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第十八話 識別救急

人間にもそれ以上接近されると不快を覚えるという一固有の縄張り意識のようなものが存在する。

この範囲は相手によって変動する。



第十八話 識別救急



 道すがらクーヤはラビとアリスに語る。


「いいか。今回みたいに負傷者が多数居ると思われる場合、まず初めに行う事はトリアージだ」


 馬車で移動中の事だ。

 クーヤは御者席に座り馬を誘導させている。その隣にはナナが座り、洞窟への道を確認する作業に没頭していた。集中するあまり、クーヤ達の会話は耳には入っていないようだったが。


「トリアージって?」

「選別という意味を指す。無傷もしくは軽症、命に関わらない重症、命に関わる重症、そして死亡もしくは治療の意味が無い者。この4つを判断する行為だ」


 それぞれ緑、黄、赤、黒といった色違いの細い紐を負傷者に巻くように伝え、先程切り分けた紐をラビとアリスに渡す。

 手渡された四色の紐をじっと眺めながらアリスが口を開いた。


「そんな重要な事を私達が決めていいのか?本当に素人だぞ?」

「だが、俺達しかいないのが現状だ。まぁ、あんまり深刻に考える事はない。治療する時に俺も状態を見るから」

「あと……相手が治療を拒んだらどうするの?」

「そしたらほっとけ」


 亜人が素直に人間の治療を受けてくれるかどうか。

 ラビにとって一番の懸念事項は自分達からの治療を拒否された場合だったが、クーヤにあっけらかんとした態度で言葉を返された。


「生きたいヤツは生かして、死にたいヤツはそのまま死なせればいい」

「それもトリアージか?」

「いいや、これはただの自論だ」

「ご主人様、そろそろ洞窟に着きます」


 御者席の隣でナナが声をあげた。どことなく声が弾んでいる。再び仲間に合える事が嬉しいのだろう。


「そうか……ところでナナ、その呼び方どうにかならないか?」

「えっ、ご、ごめんなさい。でも……わたし、奴隷ですし……」


 一体どう呼べばいいのかわからず、助けを求めるようにラビとアリスの方へ振り返った。


「御主人様なんて呼ぶと倒錯した性癖が沸きあがっちゃうみたいよ」

「おい、人を勝手に変態にするなよ。ウィムさんじゃあるまいし……ガキに欲情してたまるか」

「普通に呼べばいいんじゃないか?アホクーヤとか唐変朴とか」

「おい、それは単なる悪口だろうが。しかも言語力がガキっぽいぞ」

「え、えっと……で、ではクーヤ様で」

「…………まぁ、それでいいか」


 様付けを止めて欲しかったが、主従の関係なら仕方ないかと妥協する。背中に虫が這うような物凄い違和感を覚えてはいたが。


「気に入ったみたいね、クーヤ様」

「おい、馬鹿止めろ」

「どうした?恥ずかしいのかクーヤ様?」

「お前達には後で話したい事がある。とても重要な事だ。主に俺の尊厳的な意味で」

「望むところだ」

「あ、あの……もう着きます」


 此処に来るまでに昼前になっていたが、目の前の洞窟はかなり暗い。森の奥にあるため木々に遮られ、僅かにしか日の光が入らないというのもあるが、洞窟の奥が何も確認できない。思っていたよりも洞窟は深く、広そうだ。そこに住む亜人もかなりの人数が居るかもしれない。


 馬車は洞窟の前に止めておき、クーヤ達はその洞窟の中へと足を進めた。

 洞窟に入った瞬間、奥から立ちこめる臭いに思わず短く呻いた。洞窟の奥から漂う獣臭そして――濃い血の臭い。


 負傷者の数は考えていたよりも多そうだ。クーヤは表情を引き締めた。


「お母さん!」

「ナナ!どこに行ってたの?!皆心配していたのよ!」


 薄暗い洞窟の中から若い女性の声が聞こえる。薄暗くてよく見えないが、ナナの母親だろうか。親子の周りにも数名が集まってくる。


「あのね、あのね。クーヤ様が薬草を届けに来てくれたの!」

「……クーヤ様?」


 ナナは未だにクーヤ達が自分を送り迎えする為だけに一緒に来たと思っているのだろう。ナナが洞窟の出入り口付近に顔を向けると、多数の視線が同じ方向へと向けられる。


 亜人特有の視力の良さか、それとも暗闇に慣れたからか。出口付近に居るクーヤ達の姿がはっきりと見えた。その視線の先にこの空間では異物の存在を目の当たりにし、大勢の亜人が恐怖で血の気が引いている。

