第十四話 開拓開始
第十四話 開拓開始
結界を張った場所を一時的な拠点とし、クーヤ達は周囲を探索し始めた。その結果、川の付近に構えたその場所をすぐさま離れる事となってしまった。
川は森の中を流れているので雨季でも洪水の危険性は無さそうであったが、土の性質が悪い。畑を作ろうと思っている彼らにとってその場所はあまり適する所ではなかった。
それに加え、水場が近くにある以上、例え結界があろうとも頻繁に魔獣がやってくる。結界とて完璧な防壁ではない。攻撃を受ければ魔力は消費し、魔力が切れれば何もない空間へと成り下がる。
馬車を移動させたその十分後、森の中にほんの少し開けた場所を見つけた。
馬車から降りたクーヤは地面に屈み、ひとつまみの土を掴み取った。人差し指と親指の間でその土をこね回し、土の質を眺めている。悪くない、と結論付け四方に位置する木の幹に術式を刻み込んだ。クーヤが魔力を注ぐと一辺が20m程の結界が築かれる。
「ところでこの結界というのは、一体どういったものなんだ?」
「結界は種類が多すぎて一言じゃ説明できないな。その範囲内に進入してくるものを防ぐというのが主な役割だ」
結界。
その種類は多岐にわたる。
魔方陣を書いてその線上を結界とするもの、札などを四方に張り点と点を結んだ所を結界とするもの、魔術文字等の媒介を必要としない結界術などもある。
その内容も色々だ。物理的にではなく、精神的に人払いを行うもの。逆に人を迷い込ませて出られなくするもの等、種々様々。
「私達でも使えるの?ほら、暖炉でやったみたいに」
「無理だな。俺が使った結界は光系統の魔術だ。お前達の属性じゃ合わないだろう」
魔術を使うには魔術の理解、魔力の読み取り、方向性の想像、世界へのアクセス、そして魔力の放出。といった5つの要素を把握しなければならないが、その5つをこなせても発動しない場合がある。魔術師の間ではそれを素養や相性などと言われている。実際の所は少し異なるのだが。
残念そうな顔をするラビとアリスに、彼女達の属性に合った術式に変えれば問題ない、と付け足した。
「さて、それじゃまずそれぞれ役割分担といこうか」
クーヤの言葉で彼女達の顔つきが真剣味を帯びる。
これからの行動は今後の生活に関わる重要なものだ。雑務一つとて無駄なものは何もない。自分の作業をこなせばこなす程、生活が快適に近づくのだから。
「家造りから始めたい……がそもそも材料が無い。アリスはとりあえず結界内にある木を切り倒してほしい。方法はなんでもいいが、切り倒した物は木材として使うから一箇所に集めておいてくれ。
それが済んだら今度は結界の外だな。とりあえず見渡せるくらいは広げたい。アリスが良いと思うように広げておいてくれ」
「結界の出入りは出来るのか?」
「ああ、獣除けに作ってあるから人の出入りは自由だ」
「わかった」
「ラビは切り株の除去と整地だ。整地した一部は畑として使うからどこに畑を作るかよく考えてやるように。あと川で魚を取ってきてくれ」
「おっけー……って一人で?」
「もちろん。あまり時間を無駄にはしたくない」
何のために前衛が居ない状況で戦わせたと思っている。とばかりに呆れた表情をラビに向けた。
自分達に武器を与え、遠まわしに戦い方を教えたからには何か思惑があるだろうと覚悟はしていた。だが、今度は一人で戦う事になるかもしれないと思うと少し気が滅入る。
「クーヤは何をするんだ?」
「ん?俺か。木材が集まるまで暇だからな、花でも摘んで来ようか」
「わかった。無茶はするなよ」
「お土産よろしく!主に肉!!」
クーヤの役割は周囲の探索、それに伴う地図の作成。さらには食料の調達、魔獣の住みかの下調べなどだ。
これから今までよりも過酷な生活になるだろう。そう思い彼女達の精神的負担を減らすべく、とぼけた内容で気を紛らせようとしたがラビとアリスはしっかりとその裏の内容を把握していた。
自分にはボケの才能が無い、と酷く嘆いた。
「それじゃ、とっとと作業にかかるぞ」
若干気落ちした掛け声を合図に、3人それぞれの役割をこなすべく行動を開始した。
