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第二十九話 帰郷

第二十九話 帰郷



 奴隷達がオワゾを訪れてから、半月程の時が過ぎた。


 時の流れは留まる事を知らず。その時期特有の空気が色濃くなっていく。

 まばらであった葉の色が一つの色に染まり、深く、渋いその色合いはどこか寂しさを思わせる。


 そんな紅葉に色づいた木が、ゆっくりと傾いていった。


「よし、お前達これを運んでくれ」


 外周の木が倒れる音がずしん、と響く。アリスについていった男達が枝を払い、威勢の良い掛け声と共に丸太となった材木が運ばれる。

 村はさらに一回りその面積を広げていた。



 土を耕す音が聞こえてくる。

 開拓された土地に畑を作るため、エリーナ達兎獣人が新しく来た奴隷達に仕事を教えているようだ。亜人の、しかも力の弱い兎獣人から教わる事に人間も他の亜人も引け目を感じるかもしれない、という心配は杞憂に終わった。

 奴隷という境遇により自尊心が磨り減ったのか、エリーナ達が自分達も奴隷であると話した事による仲間意識か。特にこれといった争い事は起きていない。



 村の広場からは気迫の満ちた声が聞こえる。

 兵士の資質がありそうな者達にはイース達に訓練を頼んだ。木を削って造った木剣を手に、一心不乱にイースに与えられた素振りをこなしていく。ウィムによって魔術の指導も行われていた。



 ラビはこの場に居ない。

 兎獣人と数名の奴隷を引き連れて食料を採っている所だ。現在、探索は行われていない。無闇に探索をするよりも、この森の情報を持つ者は居るのだから。


 人々が生活する音の中で、クーヤは男性達を率いて指示を飛ばしていた。男達が村の外付近に集い、作業を行っている。


「しっかり縛って固定しろよ。簡単に解けたら防壁の意味が無いからな」


 丸太として運ばれた材木を用いて、村を囲う柵が作られている最中だ。男達の手によって丸太が立てかけられ、隣同士を紐できつく結ばれる。男手が増えた事により、着々と作業は進んでいた。順調に行けばあと数日で完成しそうだ。


「軽食をお持ちしました」

「よし、お前達作業は一時中断だ。休憩にするぞ」


 短い返事と共に手を止め、鍋を持ってきた者の下へと集まってくる。


「今朝畑で取れた野菜のスープです。美味しいですよ」


 給仕を行っている狼獣人が嬉しそうな声で話しかけた。

 そうか、と呟き渡されたお椀を受け取る。一口飲みこむと、野菜と香辛料の香りが登ってくる。相変わらす塩味に乏しいが、前と比べお湯に浸したような野菜スープもどきよりも遥かにましだった。


「そういえば……」


 ふと口元に近づけたお椀と止め、中の野菜をじっと見つめる。


「どうしました?」

「……いや、気にするな。単なる考え事だ」

「はぁ」


 クーヤの頭の中に浮かぶ疑問。

 何故、このオワゾ内の野菜は普通に育つのだろう。


 ハーグの森に生育する植物等は性質や形が変わったものばかりだ。まともな物はほとんど無い。此処へ訪れた当初、魔素汚染による影響だろうという可能性は考えたが、明確な原因はわかっていない。

 この土地の性質によるものかもしれないという可能性もあったが、こうして無事な野菜が収穫できている。


(やはり魔素汚染の影響か……だとしたら魔素汚染とは一体……)


 この疑問も汚染された魔素が何かというのが解れば解明するのだろうか。

 研究をさらに進める事を胸に秘め、再びお椀の中身を啜っていく。


 食事の最中も奴隷達の観察は怠らない。

 ちらりと周りの様子を伺うと、男達は暖かいスープを嬉しそうに味わっていた。こうして暖かい食事が出来る事に喜びを感じているようだ。


 奴隷のほとんどは相変わらず黙々と仕事をしている。

 いまだに自分達の境遇に慣れていないのか、言われた事をきっちりとこなそうと身体を動かしているだけだった。

 

