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幕間2 ミリィセの刀

幕間2 ミリィセの刀



 いつも通りの勤務が終わった後、私は自室へと戻った。

 着けていた胸当てや脚甲を脱ぎ捨て、簡素な格好で私はベッドへと体を投げ出した。ベッドから抗議するような柔らかい反発を身に感じながら、目を瞑った。


「ふぅ……疲れたわ」


 今日の疲れを吐き出すために、身体から力を抜く。ベッドに身体が沈みこむような感覚を感じながら、今の状況にため息を吐いた。


 隊長格に就任してからというもの、書類仕事がかなり増えた。つまらない机の仕事よりも、私は腕を磨きたい。腕の立つ者と手合わせし、自分の業を高めたい。父上から厳命によって仕方なく頷いたけれど、役職が上がるというのは私にとって面白い事など一つも無かった。

 力量の高い者との試合したいという私の気持ち。試合によって私が傷を負うかもしれないという心配をしているのかもと思う。ただ単に、誰彼構わず戦いを挑みたい私の衝動を自粛させようとしているのかもしれない。

 だけどそれは……親心かもしれないけれど、私にとっては束縛以外のなにものでもなかった。


 騎士同士の訓練は多いが私の力量に見合う者は少なく、訓練を行っても部下達に指導するばかりで私の力量は一向にあがらない。

 たまに騎士以外の剣士との試合はあるが、見るからに格下の相手をするのは私としては全く面白みも無い。王族に見せる余興として使われている事に私のため息は増えるばかり。


 隊長という役職ゆえに、負けは許されない。それは分かっているけれど、自分の力量が低いままではいざという時、力が足りなかったなんて馬鹿な事になってもいいのかと思う。

 私は目に見える者全てを守りたい。それは家族であり、此処に住む国民であり、この国そのもの全て。今は他国との交流も順調そうだけれど、またいつか戦争になるかもしれない。

 その時、自分の力が足りず悔しい思いをするなんて、私には我慢できない。


 騎士の隊長という面子を保つため。というくだらない理由に、腕の立つ者との野試合にも中々ありつけない事に私は苛立ちを感じていた。


「ふぅ……」


 私はもう一度ため息をついた。

 目を開けて、顔を横に向けると壁に立て掛けられた刀がある。

 身体を起こして刀が掛けられた壁の近くまで近寄り、腕を伸ばした。鞘を掴み、手の中でその感触を確かめる。


 掌に伝わる鞘の感触。心地よい重量感。刀を手にするだけで彼と戦った夜をすぐに思い出させてくれた。


 彼との戦いは本当に面白かった。あの時の事を思い出すと、今でも血潮が騒ぎ、高揚感で身体が震える。これは例え、父上と手合わせする時でさえも得られない充足感。

 彼と真剣で語り合った時間は、私が今まで生きた中で一番充実した時間と今でも言えた。



 鞘を握り締め、彼が出て行った日の事を思い出す。あの時の私は騎士達と魔女を庇うあの男を守ろうと動いていた。






「――よって我らエトワール騎士団・第1部隊に魔女狩りの勅命を承った。出来うる限り生け捕り、無理ならば殺してもかまわん。準備が整い次第発つ事とする。先程呼ばれた者は迅速に行動せよ!」


 第1部隊隊長、オルゲイの言葉に整列された兵は敬礼を行った後にすぐさま準備にかかる。オルゲイによって選抜された兵士達が全員動くのを確認した後、自らの準備を行う為に移動し始めた。

 私は彼の移動経路を先回りし、誰も居ない廊下でオルゲイを待つ事にした。




 寄宿舎へと向かう廊下でオルゲイが来るのを感じた。私は壁に背を預けていた状態からゆっくりとした動作でオルゲイの道を塞ぐ。オルゲイは短く舌打ちするのを気づかないふりをして声を掛けてみる。


「御機嫌よう、オルゲイ隊長」

「……なんの用だ、ミリィセ隊長」


 オルゲイの前に私が立ちはだかった。

 あまり歓迎されていないその様子に、私は肩を竦めて用件だけを伝える。

 

