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第十一話 嵐の前の

第十一話 嵐の前の



「抜け駆けは無しだぞ」

「分かってるわよ」


 二人の間でそんな約束が交わされる。それはクーヤと再開してからすぐに確立された二人の条約であった。




 鳥の鳴き声と柔らかな陽光の中、ラビが寝床からむくりと体を起こす。

 まだはっきりとしない頭でぼーっと宙を眺めていた。朝だ。そう認識するとゆっくりと両手を上げ、体を伸ばし始める。硬くなった筋が解され、関節が音を鳴らす。両手を下げてほぅ、と息を吐いた。


 覚醒した意識で隣を見れば、二人の姿が見える。隣にクーヤ、その向こう側にアリスだ。それぞれ別の布団の中で今だ寝息をたてている。初日とは違い、三人はそれぞれ別の布団で眠っていた。布団はクーヤが新しく買い与えたものだ。ラビはそれが不満でならない。


 布団から抜け出し、クーヤの頬をぎゅと握る。クーヤの口からんあ、と短い抗議の声が漏れた。頬を歪められ、変な声をあげるクーヤにラビは小さく笑った。指を頬から離し、手のひらを頬に添えてそっと撫で始める。


 クーヤは静かな寝息を立てている。普段はつまらなそうな顔をしているが、今は子供のように無邪気な寝顔だ。普段の無防備なようで実は隙がない姿とは違い、今は本当に安心して眠りについている。警戒を解いた無防備なクーヤの寝顔に悪戯心が湧き出した。


 うずうずと体を揺らし、意を決したように身体を覆い被せる。目の間にはクーヤの寝顔、心臓の鼓動が高鳴る。右手は頬に添えたまま、クーヤの呼吸と共に少し揺れていた。

 ゆっくりと体を傾ける。クーヤの口から短い息が吐き出されている。視線を唇に向けたまま、顔を近づけていく。

 そして目を閉じた。


「何をしている」


 いきなり発せられた声に驚き、ラビは弾かれた様に身体を起こした。

 視界を開けるとクーヤはまだ寝息を立てている。そうなると発信源は一つしかない。

 強張る首をぜんまい仕掛けの玩具のように左へと向ける。


 そこには鬼がいた。


「抜け駆けは無しと言っただろ!」

「いいじゃない別に!頬にキスをするぐらい!」

「いいや、今のは確実に唇を狙っていた。どけ、私もする」

「ちょ、私まだしてない」

「朝から元気だなお前ら」


 こうして彼等の日常は幕を開ける。




 昼間クーヤは居間で細身の葉巻を消費していた。周囲にラビとアリスの姿はない。彼女達にここで待つように言われたので暇を持て余していた。


 居間といっても朽ちかけたテーブルが置かれている場所を便宜上そう呼んでいるだけだ。魔女の家は狭い。部屋は一つしかなく、中央にテーブルがあるだけで他に家具らしきものはない。

 服等は折りたたまれ、部屋の隅に整えて積まれている。クーヤの武器も同様に部屋の壁に立てかけられているだけだ。部屋が狭くなるという理由でクーヤが持ってきた荷物は今だ馬車の荷台に積まれている。布を被せているので、雨ざらしというわけではないが、あまり良いものでは無いだろう。

 窓の外から馬の鳴き声が聞こえる。クーヤは葉巻を減らす行為に没頭した。


 この家には部屋が一つしかない。

 調理場も部屋の一角に備え付けられている。クーヤが魔方陣を書いた暖炉で調理なども行われていた。熱のエネルギーを無駄なく使う様子に、クーヤは囲炉裏みたいだと感想を漏らした。この世界にもっとも普及した調理場の形であるが、長年旅をし続け一般的な家庭を知らないクーヤには知らない事実である。調理としての炉と、暖房としての暖炉が分離するのはまだ先の話しだ。


