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呪い呪われ遊びましょう  作者: 浅霧猫ノ輔
間章−壱 原点
9/10

間壱−2  賑やかな日


 石動いするぎは妖怪や超常と呼ばれるものを嫌悪した。親友の命を奪ったゴミカスどもだ。好きになる要素はどこにもない。


 彼は事故の後雰囲気が変わった。もう二度と同じ思いをしたくない。そんな気持ちが態度に表れた。彼は人を寄せつけなくなった。唯一変わらず接してくれる者もいたが、その他のクラスメートや公錐きぎりの友人はだんだん距離を置くようになった。


 親友を殺したあの黒い影は何だったのだろうか。石動はそれを調べるのに躍起になった。ネットを駆使して調べ尽くす。けれどもどこにもその情報は載っていなかった。完全な八方塞がり。石動は苛立ちがつのるを感じた。


 けれども諦めたわけではない。ネットでわからないなら人の多い地域に行って直接調べればいい。行動力なんて持ち合わせていなかった石動が上京を決めた。さすがに中学生時点で東京に一人で向かうことを両親は許可してくれず、彼は一年間我慢した。高校から寮つきの学校に行く。両親との約束だった。


 今までは何かおかしなことに巻き込まれたとしても何とかなってきた。ところが最近はそうでもない。別に幽霊が見えるとかそういうことはないが、ふとしたときに強烈な視線を感じたり、とても気分が悪くなったり、昔から奇妙なことがあった。それらはすぐに解決していたはずが長引くようになった。気持ち悪くて気持ちがめげそうにもなる。けれど諦めるという選択肢はない。石動は頑固だった。


 頑固で一度決めたことは曲げようとしない彼だが、友達を作らないというルールは守れそうになかった。



□□□



 その日はいつもより騒々しい日だった。

 赤い空の空間から帰った三日後の朝のホームルーム前、各々が談笑に興じている中、教室後方の扉が大きな音を立てて外れる。スムーズにスライドのしやすいように設計されたそれが外れて倒れたのだ。教室中の生徒がそこに注目した。


 ただ一人、それを笑って見ている人物がいた。艶のある白髪と灰色の瞳という異彩を放つ彼は朝嘉あさかしょうぎ。端正な顔立ちと穏やかで陽気な人柄が好ましいクラスの人気者である。


「おやおや、氷魚ひお塩来えんらいくんじゃねぇか。3組が2組に何の用だよ?」

「おうおう硝、お前ねぇ⋯⋯」


 煽る朝嘉に気づくと、彼の席のある窓際まで歩いていくとあごを突き出し口を尖らせた。眼光は鋭く、ハヤブサやタカのような威圧感がある。いつも通りニコニコ笑顔の朝嘉の胸ぐらをつかむと、よりいっそうその眼光が剣呑さを帯びた。外野はその様子に固唾を呑んだ。


 充血した目をかっぴらいた氷魚の行動に、珍しく片眉を上げた朝嘉が不機嫌そうに離せよと言う。器の大きいはずの朝嘉がキレていた。

 この時点で石動には結果が見えていた。馬が合わない二人だ。喧嘩になる。


「俺のみかんゼリー食いやがったな! 返せよ!」

「もう下水に流れてるわボケ! おかわいそうに!」

「買って返せばいいでしょうが! 21倍でだ!」

「21倍ィ? なんだその微妙な数字は? バレンタインのお返し期待するヤツでもそんな強欲じゃねぇぞ!」

「知るか! 俺のみかんゼリー食ったお前が悪い! 全部お前が悪い! 今日なんか鼻がムズムズするのもお前のせい!」

「お前の体調管理がなってないだけだろうが! 人のせいにすんな! そんでお前の口臭いのもお前のせいだ!」

「誰の口が臭いって!? キシリトールナメんなよ! スースーするくらいミントのいい香りだわ!」

「夜中噛みながら寝てそのまんま口の中の水分奪われたんだろ? 消臭ガムでも救いようのない臭さだぞ! あぁくっさ!」

「ウルサァァァイ! 臭くないったら臭くない!」


 朝っぱらからこれである。いったい何事かと心配していたのに原因はみかんゼリーだと。なんともくだらない。彼らのあまりの怒声に教室にとどまらず廊下からも視線を感じるが、これは日常茶飯事。あぁまたかという顔でみんな平静になる。四月の入学式の日から彼らはずっとこんな調子で、すでに学年の名物と化していた。