「今から魔女狩りに行くそうね」

「ああそうだ。こんな所で時間を潰している暇など一刻も無い」

「……宜しければ私も見学しに行きたいのだけれど」

「何を馬鹿な。貴公にはこの城を守る重役があるのではないか?」


 取り付く島も無い。本当について行けるとも思っていないけど。私はただ、彼に忠告しに来ただけ。


「そうね。それなら油断しないように。私が得た情報では魔女達の力は上級魔術ぐらいの威力を持っているそうよ」

「ふん、貴公に心配されるまでも無い。では失礼する」


 肩を怒らせてオルゲイはその場を後にした。

 まるで聞き入れない様子に私は嘆息する。窮鼠猫を噛むというが、あの魔女達は鋭い牙を持った鼠だ。彼の驕りで、亡くなる騎士が多くならなければいいけれど……。


 オルゲイへの忠告は済ませた。後はもう片方への忠告だけ。私はその場から離れた。




 そしてそのまま城内を抜け、城下町へと足を運んだ。

 見回りという建前で酒場などを歩き回ってみるが、目的の三人組みを探し出す事は出来なかった。


 嘆息し、今度は教会へと歩みを進める。

 教会の扉を開くと、訪れる者を歓迎するようにクルツ牧師が笑顔を向けてきた。


「おや、ミリィセ様。今日はどうされました?」

 

 細目のクルツ牧師が私に声をかけてくるけど、その笑顔にただ用件だけを伝える。


「今から魔女狩りが行われるわ。あの子達に知らせた方が良いのじゃないからしら?」


 クルツ牧師が吃驚する。けれど、その顔はすぐに笑顔に戻っていた。


「おやおや、何故私がそのような事を?」

「あら? 貴方は魔女達と深く関係しているのでしょう?」


 すぐに行動しない牧師を私は不思議に思った。魔女達と、それに付き添うあの男に危機を報せるのを何故拒否するのか。

 牧師と魔女達の関係は知っている。


 私が情報屋から受け取った情報によると、クルツ牧師と魔女達は昔からそこそこの関係を築いている。情報屋の性格はともかく、情報の正確さは信頼していた。


「私は知っているわよ。貴方は何年も前からここに彼女達を迎えただけではなく、魔女の住処に足を運んでいた事もね。聖職者である貴方は親しい関係を築いた者を見捨てるというの?」


 別に魔女と関係していた事について罪は無い。

 今までの彼女達はただの嫌悪の対象であって罪人じゃない。今から報せに行くのは罪になるだろうけど、牧師が見つからず、私が告げ口をしなければその罪を知る者は居ない。


「それは心外ですね。私は彼女達を監視していただけですよ」

「……どういう事?」


 思いもしない牧師の言葉に、私は聞き返してみる事にした。その牧師はさらに考えていなかった事を言う。


「いえいえ。その言葉通りの意味ですよ。境遇に耐え切れず人に害を与える存在になるか、住んでいる場所から逃げ出してしまうかもしれません」


 確かにそうかもしれない。いや、私ならそうするだろう。

 反乱を起こすのは確実に無理だけれど、逃げ出す事は出来る。だがそうなると、何故今まで逃げ出さなかったのか。

 その答えは簡単に浮かんだ。魔女という者が他で生きていく術など無い。別の場所へ行くにしても自給自足には限界が有り、盗賊として人々に害を与える存在になればすぐに討伐命令が出る事だろう。


 あの場所から逃げたとして生きていく事など出来ない。


「……魔女が一人で――いえ、あの子達は二人ね。二人で生きて行けるとでも思っているのかしら?」

「そうですね。残念ながら世界というモノはそれ程優しくないです。

 だからこそ、私は彼女達に反乱を起こさないように、逃げ出さないように話を聞いたり、教えを説いたりして監視していたのですよ。勿論、全て有償で」


 何をするにも全て代償は払わせたと言う。

 牧師の閉じているのかと思わせるほど細められた目と、終始笑顔の表情からは彼の言葉が真実か虚実か判断する事が難しかった。


「ふぅん……監視ね」

「ええ。初めは不定期に食料を届ける奴隷でのみでしたしね。私は途中から冒険者の方々にも頼みましたので。最初の監視よりも厳重にしておりましたよ」


 奴隷による監視の情報は聞いている。

 監視というよりも、ただ生死確認しているだけに感じた。逃げ出すなんて考えてもいなかったようだ。言われるまで気づかなかった私も、人の事言えないけど。


「そもそも魔女を野放しにするという処遇に問題があると感じませんか?」


 その言葉に私は初めの内は理解できず、理解した途端息を飲んだ。


 そうだ、言われるまで気づかなかった。いや、考えてもいなかった。魔女が逃げ出すという事も、反乱を起こすかもしれないという事も。

 だけれど、今思えば確かにそうだ。


 魔女達が反乱など起こすはずが無い。逃げ出したとしても他で生活する術など無い。という酷い思い込み。その考えに至ると、私は自分の愚かさに舌打ちした。都合の良いものばかり見て、自分の目が曇っていたのをまた理解した。この前、彼との戦いで改めて思い知ったというのに。


