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第十五話 家造り



第十五話 家造り



「さて、今日もがんばるか」

「「おー!」」


 午前中の彼等の行動は三者三様だ。


 クーヤはアリスが大まかに切断した角材を加工する作業を行っている。

 角材の肌にかんなをかけたり、軸組みで建てるため角材の先端に刻みを入れたり。細目の木は丸太柱としてそのまま使用する事にして枝を掃っていく。

 頭の中に設計図を浮かべながら所々に印をつけた紐を引き、木材の必要な箇所に溝を彫っては材料を整える。


 ラビは畑作りと切り株の除去を担当した。

 鍬で土を掘り返し、肥料を撒いて再び耕す。植えるものは葉物が中心だった。根菜もいくつか植えてはいるが、残り少なくなってきた食料事情により育ちが早く、切り取っても何度か繰り返し使えるものを選択した。

 とはいうものの、食料として使えるまで早くて2月程かかるが。


 アリスは相変わらず木を切る作業を行っていた。

 さながらウォーターカッターを扱うように、細く引き絞った水流でザクザクと伐採していく。剣を振るうたびにコツを掴んでいったその伐採速度は目を見張る速さで続けられた。

 結界の外に立っていた木は次々切り倒され、林があった場所は見渡せる程度の平原に変わり果てている。

 家造り用の木材を残し、余ったものは結界の外に積み上げて自然乾燥にまかせる手段をとった。




 太陽が天辺に上り詰めた頃、3人の合同作業が始まった。


「ラビそっちもってくれ」

「おっけー」

「じゃ、立てるぞ……いち、にの、さん」


 角材の先端を土台に開けた溝へと差し込むと、土台の角に一本の支柱が立ち上がった。


「おし、ラビはそのまま支えててくれ。アリス、上から押し込むから足場を頼む」

「わかった」


 支柱の隣に現れた氷の塊に登り、手にした木槌で上から何度も叩いて角材の先端を奥に押し込んでいった。


「よし、それじゃ次の柱だ」


 クーヤの指示で彼女達がパタパタと忙しく駆け回る。家の建設方法はクーヤにしか分からないため言われる通りに行動していく。


 家の基礎が出来上がってから、家造りは着実に進行していった。現在は家の枠組みを行っている。

 土台に柱が立ち、柱と柱の間には数本の間柱が立つ。間柱を斜めに交差しながら筋交いが取り付けられ家の強度は高められた。


 加工された木材を組み立てるだけなので作業は順調に進んでいく。足場を瞬時に作れる事も作業を円滑にする要因だった。


 昼から始めた組み立て作業も日が落ちる頃には大方完成した。

 それでも作業は続き、暗闇の中ラビが灯した明かりを頼りに木材を合わせたところに金属板で固定し建物の強度を高めていく。

 その日は寝る間際まで作業は続けられた。




 次の日も作業は続く。


「アリスこの板と同じものが後20枚欲しい、歪な部分はかんながけもよろしく」

「うん、了解した」

「ラビは俺と一緒に屋根と外壁の取り付けだ」

「わかった。さっさと始めましょ」


 今日も作業は急ピッチで行われる。


「とりあえず10枚出来たから置いておくぞ」

「おう、ありがとう。と、その前にそこ支えてくれ」

「了解だ」

「ラビ釘を取ってくれ」

「ほい」

「……これでよしっと」

「それじゃ戻るぞ」

「おう、助かった。ラビそこの板取ってくれ」

「ん、これ?はい」

「今度はここを支えてくれ」

「はいはい」

「それをくれ」「ほい」

「あれくれ」「ん」

「つー」「かー」


「何語だそれは。残りができたぞ、次はどうしたらいい?」

「おお、早いな。そしたらそこに足場頼む」

「わかった」

「ラビ次の板くれ」

「はいはい」

「アリス、あっちを支えてくれ」

「ああ」

「んで、ラビは踊ってくれ」

「ん、わかった……っておい!」


 作業は順調だ。


 建てられた枠組みに隙間が出来ないように板が取り付けられていった。作業が進むにつれて屋根が出来上がり、外壁が出来上がる。ガラスなどは無いため窓も扉も全て木で作り上げられていった。