 氷魚は赤やピンクや黒や白が混ざってゴチャゴチャした騒がしい頭の色を持った、ものすごく元気な人だ。朝嘉さえ絡まなければ一歩引いた大人の態度を取れる人だが、本当に残念でならない性格をしている。


 言い合いは朝嘉が勝利したらしく、氷魚は床に三角座りをしてグズグズブツブツ何か呟いていた。負けたのがひどく悔しかったと見える。それをスマホで連写しながら大笑いする朝嘉も朝嘉だ。性格が悪い。周囲の生徒は若干引いた目で彼らを見つめていた。


「ホームルーム始めるぞー⋯⋯って、またお前らか」

「はい先生ぇ! 塩来が教室の扉を壊したので注意をしたらぶん殴られましたー!」

「ハァァァァァ!? テメ、硝! 最初に殴りかかってきたのはお前でしょうが!」

「は? 何のことだよ? 俺は人を殴ったりしねぇし、そんな人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ」

「何が人聞き悪いことだ、この腹黒! テメェがつっかかってきたんでしょうが!」

「その前にキレ散らかしてたのはどこのアイスフィッシュさんですかぁ?」

「誰がアイスフィッシュじゃこの若白髪ァ!」

「人のこと言えねぇだろ、牡丹頭ァ!」


 明らかに氷魚が劣勢だった。ボキャブラリーが足りないうえにすぐ熱くなるからだ。悪魔の角と尻尾が見え隠れする朝嘉に上手いこと遊ばれてしまっている。ちなみに、おそらくここで朝嘉が殴られたと言ったのは言葉で殴られたという意味だろう。言葉足らずなだけで嘘は言っていないのだから間違ってはいない。そう主張するのだ。なんて小賢しいやつ。いっそ氷魚が不憫に思えてくる。


 担任が胃のあたりを押さえながら半笑いでホームルームを始め、朝嘉はご機嫌な顔で前を向いた。一方また負けた氷魚はまた三角座りでグズグズしている。クラスが違うのだから早く戻らなければならないのに、担任の言葉は耳に入っていないようだ。

 石動はいい加減鬱陶しくなっていた。朝嘉の席が窓際の端で、そして彼の右斜め後ろが石動の席だ。グズグズ虫は今、石動の席の横の通路でグズグズしている。


『牡丹頭ってなんだよ⋯⋯牡丹って花だろ? 花といえばカワイイ⋯⋯⋯⋯俺カワイイ!? いや待て。落ち着け。硝がそんなことを俺に言うはずがない。ならなんだ? 花といえばカワイイ以外には⋯⋯⋯⋯⋯⋯ウツクシイ!? 俺がウツクシイと言ってるのか!? キモッ!』と何やら迷走を始めた氷魚は御覧の通り、朝嘉と同様めんどくさいやつだ。意味が分からない。


 三角座りで前後左右に揺れている彼は、肩をプルプル震わせながらスマホを構えている悪魔には気づいていない。おおかた、録画でもしてるのだろう。笑い上戸の朝嘉の口が必死に声を出すのを堪えている。鼻の穴がプカァと開いて、目にはうっすらと涙の膜がある。頬は上気し、右手が口を全力で制止している。ここまで来るとむしろ氷魚を労ってやりたくなった。


(なんで俺このクラスなんだろ⋯⋯)


 都会は恐ろしいところだと知った。



 その日は本当に騒がしい一日だった。


 彼らの口論は朝だけでは終わらなかったのだ。ちょうど代数の担当教師が今日は休みで、幾何の担当教師が大教室で合同授業をすることになった。離れて座ればいいものを二人は隣の席に座った。それが運の尽きだ。

 少し難しい応用問題を当てられた氷魚が答えを間違えると携帯のバイブのように震える朝嘉がいて、それを見てキレた氷魚がまた口論を起こす。

 席が隣であるがために油性マーカーで境界線の引き合いをして机を真っ黒にした挙句、しまいには口論に発展する。

 体育の時間に外周をしながら勝負していたらしく、互いに足を引っ張り合いながらゴール。比較的速くゴールして他が帰ってくるのを待つまでの間も頬の引っ掻き合い、殴り合いの大喧嘩。


 喧嘩をしないと生きられないのかというレベルで口を開けば即喧嘩。ちょっと肘が当たれば即喧嘩。なにか気に食わなかったら即喧嘩。クソガキレベルをカンストしているにもほどがある。


