜に怪しく光った。

 良く見ると細い縁には小さい魔術文字が刻まれ、陣を成している。


「キュンキュンするか?」

「いや……別に」

「激しく似合ってないぞ」

「残念だ」

「それで? これからどうするの?」


 カルマ村から帰ってきて既に数日が経っていた。

 あの日以来、カマル村へは訪れていない。魔獣の肉を喰らうという狼獣人。汚染された魔素の危険性を伝えるために研究を進めていたが、結局まだ詳しい事はわからないままである。


 だが、残された日数的に限界だ。


「もう一度、カルマ村へ訪れてみるか」


 眼鏡を外し、懐に仕舞うと眉間を軽く揉んだ。きつく閉じた目蓋を開くと、見えるはずの無いカルマ村の方角を向き、そのまま黒い空間に煌々と浮かぶ月を眺める。


「そろそろ情報収集も終わってるだろう」


 本格的な冬はもう目の前だ。

 それまでに出来る事は全てやっておけるよう、彼は行動を開始した。




「久々の更新と思ったら、何この説明回」

「これでも結構削除してまとめたつもりだがな」

「逆に説明不足になっていない事を祈るしかない」

「人が成長する姿とかも書きたい所だが……」

「成長? 誰の?」

「俺以外の全て」

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