 私は目をきつく閉じ、頭を軽く振って曇りきった眼を拭う。

 目を開けると、今まで疑問にも感じてなかった事が次々と湧き出てくる。魔女の扱い方の矛盾。


 その矛盾を指摘するようにクルツ牧師は問いかけてくる。


「何故野放しにしていたのでしょうか?」


 これは先程気づいた事。魔女が逃げ出すはずが無いという思い込み。存在しない鎖で彼女達を縛っていると勘違いしていた。


「奴隷として売られなかったのは?」


 魔女達親の些細な良心によるものかもしれない。もしかすると王族がそうしないように伝えてきたのかもしれない。


「例え幼かろうとすぐに処刑しなかったのは?」


 人に害を与えていなかったから? いえ、魔女であっても幼い子が処刑される場面はあまりにも残虐すぎる理由だろう。


「何故今まで生かしておいたのでしょう?」


 ただの慈悲? ……違う、果実を切り取るには熟してから。青い果実はまだ切るべきじゃない。


「何故子供でも歩いていける距離にあの家はあるのでしょうか?」


 多少人目に触れる事で魔女という境遇を……それはつまり――。


「見せしめ……」

「ええ、その通りだと思います。魔女達は見世物の道具として生かされてきたのです」


 幼い子供が二人だけで生きていく事など出来ない。そして青かった果実はいま熟した果実となっている。成長するまで野放しにしていた理由。魔女の末路という見世物。魔女狩りという娯楽。そして今、町中を騎士達が騎馬に乗って行軍する。


 牢屋に捕らえていなかったのもその理由。軍を率いて捕らえに行くという余興。町民への催し物。


 くだらない。本当にくだらない。

 反吐が出そうな思いに奥歯をかみ締めた。

 

「私は王族の決断を尊重し、今まで監視を行っていました。ですので、あの子達に知らせる必要が無いのです」


 お分かり頂けましたか? と手を差し出してくる。

 つまり彼は王族の考えた穴だらけの策を埋めるために動いていたと言う。


 クルツ牧師の話は理解した。それが本当かどうかは今の私にとって重要ではない。

 例え建前であろうと、話を聞いた者はそうだったのかと納得してしまうだろう。最初の監視があまりにもお粗末なものなので、本当に監視していただけか? と問いただした所で、ただの難癖にしかなりそうにない。


「そう……わかったわ」


 自分でも分かるくらい抑揚の無い返事をした。


 昨日得た情報でも魔女達はまだ此処を離れていないと言っていた。普段通りの生活を今でも続けているようだった。去り際の私の言葉に彼は神妙に頷いていたが、あの男には伝わらなかったのだろうか。これは本当に困った。どうすれば彼に伝えられるのだろう。

 魔女と関わりのある者は他にも居るのだけれど、クルツ牧師と冒険者達がその中でも親しい関係にあると聞いている。その者達がただ監視していただけ、と言われては動かしようが無い。


 一体どうしたものか。と思案に耽っている横で細目の牧師が僅かにまぶたを開いてこちらを見ていた。

 なにか……自分の焦りを盗み見られているようで居心地が悪い。


「……なに?」

「いえいえ、ミリィセ様がやけに魔女達を気にかけていると思いましてね」

「別に……そんな事ないわ」

 

 そう、別に魔女がどうなろうと気にはしていなかった、ただ彼を失うのはあまりにも惜しかっただけ。だけど、今の話を聞いた後では、あの魔女達も無事に逃げて欲しいと感じている。


「ただ、あの嘘吐き狼が気になっただけ」

「嘘吐き狼? ……ああ、クーヤ君の事ですか。それはそれは、彼のあだ名としてこれ以上無いものですね」


 嘘を吐いてばかりだったあの男。だけれども彼だけは逃がしたかった。そしてまたいつか出会える事を想っていた。ああ、そう言えば異性に告白したのは初めてだった。断られたけど……ちょっと、いやかなり悔しい。



 彼と戦った感触は今でもこの手に残っている。


 この教会で初めて見た時は大した事の無い者だと感じた。顔に覇気も無く、たたずまいは隙だらけ。身体つきはそこそこだったけれど、剣士と呼べる体格でもない。

 だけれど、リリカとのいざこざの最中に見せた彼の瞳。暗い、夜の空を思わせるようなその闇に私は飲み込まれた。私はその感覚に戸惑い、つい彼に戦いを申し出ていた。その時は手を抜かれてしまったけど。


