表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪い呪われ遊びましょう  作者: 浅霧猫ノ輔
壱章 赤い空と青い花
7/10

壱−7  青い花


 どこかよそよそしい父親に手を引かれてタエは神社へ続く大階段を上った。


「おたえ、ここで待っていなさい。お父さんは宮司さんとちょっとお話があるから。いいな?」

「うん。わかった。早く帰ってきてね」


 そう言って送り出してもう六時間は経っただろうか。階段に腰掛けてつまらなそうに集落を見下ろす。もう日も暮れかけており、そろそろ夕飯の時間だ。だというのに父が帰ってくる気配はない。

 しかたなく境内の草むらでそよそよと揺れるねこじゃらしを摘んで時間を潰す。ふわりふわりと揺れるタヌキの尻尾のような穂はタエのお気に入りだった。


「わぁ、キレイ」


 ねこじゃらしの向こう側。小さな青い花が咲いていた。名前はなんだったかと頭をひねってみるも思い出せない。アジサイのように花と花とが重なり合って花束のようなかわいらしさがある。五枚の花弁を優しくなでて、タエは微笑んだ。


「そうだ! お母さんに持って帰ろう!」


 タエの母は花が大好きな女性で、小さな花畑を作ってタエに見せてくれたことがある。今は床に臥せっているがこの青い花を見たら元気になるかもしれない。タエは咲いている青い花をいくつか摘んで持ち帰ることにした。母の喜ぶ顔が見たくて一生懸命摘んだ。


 夢中になって摘んでいると辺りが暗くなっていることに気がついた。早く戻らなければ父に怒られてしまう。タエは摘んだねこじゃらしと青い花を大事そうに抱えて階段のところへ戻った。

 ところがまだ父はおらず、彼女は言いしれない不安を感じた。集落はすぐそばだ。父を置いて早く家へ帰ってしまおうか。母も心配していることだろう。しかし父の言いつけを破ればあとでどんなに殴られるかわからない。青い花の茎を強く握った。


「い゙っ!? 痛い痛いッ!」


 頭頂部に鋭い痛みが走ったかと思うと次の瞬間には誰かに髪を捕まれ引きずられていた。身体が軽く簡単に放り投げられて石畳に転がる。右腕を下敷きにしてしまったためビリッと痺れた。

 こんなことをするのは誰だろうかと目を開けると、目の前に涙で顔が濡れた父がいた。タエに馬乗りになって、鋭く光る短刀を握りしめている。


「おたえ、頼む。死んでくれ」


 心臓を一突き。父親は躊躇いなくタエの身体に突き刺した。髪を引っ張られたときよりも、いたずらして怒られて殴られたときよりも痛い。ジワジワと染み出していく血が紺色の着物を濡らしていく。 


「⋯⋯おは、な」

「え?⋯⋯あ」


 少女の目が散らばった青い花を見た。夕焼けによって青かった花弁が今は黒く見える。彼の娘は震える口で言葉を紡いだ。


「おかあさんに、あげた、ら、元気、なるかなぁ」

「な、何を、何を言ってるんだ⋯⋯?」


 健気な娘の姿が途端に怖くなった。見たくないと思ってしまった。


「おっ お前が母さんの足を食ったんだろうが!?」


 ぽたりぽたりと父の瞳から涙がこぼれ落ちて、タエの頬を滑っていく。


「母さんの足を、おさちを食ったお前は人間じゃねぇ。化け物だ! 死んでくれ! お前は生きてちゃダメなんだ!」


 泣くくらいなら刺さなければいいのに。痛みに苦しみながら、タエはどこか冷めて父親を見つめる自分がいることに気がついた。涙はあふれてくるが特別悲しくはない。むしろ快感さえ覚えていた。

 今まで自分が殺してきた動物やサチ、怪我をさせた母はこんな気持ちだったのだろうか。幼い少女の歯よりも鋭く研がれた刃。冷たいその刃が肉を裂き身体の中へ入り込んでくる。冷たさよりも温かさを感じる。


「ウフ ウフフフフ ウフフフフフフフフフ」

「ッ!」


 痛みに泣くどころか笑い出した我が子を見て父親は驚愕した。かわいい娘だと育ててきたはずが、いつのまにか得体のしれない怪物になっている。


 何だ、これは。


 父親は怖くなった。不気味な少女が自分を凝視して嗤っている。馬乗りになって彼女に刃を突き刺したのは自分だ。劣勢なのは彼女の方。けれども少女の目が父親を射抜いた。おどろおどろしい何かが下からはい上がってくる恐怖。父親は一目散に逃げ出した。階段を駆け下り、妻のいる家へ走る。無性に彼女の顔が見たくなった。


 大きな段差の階段は気をつけなければ足が空回る。父親はこの村の出身で、この階段は何度も使い慣れたはずだった。しかし冷静さを欠いた人間は焦れば焦るほど上手くいかないものだ。


「うああああああああああッ」


 急いては事を仕損じるとはよく言ったものである。父親は真っ逆さまに階段を転げ落ち、死んだ。


「ウフフ ウフ あなたは、だあれ?」


 父親がいなくなった後、少女は朧げになり始めた視界に人影があるのをみとめた。その影はゆっくりタエに近づいてくる。屈んでいるようだった。

 その人は、少女が殺したサチの母親、キヨだった。若々しかった髪や肌は荒れて憔悴している。


「あの子に死んで詫びろッ! 化け物ッ!」


 彼女は少女の父親が刺したまま置いていった刃で胸を、首を、腹を、腕を、足を、滅多刺しにする。自分の娘を食い殺した害獣を殺さなくてはならない。それが娘の弔いになると信じて疑わなかった。