 クーヤは洞窟内の開けた空間が一気に緊張で強張るのを感じた。


「ひっ、に、人間!」


 親子の周りに集まっていた者はすぐに一歩後ずさった。

 暗くて全体の数を正確に把握出来ないが、4,50名。もしくはそれ以上。その多くが身体を横にしたままで動こうとしない。人間が住処にやって来たというのに。かなりの数の負傷者にクーヤはため息をついた。


「ラビは火を灯せ。出来るだけ明るくしろ。アリスは洞窟の外に場所を作れ。邪魔な木は切り払っておけよ。トリアージを始めるぞ!」

「了解!」

「わかった!」


 アリスはすぐに洞窟の外へと駆け出した。

 早速洞窟内に火が灯され、暗闇に慣れた者は目を細めて何事かと怯え始める。そんな彼等の反応を無視し、一番近くにいた負傷者から調べ始めた。


「えっ?あの……クーヤ、様?薬草だけ……え?」


 一体何が行われ始めたのか分からない。ナナは目を丸くしながらクーヤに近づいていく。


「これから治療を行う。火の灯りだけじゃ心もとない。外でやるぞ」


 ナナが近づく気配を感じたクーヤは、負傷者の腕に赤い紐を結びながら声を発した。簡潔に、顔は振り向かず、次の負傷者を調べ始めながら。


「あ――」

「お前の仕事は動けるヤツを連れて、腕に赤い紐を結んでいる者から優先して外に運び出せ――これは主人としての命令だ」

「は、はい!……あの、ありがとうございます!」


 クーヤの命令を達成しようと、ナナが母親達の元へ向かっていった。話しが始まると、「嘘だ」や「騙されるな」といった声が聞こえたが、クーヤには関係ない。行動が遅れて困るのはクーヤではなく、兎の亜人達なのだから。





「ラビもっと湯を沸かせ!アリスは赤と黄のヤツをもう一度確認!ナナ、手が空いてるなら緑に薬草を渡して回れ!」


 クーヤの声が響く。

 彼女達はクーヤの言葉に従い、大忙しで周囲を駆け回っていた。


 ナナの必死の説得が伝わり、兎型亜人の大人達によって重傷者が外へと運び出された。木々に囲まれていた洞窟前がいつの間にか広い空間となり、その場所を囲う様に氷の防壁が築かれている。

 亜人達はその光景に驚くが説明している暇などない。


 洞窟の前に茂っていた木々は切り開かれ、空から日光が降り注いでいる。その光の下で治療が行われていた。


「次のヤツをここへ運べ!」


 お湯が汲まれた桶で手を洗い、度数の高い酒で消毒した後、次の負傷者が運ばれてくる。二人がかりで運ばれた負傷者を、地面に描かれた魔方陣の上に乗せられた。


 その亜人は片腕が肘の辺りで切断されており、手の部分は腹の上に一緒に置かれている。運んできた亜人に顔を向けると、怯えた表情を返してきた。


「こいつの腕が切れたのはいつ頃だ?」

「ひっ、え、あの」

「私達が来る前に負ったらしいわ。多分2,3時間前」


 狼狽する亜人に代わり、ラビが情報を伝えた。


「悪いがこいつの治療はもうちょっと後だ」


 呼吸は荒いが、状態は黄色と判断した。ただ傷口に巻かれた包帯から血が滲み続けている。


「あの……でも、血が……止まらなくて。それに、手が……」


 クーヤは包帯を外し、清潔な布を直接傷口に押し当てた。負傷者の口から痛みによる低いうめき声が漏れる。


「止血の方法を間違えている。切断した付近をきつく縛るんじゃない。切断面を直接圧迫するんだ」


 指や手足を切断した場合、切断面の上部をきつく巻き、ある程度時間が立ったら緩めるという止血帯法が広められているのが現状だ。確かに止血としては間違っていないが、止血帯から切断面による壊死や、緩めた時の再出血という弊害が起こるため今では誤った方法とされている。

 現在では切断面に滅菌されたガーゼや清潔なタオルなどを強めに圧迫する圧迫止血法が正しい処置とされる。勿論、この世界では広められていない。


「腕の方は最悪、諦めてもらうが……アリス!ちょっと来てくれ!」


 遠くで他の負傷者の様子を見ていたアリスが、クーヤの声ですぐに駆けつけてきた。


「どうした?」

「こいつの腕を冷やしたい。腕の周囲を氷水で冷やしておいてくれ」

「周囲を?」

「ああ、腕に直接水を当てるなよ。腕がくっつかなくなる」

「わかった」

「よし、次のヤツ運べ!」


 アリスに腕の末端を渡し、運んできた亜人に切断面の圧迫を任せる。次の負傷者を呼び寄せる声が森の中に響いた。





 クーヤが腹部を損傷した亜人を治療している最中にその少年は目覚めた。


 意識を取り戻した瞬間、先程まで魔獣に襲われていた事を思い出し、瞬時に辺りを見回すが魔獣の姿が見えない。

 また誰かに助けられたのかと考え、悔しくて歯を軋ませた。


(……あれ?ここ、どこ?)