 それでも一部の者には自我を取り戻し始めた傾向がある。

 特にハーグの森に故郷があると言っている亜人はその様子が顕著であった。しかし、生気が戻る事で面倒臭い対応を強いられる事となる。


「クーヤどのぉ! お食事中申し訳ありません! お手合わせを願いたい」

「お頼み申します」

「も、申します」


 最近のクーヤの悩み事がやってきた。

 帰郷を願う亜人達の間には、故郷に帰るにはクーヤに勝たなければならないというはた迷惑なルールが出来上がっていた。オワゾを訪れた初日。シルバとの諍いとクーヤの言葉をどう曲解したのか理解し難かった。


 彼にとって迷惑以外の何物でもないが、なんの前触れも無く姿を消すよりはまだ許せるだろうと考えて特に否定はしていない。


「イチロー……またお前達か」


 特にこの鳥獣人の3名は暇を見つけてはクーヤに戦いを挑んできた。


「自分の名前はイチローではありませぬ。インシルリクという親から貰った素晴らしい名前が!」

「私にはジャンルィジという名前が」

「サ、サドフニコフという名前が」

「長ったらしい、全部却下だ。お前達はイチロー、ジロー、サブローだ」

「クーヤどの、それはあまりにも横暴ですぞ!」

「ところでお前達、アリスの手伝いはどうした?」

 

 確かこの鳥獣人の男達はアリスの伐採を手伝っていたはずだ。


「アリスどのから休憩を頂いたのでこちらへやってきました!」

「いや……休憩しろよお前ら」

「休んでなど居られません! 故郷へ帰るまでは!」


 彼等も此処、ハーグの森出身だ。

 そして、ハーグの森出身の中でも特に帰郷を強く望んでいる。いの一番に返してやりたい所だが、とある事情により先延ばしにしている。


「さぁ、お手合わせを願います!」

「はぁ……わかった。少しだけな……」

「感謝します!」


 インシ――イチロー達が長い木の棒を回し、ピタリと止めて構えを取る。棍か、もしくは槍を模しているような構えだ。クーヤも特別に作った木刀を握り、脱力した構えで迎え撃つ。


「――こい」

「あちょーー!」



 


 間。





「よしお前達、作業に戻るぞ」


 パンパンと手を叩きクーヤの指示を元に男達が再び作業を始める。

 男達の手によって、柵は次々と繋がっていく。広がったオワゾの外周をぐるりと囲う防壁も完成が見えてきた。


 門は東、西、南側に作る予定だ。北に門を作る予定は無い。むしろ北側は柵を強固にしていた。これから訪れるかもしれない脅威に対する対策である。北上する場合は西側から川へと向かい、川沿いを登る方が何かと利点があるのも北に門を作らない理由の一つだ。