 寝るときはクーヤが座る椅子や、灰皿代わりの窪んだ石が置かれているテーブルを隅に運び、布団が敷かれる。トイレは外に備え付けられているが、生活の大部分はここで過ごしていた。


 もちろん着替えもこの部屋で行われる。

 彼女達二人だけだった時は気にせずこの場で服を脱いでいたが、クーヤがこの家に住み始めてからはそういかない。


 クーヤは吸いきった葉巻を石の灰皿に押し付け、もぞもぞと動く幕を眺める。

 部屋の角に天井から長い布が下ろされていた。その布の向こう側を着替える場所と定められ、彼女達は今そこで着替えている。


 布が捲り上げられ、彼女達が姿を現した。

 彼女達の豊満な身体つきが衣服によって強調されている。秋が訪れたというのに、やけに布地の少ない様子がクーヤの目についた。


「どうこれ?服を新調したの」


 ラビが前屈みになり大きく開けられた胸元を強調してくる。長い髪が前に垂れ落ち谷間が僅かに隠されるが、むしろその方が扇情的だ。目前に垂れる髪だけを指で絡めとり、耳の後ろ側へとかける。


「胸元開きすぎてないか?」

「こちらもどうだ?」


 アリスがその場でくるりと回転する。長い髪が流れ、膝上の高さで整えられた衣服の端がふわりと宙を舞う。舞い上がった服の端が太腿をあらわにする。すらりと伸びた足が目を誘った。


「丈が短くないか?」

「照れちゃって、このっ、この。どう?どうだ!?」

「かなり気合を入れてみたんだが……」


 ラビがクーヤの横腹を肘でつついてくる。やけにテンションが高いが一体どうしたものかと訝る。顔が赤い様子から肌の露出が多い服を着て恥ずかしいのかもしれない。恥じらいを隠すために無意味にテンションを上げる姿に、なぜかクーヤは中学生がドレスを着てはしゃいでいる光景を思い浮かべた。いや、まったく関係ないのだが。


 アリスは堂々としているものの、やはり恥ずかしげに顔を俯かせる。時折ちらちらとクーヤの表情を窺う様はとても初々しく感じた。普段大人びたアリスが恥らう様子に、新しい制服に袖を通した姿を家族の前で披露する子供の情景を思い浮かべた。例えとしてこれもどうかと思うが。


「ああ、抱きしめたくなるな」

「す、少しくらい触っても……いいんだぞ」

「んじゃ、遠慮なく」


 すっと伸ばされたクーヤの両手。一度体をビクリと震わせ、迫る手に耐えられず二人は目を硬く閉じた。


 二人の頭にぽん、と手のひらが乗せられる。


「二人とも似合ってるぞ。綺麗だ」


 まるで子供をあやすように頭を撫でる。

 嬉しいのか、安堵したのか、不満なのか。様々な感情が入り混じった複雑な表情をしたまま二人は頭を撫でられ続けた。




 夜も更け、そろそろ眠ろうという事となりテーブルを脇に片付ける。

 クーヤが自分用の布団を敷いていると、二人が寝巻き用の服で隣に立っていた。自分達用の枕を抱きしめたまま、寝床の支度をしようとしない。

 何事かとクーヤが顔を向けると、枕で隠された口元から言葉が漏れる。


「……今日一緒に寝たい」

「うん……」


 一瞬固まったかのように見えたが、クーヤは肩を竦めていつも通り飄々とした態度で言葉を返す。


「ん、いいぞ。たまにはいいだろ」


 ぱぁ、と花が咲いたような笑顔を浮かべ、二人はクーヤの寝床へ潜り込んだ。中央にクーヤ、左右にアリスラビという並びで横になる。


 緩慢に時間が過ぎていく。無音独特の耳鳴りが聞こえてくる。誰一人動こうとしない。

 ドキドキとラビとアリスの鼓動が煩い。クーヤが体を少し動かすと両隣の彼女達が竦んだように身体を強張らせる。


 一人用の布団で3人が横になるのは無理があり、ラビとアリスの体がはみ出ている。肩幅の分近づければ、とクーヤは毛布の中から腕を出す。彼女達の身体が更に強張った。

 毛布から出した腕を彼女達の首と布団の間に差し込む。彼女達の短い悲鳴が聞こえた。彼女達の首下から出た腕の先をどうしようかと迷い、彼女達の腰に手を添えて引き寄せる。震えている様子が掌からじかに感じる事ができた。