「よくやるねぇ。楽しそう」

「⋯⋯小木曽おぎそ? あれが楽しそう?」

「うん。楽しそう。バカみたいで。あとで氷魚にちょっかい掛けてやろっと」

「うわぁ⋯⋯」


 小木曽おぎそ都兎利とうりは優等生だが、金色の髪や端々の言動はどう考えても優等生ではない。それがまた彼らしいと朝嘉は言うが、教師陣は度々頭を抱える羽目になる。隠れ問題児とは彼のことである。


 2人のことを煩わしく思っているのは石動だけのようで、クラスメートや他クラスの人間まで言い争いを見に来る。野次馬が面白がって2人の喧嘩を助長させるのだ。都会人は順応が早すぎやしないだろうかと首をひねる毎日だ。もう何度ため息をついたか知れない。


 氷魚は朝嘉に対してはもはやキレ芸のごとく当たり散らかすが、それ以外には随分優しい良いやつだ。朝嘉も氷魚以外には温厚で男前なやつだ。彼らは似ていないようで似ている。


「石動、小木曽! 飯食おうぜ」

「⋯⋯うん」

「いいけど」


 昼休みになると氷魚は真っ先に2組にやってきて石動に声をかける。緩慢な動きで返事をして鞄から弁当を取り出す。氷魚がくれたアルコール除菌シートで手を拭いてさぁ食べようというとき、石動の左斜め前、すなわち氷魚の座った席の隣からの圧に気がついた。


 ジト目の朝嘉に睨まれている⋯⋯氷魚が。


「わざわざここで食べなくてもいいだろうが。どっか行け」

「外は花粉が飛んでんのを知らないんですか? 花粉症ナメんなよ!」

「誰が屋外に行けと言ったよ。教室の外に決まってんだろ」

「廊下で食えということか!? 前々から人間的に底辺なやつだとは思っていたが、やっぱりお前はダメだ!」

「ああ言えばこう言う。もうどこでもいいわ。トイレでも体育館倉庫でも」

「そこまで言ってないでしょうが!」


 存外この2人は仲が良い。いややっぱり悪い。やり取りを見ているうちに、石動は幼馴染の公錐のことを思い出して、少し寂しくなった。


 聞けば2人は幼稚園からの付き合いだという。いわゆる幼馴染というやつだ。どうも犬猿の仲のようだが、石動としては幼馴染とこれだけ一緒にいられるのは少し羨ましくもある。


 公錐と石動はこの2人みたいにずっと喧嘩しているというよりは一緒に遊んで笑っていることのほうが多かった。目に見えて仲が良かった。体調を崩したときに心配してくれて、彼らのような口論にはならなかった。隣の席になったときはかなり嬉しかったし、教師に当てられた分からない問題の答えを教え合ったりもした。


(⋯⋯うわ、だっさい)


 目頭が妙に熱い気がする。鼻がツンとして、何やら寂しい感情がこみ上げてくる。ここで泣けば恥ずかしいやつになる。泣き虫なんて思われたら最悪だ。恥ずか死ぬ。抑えろ。涙よ、出てくるな。そう祈って、目が痒いふりをして片目をこする。


「石動」

「何?」

「隙あり!」

「あ」

「意地汚いぞ、硝!」

「余所見はよくないよ、氷魚」

「小木曽ォ!? お前俺を裏切るのか!? クソ!」


 石動の購買で買った弁当に伸びてきた朝嘉の箸が卵焼きを、小木曽が氷魚の唐揚げを掻っ攫う。すかさず氷魚の文句が飛んで、『お前も欲しかったのか?』なんて言って煽る朝嘉がいる。それにやっぱり氷魚がキレて怒鳴る。


 朝嘉はよく周りを見ている。石動の泣きそうな顔に気づいたのだ。さりげない彼の優しさが沁みる。公錐のことは話していないが、彼なりに何かを感じ取って気遣ってくれているのだろう。じんわりと、そのあたたかさを感じてまた泣きそうになる。


 そうだ。朝嘉はどこまでも優しいやつだ。少し幼馴染にアタリが強いようだが根は優しくて温かい。石動は顔がほんの少し赤くなるのを感じた。


「朝嘉の肉巻きちょうだい」

「あぁ! 俺が狙ってたのに! テメコラ石動!」

「早いもの勝ちだよ」

「じゃあ石動くんの高野豆腐は俺がもらうね」

「あ゙っ」

「いや、それ俺のだから。早いもん勝ちとかないから⋯⋯塩来のタコウィンナーいただき!」

「あ゙ッ! ショウギ、このクソ野郎ォォォ!」


 本当に今日は賑やかな日だ。


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