 男達はこの村を、自分と仲間を守る為の仕事に取り掛かる。


 その傍らで、泣き崩れる男達が居た。


「おおおぉぉぉぉぉ! 何故、何故クーヤどのに勝てんのだ!」

「これで32敗……諦めた方が良いかもしれません」

「ジ、ジャンルィジ気を落とさずに。な、何度か勝てそうな所がありました」

「でも勝てんのだ!」


 地面に顔を摩り下ろしたイチロー達がその隙間から嘆きの声を響かせていた。





「今日こそは勝ちますぞ! きぃえええぇぇぇ!」


 懲りずにイチロー達がクーヤへ挑んでいる。オワゾにとって日常の一部になりつつあるその光景を、真剣な眼差しでシルバが見つめていた。


「相変わらず人気者ねぇ。クーヤは」

「ラビ殿……」


 観戦に夢中になっていたあまり、ラビが近づいていた事に気づかなかった。その傍らにはアリスの姿もある。


「シルバはクーヤに挑んでみたりしないのか? お前の力なら一発で終わるぞ」

「いや……力任せに挑んでも勝てないと思っている」

「へぇ、思ってた以上に鋭いわね……クーヤって、力で押せばなんとかなりそうに見えるのに」


 狼獣人の嗅覚か、戦士としての感覚か。

 頼もしささえ覚えるその認識にラビは称賛の言葉を投げかける。


「もしこのオワゾに永住する事を決めるのなら、クーヤに対する戦い方を教えてやるぞ」

「アリス殿は意地悪だな……」


 苦笑に顔を歪め、遠い目で空を見上げた。

 思い出すのは自分の故郷。苦しい生活を強いられたその場所。


「正直な所、迷っている……此処の生活は考えていた以上に居心地がいい……だが……自分の生まれ故郷である場所も捨てられない」


 あまり良い環境では無かった。

 食料も此処より遥かに乏しく、子供達も気軽に外に出られはしない。大人達は昼夜問わず村に訪れる魔獣達との戦いに傷つき、皆が疲れ果てていた。年老いた者は幼い子供達に食料を譲っていたが、それでも息絶える子供は多い。


 畑を作ろうにも何故か芽が出ない場合が多かった。

 それでも畑を耕し、待ち望んだ芽が出たものの収穫しようとしたその実は変質してしまっていた。味が変わった物、形が変わった物、毒性を帯びた物。

 その経過を辿り、シルバの故郷では畑を作るのを諦めた。


 それでも彼にとっては慣れ親しんだ故郷である事には変わりない。


「私達は長年住んでいた所を追い出された。そしてクーヤは故郷を持っていない。故郷とは一体どんな場所なのだろうか」


 あの場所は故郷と呼べるモノだったのか、アリスにはわからない。長い間生活していた。苦い思い出も沢山あり、良い思い出も少なからずある。だが、帰りたいという感情は沸いてこなかった。


 クーヤに訊ねた事がある。彼が思い浮かべる故郷とは一体どんな場所なのか――と。


「どれだけ離れていようとも、いつか帰りたいと思う場所」


 自分にとって住み易い場所、子供の時に生活した場所、思い出がつまった場所、忘れる事が出来ない場所。故郷という定義は人それぞれだ。

 その中でアリスが導き出した故郷というモノの条件。


「故郷とは心の拠り所であるべき場所だと、私は思う」


 しん、と静かな空気が流れた。

 イチロー達の嘆く声だけが聞こえる。彼等の決着はいつもと変わりないようだった。


「……引き止めているように思えませんな」

「私はクーヤほど嘘を吐くのが上手くないからな」

「ま、シルバが此処に居てくれれば心強いのは確かなんだけどね」


 帰れる場所があるというのはそれだけで幸せな事だ。シルバの想いを無理に引き止める事は彼女達には出来なかった。


 息を吐き、覚悟を腹にシルバはクーヤへと近づいていく。


「クーヤ殿、私も一戦頼みます」

「シルバお前まで……」

「これが武人としての礼儀ゆえ」


 シルバが構える。変化は行わなかった。


 彼等獣人の変化――膨張は筋力も増すが、血流量も増す。それはまるで酒に酔っているかのように心臓が拍動し、思考能力を落としてしまう。シルバは自分の想いを薄めさせたくは無かった。