―――お母さんっ 見て見てっ


 無邪気に虫を見せてくるところも、かわいく笑うところも、笑ったときに見える母親譲りの八重歯も、すべてが愛おしかった。だのに、それを奪ったガキは今の際でもへらへらと笑っている。憎悪が渦巻いた。


 その顔が嫌い。その顔が憎い。その顔が苦しい。


 娘を殺した、娘の友達。女は少女が憎くてならなかった。娘が味わった分だけ追い詰められてしまえばいいのに、いつまでたっても気色の悪い笑みを浮かべている。目、鼻、口を刃で抉り取って顔が消えた。それでも憎悪は収まらなかった。呪い呪われ、二人の魂は淀みに沈む。


 骸となった少女の顔の上で、青い花が揺れた。



□□□



「帰って、これた⋯⋯?」

「⋯⋯みたいだな」


 少女の消えゆくさまを見守っていると、フッと景色が変わった。赤い空の世界から元のゴミ捨て場に戻ってこれたらしい。腕時計を見るとまったく時間は進んでいない。ただ石動のアレルギー症状はひどく、いまだ鼻水は止まっていなかった。ごみ捨て場の小屋にはいるまではピカピカ新品の制服を着ていた男子高校生が三人、小屋から出たときには埃や土で汚れていた。ちょうどゴミを捨てに来た上級生がギョッとした顔をして早々に立ち去っていく。

 三人で顔を見合わせ、石動いするぎは力が抜けたようにへなへなとしゃがみこんだ。随分気を張っていたようだ。氷魚ひお朝嘉あさかもまた同じように座り、苦笑いを浮かべる。


「はぁぁぁあ⋯⋯疲れた。もう二度とこんなこと起きませんように」

「ははっ 知ってるか、塩来えんらい。そういうのフラグっていうんだぜ?」

「余計なこと言わない! マジになったらどうすんの! 言霊って知ってる!?」


 やはり二人はどこまでいっても口喧嘩を忘れない。ある意味仲良しなのだろう。騒がしさから目を背け、石動はズボンのポケットからスマホを取り出した。


「ねぇ、あの青い花、ワスレナグサっていうらしいよ」


 検索をかけるとすぐに出てきた。五枚の可愛らしい小ぶりな花弁を持つ淡く青い花。可憐で涼しげな画像を見ると怖がってばかりだった気持ちが少し楽になる気がする。スクロールしてある一点に注目する。

 花言葉は『私を忘れないで』。


「ベタだね」

「だな」

「そうかも」


 少女はこの世に執着して自分のことを忘れないでほしいと思っていたのだろうか。青い花を大事そうに握っていた彼女を思い出して思案する。


(そういえば、あの子、花を摘んだときはあれが何の花かわからなかったって言ってたな⋯⋯⋯⋯遺体に飾ったのが本人じゃないのは当たり前だし)


 遺体には顔のパーツがすべて潰され、その穴にワスレナグサの花が飾られていた。そんな猟奇的なことができるのは彼女を殺した者だけだ。父親は心臓を刺しただけで逃げてしまった。ならばそんな異常な行為をしたのはもう一人の女性。少女が食い殺した友達の母親だ。

 彼女が花が大好きな少女の母親と親交があったとすれば、あるいは花言葉を知っていれば、少女の顔に飾られた花は母親からのメッセージなのではないだろうか。


―――私を忘れないで。


 お前が殺した女の子とその子を心から愛していた母のことを絶対に忘れるな、という彼女のメッセージだったのかもしれない。

 それは一つの呪いだと思う。粘り強く執心して死んでも忘れさせないように呪う。少女があの世界から成仏できなかったのはその呪いのせいかもしれない。

 そうだとすると、なんて哀しい殺人鬼なのだろうか、この二人は。


「あ! 部活!」

「ヤバイよ、しょうぎ! 先輩に殺される!」

「急がねぇと!」


 急に現実を思い出した二人が閉まっていた扉を開けて飛び出していく。その勢いに我に返って、憶測を頭から振り払う。これは勝手な妄想でそういう事実があったかもしれない、なんて今さら考えたところで仕方がない。もう終わったことだ。彼女の死に何も言葉をつける必要はない。


「じゃあまた明日な、石動」

「今日はさっさと帰って寝るんだぞー」


 走りつつ振り返った二人は溌剌とした笑顔で手を振った。片手を上げてそれに応える。


(人と関わるつもりなかったんだけど⋯⋯)


 二人と共にいるのは心地良い。けれど近づいていきたくない。相反するその気持ちを自覚してうなだれる。


―――りゅうちゃん。


 もう二度と失いたくはないのに。それでも人との関わりを断つことは難しい。人と話して触れ合って笑い合って。友達とは尊いものなのだと実感する。


(⋯⋯あぁ、俺はまた同じことを繰り返すのかな)


 誰もいなくなったその場所で、石動は小さく息をついた。



 タエはいわゆるサイコパスというものに分類される人格の持ち主だったのでしょう。最初は小さな動物だったのがだんだん大きな動物を殺すようになり、エスカレートして自分と同じ人間を殺してみたくなった。そして一番身近で一番殺しやすそうだったのがサチでした。

 サチは幼いながらタエの異常性を感じ取っており、なるべく距離を取りたいと思っていたところを殺されました。


 父親は宮司のところにタエについて相談に行ってました。何かよくないものが憑いているのかもしれない、と。しかし宮司はタエ自身がおかしいのだと説明しました。そこで父親はタエを殺す決心をします。ところが娘を殺すということに抵抗を感じ、決心には何時間もかかってしまいました。これが冒頭の裏話。


何はともあれ

壱章 赤い空と青い花

これにて完結!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