 そうして家造りを始めてから三日後の昼過ぎ。

 開拓された森の中に立派なログハウスが姿を現した。


「で……きた」

「できた……な」


 前の家は長い間風雨に晒され続け、壁は茶色く変色し、所々腐り果てていたものだ。補修も行ったりしたが、焼け石に水の状態。強風で今にも崩れ落ちてしまいそうな所に、長年住み続けた自分達を褒めてやりたいくらいだ。


 ラビとアリスは出来上がったばかりの新しい家を前に、感無量な様子で作り上げたログハウスをじっと眺め続ける。

 目の前のログハウスは木目もはっきりと浮かび、柱には力強さを感じる。寒さと雨を遮るだけのものとは比べ物にならない安心感がそこにはあった。

 なにより自分達の手で作ったという事実に、胸の奥から湧き出る達成感は彼女達を歓喜で振るわせていた。


 クーヤはログハウスの前に立ち、その扉をゆっくりと開く。


「ようこそ、俺達の新しい家へ」


 彼女達の歓声は森の奥まで響きわたった。




「中はこんな風になってるんだな」


 室内をしげしげとアリスが眺める。内装は今日の午前中にクーヤが一人で行ったため、彼女達が家の中を見るのはこれが初めてなのだ。

 彼女達の午前中の行動は前日と同じ内容だった。アリスが邪魔な木を伐採し、ラビが地面を整地する。その成果として、この場所から川までの間に幅広く整えられた道が作られた。


 扉を開けた先には広い居間があり、その奥には扉が二つ。壁には木製の窓が左右に一つずつ、大きく設置されている。家具は一切置かれていない。今はまだ殺風景な部屋だった。


「こっちの部屋はなにかな~、あ、トイレね。室内にあるのは嬉しいわね。クーヤ、いい仕事した!」


 ラビがぐっと親指をサムズアップさせて笑顔を浮かべる。

 彼女達が遥か昔に過ごした家には便所があったが、魔女の家にいた頃は近くの森の中で済ませていた。

 虫も寄ってくれば、冬は寒さに堪える。特に雨が降る日は最悪だ。ずぶ濡れになりながら用を足さなければならない。


「しかし後で溜まったものを汲み取る作業が必要だな……私はあまりやりたくない」

「ああ、心配するな。それはそのまま畑近くの肥溜めに送られる」

「肥溜め?」

「排泄物を溜める場所だな。ちなみに後で肥料となるぞ」


 クーヤの言葉を聞き、二人がとても微妙な表情を浮かべる。どう言葉で表せばいいか迷ったが、とりあえずそのまま言葉にしてみた。


「いや……それはなんだ、汚くないか?」

「野菜に直接ぶっかけるわけでもない。土の養分として使えればどんなものでもいい。というか畑に使った肥料だって何かの動物のものだぞ?さらに言うなら森の中で取れる山菜とかも同じように育ってるんだ」

「いやまぁ……それはそうかも知れないけれど……」

「納得出来ないところもあるだろうが、新しく肥料を買えるような状況でもないからな。今は利用出来るものは再利用するつもりだ」


 まだまだ割り切れない顔をする彼女達を尻目に、クーヤは馬車に乗せたままだった荷物を部屋の中へ運び入れていった。

 部屋に戻ってきた時には彼女達の探索が再び開始されている。


「お前達部屋の鑑賞もいいが、とりあえず荷物入れようぜ。棚とかはまだ作ってないが、まとめて置くくらい出来るだろ」

「こっちの部屋は何?大きい桶みたいなものがあるけれど?」

「そこは風呂場兼洗面所。ついでに着替え場所だ」

「風呂場?」

「その大きな桶、浴槽に水を溜めて湯を沸かす。湯浴み所だ」

「湯浴みって……まるで貴族じゃない!?」


 一般的な家庭でも湯浴みをする所は存在していなかった。

 殆どの家庭では濡らした布で体を拭いて汚れを落としている。川や湖が近くにあれば水浴びもするが、肌寒い季節では暖めた湯を使って体を拭くくらいだ。ラビ達も今までずっとそうしてきている。