 彼女達の早鐘のように鳴る鼓動が、近づいた身体分感じる事が出来る。

 腰に添えられたクーヤの手を彼女達がぎゅっと握り返す。

 夜が更けていく。



 そして何事も無く夜が明けた。


「「……あれ?」」





「納得がいかない!!」


 ダンッと腰を下ろした石に拳を叩きつける。石にヒビが入ったような気がしたが目の前の男達は見ない振りをした。自分がああなる運命を想像したくない。


「私達はそんなにも魅力がないか」


 冷酷な視線が男達に向けられる。男達は立ちすくんだまま怯え始めた。自分達はなぜこんな時にこの場所へ訪れたのか、後悔を通り過ぎて神を恨み始めていた。


「い、いや……嬢ちゃん達は十分魅力的だぜ」

「むしろ、むしゃぶりつきたいっす!」

「足で踏んで下さい女王様」


 ウィムを拳で黙らせて他の二人の意見を聞く。恍惚の笑顔を浮かべるウィムの表情は記憶からすでに消し去った。


「じゃぁ、どうして!?」

「さぁ……というか本当に?一度もか?」

「うっ……本当よ」

「一度も手を出してくれない」


 その言葉にイースが怪訝に思う。とっくに済ませていると考えていただけに、彼女達の告白は不思議でしかなかった。


 年は離れているが、イースから見ても彼女達は良い女だ。豊かな乳房やくびれた腰つき、すらりと伸びた足。腰元まで伸びる長い髪も綺麗に梳かされている。女性を感じる部分はいくらでもあった。性格はきつい部分があるかもしれないが、クーヤの前では従順だろう。

 これ程かねそろえている彼女達を抱いていない事がイースには信じられなかった。


「あ~、もしかしてクーヤって不能……」

「クーヤを馬鹿にするな!」


 ショルの居た空間が炎に包まれる。地面に転げまわるショルの口から女性のような叫び声が吐き出された。やがて、隣に流れる川の中へぼちゃんと落ちる。


「同性愛者かもしれませんね……ふふ、それなら僕にも希――」

「黙れ」


 地面に倒れていたウィムが余計な事を言う。肌寒くなってきたこの時期に氷付けはさぞ辛い事だろう……と自業自得なウィムにイースは一瞥くれるだけで視線を外す。


 他の可能性として魔女であるというものが挙げられるが、クーヤはそんな事気にしないだろう。


「まぁ、他に好きな人が居るかもしれ――いや無い、それは無い、絶対に無いぞ」


 別の可能性で一番ありえそうな例を挙げた途端、ラビとアリスの目が潤んでくるのが見てとれた。イースは慌てて自分の発言を否定する。

 泣かれてはたまったものでは無いので、イースは一つ提案した。


「わかった。今度クーヤを誘って聞いてみる」


 ラビ達は涙を拭い、お願いしますとイースに頭を下げた。





 夜更けの町中で明かりが灯る場所等あまりない。

 貴族達の会合か、はたまた娼館か。暗闇の中クーヤは歩みを進め、視線の先に明かりの灯った一軒の店を見つける。


 目の前の扉を開けると扉に備え付けていたカウベルが景気よく鳴り、お客の来店を歓迎する。建物の中には男達の姿が大勢いる。所々から笑い声、ある場所では怒鳴り声も聞こえる。給仕をする女性が忙しそうに立ち回っていた。