 洞窟付近の森に、光が差す場所などなかったはずだ。

 そう思いもう一度辺りを見回した矢先、信じられない光景が少年の視界に入った。人間が仲間の腹を弄っている。


 クーヤが血の海に沈んだ内蔵の中から出血箇所を探すため、風の魔術で血を飛ばし、破れた血管を熱湯消毒したピンセットで掴み止血している様は、少年にとって仲間を悪戯に切り刻み、悪い儀式を行っているように映った。


「なっ、何してんだ人間!!」


 少年はその場から飛び出した。突然の行動に周囲は驚くが、近くに居たナナによって取り押さえられる。ナナの腕が少年の腰を掴み二人はその場に倒れこんだ。


「シモン!クーヤ様の邪魔しちゃダメ!」

「離せナナ!人間が何で此処にいる!僕の仲間に何してんだ!」


 暴れるシモンをナナが必死に抑制する。仲間が傷つけられているのに、何故ナナが自分の邪魔をするのか。シモンは目の前の人間にもナナにも激しい怒りを感じていた。

 そしてその人間が信じられない事を言う。


「治療をしているんだが?」

「ち、りょう?」

「ああ、そうだ。今こいつの破れた血管を圧迫して止血している。止めろと言うなら外すが……さっきの出血量からみて、外したら十分ももたない」

「う、嘘だ!」


 人間が自分達を助けるはずがない。人間は今まで自分達の種族を虐げてきた者だ。言葉にはしないが、そのような恨みという思いが伝わってくる。


「ナナが拘束を解いたら、今にも襲って来そうな目だな」

「そうだ!お前ら人間は僕が殺してやる!」

「そうか俺を殺すか……なら、お前は仲間を殺す覚悟があるって事だな」

「――は?」


 一体目の前の人間は何を言い出したのか。呆気に囚われたシモンは怒りを忘れ、ただ呆然とした表情を示す。


「さっきも言ったな?今治療を止めればこいつは死ぬ。つまり、お前が殺すという事だ」

「そ、そんな……」

「ちなみにまだ治療しなきゃならんやつが居る。そいつらもお前が殺すって事だ。その責任は全てお前のせいだ」

「ぐっ、ぐぐ……」

「大丈夫だよシモン。クーヤ様はちゃんと私達を助けてくれてるんだよ。ほら、周りを見て」


 ナナの穏やかな言葉に鋭い目つきで周囲を見ると、確かに包帯を巻かれた仲間が何人もいた。


 シモンは沸きあがる怒りを必死に堪え、行き場を失った憎悪を込め力強く地面を一度叩いた。一度では振り切れず、何度かそのまま地面を叩く。

 そしてつぶやいた。今まで溜め込んだ憎しみを一時紛らわせるかのように。


「僕の父さんはお前ら人間に殺された……」


 シモンはこの場に居る亜人の思いを、代弁するかのように囁く。ここの誰もが人間に傷つけられ、家族を殺されたのだ。


「そうか」

「なんで……僕達が虐げられなくちゃ……」

「この世は弱肉強食、それが理の一つだ」

「母さんも!僕を守って死んだ!僕は母さんを守ってあげられなかった!」

「…………そうか」

「なんで――なんで、僕はこんなにも弱いんだよぉ」

「それを運命と諦めるか、微力ながらも仲間を守ろうとするかはお前の勝手だ」


 それに対するクーヤはそっけないものだった。子供に対して厳しい言葉だろうが、実害を犯した者と自分達を一括りにされては堪ったものではない。


「……治療を続けていいか?」

「くそ!死んだら絶対お前を許さないからな!」

「こうなるまでほっておいたのはお前達だが……努力はする。だから邪魔するな」


 そしてクーヤは治療を再開した。途切れた血管同士を繋ぎ合わせる為に両端から血管を支え治癒魔術を使っていく。

 血管が徐々に繋がっていく光景に、ラビは感心した様子で眺めていた。


「クルツさんに治癒魔術かけてもらったことあるけど、傷が全体的に塞がってく感じだったわ」


 治癒魔術とは薬草の上位互換のようなものだ。魔術をかけた相手の回復力を高め、その傷を段々と塞いでいく。失った腕を生やしたり、悪性腫瘍を取り除いたりは出来ないが、薬草では治療不可能な深い傷を治す事は可能だ。