 湯浴みは貴族等の身分の高い者にしか使われていなかった。


「ちょっとばかり贅沢してもいいだろう」

「クーヤこれは良いわよ!すごい!」

「湯浴みか……初めて入るな。楽しみだ」

「水汲みはアリス、湯を沸かすのはラビが担当な」

「うん、わかった」

「この浴槽、だったかな?それに溜めた水も後で再利用するのか?」

「ああ、流石に飲み水では使えないが浴槽の栓を抜けばそのまま肥溜めの隣に作った水汲み場所に送られる。水撒き用として使うつもりだ」

「今すぐ入ってみたい!!」

「後にしろ。先に片付けをやらないとな」

「うう~~」


 抗議の視線がクーヤに突き刺さる。それを無視し、淡々と縛り上げた荷物を解いては部屋の片隅に置いていった。

 ラビは風呂に入りたい衝動を抑えて片付けを手伝い始めた。片付けが終わればすぐにでも駆けつけるだろう。まるでスタートを切る前の競走馬のような形相だ。


「ところで……料理はどこで行うんだ?」


 アリスは残り少なくなってきた食料をどこに置こうか決めかねていた。

 部屋の中を見回すが、魔女の家にあったような暖炉も無く、調理場として使えそうな所も無い。


「料理はそこで行う」


 クーヤが指差した先は居間の中央に空いた窪みを示した。

 その窪みは四角形に切り取られ、天井から棒状の金属がぶら下げている。暖炉のように火床は平らではなく、壷状に窪んでいた。


「なんだこれは?」

「囲炉裏という。そこで火をおこして鍋や鉄板を敷いて料理をする場所だ。詳しい事は料理する時にでも説明するぞ」


 囲炉裏という言葉を聞いてアリスは訝る。

 暖炉のように部屋の壁際ではなく、火元が部屋の中心にあるというのは部屋を広く暖めてくれる。暖房という視点からだとかなり有効そうだ。

 ただ、暖炉のように煙突が無いのが気がかりだった。


「こんな部屋の真ん中で火を焚いて大丈夫なのか?」

「燃料は薪じゃなくて煙の出にくい炭という物を使うから心配するな。一酸化炭素中毒とかも気にしなくて良い。

 窯が出来れば誰でも炭を作れるが……最初はラビの担当だな。炭は色々使えてかなり便利だぞ。後で教えるからしっかり覚えるように」

「あいさー」


 元気のいい返事と共にてきぱきと整頓を続けていた。それ程風呂が楽しみなのだろう。





「ん~~、気持ち良い。お風呂って最高ね!!」


 荷物の整理が終わった後、早速ラビとアリスは浴槽に水を溜めて炎で湯を沸かし風呂を堪能していた。

 ラビはその裸体を沸いた湯の中へ沈め、体を伸ばして凝りを解している。アリスは浴槽の外で体を洗っていた。


「まったくだな。それにこの石鹸という物もいい。とてもいい香りがする」


 アリスは布にこすり付けた石鹸を泡立てて肌を擦っていく。湯気に包まれる風呂場の中、石鹸の香りが風呂場の中に充満した。


「そんな良いものがあるんなら、前の所でも使わせて貰いたかったわ」

「本当にな」


 石鹸は荷台の中にずっと仕舞われていた物の一つだ。先程の荷物整理でその存在を思い出したクーヤが彼女達に手渡し、使い方を教えた。


「数も少ないし慎重に使っていかないとね。あ、無くなったらクーヤがまた作ってくれればいいけれど」

「いや、無理だ。石鹸の製法を聞いたが塩水を電気分解してそこから取れる物質と水と油が必要らしい。水は私の力で何とかなるが、塩と油の確保しなければならない」

「むぅ、油は何とか植物から取れるけど……塩かぁ。やっぱり海を目指したいわね」

「今は無理だろう」

「今はって、クーヤも言ってたけど……いつか行けるの?」

「さぁな。クーヤがどんな未来を描いているかはまだ分からない。分からないが、私達は着いて行くだけだ」

「そうね……あ、クーヤだ」


 風呂場に備え付けられた窓からクーヤが刀と短剣を振るっている姿が見える。