 木剣での手合わせが何処か違和感があったから再戦を申し込んでみたけれど、それは正解だったと本当に思う。刀での彼の動きはまるで別人だった。


 刀の異常といえるその切れ味、戦いの最中でさえも私の心を魅了したその美しさ。注意しないと彼の姿をすぐに見失ってしまうその動き。彼の奇抜な軌道に何度も死線を潜らされた。


 そのけ付くような緊張感の中、それでも私は楽しかった。同年代の者でここまで戦える人が居るという事に驚いた。そしてその彼はまだ手の内を隠して戦っていた事にも驚いた。

 魔術を隠して戦った事にも、その後見た銃というものも。他にもまだ手の内を隠しているようにも感じた。それが何なのか見てみたい。


 私は興奮する。

 彼は私の知らない世界を知っている。

 彼は今の私では手の届かない場所にいる。

 彼の存在は私をさらに高みへと登らせてくれる。


 彼の器は底が見えない。

 器が深すぎて底が見えないというよりも、器が歪んでいて底を見せないと表現した方がしっくりときた。


「そうそう、狼と言えばこの近くにも狼が現れましてね」

「そうなの?」

「ええ、その狼は町で食料を漁っては住みかに持ち帰っていたそうなのですよ。嵐が来る前の準備でもしていたのでしょうかね?」

「……へぇ。そうかもしれないわね」

「その狼の傷を治した事がありましてね、そのお礼でしょうか……この様な物を咥えてきたのですよ」


 クルツ牧師が持ってきた物に私は目を見開いた。

 細身のその鞘。鞘に収まれていても伝わるその存在感。

 牧師の手の中には刀がある。


「何処から盗んできた物かも分かりませんし、持ち主も分かりません。仕方なく私が預かっているのですが、神に仕える者がこの様な刃物を持っているのも何かと問題がありましてね――」


 そしてその刀を両手で支えながら私の方へと差し出した。


「ミリィセ様にお預けしようと思っているのですが。よろしいでしょうか?」


 ああ、まったく。

 あの詐欺師はなんという嘘吐きだろう。私の言葉はちゃんと伝わっていた。情報屋にも気づかれないように、普段通りの行動をしながら準備を進めていた。

 そして、私が此処に来る事を予想していたという。何もかも見通しているような行動に、私は苛立ちよりも呆れた感情しか沸いて来なかった。


「ええ、いいわよ。確かに預かったわ」

「ありがとうございます」

「……その狼は何か言っていた?」

「狼なので人の言葉は喋らないですよ」


 くすくすと笑う牧師に肩を竦める。

 この牧師もなかなか性格が悪い。人の事言えないけれど。


「ただ、その目を見て感じた事ですが――」


 彼が何を思って刀を置いていったのか。嘘ばかり吐く彼だったけれど、別れの言葉は混じりけの無い真実だと信じたい。


「気にかけてくれてありがとう。手土産にこれを置いていく――と感じました」

「そう……」


 私は刀を手にしたままその場を後にした。もう此処に用は無い。

 双方に忠告しに行ったけれど、私の行動はまったく意味の無い行為だった事にため息が出る。ただの無駄骨だった。


「もう一度会う時、戦場でない事を祈るだけね」


 その一言だけをその場に残して、その場を去った。





 私はじっと手にしたままの刀を見つめる。

 どうしてか私はこの刀というものに心を惹かれて止まない。隊長就任と同時に受け取った長剣を、今まで見たことの無い綺麗で力強い剣だと感じていたけれど、この刀はそれ以上の感動が心から湧き上がってくる。


 その刀を存分に愛でたい衝動に、私は柄に手を添えた。


「おっ、ねぇっ、さまぁぁぁぁ!!」


 バタンと乱暴に扉が開き、小柄な女性が飛び込んでくる。

 ギョッとするけど、その強襲してきた者へ手にした刀を瞬時に向けた。

 鞘の先端を額に押し付けてその突進を止めた。体重の乗っていた突撃はその女性の首をあらぬ方向へと曲げ、奇怪な悲鳴と共に体がくるりと回転する。


 空中で回転する女性の服を掴み、先程まで横になっていたベッドの上に放り投げた。蛙が潰れたような短い悲鳴が聞こえる。


「ぐげぇ……ね、熱烈なベッドインですね……ミリィセお姉様。ささ、メルは心も体の準備もおっけぇですよ」

「煩いわよ。夜なのだから静かにしなさい」


 彼女は私がよく使う情報屋だ。

 メルと名乗っているが、本名かどうかは知らない。いつの間にか懐かれてしまったけれど、彼女の持ってくる情報は正確であるのでそこは信用している。性格は見ての通りだけど。