 故郷に戻りたい。家族に会いたい。仲間に会いたい。

 ただそれだけを心に決め、シルバは構えをとった。


 目の前の人間は何処にでも居そうな平凡な青年。

 覇気も無く、だるそうに力が抜けている。力で押せば勝てる。腕を薙げば身体が吹っ飛ぶ。脆弱な人間。唯の人。頭の片隅に過ぎるそんな甘い考えを一切否定した。


 勝てそうなのに勝てない。勝てそうという望みすらも切り捨て、クーヤを絶対的な強者として対峙する。


「ん、それ正解」


 ラビが頷く。


「――参る」

「無理だ。勝てる気がしねぇ。俺の負けだ」

「…………は?」


 あっさりと負けを認めたクーヤに虚を突かれ、シルバは唖然と眺めていた。

 クーヤが木刀を投げ捨てたのを見て、シルバも構えを解く。


「帰郷を許可する。ただ、一つ……いや二つだけ条件がある」

「それは、どういったもので?」


 人差し指を一本立て、シルバにこちらの条件を伝える。

 短い間であったが、彼なりにクーヤの性格を理解しているつもりだ。一体どんな思惑があるのかシルバは図りかねていた。


 二本目の指が立てられるとシルバはさらに悩みだした。

 彼等が言葉を交わし続ける。交渉は長い間続き、やがてシルバが折れて終わった。


「……わかった。自分の故郷を案内しよう」


 そしてクーヤ達はシルバの故郷を訪れる事となった。





 深い森の中を馬と狼獣人達が駆ける。

 シルバを先頭に馬と狼獣人が追従する。馬に跨るのはクーヤ、ラビ、アリス。その後ろからシルバ以外の狼獣人達の走る姿があった。


「あそこだ、あれが俺の故郷――カマル村だ」


 シルバが指差す場所は広い平野の場所に柵で囲った村があった。

 良く言えば質素、悪く言えば廃屋かと思われるような村だ。柵が取り付けられているが、所々が折れ曲がり柵としての意味を成しているか理解し難い。


 一行が村へと続く道を駆けようとした時――


「待て! 貴様ら何者だ!?」


 周囲の林から狼獣人の姿が現れた。

 彼等の手には鞘から抜いた刃物を携えていた。

 まるでオーク村を訪れた時の再生を見るようで、クーヤとアリスは苦笑する。問題はこの後も同じかどうかであるが、今回は村の出身である人物が居る。


「俺だ、シルバだ!」

「シ、シルバ無事だったのか……何故人間と一緒にいる!?」

「この方達は――」

「再開に水を差すようで悪いが、とりあえず村に入っていいか? 外だと安全とは言えないんでな」

「ならぬ!! 人間など弱い者が村に足を入れる事など断じてならぬ!」

「弱い者……ねぇ。そう敵意を向けるな……俺は、敵には容赦しない」

「そうだ、人間という惰弱な生き物が足を踏み入れて良い場所ではない!」

「なんだ……力を示せばいのか?」

「クーヤ殿、抑えてくれ。お前達も刃物を納めろ」


 不穏な空気にシルバの心情は焦るばかりであった。シルバの願いにより抑えはするが、相手はそんなことに構わない様子である。ラビとアリスも想像を完了し、いつでも向かい撃てる状態を整えた。


「此処で引導を渡してやる!」

「静まれい!!」


 一喝がその場の空気を揺るがした。


「ぞ、族長」

「シルバよくぞ帰ったな。そして人間よ、シルバと共に行動した状況を聞き願おう」

「話がわかる長でありがたい。とりあえず、此処は危険だ。村の中に入る許可を頂きたい」

「……ついてきなされ」


 村の族長に促され、クーヤ達はカマル村へと訪れた。

 村の中を歩き、そのまま長の家へと招かれる。平素ながらも、途中で見た家よりも大分広さがあった。ここで集会なども行われているようだ。

 族長が中央の椅子へと座り、その周りには年老いた狼獣人の姿があった。


「わしはこの村の族長、名をチャフと呼ぶ。人間よ、先程の無礼深くお詫びいたす」

「こちらはオワゾの代表、クーヤと名乗る。この村へ足を踏み入れる事を承諾してくれた事に感謝する。狼獣人の長よ」


 佇まいを直し、ピンと背筋を伸ばして返事を返す仕草に一同が感嘆の息を漏らした。


「してシルバ……何ゆえ人間と同行しておった?」

「奴隷として捕まっていた所をクーヤ殿に助けていただいた。暫く彼等の村に滞在していましたが、帰郷の願いを受け入れていただき、こちらへと戻ってまいりました」


 周囲がざわめいた。

 奴隷を、しかも亜人を助け出すなど聞いた事が無い。さらには帰郷の願いまで聞き入れるなど、絵物語の聖人のようだ。だが、そんな聖人居るはずがない。

 チャフは疑いの眼差しを向け、クーヤに語りかける。


「不思議な事をする人間ですな。人間は亜人を奴隷として扱う最低の人種だと心得ているが?」

「醜い一面だけを捉え、それが種族全体の気性だと決め付けるのは浅はかな考えだ。それに習うのであれば、俺は狼獣人を出会い頭に刃物を向けるオークと同じような種族と捉えなければならない」

