第二話 魔女とは
第二話 魔女
「こんにちは」
笑顔を浮かべる少年に、彼女達の感情のない視線が向けられた。
「――誰だ?」
「――誰?」
少年とそれほど年が離れていない少女達の声が耳に届く。
若い。あまりにも。
魔女と呼ばれる姿を想像したとき、年を食った老婆と勝手な想像をしていた少年は彼女らのあまりに若い容姿に驚いていた。
「初めまして。僕の名前はクーヤって言います。君達が魔女と呼ばれているのかな?」
赤。目の前に広がる紅。
魔女という単語を発した途端、目の前に火の塊が視界を埋め尽くした。
「近寄るな!」
視界を覆う炎の壁はクーヤと名乗る少年の一歩前に展開し、一瞬の後消えていく。その炎は拒絶の証。
クーヤは驚愕の表情を浮かべる。いきなり炎が出現したことではない、いきなり殺意を向けられたことでもない。別の理由でクーヤは驚いていた。
「……何しに来た?」
叫んだ少女とは別の、もう一人の少女がクーヤに問いかける。言葉の端に敵意や殺気を含んでいたが、クーヤは気にせず話しかけた。驚いた表情を笑顔に変え、質問に答える。
「ん?僕?ちょっと話し相手になってもらおうと思ってね」
「私達に話すことなどない、興味もない。帰れ」
「まぁまぁ、そう言わずに――」
一歩、足を踏み出そうとした。
ただそれだけの動作を行おうとした時、クーヤの足元に細長い塊が突き刺さる。
氷だ。
人の腕ほどの大きさがある三角錐。氷柱状の氷は鋭く、地面にその身を半分ほど埋めていた。だが、その一瞬後ぱきっという音と共に砕け、空間へと消えていく。
「――来るな」
「これ以上来たら容赦しないわ」
二人とも右手を掲げ、視線に殺意を含ませながら睨む。
「……わかった。これ以上近寄らないよ」
手のひらを空へと向けて、降参のポーズをとる。今はこの距離かな、と誰に聞こえることも無く囁いた。
クーヤは彼女達の様子を伺ってみる。
正確な年齢がわかるほど人生経験を積んだわけではないが、多分自分と同じくらいの年頃。古ぼけた家と同じように、所々傷んだ布を巻きつけただけのような服装。魔女というものがどんな存在かは知らないが、あまり優遇されていない事だけは確かだろう。
(取り付く島もなさそうだなぁ。これは諦めた方がいいかな。ね、先生?)
これでは先ほどの少年達と同じような扱いだ。クーヤが興味を引くものがあったが、怪我をしてまで知りたいとは思っていなかった。
「さっさと私達の視界から消えろ」
「でないと……本当に――」
殺す。
そんな言葉が聞こえた。彼女達の視線は雄弁だ。
これ以上ここに留まるのならば。今すぐこの場を去らなければ。即刻踵を返さなければ。
殺す、と。
「わかった」
彼女達の圧力に負け、この場を去る事を伝える。
仕方のない事だ。彼女達の力は今の自分にはどうしようもない。攻撃を回避しようにも、瞬間的な攻撃を回避しようもない。今この時でさえ、瞬きをした後自分が火達磨にもしくは串刺しになっているかもしれないのだ。
「……でもその前に君達の名前、教えてくれない?」
「――え?」
彼女達がたじろいだ。
少年の意外な言葉に。
これほど脅しをかければすぐさま逃げ出す思っていたのだが、当てが外れてしまった。目の前の少年は 脅しに屈することなく、先程向けた攻撃も、今なお向ける敵意もまるで気にせず、ただ名前を聞いてくる。
だが、彼女達は素直になれなかった。
「わ、私達が教える事などなにも……ない」
隣にいる少女も同意とばかりにうんうんと頷く。
頑なに会話を拒もうとする彼女達。
あまりにも頑固な姿勢を崩さない目の前の少女達に自然とため息がこぼれた。
「ふぅ……本当はこんなこと言いたくないんだけれど――」
目を閉じ、ため息を吐いた後、視線を彼女達に向ける。
力の篭った視線に、再び彼女達がたじろいだ。
「名乗った相手に自分の名前を教えないとは、礼儀に反すると思わないか?」