「緻密な想像と魔素を操る事が出来れば、こんな風に選択的に治療する事も可能だ」


 俺に魔力がもっと有れば傷を塞ぎたかったがな、と愚痴を吐いた。クーヤの少ない魔力量では大勢の傷を塞ぐ事は無理である。

 クーヤに出来るのは血管や神経を糸で結ぶように繋げる事しか出来なかった。ただ、それが出来れば命は救える。


「赤のヤツは後何人だ?」

「一人増えたわ。現状は残り二人」


 治療を始める前に人数を確認したが、時間が過ぎることによって負傷者の容態も変わっていく。黄色の紐をつけた者が赤に変わったり、赤だった者が黒に変わったり。


 診断を誤った場合も有るだろうが、クーヤ達を責める事は出来ない。彼等は治療が専門では無いのだから。そして、負傷者の数に対して治癒を使える者がクーヤしかいない為、どうしても対処が遅れる。


「そうか……こいつの治療はここまでだ」

「まだ傷口が塞がってないようだけど……」

「重要な血管の修復は終えた。傷口は開かないように後で縫う――いや、ラビお前がやっておいてくれ」

「……わかったわ」


 クーヤの魔力残量を感じ取ったのだろう。

 衣服を縫う経験しかなかったが、拒否を示す事はなくラビはすぐに取り掛かった。クーヤは次の負傷者を呼び寄せる。


 彼等の治療はまだまだ終わりが見えそうにない。





「悪い、魔力が切れ……た」


 先程の腕を切断した亜人を治療中にクーヤの魔力が枯渇し、その場に倒れこんだ。

 亜人の腕は血管、神経、重要な筋を選択的に繋げていったので、骨と多少の肉が途切れたままだった。本来は内側の骨から繋げていくものだが、残り少ない魔力を考え優先順位を変更していた。


「クーヤ大丈夫か!」


 切断した腕を支えていたアリスが声をかけるが、クーヤは倒れたまま起き上がろうとしない。ただ、か細く口を開いて消えるような声で囁く。


「必要な……繋がっ、た。あと、頼む」

「わかった」


 アリスの返事に満足気な微笑を浮かべてクーヤは気を失った。


 治療の様子は隣で見ていたので、この後どうしたらいいかは理解している。骨と表面の肉がくっついていないので、毛細血管からにじみ出る血を止めるのと、骨がずれて折角治した所を傷つけないようにしなければならない。


 アリスはその腕に包帯を巻き、骨がずれないよう添え木を当ててその外側にもう一度包帯を巻いて固定した。


「よし、これでいい。腕は絶対に動かすなよ」

「は……い。あ、の、ありが、とう――」

「礼ならクーヤに言え」


 意識を朦朧にしながらも、礼を言おうとする言葉を遮った。拒否されるだろうがな、と一言付け加え他の負傷者を見て回る事にする。


「まだ治療が済んでいない者はこの場所に集まれ!あと、手の空いているものは荷台に食料がある、それを使って食事を作るように!ラビは食事の方を手伝ってくれ」

「わかった。あんた達とっとと料理を作るわよ!」


 クーヤに変わってアリスが指揮を執り始める。

 指示を発した途端、亜人達は一度ビクリと怯えるが食事が出来ると聞きアリスとラビの言葉に従っていった。


 負傷者も居るので食事は喉に通りやすいスープが賄われ、食事が済んだ後ラビも治療を再開し始めた。


 クーヤによって赤い紐が付けられた重傷者は一命を取り留めている。よって彼女達の対象は黄色から緑の紐をつけた負傷者だ。

 アリス達による簡単な治療はその日の夜遅くまで続いた。





 翌日、クーヤが目を覚ますと荷台に敷かれた布団の中にいた。その隣にラビとアリスの姿がある。

 アリスが運んでくれたんだろうと考え、伸びを一つしてから起き上がった。捲くれた掛け布団を彼女達に掛け直し、周囲の様子を見て回る。


 自分が治療をした覚えのない者が居る様子から、ラビとアリスは自分が倒れた後もちゃんと動いてくれたんだな、と感心していた。


「あ、クーヤ様。おはようございます」

「おはようございます」


 容態がまだ安定しない者に治癒魔術をかけていると、ナナと大人の亜人が一人近づいて来た。


「ナナおはよう……あんたは?」

「母親のエリーナと申します。この度は私達の仲間を助けていただき、本当にありがとうございました」

「お礼はいい。報酬はナナから受け取る予定だ」

「ナナから……それは一体どういう事ですか?」

「ナナを俺達の奴隷とする契約だ」

「なっ!」

「最初は薬草を分け与えるだけというものだったが、流石に釣り合わな過ぎるから気が引けた」


 だから治療を行った、と。

 利益だけを求めるのならば相手が納得したのだからそのままでもいいだろうが、クーヤは生憎商人ではない。さらに言うならば目の前の利益よりも、さらに質が高く将来的に有益な物を望んでいた。