「お~い、クーヤ。こっちだ」


 イースが手を招いて、自分の姿を主張する。

 目的の人物を見つけ、クーヤはイースの座るカウンターの席へと足を進めた。


 そうして、夜の町で明かりが灯る数が最も多い酒場を訪れたのだった。



「今日は俺の奢りだ!好きなの頼めよ。まだ飯食ってないんだろ」

「ああ……今日はラビとアリスがショルさん達の手伝いをすると言ってたが、イースさんはいいのか?」


 仕事へ出かける前にラビとアリスからそのように聞いていたので、てっきりイース達3人の手伝いを行うものかと思っていた。だが昼頃に鍛冶場を訪れたイースから飲みに誘われたのでクーヤは怪訝に思った。


 仕事以外の作業に時間がかかるため、暗くなるまで時間が取れないといったクーヤに対し、丁度良いとイースは一軒の酒場で待っていると強引に酒盛りの話を進めてきた。


「今回の依頼はあいつ等だけで大丈夫だ。ただの薬草集めならなんて事はないんだが、今回の薬草は森の奥でな。嬢ちゃん達の知識と力があれば百人力だ」


 俺の出番なんてないとばかりに酒をあおる。

 確かにショルが前衛、ウィムが補助、ラビかアリスが後衛を勤め、その片方が薬草を摘む作業を行えば例え魔獣に襲われても十分対処出来るだろうと、一応の納得を見せる。


「それに一度お前とは話し合ってみたかったしな!」

「……そうか」

 

 カウンターから無口な店主が乱暴に料理の乗った皿を置く。ついで女性定員がお盆に乗せた小さい樽のような木製のジョッキが目の前に置かれる。中には麦色のエールがなみなみと注がれていた。


「ま、とりあえず飲め!喰え!話しはそれからだ」

「それじゃ、遠慮なく」



 出された料理に舌鼓を打ち、酒を飲みながらイースの話しに耳を傾ける。周りの喧騒があまりにも煩く、料理を食べていたのであまり真剣に聞いていない。


「でな?そいつがあまりにも良い女だったもんで声をかけたんだ、そしたらどうなったと思う?いきなりこの変態!と罵声とビンタを浴びせやがった」


 イースの話しは自分の冒険談からいつの間にか女性の話しへと移っていた。出された料理はすでに胃の中に納まり、時折つまみを口に放りながらちびちびとエールを喉に流し込む。イースの話しに相槌を打ちながら適当に返事をした。