彼女達が驚いた。
声の高さはまったく変わらなかったが、口調が一変したクーヤに奇妙な視線を向ける。
「お前達は人語を理解しない獣なのか?礼儀を知らない魔女なのか?それとも礼儀を重んじる――」
一つ息をつき、狼狽する彼女達へとさらに強い視線を送った。
「人間か?」
‘人間’という単語に彼女達はビクッと体を揺らす。
そんな彼女達の反応をよそに、クーヤは問いかける。
「獣か、魔女か、人間か。簡単な事だ、どれか選べばいい――って先生は言ってるよ」
口調が再び戻る。
彼女達は何も言わない。驚いているのか、迷っているのか。その内情を理解することはできなかった。
そんな彼女達に向けて気持ちを切り替えるように軽く笑い、再び声をかけ始める。
「初めまして、僕の名前はクーヤ。君達は?」
「わ、私はアリスという」
「私はラビ……です」
クーヤは満足げに頷いた。彼女達が人間を選んでくれたことに。
さすがにこれ以上ここに留まっても、彼女達を不快感にさせると感じたクーヤは帰る事を伝える。
「アリスにラビね。今日の所は帰る事にするよ。また明日来るときはよろしくね」
「も、もう来ないで……」
「それじゃ、またね」
弱々しい拒絶の言葉を無視し、クーヤは手をあげてその場を後にした。
「おお、クーヤ。ただいま」
「お帰り、お父さん。どうだった?」
「……残念な事に、今丁度出回っていて無いらしいんだ」
父親の表情は優れていない。
意気揚々と出かけた朝とは真逆の、落胆した雰囲気が父親から漂ってくる。期待していた分、手に入らなかった時のその落差がその様子から伺えた。
「ふ~ん、それで次はいつ頃届くのかな?」
「5日後あたりに届くらしいが……」
父親の言葉の歯切れが悪い。
言いづらいのか、言葉を選んでいるのか、ちらちらと様子を伺い口を紡ぐ。
そのような父親の意を汲み、滞在日時が延期する事を悟ったクーヤは言いづらそうな父親よりも先に質問を投げかけた。
「どれくらいここにいる事になりそう?」
「……大体1ヶ月ほど滞在することになった。かなり特殊な石らしくてな、色々調べてみたいんだ」
「1月かぁ。そうなると荷台にある武器とか売っても足りなさそうだね……」
「そうだな。いつも通り町で働く事になる」
「あ、鍛冶屋ならここから大通りに行って、通りに出たら城の方へ向かって6軒ほど先にあったよ」
「相変わらず気の利く息子だよ、お前は」
「子供みたいな親を持つと子供が大人になるもんだよ」
「まったく、こいつは」
「僕は適当に暇つぶすし、気にしないでね」
「……すまんな、治安もあまり良さそうじゃないし、魔女もいるようだから早く発とうと思っていたんだが」
父親のすまなそうな表情に苦笑いを返し、気にしてないよと首を軽く振った。
魔女という言葉に昼間に会った彼女達の様子を思い浮かべ、話した方がいいかと一瞬迷ったがあえて何も言わずにおいた。
いまだ晴れない父親の表情を見て、クーヤは一つお願いすることにする。
「あ、そうだ。荷台にある武器を売ってお小遣いもらっていい?」
「ん?いいぞ。でも全部もってくなよ。仕事に就くまでの生活費になるんだからな」
「わかってるよ」
魔女の所から帰ってきたあと、クーヤは再び街中を探索した。閑散としているが、商いをやっていないわけではない。見回った結果、武器屋、鍛冶屋、服屋に装飾店などの場所を知ることができた。
明日はどこに向かおうかと、予定を頭に思い浮かべ寝床へと向かう。
明日が楽しみだ。
「Yha!私が出てきた!いやぁ、若いわぁ……今も若いけれどね!」
「というか……ここで話す事はネタばれになるんじゃないか?」
「まぁなんというか……。補足説明入れるのが――メンドクサカッタラシイ」
「怠け者ね」
「愚か者だな」
「そう言うな、著者だって無い頭絞ってるんだ」