クーヤが結界の外へと出て行くのを見送り、アリスは結界内に残る数本の木を確認した。
少し開けた場所に結界を築いたが、一辺が20m程ある四角形の内側には6本の針葉樹がまばらに生えている。
「さて、どうしたものか」
一本の木に近寄り、掌を木の幹に押し当てた。幹は硬く、その太さは直径約60cm。幹に手を回して両指が触れるか触れないかという太さだ。
頭上を仰げば、その幹から伸びる枝の先には青々とした葉が風になびいている。枯れ木ではなく生木。女性一人で切り倒す事は容易ではなさそうだ。
アリスは考える。この木をどうやって切ろうかと。
荷台の中には斧などの道具もあるが、斧で切り倒そうなんて考えは無い。一般的な女性の力しかないアリスには重量の重い斧を何度も扱う事など出来ない。
斧を振るっては休み、また振るっては休むなどという効率の悪い行動は今の状況では却下だ。
クーヤにはどんな方法でもいい、と言われている。それはつまり自分で最適な方法を見つけろという事だろう。
「となれば、私にはこれしかないな」
魔術を使い、氷柱を幹に突き刺した。幹は硬く、突き抜ける事はできなかったが、円錐状の穴は開いた。
後は木の中心を目標に隙間無く氷柱を突き立てていく。窪んで出来た穴が段々と繋がっていき、まるでりんごの芯状に木の中心だけを残して削りとっていった。自重を支えきれなくなり、やがて一本目の木が倒れた。
「……なにか違うな」
どこか納得のいかない表情をアリスはしていた。
切り倒した木は後で集める事とし、次の場所へ向いながら考える。
男性が斧で木を切り倒すよりも数倍早く切り終えたが、氷柱を突き立てて点と点を結んでいくのは効率が悪いように感じていた。なにより切り口が雑な事にアリスには許せなかった。
次の木の前では一枚の板を思い浮かべ、木の根元に氷で出来た板を押し込む。板の先端は刃物のように研ぎ澄ましているので幹に食い込んでいくが、その途中で板が砕け散った。
「むぅ、薄くした分脆いか」
かといって厚みを増せば増しただけ切れ味は鈍くなっていく。ただ木を倒すだけならば巨大な氷の塊を作り木に当てて倒すが、今後木材となる物を歪めてしまうのはもったいない。
氷の板を突き立てる事を5回程繰り返し、2本目の木が倒れた。やはり効率が悪い。
「となれば……これか」
腰から剣を抜き、魔力を注いで氷を研ぎ澄ませる。氷の刃を3本目の木に振りぬくが、硬い抵抗を感じて刃が幹の途中で止まる。切れ味は斧よりありそうだが、それほど変わらない結果となった。
4本目、5本目では力を込めて思いっきり振りぬいたり、切り口を楔状にしてみたり、試行錯誤を繰り返していくがどれもいまいちしっくり来ない。
アリスはため息をついた。
クーヤの居合いみたいな切れ味も期待できず、氷ではラビのように焼き切る事も適わない。一体何故クーヤは自分にこの作業を割り当てたのかと疑問に思いながら、結果内に残る最後の木を目指す途中で立ち止まる。
流石に背の高い木が5本も地面に転がっているとラビの作業の邪魔になるかもしれない。そう考えたアリスは一旦一箇所にまとめておこうと思い立ち、どうやって運ぶかを考え始めた。
背の高い木を女性一人で運べるとはとても思えない。男性でも無理だろう。すぐに思いついたのが、馬を使って運ぶか力を使って押していくか。地面に氷を敷き詰めればさらに早く運ぶ事が出来るかもしれない。
「いや、それよりも水で運んだ方が……」
アリスの脳裏に一つの閃きが輝いた。
「ん、そうか水か!」
木を集めるのは後回しにし、急いで6本目の木の元へ向かう。走りながらアリスは川で遊んだ時の記憶を思い出す。
水を掛け合って遊んでいたあの時、クーヤが合わせた掌を川の中に浸け、その手の中から細い水が飛び出して来た事を。思っていたよりも勢いのあったその水流が顔に当たり驚いて水浸しになった記憶を。水鉄砲という遊びを教えてもらった事を。
6本目の木を目の前に、アリスは魔術の方向性を想像する。