「それはあんまりだな」

「だろう?もうスタイルもこう……ボンキュボンとして色香を振りまいていたのにその対応はねぇだろう。まるで少女のように身持ちが固かったぜ」


 イースがジョッキに注がれた酒を一気に飲み干し、酒臭い息を振りまいた後クーヤに視線が向けられる。


「んで?クーヤはどうなんだ?」

「どう……とは?」

「馬鹿野郎!女の話しに決まってるだろうが!」


 力強く置かれたジョッキとカウンターの間から大きな音が響く。無口な店主がギロリと睨みを利かせるが、こんなことは日常茶飯事なのか特に咎める様子はみられない。


「嬢ちゃん達には黙っててやる、クーヤの好みはどんな女なんだ?言っちまえよ」

「そうだな……」


 酔っ払いに絡まれるほどたちの悪いものはあまりない。クーヤは辟易としながら酔っ払いに対応する。


「顔や性格は特に気にしないな。傍にいて落ち着く事が出来ればそれでいい」

「ふんふん」

「年は……これもあまり気にしないな。余程離れていない限りだが」

「ふむふむ」

「髪は……長い方がいいな。短いのを批判というわけでもないが、長い方が女性らしいと感じる。ま、長い髪を撫でるのが好きなだけだがな」

「ほほう……」

「身体は極端に太っていたり痩せていたりしなければいい。ああ、胸は大きい方がいいな。小さいのを馬鹿にしたりしないが、行為の時色々楽しめる」

「…………」


 それらの条件に見合う女性をイースは知っている。それもクーヤのすぐ傍で。


「おい、それは――」

「ああ、ラビとアリスは俺の好みにど真ん中だ。再開した時の容姿に吃驚したんだぞ」


 沈黙が二人の間で流れる。

 クーヤの好みに合致し、彼女達と一緒に住んでいる事から傍にいて気を使う事も無いだろう。

 それでも彼女達を抱かない事に、イースは一番聞きにくい言葉をクーヤに告げる。


「……他に好きな女でもいるのか?」

「いいや」


 クーヤは頭を被り振る。

 イースの予想は外れたが、尚更クーヤに疑問を抱いた。


「だったらどうして嬢ちゃん達に手を出さない。嬢ちゃんが待ってる事ぐらいクーヤになら分かるだろう」


 クーヤは葉巻を取り出し、マッチで火をつける。紫煙を吐きながら皮製のシガーレットケースをイースに向ける。


「吸うか?」


 ああ、と頷きケースから取り出した葉巻に火をつける。二人の口から煙が吐き出される。黙々と煙を吹かし、刻々と時間が過ぎる。


「10年という月日はかなり長い時間だと思わないか?特に子供から大人にかける時間だとするならば」


 語り始めたクーヤの横顔を眺めながらイースはその言葉に耳を傾ける。


「俺の性格は昔とは違う。それと同じように心変わりする者も出てくるだろう」

「だが嬢ちゃん達はお前を慕っているぞ」


 二人の口から紫煙が宙に漂う。煙が宙をユラユラ揺れてやがて消えうせる。


「身体を重ねる事で男女の距離が急速に縮まる事は理解している。だが何事も急すぎるものはとても脆いものだ。それが特に絆というものならな」

「そんなことは……」

「俺達の関係はガキの時で一旦止まっている」


 クーヤの真剣な表情にイースも口出し出来ないでいる。ただ紫煙を吐き、ジョッキに注がれた酒をぐいっと飲む。


「俺はあいつ等との関係を脆いものにしたくはない。今はただ、子供の頃の続きを過ごしているんだ。それも今に年齢にあった関係になるだろうな。だが今だけはあいつ等の身体に溺れる事は出来ない……」


 最後の言葉はイースには理解できなかったが、クーヤが如何に彼女達が大事かという事がわかった。


「嬢ちゃん達にその言葉をかけてやれよ。クーヤの考えがわかれば嬢ちゃん達も安心するだろうさ」

「こんな恥ずかしい事、面と向かって言えるかよ」


 ジョッキの中身を飲み干し、短くなった葉巻を灰皿に押し付ける。そうしてクーヤは席から立ち上がった。腰に付けられた袋を漁り、硬貨を数枚取り出してカウンターの上に置いた。