「貴様! 我らを侮辱する気か!」

「静まれ! この馬鹿者が」


 低脳、暴力的、礼儀知らずのオークと同列に例えられ、狼獣人達が色めき立つ。獣化までしようとした者に、チャフによる一喝が部屋の中に響いた。

 ラビとアリスも行き成り挑発するような言葉に気が気でなかった。その中でクーヤは平然と話を続ける。


「亜人、人間に関わらず、まずは目の前の者を人として受け入れる。それが相手に対する最低限の礼儀だ」


 声を荒げず、静かに語る。

 それが自分にとって当たり前であるという事を、普通である事を彼等に言い聞かせる。語気も荒げず、淡々と語られたがその言葉には確かな強さがあった。


「そなたは今まで出会った人間とは何もかも違うようですな。クーヤ殿、度重なる無礼まことに申し訳ない」

「いや、こちらも試すような事をした。お互い様だ」

「試す事は悪いことではありますまい。相手を知ることが出来るゆえ」


 からからとチャフが笑い、その場の険悪な空気が一掃されるとクーヤはオワゾの概要を説明した。最近作ったばかりである事から他の亜人と一緒に生活しているという要点だけを簡単に紹介する。


「驚きですな……亜人と人間と、そして魔女が共存した場所とは……して、そなたは我らに何を望んでおりますかな?」

「交流を」

「交流?」

「ああ、差当たって今回は挨拶と頼み事が一つ。まずは――ラビ」

「はいよ」


 返事と共に抱えていた荷物を解くと、長老の前に差し出す。そこにはオワゾで育てた野菜とガブールから奪い取った食料が並べられる。思いもよらぬ品々に周りからどよめきが生まれた。


「これは……」

「村で取れた野菜と商人から貰った物だ。近づきの品として受け取ってもらいたい」

「申し訳ないが、これは受け取れぬ……こちらは返す品が無いのでな」

「心配無用、こちらも頼みたい事がある――レミィ」

「はい」


 狼獣人の女性が他の狼獣人達と一緒に前へ出る。

 これらの狼獣人は此処とは別の場所に故郷を持つ者達だ。


「奴隷として捕まっていた狼獣人達だ。オワゾに住む事を勧めているんだが、同じ種族同士で生活したいと言ってる。食料を渡す代わりに、受け入れて欲しい」

「同族か……これは断るわけにはいきませぬな」

「レミィです、これからよろしくお願いします」


 レミィ達が頭を下げてそれぞれの紹介をチャフ達に行う。同族に会えて嬉しいのか、彼等の顔は緊張を含みながらも柔らかかった。


「さて、そちらもこの村の紹介を願いたい」

「シルバから何も聞いていないのですかな?」

「ああ、族長の許可が下りるまで何も話せないの一点張りでな」

「さようか」


 皺が刻まれた頬を一つ撫でると、チャフは悲しげな顔で語りだす。


「紹介も何も、見ての通り何も無い。食料も乏しく、生活するにも困難な場所」

「ならば何故、此処に村を作ったんだ?」

「先先代の族長が作ったので詳しい事はわかりませぬな」


 瞳と声に嘘が少し混じっているのをクーヤは感じた。この年代になると表情を隠すのが上手くなるが、その僅かな機微を彼は捉えた。

 よく知らぬ者には語れない事かと考え、質問を変える。族長の家に来るまでに村の中を歩いた様子を思い浮かべた。


「……子供が少ないようだが?」

「皆家に籠もっておる。柵を立てようとも乗り越える魔獣や、平気で壊す魔獣もおりますのでな」

 