どんな形状にしようか、どのように水を動かすか、威力はどの程度か、魔素はどんな風に操るか。彼女達の力は詳細が細かいほど現実に強く反映されるため、細部まで詳しく決めていく。
想像するには、なにかお手本のようなものがあった方がやりやすい。アリスが思い浮かべたのは川で遊んだ時の水鉄砲、そしてこの前見せてもらった居合い抜き。
鞘には収めず、むき出しの剣を左腰の隣に構えて魔力を込める。
一線。
アリスの腕が振りぬかれた。手応えを感じる。
時が止まったかのような静寂の中、斬られた事を今気づいたように根元の幹がずれていく。そしてゆっくりとその体を地面に横たえた。
「よし、これだ!」
今の手応えを忘れないよう、次の得物を探し始める。アリスは地面に倒れる木はそのままに、結界の外へと駆け出した。
少し時間は遡る。
アリスが一本目の木をどうやって切り倒そうかと考えていた頃、ラビは結界内の地面をぐるりと見回していた。明けた場所とはいえその場所は森の中、地面には多くの雑草が好き勝手に生えている。
「まずは掃除からかな」
その場に屈み、近くにあった雑草の一本を引っ張る。思いのほか根が深くまで張られているのか、なかなか抜けない。両手で握り、地面を踏みしめる事でやっとこ抜けた。その拍子に尻餅をついたのはご愛嬌。
「こんの~、雑草のくせに生意気よ!」
尻餅をついたまま傍に生えていた雑草を引っ張るが、不安定な体勢ではやはり抜けなかった。
諦めたように草から手を離し、熱くなった頭を振り払った。少し冷静になって物事を考え始める。
こんな調子で手作業では、約400平方メートルの中に群生する雑草を処理し終えるのに日が暮れる。自分の仕事はこれだけではないのだから、もっと手っ取り早い方法を選ぶべきだ。
その考えに至り、ラビは剣を抜いて魔力を送った。
ウッドゴブリンを焼き斬ったように剣を振るい、雑草を焼き切っていく。軽快に刈り取って行くが、やがて剣を振るうのを止めた。
これでは鎌で刈り取るのとさほど変わらない。もっと効率のいい方法を考える。
「あ、そうだ」
再び剣を構え、魔力を送った。今度は魔素を操って留めるような事はせず、そのまま垂れ流す。さながら火炎放射器のように剣から炎が噴出し続けた。
剣先を雑草の方へと向け、そのまま焼いていく。
今後畑を作ろうと思う部分は特に注意して焼いていく。
あまり地面に火を近づけすぎると、土が焼けてその中にいる微生物を殺してしまうからだ。
逆に家を建てると思われる結界の中心部は意図的に火力を強め、地面を溶かす勢いで焼いていく。
「うん、良い感じ」
雑草が覆い茂る所を集中的に焼いていくと、先程から聞こえていた木が地面に倒れる音がまた聞こえた。
「あ、そろそろ切り株を取り除かなきゃ」
雑草処理は一時中断し、倒された木のふもとへと向かった。
切り株を目の前に、一体これをどう処理しようかとラビは腕を組んで考えていた。
鍬で掘り起こすのは論外。そんな時間がかかる作業はやっていられない。時間的にも、体力的にも、ラビの精神的にも。時間のかかる作業なら仕方ないが、簡単な方法があるのならばラビはそちらを選ぶ。
「ま、やっぱりこれよね」
剣を抜き、炎を纏わせて切り株に突き立てた。
目を瞑り、剣の表面に塗りつけた魔素を少しずつ広げていく。木が根っこから水分を汲み上げる様子を想像し、その流れに逆流するように魔素を根っこの先へと動かしていく。
切り株からブスブスと煙が立ち上り、すぐに灰へと変わり果てた。
「これでよし、と」
同じ作業を五回繰り返し、ラビは雑草処理へと戻っていった。
ある程度雑草も焼き払い終わった後、そろそろ魚を獲りに向かおう考えた。
馬を使おうかどうか悩み、結局歩いていく事にした。
馬が使えない状況もあるだろうと想定し、徒歩での距離を知っておいた方がいいと考えたからだ。
「……結構遠いわね」
場所を探しながらゆっくり移動したとはいえ、馬車で十分かかった距離だ。周りを警戒しながら歩いたため、結局15分近くかかって見慣れた場所へ辿りついた。
水を飲みに来た先客を魔術で追っ払い、ラビは川を前に立った。その手には魚を入れる為の籠は持っているが、釣竿は持っていない。
