第十二話 逃亡の果てに
第十二話 逃亡の果てに
ギシギシと車輪が悲鳴をあげる。
川沿いの道を一台の馬車が限界に達する速度で駆けていく。その後ろから蹄が地を鳴らす音が幾重にも響いていた。馬には甲冑に身を固めた騎士が騎乗し馬車を追っている。
「追え!逃がすな!」
必死に駆けるが荷台を引いた馬車の速度は遅く。追いかける騎士との距離が徐々に迫ってくる。馬上から十数本の矢が馬車に向けて放たれた。弧を描き荷台めがけて降り注ぐ。
「アリス!!」
御者席でクーヤが叫ぶ。
返事は返さず、クーヤの言葉で空に氷の壁を張った。壁に矢が突き刺さり、または弾かれてその軌道を変える。
相次いで騎士側から魔術が放たれた。属性はわからない。魔力が収束するのを感じ取っただけだ。詠唱は蹄の音で遮られ聞き取れない。
「ラビ!!後方、広く、燃やせ」
属性はわからないが、目に見えないので多分風だろうと当たりをつけた。例え、他の属性で来ようともラビの力で燃やし尽くしてくれるだろう。
地面を隆起させるような上級魔術を使える術師がいない事を祈るだけだ。
「ちっ、馬上で詠唱出来るとは、なかなか錬度が高いな」
珍しくクーヤの顔に焦りの色が出ている。決して騎士を甘く見ていたわけではないが、騎士達の連携と技量が思っていたよりも高かった。
「アリスは防御を、ラビは奴等を蹴散らせ」
「わかった」
「どうせもうお尋ね者だが……程々にしとけよ」
「おっけ~い」
アリスに防御を任せてラビは右手を翳し、集中し魔力を集める。掌に小さい火球が現れ加速的に、どんどんその体積を増やしていく。馬車をも覆い隠すような巨大な火球がラビの目前で作られる。
「いけ!」
煌々と燃える火球が周辺の草木を焼き尽くし、騎士達に向けて放たれた。
時は数時間前に遡る。
「よし、準備は終わったな。それじゃこれからの予定を伝えるぞ」
荷台に荷物を積め終わり、後は出発するのみとなった。クーヤは懐から葉巻を一本取り出し、火をつけ口から煙を吐き出す。
葉巻を吸いながら町で購入した地図を広げた。広げた地図にはとても簡素なものしか書かれていない。ここに町がある、この辺りに川がある、エトワール城がここで、国境は山を境に敷かれている。といった具合で緻密な情報など一切ない。
他国からの侵略を警戒して詳細な地図を作っていないか、ただ単純に地理を把握していないか。事実がどちらにしろ、今から逃げ出そうというクーヤ達にとって地図としての意味を殆ど果たさない。
「地図はこの通りだ。役に立たない。魔女狩りが行われれば関所も通れない」
正確な地図が無い以上山越えは不可能。遭難する事が目に見えている。なにより荷物を積んだ馬車で山を越えるのは無理だ。
「よってこのまま南下して海を目指す。海辺やその周辺も魔獣が占拠しているようだが、まぁ水源が確保できる分まだましだ」
アリスの魔術で水を集める事は可能だが、水が有る事に越したことはない。
「…………」
「とりあえず川伝いに南下して行って、道が狭ければ森の中も――ん?どうした?わからない事があれば今の内に言っておけよ」
先程からアリス達が俯いたまま浮かない顔をしている。
「なぁ、クーヤ一人だったら関所を通る事ができるんじゃないか?」
「まぁ……可能だろうな」
「私達が荷台の中に隠れていれば、関所を通る事が出来るんじゃないか?」
「分の悪い賭けになるがな」
魔女狩りが発令すれば彼女達は嫌悪の対象から罪人として扱われる。その彼女達が逃げ出したとなれば関所での点検はさらに厳しくなるだろう。
「それなら……クーヤだけでも……元々これは私達の問題だ」
「そうよ、今ならまだ間に合うから!二人でも私達は生きていけるから!」
彼女達の表情からその必死さが伝わってくる。
クーヤはそんな二人を見て、煙と共に息を深く吐き出した。葉巻を咥えたまま、二人の頬をぎゅっと掴み少し力を入れて引き伸ばす。
「い、いふぁい」
「何を言ってるんだお前達は、これは俺達の問題だ」
「ひ、ひかひ」
「これ以上馬鹿なこと言うようなら頭をはたくぞ」
限界まで引っ張った後、頬から指を離す。彼女達は頬を擦りながらクーヤの背中を眺めた。
クーヤの目は真剣に怒っていた。その事がとても申し訳なくて、そして少し嬉しかった。
「ごめん」
「すまない」
「……そういう時は別の言葉がいいな」
クーヤの言葉に彼女達は顔を向かい合わせて考え込み、二人声を揃えて言った。
「ありがとう」
クーヤは満足したように頷いた。
「大変!大変!やばいっすよ!!」
今から出発しようと馬車に乗り込んでいたら遠くからショルが息を切らせてこちらに向かってくる。嫌な予感がクーヤの脳裏を過ぎった。
「どうした?」