 その姿はさながら演舞のようだった。次々と技を繰り出していく様子を眺めながら、まるで踊りを踊っているようだと思った。


「やっほー。頑張ってるわねぇ」

「性が出るな」


 窓から手を振ると、その声に応じてクーヤの動きが一旦止まる。


「おう、湯加減はどうだ?」

「めちゃくちゃ最高よ!」

「クーヤも一緒に入るか?」


 何を言い出すのかとラビが顔を向ければ、アリスがクツクツ笑っている。その顔を見てラビもニヤリと笑顔を浮かべた。


「そうよ~、体の隅々まで洗ってあげるわよ」

「物凄く惹かれる提案だな。今度頼むわ」


 二人が顔を見合わせて含み笑う。体を震わせて湯船に満たした湯がちゃぷちゃぷと音を立てる。


「おや、今度でいいのか?気が変わってしまうかもしれないぞ」

「今なら胸で洗ったげるわよ」

「からかうな、馬鹿」


 区切られた窓の視界からクーヤが姿を消した。ついに我慢しきれず、彼女達は大声を上げて笑い始める。浴室に二人の笑い声が響いていた。


「あはははははっ。クーヤってばかわいい~」

「ふふふっ、そうだな。クーヤは人の心情を読むのが上手いから、そこをついてやったら大成功だ」


 無論、彼女達も本気で言ったわけではない。ただからかっただけである。

 クーヤもそれを分かっているからこそ、ただ言葉を濁すしかなかった。

 父親と二人での生活が長かった事が災いし、女性からそのような話題が振られた時の対処が甘かった事も一つの理由だ。


「さて、そろそろあがるか」


 アリスが湯船からその裸体を引き上げると浴室の扉がガラリと開けられた。沈黙がその空間を支配する。


「なんかむしゃくしゃしたから、来てみた」

「ギャーー!」


 かぽーん、と桶が額に命中する音が風呂場に響き渡った。





「とまぁ、囲炉裏での調理はこんな風に扱う」


 囲炉裏の窪んだ部分には、掃った枝などを燃やして出来た灰が敷き詰められている。ちなみにクーヤの窪んだ額には濡れた布が巻かれていた。


 炭に火を灯し、その真上に自在鉤で吊るされた鍋を置いて煮炊きしている。火の周囲には串を突き刺した魚を敷いた灰の部分に立てていた。その近くには火箸や五徳と呼ばれる円形状の枠から3本の足が伸びている金属製の台が置かれている。


「なんだか不思議な感じだな」

「うん、でも暖かい。それになんかいい香りがする」

「それが炭の醍醐味さ」


 ラビには先程炭の作り方を教えた。窯が無くとも、つまりは酸素を遮断して蒸し焼きにすればいい。

 薪として使われると思っていた木材の周囲を炎で包み、空気が入らないように焼き続けて出来た炭をラビは驚いて目を瞬かせたものだ。


「さて、それじゃ乾杯といこうか」


 彼女達に持たせた木製のカップに酒を注ぐ。アリスはきょとんとした表情をしており、ラビはとても嬉しそうだ。


「……いいのか?」

「家が出来上がった記念だ、気にせず飲め」

「やったー、お酒、お酒」

 

 火にかけた鍋も頃合だ。

 それぞれのお椀に盛ってから、クーヤが自分のカップをその場に掲げた。


「それじゃ、家が出来た事を祝して――」

「「「かんぱーい!」」」


 木が打ち合う乾いた音が部屋に聞こえる。

 団欒とした時を過ごし、その宴は夜遅くまで続いた。


 やはり馬車の中と家の中では気持ちが違うのだろう。彼等は久方ぶりに安心して眠れる寝床に着いて夜を過ごしていった。




「新しい家が出来た!!めちゃくちゃ嬉しい!」

「なんだか色々とごちゃ混ぜな感じではあるがな」

「暖炉や煙突を作るにも素材が無い。藁葺き小屋作ろうにも藁が無い。和洋折衷。良い言葉だ」

「風晒しという状況を抜け出たのは素直に嬉しい」

「これで一つ心配事が無くなったわね」

「だが、まだまだ問題は山積みさ」


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