「俺はそろそろ帰るとするよ、二人分の硬貨は此処に置いておく」

「あ、おい。今日は俺が驕るって」

「ああ、それは遠慮なくそうさせてもらうよ。ご馳走さん」


 イースに礼を言いながらそれでもカウンターに並べられた硬貨を袋に戻さない。そしてそのまま酒場の出入り口へと向かう。

 扉の前で立つクーヤが振り向いてカウンターへ言葉をかける。


「あんまり飲みすぎるなよ」


 カウベルが鳴り響きその場を後にする。イースは呆然とその後ろ姿を眺めていた。




「ありゃ完璧にばれてたな」


 これで店主に無理を言って頼み込んだ計画がご破算となった。

 イースはため息と共に紫煙を吐き出し、葉巻を灰皿へと押し付ける。


 カウベルが鳴り終わったのと同時に、カウンターの奥からのそのそと影が蠢く。その影はイースの両隣へと座り、店主へ手を掲げ、声を荒げた。


「マスター!一番強いお酒頂戴!」

「私も同じもので頼む」


 無言で店主は店の中で一番強い酒を乱暴に彼女達の前に置く。その酒を一気にぐいっと飲み干し、同じ注文を店主へ向ける。再び酒を呷りもう一度同じ注文を繰り返す。


「どうしてばれたんだろうな」


 景気よく酒を飲んでいくラビがイースの言葉を聞き、乱暴にジョッキを置いた。


「だから言ってるでしょ!クーヤはすごいんだって!」


 なにがすごいのかよくわからないが、すでに酔い始めているラビの言葉に意味は無いのかもしれない。ただ、クーヤを褒めたかっただけだろう。


「ま、よかったんじゃねぇか?クーヤの意見を聞けて」

「うん!」

「そうだな。ゆっくりやる事にする」

「しかしクーヤの事だ、今の話が嘘という事も……」

「それはない」


 イースの疑問をアリスがばっさり否定する。


「クーヤが私達に嘘を言うことはない」

「それにクーヤの嘘は私達なら見破る事できるしね!」


 断言する彼女達にイースはため息をついた。

 最早彼らの関係は以心伝心、もしくはそれに近い何か。だったら何故俺を巻き込んだ、と酒を呷って不満を解消せずにはいられなかった。


「一人寝が寂しい時期になったものだぜ……」


 呟き、イースはそっと涙を流した。                                                                     




 

 家の中でクーヤはその手に剣を持ち、刃の表面をじっと眺める。

 ここ最近与えられた仕事以外で作業を行い、今日出来上がったばかりの代物だ。その最終確認を今行っている。満足げに剣を鞘に収めると家の扉が開けられた。


「たっだいまぁ~」

「今帰ったぞ」

「おかえり。遅かったな」

「私達にお酒を驕ってくれる親切な人がいてな」

「そいつは奇特なヤツがいたもんだ」

「ふふ、まったくだ」


 アリスがラビを支えながらヨロヨロと歩く。ラビの足取りが覚束無い。どうやら深い泥酔状態にあるようだ。千鳥足で家の中に入り、クーヤの姿を見るとぱっと笑顔を輝かせて飛びついた。クーヤは難なくラビを受け止める。


「んふ~、クーヤ好き~」

「へべれけだな、こりゃ」


 ラビを寝床まで抱いて運び、布団の上にそっと横にする。離れようとした際に服の裾をラビが握ってきたので握り返し、空いた手で頭を撫でてみる。幸せそうな笑顔が返ってきた。


 何度か頭を撫でていると、アリスが後ろに立つ気配がした。どうした、と声をかけようとすると、倒れ込むように背中に抱きつき首に手を絡めてくる。


「私だって……酔っているんだぞ」


 拗ねたような声が耳朶をくすぐる。

 あまりの色っぽい声に心臓の鼓動が一度だけ高く鳴った。ラビを撫でていた手を自分の肩に乗るアリスの頭に乗せ撫でる。

 何度か撫でた後、背中に感じていた温度がすっと離れた。


「今日はこのくらいにしておいてやる」


 離れた温もりを惜しみながら、クーヤは先程まで確認していた剣を指差す。


「お前達の武器が出来上がった。詳しい説明は明日だがな」

「もう出来たのか?」

「剣とかは工程が少なくていいな。刀だと工程が多すぎて時間がかかる」

「……こちらの支度もある程度整った。クーヤに頼まれた用事も済ませてある」

「そうか。杞憂であって欲しいが……どうせいつか来るだろう。出来るならば事が起こる前に出たい」


 確実な情報など一つもない。ほとんどがクーヤの単なる勘。だが確実にやってくるその日、魔女の末路。

 悲しげにアリスは俯く。いつか来るかもしれないと覚悟を決めてはいたが、その日が近づいてきた。出来る限りの準備を今進めている。


「本当に、来てしまうんだな」

「ああ、嵐がやってくる」





◆エトワール城内


「王よ、税の引き上げにより民の不満が募っております」

「ふん、民の不満なぞ、見世物の一つでも与えてやれば解消する」

「……どのような催し物を?」

「あのゴミも十分生きたのではないか」

「では……」

「魔女狩りを行う」


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