「あ、あの。私がナナの代わりになりますので、どうか……」

「お母さん!わたしは大丈夫だよ!」

「――と思って治療してみたが、思ったよりも負傷者が多くてな。報酬の上乗せを願いたい所だ」


 子供よりも大人を引き入れたい。此処に来るまでにクーヤが考えていた事だ。

 大人の亜人達の使い道は今のところ三つ。単純な労力、正確な情報、そして囮。今後増えるかも知れないが。


「え?そ、それは――」

「もう数人……いや10人くらいは欲しい。報酬の話をしたいが長はいるか?」

「……いまは、私がまとめ役としております」

「――そうか、なら話が早い。報酬の話しをしよう」

「あの、ですが……ただのまとめ役なので、皆の意見を聞かないことには……」

「なら朝食の時にでも話せばいい。そろそろ皆も起きるだろう」


 エリーナの表情は浮かない。

 この後仲間を渡す選別をしなければならないのだから。ナナが「大丈夫だよ!」と明るく言うが、不安は拭いきれなかった。





「ふざけんな!お前らが勝手に――もごもごっ」


 当然真っ先に反対したのはシモンだった。

 そのシモンはナナによって腕を極められ、手で口を塞がれている。手馴れた拘束の仕方に、シモンの暴走はいつもナナが止めているのだろう。とクーヤは考えていた。

 少年の未来はこの年でもう決まっている。精々尻に押しつぶされないように祈るばかりだった。


「ほぉ、やっぱりお前は仲間に死んでもらいたかったらしいな。治療をしなかったらここに居る半分は死んでたと思うぞ」

「むぐっ――」


 なんとも仲間思いのヤツだ、と皮肉を言えばシモンは歯を軋ませながらクーヤを睨んだ。


 クーヤがシモンを弄っていると話し合いがついたのか、エリーナが数人を引き連れてやってくる。子供は一人もいなく、亜人達の表情は誰もが沈んでいる。


「あの……」

「決まったか?」

「は、はい……ですが、10人ともなりますと動ける者、殆どですので……」

「心配するな、ラビを此処に置いていく。護衛としては十分だろう。ラビ、頼んだぞ」

「はいよー、なるべく早く帰ってきてね」

「というわけだ。護衛として置くが、逃げ出す者が居ればラビが此処の者を始末するかもしれない。仲間を思うならば、下手な行動は控えた方がいいぞ。それじゃ出発する」


 ラビがそんな事するわけないが、連れて行く者にとって逃亡を防ぐ脅しの効果があればいい。


 甘い言葉などいらない。目の仇にしている人間が、安全な場所があるからそこに住めと言っても誰もが不信感を抱くだろう。だからこそ、クーヤはただ強制的に従わせる。

 百の言葉による説得よりも、一の行動が時にその者に染み付いた観念を払拭してくれる。今はその行動が効果的であるだけだ。


 10人と数を絞ったのも大勢の考えを改めさせるよりも、一人一人時間をかけて説得した方が伝わり易い。そして考えを改めた者により他の仲間に伝える事でさらに効率的に嫌悪感を拭う事が期待される。


 どれくらい時間がかかり、どの程度効果が有るか分からないが、人間の悪いイメージを払拭するにはまずは行動からだろう。関係が円滑になれば更なる利益も期待できる。



 二日ぶりに帰ってきたログハウスの前に立ち、エリーナを筆頭に亜人達を並ばせる。自分達はこれからどうなってしまうのか、エリーナ達は不安を隠しきれない。


 そんな感情には気を払わず、クーヤはエリーナ達に命令した。その命令に亜人達にどよめきが生まれる。


「まず初めに、お前達の住む場所を作ってもらう」


 そうして村作りが始まった。





「クーヤ……シモンに容赦ないわね」

「子供だろうが敵意を向けてくるヤツに優しく接するほど、俺は人間が出来ていない」

「とは言うが、実はシモンを弄るのを面白がってないか?」

「ああ、ああいうヤツの悔しい顔を見るのは楽しいな。リリカの時もそうだ」

「いじめっ子ねぇ」


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