昨日望愛に起きたこと
本日も複数話投稿の予定です!
自室のハンガーに掛けてあるシャツ。
よく見れば、ほつれているところがあって、龍賀くんの言うとおり、長い間着ていたんだろうなってわかる。
「……えへへ」
今日、あらためて龍賀くんにちゃんと確認して、貰えることになった彼のシャツを見ていると何とも言えない喜びが溢れてくる。
そのシャツを手に取った私は、気の向くまま、パジャマの上から、昨日龍賀くんがしてくれたみたいに、羽織ってそのままベッドに倒れ込んだ。
そして、襟元を顔に近づけると、鼻からゆっくり息を吸って深呼吸する。
すぅぅぅ~………はぁぁぁ~………、すぅぅぅ~………はぁぁぁ~………。
やっぱりいい匂いがする。ずっと嗅いでいたくなる不思議な匂い。それに―――。
「どうしてこんなに安心するのかしら?」
本当に不思議だった。
すごく満たされた気持ちになる。
昨日も寝る直前まで何度も繰り返してしまった。
だから今日、私は勇気を振り絞った。
もし、やっぱり返せって言われてたら、心の底から落ち込んだ自信がある。
それくらい手放したくなかった。
「龍賀くん……」
吐息とともに、彼の名が口をついて出てきた。
途端に、何とも言えない温かさが心に広がっていく気がする。
昨日からちょっとおかしい。
家でも学校でも龍賀くんのことが頭から離れない。
いったいどうしちゃったのかしら……。
そうして考えてしまうのは、やっぱり龍賀くんのこと。
龍賀玲旺くん。
彼とは二年で初めてクラスメイトになった。
長身で筋肉質な体、金髪で耳にはピアスをしている。
それだけでも威圧感たっぷりだけど、高校生とは思えないほどの強面で、みんなが彼を恐れている。
でもそれは、彼の外見だけが原因じゃない。
それ以上に、悪い噂の数々が、龍賀玲旺という男子のイメージを形作っていた。
曰く、気に入らないことがあればすぐに暴力を振るい、とある不良集団を一人で壊滅させたこともある。
曰く、夜の街に繰り出しては女をとっかえひっかえして抱きまくっている。
曰く、ヤのつく怖い大人達と関係があり、犯罪に手を染めている、などなど……。
こんな風に、私が聞いたことのある噂だけでも、嘘か本当かもわからないようなものがいくつもあった。
そんな彼だから、絶対に関わることはないだろうクラスメイトの男子、という認識しかなかった。
昨日までは。
「……全部、昨日のことなのよね」
そう、昨日。
私には嬉しいことと悲しいことが重なった一日だった。
私は昨日、本当なら初体験を迎えるはずだった。
幼馴染の彼氏、浅野昇くんと。
家が近所で、幼い頃から一緒に遊んでいた男の子。
現在に至るまで学校もずっと一緒で、必然的に一番接することの多い男子が彼だった。
ただ、私の感覚からすると同じ年の姉弟―――、私が姉で、彼は何かとお世話してあげる弟、みたいな感じだった。
だから、そんな昇くんから、一年の春休みに告白されたときは本当にすごく驚いた。
高校生になって、私もいつかは誰かと付き合うんだろうなって漠然と思ってはいたけど、未だ異性として誰かを好きになったことがなかったから戸惑いも大きかった。
けど、女子の中には、……もしかしたら男子も同じなのかもしれないけど、好きな人という訳ではなくても、告白されて付き合い始めてから相手のことを徐々に好きになっていったという人もいることを話には聞いていた。
だからだと思う。
この時の私は、まあ、こういうものなのかもしれないな、とも思って告白を受け入れた。
長年の付き合いで、少なくともその人となりは他の男子より知っているつもりだったから安心感があったことも大きかった。
「……そもそもの始まりから間違えていたのかもしれないわね」
今だからこそ言えることかもしれないけど、こんな気持ちで付き合ってはいけなかったんじゃないか。
そういう意味では、昇くんにも失礼なことをしてしまったんじゃないか。
そんな考えが頭を過る。
それから私達はデートを重ねた。
付き合ってから初めて手を繋いだのは最初のデートのとき。
幼い頃は何度もしていたことだったのに、このとき私は何とも言えない小さな違和感を抱いた。
三回目のデートのとき、昇くんから道端で突然キスされた。
唇を押し付けるような強引なキス。
私のファーストキスだったのに、ロマンティックさの欠片もなかった。
現実はこんなものかとも思ったけど、つい、「こんなところで、誰かに見られたらどうするのよ」とちょっと怒ってしまった。
それから何度かデートを重ねたけど、私が怒ったことが効いたのか、昇くんがキスしてくることはなかった。
そのことにホッとしている自分がいた。
ただ、私の抱く違和感はどんどん大きくなっていた。
そうして、昨日のデートを迎えた。
この日の昇くんは最初から違っていた。
「俺達付き合ってるんだから、いいだろ?」
そう言って半ば強引に誘われた。
周りには初めてを済ませた人がそれなりにいたし、確かに私達は付き合っているのだから、という思いと、そのときの昇くんがちょっと怖かったというのもあって、私は何も言い出せなくてそのままラブホテルに入った。
けれど、ずっと情欲に満ちた目をしていた昇くんが、私の下着姿を見て急に力が抜けたみたいになった。
「……どうしたの?」
「あ~、なんかさ、望愛の体が思ってたよりもちょっとアレだったから……」
「……どういうこと?」
「いや、なんて言うか……、だらしないっていうか……」
言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
お母さんとお父さんからもらった大切な体、いつだって綺麗で在れるようにと美容には普段から気を遣っている。肌も髪の毛も、他の色んなパーツの手入れも決して手を抜いてない。
それなのに、彼氏である昇くんからそんなことを言われて、私の心はズタズタになってしまって何も言い返せなかった。
「悪いけど、今日はちょっとやめとこうか。次は俺、頑張るからさ」
その後すぐに、ラブホテルを出て、
「今日はちょっともうデートする感じじゃないし、別々に帰ろう」
昇くんはそう言うと一人でスタスタと歩いていってしまった。
「今思い出しても胸が苦しくなるわね……」
ズキズキと胸の辺りが痛む。
他はともかく、少なくともこの件だけは昇くんを許せそうにない。
昇くんと別れた後、私は一人で歩いていた。泣きながら、けど、無意識に涙を他の人に見られないようにって思ったのか、俯き気味で。
正直、このときの記憶は曖昧になっていてよくわからない。
心の中は、怒り、嫌悪感、恐怖、後悔、他にも色々な感情でぐちゃぐちゃになっていた。
一つだけわかっていたのは、私は昇くんとの初体験を望んでいなかったっていうこと。
あんなファーストキスも望んでいなかった。
付き合うんじゃ、なかった……。
心の中は乱れに乱れていた。
そんな状態で、男の人二人にナンパされた。
いつもなら毅然とした態度で断れるのに、このときの私はひどく弱弱しかったんだと思う。
男の人達は全然引き下がってくれなかった。
むしろ、肩を抱かれ、怖い顔で凄まれた。
怖かった。本当に怖かった。
男の人に強引に迫られたら、女の私は無力だった。
藁にもすがる気持ちで、助けを求めて周りを見たけど、目が合った人にはその目を逸らされてしまった。
誰も助けてはくれない。
お願い!誰か助けて!
絶望が広がる中、心の中でそう強く願ったそのときだった。
男の人達が何かに驚いた感じがして、その視線の先を私も見たら……、そこに龍賀くんがいた。
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