いつもは魚を獲るのはアリスの役目だ。氷の弾丸で魚を絶命させ、水を操りすくい上げる。それが一番簡単な方法だった。
今回はラビ一人だがその表情は暗くない。その要因はアリスが6本目の木を切り倒すのを見たからだ。
あれは確か子供の頃に見た水鉄砲、そして魔術を放つ仕草は居合いだった。
こんな状況でもクーヤは自分達を育てようとしてくれている。そして自分達がそれに応えてくれる事を信じている。そう感じる事が出来てラビは嬉しくなった。その期待に応えなければならない。
「さて、とっとと始めましょ」
意気揚々と掌を川の水面へ向け、ラビは水中へと魔術を行使する。
昔に教えてもらった魚を獲る方法を思い出し、拳銃から放たれる弾丸を思い浮かべる。形状は爆、水の底へと狙いを定め、威力は魚が吹き飛ばない程度。
方向性を示した後ラビは魔術を打ち放った。その場所に水しぶきが吹き上がる。
衝撃に吃驚した魚達はその場にぷかりと浮かび上がり――。
「よぉし!やった!」
そしてそのまま川に流されていった。
「……えっと?ちょ、ちょっと待って~~!!」
「作業は順調みたいだな」
アリスが水流で木を一箇所に集め、ラビが川から獲ってきた魚の腸を抜いていた時、クーヤが帰ってきた。
「あ、お帰り。どうだった?」
「とりあえず魔獣の住処は近くになさそうだ。普通の獣も見当たらなかったがな。あと実が生ってる樹木も見つけたが……初めて見る実だったから、食えるかわからん」
「そうか……食料が取れなかったのは残念だな」
「まぁ、まだ探索は始めたばかりだ。とりあえず休憩にしよう。食事の後、俺は土台作りを始めるからアリスとラビは木材の加工に取り掛かってくれ」
昼食を取り終え、作業が開始された。
アリスが材料となる木材を切断していき、切断した木材をラビが燃やさない程度に火を近づけ乾燥。ラビが焼き払った場所にクーヤが土台作りを始めるといった具合だ。
その日は家の基礎を作り終えたところで作業は終了となった。
その日の夜。
クーヤ達は焚き火の周りに集まって話し合っていた。
「今後の予定を話すぞ。アリスはそのまま周囲の木の伐採を続けてくれ。周囲が終わったら今度は川の方を目指して開拓して欲しい」
「……海は目指さないのか?」
「ああ、今は無理だ」
今は森の中に入ってしまったのでこの場所から海は見えない。
アリスはこの前見た海の光景を忘れられないでいるのだろう。確かに海には宝のような資源がある。今の彼らにとって喉から手が出る程欲しいものだ。しかしクーヤは却下した。
「お前達も感じただろうけど……あそこはヤバイ」
遥か遠くに見えた水平線。地上から水平線まで全ての水面がきらめいていた光景は、まるで高く積み上げられた財宝の山に見えたことだろう。その感動と相反するように肌で感じ取った危機感。本能からの警鐘。
あそこに住み着く魔獣は川の付近で出会うような魔獣とは力量も数も桁が違いすぎる。
「3人で挑もうなんて自殺行為もいいところだ」
クーヤの言葉が正しいと感じたのだろう。アリスはそれ以上口を挟むこと無く沈黙した。
「ラビは畑を耕してくれ。畑の作り方はわかっているな?肥料は荷台に積んであるからそれを使うように」
「了解しました隊長!」
ビシッと敬礼を決める。
暗くなった気持ちを払拭するような軽口。ラビの気遣いにクーヤは心の中で礼を言う。
「さて、そろそろ身体を休めよう。明日も忙しくなるぞ」
荷物をどかして荷台に入り、今宵も馬車の中で寝床を敷き始めた。家の完成はまだまだ時間がかかりそうだ。
今度どうなって行くかは未だ霞みの中。将来の事を思うと不安に苛まれる彼女達はクーヤの手を握り締め、身を寄せ合って一夜を過ごしていった。
「どうだ、クーヤの期待に応えたぞ。褒めてくれ!」
「ああ、見事だな」
「……ところで私の方は?」
「魚を追いかけるだろうとは思っていたぞ」
「わざとか!」
「爆発の衝撃を真上じゃなくて角度を付ければベストだったがな」
「うう、私は期待に応えられない駄目な子ですよ……」