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愚者達

いつも通りの朝が来るはずだった。繊細な明が疑問に感じる程度の微量の嫌悪が混じった起床を促す声。いつも明を覆っているさながら高級ホテルの清潔なシモンズの上品な質感。明お気に入りのサンダルウッドの微かな香り。それと比較すると明を今取り囲っている状況はかなり悪いといえるだろう。体に寂しさを感じる。布団がないのだ。おまけに体が痛いではないか。間抜けで腐った性根の明は状況把握よりも反射的にそばにいるはずの執事に締まらない罵声で呼びかける。「おい!うっさいぞ。あんまり煩くすると…」「煩くするとどうするのかしら?」執事の声ではない。突飛な出来事に意識を覚醒する明。目の前に信じがたい光景が広がっていた。明には、否ほとんどの日本人には懐かしい場所、小学校の体育館だ。冷たい木製フローリング、やけに高い鉄骨がむき出しの屋根。本紫色の舞台幕が備え付けられているステージ。状況把握が必要だと悟り、先ほどの声の主に目を向ける。歳は同じくらいだろうか。グレーのリブニットにブラックのイージーワイドパンツ。茶色セミロングに狐目の淡い赤色の瞳。恋愛経験は人並み以上にある明だが、思わずその双眸に魅入られる。女は心配に呆れを混ぜた声で「目は覚めたかしら?あなた以外起きてるわよ」その言葉に意識を再び戻す明。「ここはどこだ?お姉さんが誰なのか知らんが、どっきりとかなら笑えないぞ。まあお姉さんかわいいから特別に許しちゃうけど。それと」女からドンびく様子が見て取れる。その様子に自分を知っているものではないと確信する明。「あれ?これどっきりとかじゃないの?流石にそれは予想外だなあ」「あなたの言動は醜悪そのものだけど、この状況に心当たりがあるわけではないようね、声をかけてここまで後悔したのは初めてだわ」「は?そこまで言うことないだろ。てか、俺を知ってなくてもジョークってわかるだろ」「傲慢にもほどがあるわね。逆に感心するわ、この短い間で明が都合のいい環境でしか生きてこず何の苦心もしてこなっかったのが分かるわ」「!!お前、あんま調子に乗んな…」思わず目の前の生意気な女に詰めかかろうとした瞬間、疑問が出る。「なんで俺の名前を知ってるんだ?」女はその言葉に目を見開いた。ちなみに明はこの女とは初めてであったはずだ。そして女が何を言うか待っていると、「はい!皆さん注目注目~」やけに嫌な甲高い妖艶な声が体育館を包む。目の前の女を懲らしめたい気持ちはあったが一抹の冷静さが明を止める。小さく吐き捨てるように「後で覚えてろ」と明は言った。それに対し女は無視を決める。それが余計神経を逆撫でしたがグッとこらえ先ほどの声に耳を傾ける。「どうやら皆さんお目覚めのようで、じゃあこの施設とあなたたちを取り巻く現況についてお話したいと思いま~す。」変わらぬ口調でスーツ姿の女は話を続ける。歳は背格好と童顔なのも相まって未成年にすら見える。だが、牡丹色の瞳に猫のような瞳孔、長め透けバングの色っぽショート、やけに耳に残るつんざくようなしかしねっとりとした声が年齢への不透明さを上げる。しかし、そんな女のルックスや声のミスマッチさよりも今は女の話だ。「私はカレン。よろしくぅ。さて、あなたたちはこれから1年間ここで暮らしてもらいま~す。もちろん必要なものはあげるよ☆、ここでは小中と習ってきたことを学ぶのがきほんとなってて、何も問題を起こさなければ1年後出れるって感じ。」いきなりの監禁宣言に周囲がざわつく。「おい、もしかしてここは【オデュッセウス】なのか?」誰かが声を上げる。「せぇ~かーい、察しが早くて助かるわぁ。そう、ここは【オデュッセウス】政府公認国民再教育施設。だから逃げようだなんて思わないことね、そんなことしてもまたここにぶち込まれるだけだよ」なんて女は軽々と述べる。こちらの気持ちになってほしいものだ。しかし明はカレンの発言が引っ掛かりたまらず声を上げる。「1年って言ったか?それはおかしくないか?TVでは半年程度で出てる人間や逆に4.5年かかって出てきたやつもいるぞ。」そんな発言に待ってましたと言わんばかりにもったいぶって「そのことなんだけどぉ、2つ期間が変動する要素があってぇ、1,試験を受ける。2,愚者を当てる。」突然の情報に周りは再度ざわつく。「試験?愚者?そんなん一切聞いたことないぞ…」我慢の弱い明は思わずぼやく。ちらと横の少女に目を向ける。少女の顔は強張ってはいるものの毅然とした様子だ。負けん気が起き明も黙って説明に耳を傾ける。「1、試験を受けるに関しては我々が出す試験に有志で挑んでもらうわ。そしてその全てを我々が評価して期限の延長・短縮を行うって感じ。2,愚者を当てるに関してなんだけど…、説明より体験してもらった方がいいか。