「はぁはぁ、き、騎士達が、魔女狩りを行うって大勢こっちに向かってるっす。早く逃げた方がいいっすよ!」
「思いのほか早かったな」
魔女の家はエトワール城の西側に流れる川のほとり。このまま南へ向かえば鉢合わせという状況は避けられるが、荷物を抱えた馬車では追いつかれるのも時間の問題だろう。
今から自分達が向かう先を知られたくはない。
「予定変更だ。一旦追手を撒くぞ」
クーヤは葉巻を地面に押し付けた後、御者席へと乗り込んだ。握った手綱を動かし南へ向けていた馬頭を西側の森へと向ける。
「知らせてくれてありがとうショルさん。元気でな」
「バイバイ、ショルさん」
「達者でな」
「クーヤ達も元気でがんばるっす」
ショルが手を振りながらクーヤ達を見送ると、歩みだした馬車が数歩進んでその足を止める。どうしたのか、とショルが不思議そうな顔をしていると、御者席からクーヤが身を乗り出して後ろを振り返っていた。
「あ~、そうそう。この前言った事、よければイースさん達と考えてみてくれ」
そう言い残し、ショルの返事も待たずに馬車は動き出した。
そして場面は冒頭へ戻る。
ラビの放った巨大な火球は隊列を組んだ騎士達に迫り、慌てて回避しようとしたその目の前で炸裂した。爆風が前を駆けていた馬もろとも騎士を吹き飛ばし、地面に転げまわった。前列が乱れ、後続の騎士達もおもわずたたらを踏んだ。
「Yha!いい気味ね!」
騎士への鬱憤が溜まっていたのだろう。ラビは楽しそうだった。
もう何度か後方に攻撃を仕掛けている。徐々に数を減らしていってはいるが、馬車の速度では騎馬を振り切れずすぐに追いつかれていた。
「しかし……奴等もしつこいな。きりが無いぞ」
「……そうだ、な」
クーヤが突然手綱を咥え、両手を後ろの腰に手を伸ばす。革製のホルスターから拳銃を取り出し、真横へと腕を広げた。
左右から回り込んできた騎士が木々の間から飛び出してきた。
発砲。
銃声は3発。
コンテンダーから放たれた弾丸は鎧を穿ち、肺を通過しながら逆側の鎧も貫いた。
コルトSAAから放たれた2発の弾丸は、剣を振り上げていた腕と被っていた兜を弾いた。弾丸の当たった腕は弾かれ、頭に強い衝撃を受けた騎士はそのまま落馬した。
「あー、金がもったいね」
「容赦無いわねぇ」
中折れ式であるコンテンダーの銃身を折り、排莢。コルトSAAの弾倉を回し、ハッチを開いてイジェクトレバーを引いて空の薬莢を馬車の中へ放り込む。
後方から蹄の音が再び聞こえてくる。体勢の整った騎士が追跡を再開したようだ。
荷台を引きながら数時間走らせ続けた為、馬の体力の限界が近い。西の方へ逃げた、と思わせる事が目的であったがなかなか騎士の追跡を振り切れない。
あまり殺しすぎて多くの怨恨を残してしまうと、後の追跡が厳しくなるだけだろう。目的は達した、後は振り切るのみ。
新たな弾丸を込めつつ、二人に指示を出した。
「めんどくさい。ラビ視界に見える限り広く、燃やせ。アリスはその後ろに氷柱を突き立てろ、出来るだけ多くだ」
「わかった」
「うん」
ラビは視界いっぱいに炎を撒き散らす。森が火事になるだろうが、そんな事今の状況では気にしていられなかった。
アリスは炎の壁の後に地面から氷柱を生やし、矛先を後方へと向け簡易のトラップを仕掛けた。例え炎の中を突っ切ってきても、明けた先には氷の槍が無数にそびえる。
「追手を振り切ったら一休みして南を目指すぞ」
燃える森を背に馬車は木漏れ日の降る森の中をひた走り続けた。
追手を振り切り、途中で見つけた泉で休憩を取った後、彼らは南を目指し始めた。
馬車はひたすら南を目指す。頼りない地図を元に、片手にコンパスを携えて走り続ける。人目を避けるため町や村には近づかず、荷台に積んだ食料を減らしながら海を目指した。
やがて、首都を旅立ってから数日が過ぎた。
「あれが……海……か」
馬車から降りて眼前に広がる光景に目を丸くする。
いまだ海までの距離は遠い。しかしそれでも遥か先には水面が輝く一面の海が見えた。
馬車での生活が続き、彼女達の顔には疲労の色が浮かんでいたが、初めて見るその風景に感動で体を震わせていた。
「この辺りに故郷を造ろうと思う」
感動で声も出ない彼女達をよそに、クーヤは前を向きながら語りだす。
視線が自分に注がれたのを感じると振り返り、ラビとアリスの視線に向き合いながら聞いた。
「力を貸してくれないか?」
疲労の浮かぶその顔で、彼女達は力強く頷いた。
「さて、ついに故郷作りが始まったわね」
「故郷を作るのは考えていたが……国外へ逃げるか、この国に隠れるかで相当悩んでたらしいぞ」
「国外へ逃亡が普通だろうが、あえてこの国に留まる事にしたらしいな」
「悩みすぎて発狂して、のた打ち回ったみたいね」
「年の始まり早々何をやっているのやら」