「つれない反応ですね……。でも、そんなクールな所もメルは好きですよ」

「御託はいいわ。それより情報は?」

「はぁ~~。メルの愛は何時になったら受け入れてくれるんでしょうか」


 ぼやく彼女がポケットから取り出したメモ帳をぱらぱらとめくる。


「今の所新しいのは無いですね。そもそも西の森が丸焼けになってしまったので、魔女達の足取りを掴むのが難しいですよ」

「そう……」


 オルゲイ達が魔女達を追ったが、途中で巻かれてしまった事は彼女から聞いている。逃げる途中、西側の森をかなりの範囲焼いて逃げたという事に驚いた。

 そしてその死傷者の数にも驚いた。あまりに少ない死人の数に。あいつの事だから、手加減していたのはすぐに分かった。


 とりあえず生きてはいるようだけれど、彼は騎士に手をかけた。今度会うときは罪人として命を賭して戦わなければならない。


「西側の方面を探してみましたが、それらしい隠れ家も見つかってませんね。もう国を超えちゃったんじゃないですか?」

「その可能性は低いわね。貴方にもわかるでしょ?」

「それは……まぁ」


 山越えも、関所越えも難しい。山越えは言うまでも無く、関所にも彼と魔女の情報が渡っているのだから。


「他の町や村からも魔女達を見つけたという目撃情報は入って来てないですし、何処に隠れているんでしょう?」

「さぁ? それを調べるのが貴方の仕事よ」

「ですよねぇ……」

「他に情報は?」

「そうですね……関係ないですが、国民の不満が溜まってますよ。結構どす黒い意見もありますね」

「そう」


 見世物も失敗したみたいだしね。


「あ、あと。最近兎の亜人が姿を見せるようになりました」

「亜人が?」

「はい、昔亜人が住んでいた所があったんですけれど、狩りや奴隷の対象として数が減りましてねぇ。生き残ったのはハーグの森の奥へ逃げてしまったんですが、最近ハーグの森付近でまた見かけるようになりました」


 ハーグの森……確かエトワールと魔獣がひしめく海の境にある深い森と記憶している。昔何度か海に向けて軍を出してみたい……悲惨な結果になったようだけど。私は参加していなかったので詳しい事は分からない。


「あの魔獣の森で生活するなんて無理だったのでしょう」

「でしょうねぇ。あの辺りに生る植物は毒ばかりですし。今は奴隷商人達が躍起になって捕獲しようとしてます。そこの領主に許可を取ってる最中ですよ」

「そう……他には?」

「今の所これくらいです」

「そ、ご苦労様。料金はいくら?」

「ミリィセお姉様の御身体で――ぶっ」


 硬貨の入った袋をメルの顔面に投げつける。鼻が潰れるような音がしたけれど、私は気にしない。


「報酬はそれよ。また新しい情報が入ったら言って頂戴」

「あいあい~、わっかりました。それではメルはこれで」


 入ってきた時とは逆に、メルは静かに扉を閉めて出ていった。彼女の性格はどうにかならないかとため息を吐く。


 静かになった部屋の中、私は手に持っていた刀を鞘から引き出した。


 すらりと抜けたその刀身はとてつもなく綺麗で……嫌な事を全て忘れさせてくれる輝きがあった。私は両手で刀の柄を握り、振るう。

 彼の動きを思い出し、その動きに乗せて刀を振るい続ける。剣とは違うその動かし方に少し戸惑っているけれど、でも妙にしっくりときた。


 私は無心に刀を振るい続ける。

 私に新しい世界を見せてくれたあいつにもう一度会いたい。でも、今度会う時は騎士と罪人という関係。互いの正義を賭して、命を賭して戦わなければならないだろう。


 放った突きが空気を裂いた。肌に浮いた汗が急に動きを止めた体から離れ、宙に舞う。

 突きを放った体制のまま、じっと刀の先端を見つめる。その先にあの男が居るのを想像して。


 この前私は負けた。それでも今度は――。


「あいつに勝ってやる」



「あら? 此処は?」

「ようこそ! メルとお姉様の愛の巣へ!」

「おい、情報屋。貴様ミリィセ様に何を言っている?」

「あ~、お邪魔虫が来ましたねぇ」

「邪魔者だと……貴様、私を馬鹿にしてるのか?!」

「いえいえ~、でもあんまり煩いようでしたらリリカさんの裏情報も公開してしまうかも……」

「な……なに……」

「例えばミリィセお姉様の肖像画を毎晩――」

「わーわー、切る! 叩き切ってやる!」

「貴方達、煩いわよ」


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