あなたたちの左手首にある時計の黄色く発光してるボタンがあるでしょ。今回は私があなたたちのボタン起動させるね、あ~だいじょぶだいじょぶ。死にはしないよ~」そう言い、カレンはどこかと連絡を取り始める。「じゃあ皆行ってらっしゃ~い。」そう言われた瞬間、意識がどこか別次元へと連れていかれるような感覚に襲われる。あまりの事態の急変に吐き気を覚えそうになる。まさしく幽体離脱といったところだろうか。吐き気はあるはずなのに吐くための体を喪失している。意識だけでいるとはこういうことなのだろう。人間の意識は意外と優秀なのか、吐き気は意識の片隅に追いやられていく。だがすぐにちがう感覚に襲われる。強引に引っ張られ、入りきらない荷物をチャックのないリュックに入れるようにどこか形容しようのない何かに自分の意識を無理くり入れられる。『はあ~、ほんとこいついらつくわ。でも我慢しないと、逆らうなんて無理っ子だし。』どこからともなくそんな声が聞こえた気がした。ふと気づくと視界が開けている。地に足がついている感覚がある。意識が体に戻ってきたのだろうか。周りを見渡そうと首を動かそうとする。しかし体は全くいうことを聞かない。それどころか勝手に体が動く。『あ~はいはい、いつもの勘違いもて自慢ね。〇〇があんたのこと好きなわけないでしょ。まあどうせ2週間後には破局かなぁ~』これは声ではない。心の声といったところだろうか。しかしそれは明らか自分のものではない。本来自分の考えていることが心の中で現れるが他者の考えが強制的に明の思考を押しのけつらつらと考え、感情が絶え間なく流入してくる。その無機質に明の人格を謎の女の人格へと塗りつぶす感覚に吐き気を覚えるがその意識すら流れてくる女の思考と感情に隅へと追いやられる。女は下校中なのだろう。横に歩いてる高校生らしい人たちを女は見ている。だがそれぞれの顔や体が雑に空間丸ごと黒のクレヨンで塗りつぶされているようで姿形がわからない。そのまま女の一人称視点のまま下校は続く。「でさ、〇〇にぶっちゃけ俺のこと好き?って聞いたわけよ、そしたら、ええぇ~、そんなこと言われると困るな~って言ってきたんだよ。だからこれは行くしかねえなと思って、告ったら戸惑いながらも頷いてくれたんだよなぁ~いやとんとん拍子過ぎて嬉しいんだけどちゃんと噛みしめれないっていうかさ~」グループの中央をべらべらと一人話し続ける男がいる。周りの人間の表情はわからないが、不思議とこの男に対する嫌悪の感情は伝わってきた。『こいつよく喋るよなほんと、皆の顔とか見ないのかよ。はあ、早く駅着かないかな』男の自慢話は終わる気配はなく、女の不満は心に垂れ続け、明の心を蝕み続けた。そんな最中、明はこの男に既視感を感じる。姿形はわからず、声はくぐもっていて誰かはわからないが、既視感が拭えない。「じゃあまたね~、楽しかったよ。〇〇ちゃんの話また聞かせてね。」女は全く持って本音とはかけ離れた言葉を満面の笑顔で口にし別れる。そしていきなり意識が女の意識と剝がされる。徐々に女の心の声が遠のき意識が本来あるべき場所に戻っていく感覚を味わう。全身から冷汗が噴き出る。とっさに自分の全身を本当に体があるか確かめるように隈なく触る。「あれは…なんだ?誰だ?いやそもそも…」頭が思うように回らない。この世には体を傷つけない拷問とやらがあるらしいがあれはまさにその代表といえる、なんてそんな現実逃避でもしないとやってられない。ふと横のさっきの生意気な女を見る。自分も周りもかなり動揺していたがその女はやけに落ち着いていた。それが不気味に見えると同時にプライドを刺激し姿勢を正し、女に問いかける。「てかなんで名前知ってたんだよ」絶対にあったことはないはずである。「わからないわ、ただなんでか知ってたの。本当よ」女はそういうと何かに気づいたのか目を見開く。「どうした?何か気づいたのなら教えろよ」我慢できずに問いかける。「いえ、なんでもないわ。それにあなたに教える義理は無いわ」相変わらず鼻につく女だ。「おまえマジでふざけんなよ、てか義理はなくても助け合いの精神はお前にないのかよ」そういうと、女は卑しい笑みを浮かべて「なら気づいたことを教えてあげるわ、そのかわり・・・」その瞬間俺と女の間にカレンが突然現れる。「取り込み中に申し訳ないんだけどぉ、それより先は言っちゃだめ♡」カレンがそういうと、意識がいきなり朦朧とし始めた。一体何なんだここは、いや、そんなのどうでもいい。あの女を痛い目に合わせたらさっさとここを出ればいい。できればだしたくないが親の名前を出せばすぐ出してもらえるだろう。本当に最悪の気分だ。そう明は叶うはずもないことを考えながら意識を闇に包まれるのだった。

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