 今度は嘘では無い。柵だけではやはり不安か。

 オワゾに戻ったら南側半分だけでも結界を敷いた方がよさそうだ。


「畑などは荒らされたままだったが、何故直さないんだ?」

「無駄なのだ。芽が出ない場合や、芽が出てもその実が変質しておる」

「本当か?」


 チャフが頷く。嘘は言っていない。

 クーヤは驚いた。ハーグの植物が変質するのは汚染された魔素によるものだと狙いをつけていたが、もしかしたら土地の性質によるものという可能性が再び上がった。オワゾの周辺はその性質とは違う場所だからかもしれない。


(いや……違う。村の中に魔獣が侵入すると言っていた。やはり魔素汚染によるものか……しかし、すぐ殲滅されるだろう。そんな短い時間で……)


 ぐるぐると巡る思考を中断し、質問を再開した。


「最後に一つ聞きたい、此処ではどうやって冬を越しているんだ?」


 クーヤがハーグに住む者に一番聞いておきたい質問だった。

 物流も無く、畑も作れない。

 だとしたらどうやって冬を越すための食料を確保しているか、と思うのは当然の疑問だった。


 チャフは答えない。

 上手く説明できないのか、言いよどんでいるのか。口をきつく結び、沈黙を保ったまま時間が過ぎていく。

 クーヤは急かさなかった。長の口から語られるまで何時までも待つ様子だ。


 そのチャフの口が薄く開けられる。


「魔獣の――魔獣の肉を喰っておる」

「馬鹿な!!」


 珍しくクーヤが怒鳴り声を上げた。その事を誰も咎めはしなかった。


「魔素汚染を理解していないのか!? あれは強い毒を持っているんだぞ」

「さよう。だが、魔獣を殺し時が経てば無くなる事を知ってますかな?」

「ああ、俺も最初はそう思っていた。だが違う、魔素の量が減って観測出来なくなっているだけだ。完全に無くなるにはかなりの長期間要する」


 それまでは生物の身体に巡る魔力は生物の死と共に失われていき、やがて完全に消え失せると考えていた。しかしよく観察してみると魔素に込められたエネルギーは極微量ながらも存在し続けている。魔術を放った時のように霧散せず、何時までも残っていた。


「ク、クーヤ殿それは本当ですか?」


 うろたえるシルバに真実だ、とクーヤは頷いた。


 最近の研究によって解った事だ。

 完全に無くなるまでは数ヶ月はかかるという目算である。それだけの長期間、肉を保存する設備があるとは思えなかった。


「長よ、子供が少ないのはもしかして……」

「家に籠もっている」

「魔獣の肉を喰って何人亡くなった?」

「答えられぬ」

「俺はオワゾへの移住を勧めたい」

「承諾できませぬ」

「これからも同胞が死に逝くとしても?」

「この場所が、故郷であるがゆえ」


 会話は平行線のままだった。

 目線を横に向け、レミィ達の様子を伺った。本当に此処に託していいのかと考える。冬を迎えるにはあと少しだけ時間がある。今回食料も渡したのだ、数日経ってからまた様子を見に来るようにしようと考えた。


「わかった……無理には勧めない。また寄らせてもらう。レミィ達のことよろしく頼む」


 立ち上がり、その日はそのままオワゾへと帰っていった。





「いいの彼等を渡しちゃって? かなりの戦力低下になると思うけど……」

「ああ、あいつ等には肌が合わなければ何時でも戻って来いと伝えてある」

「居心地が良くてそのまま永住したらどうするんだ?」

「交流を続ければ人手を貸してくれる事もあるだろう……が、あの村の様子を見る限り長くは続かないだろうな」

「だが、一番の理由は情報収集だろう?」

「クーヤってほんと――」

「意地が悪いだろ?」



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