壱−6 本性
「思い違いって何?」
自分だけ話についていけていないのが気に食わなかった氷魚は半眼で二人を睨みつけた。
「⋯⋯タエがかなり強い怨恨で殺されたっていうのは外れてないだろうけど、俺たちはその原因を甘く見てたんだ。あの子のイタズラとか、そんなかわいいものだとね⋯⋯でも実際は違う」
そう言うと石動はだんまりを決め込んで宮司の記録帳を調べ始めた。ところどころ虫食いがあっても丁寧に読めばちゃんと読める。
「あの子の母親の足の怪我は獣によるものだって片付けられてるけど、本当は違うんじゃねぇかってことだよ」
「獣以外に何があんの?」
「獣っぽいヤツ」
「はぁ?」
朝嘉は集中する石動を面白そうに眺めた。まるで捕食者のように目を光らせ文字の一つ一つに注視する。自分に向けられたら恐ろしい敵愾心だな、と独りごちる。
「やっぱり。二人とも、ここ見て」
「ん?」
「獣?」
彼の指が示す箇所を二人して覗き込む。頭がぶつかり合って鈍い音が鳴るが今はお構いなし。石動の集中力に感化されて二人もまた没頭し始めていた。
庄屋の娘は野犬に食い殺された。近頃よく獣が現れる。庄屋の犬も食われたという。戸締まりを厳重にせねばならない。
宮司の記録によれば庄屋の娘サチが死ぬ少し前から獣の被害が増えていたという。
「ここで立ち返って。ネオ・タエはどんなだった?」
「どんな⋯⋯えっ 獣? 獣って言いたいの? え、どういうこと?」
「⋯⋯死んで化け物になったタエは獣のように村人を襲った。なんで急に?⋯⋯違うよね。生前からあの子は獣のようだったんだ」
宮司の記録帳に出てくる野犬や獣というのはすべてタエのことだろう。つまり庄屋の娘を食ったのも自分の母親の足を食ったのもタエの仕業ということだ。三人は彼女の異常生を見誤っていた。
思えば白い化け物は彼女の成れの果てなのだから凶悪さに気づけたはずだ。けれど三人は生きていた人間だった頃の少女と白い化け物となった彼女を分けて考えていたのだ。それが大きな誤りだった。
白い化け物は人間を見つけると突進して食い殺そうとした。動物、それも人間を食うという行為は彼女が生前から行っていたものだった。
村人たちは少女が死んでその祟りがあの化け物なのだと解釈していたが、それは少し違う。彼女は死んでから力をつけただけの、生前からの化け物だ。
そしてそれは彼女の半身であった。目も鼻もないのに獲物に反応して一直線に突進できること。朝嘉や氷魚と戦っていたはずの化け物が突然石動の前に移動したこと。それは少女の姿のタエがいたから以外に説明がつかない。彼女が化け物の目となり鼻となり耳となり口となり、化け物をコントロールしていた。そう結論付けられる。
「⋯⋯つまりここは、少女の怨霊による呪いの世界だってことだよ」
石動が振り向いた先に、薄ら笑いを浮かべた少女が立っていた。無惨な遺体とは違う生前の姿で、後ろで両手を組んでゆっくり三人に近づいてくる。
「どうだった? 楽しかったでしょ?」
死んだ理由を探してほしいとお願いしてきたときの寂しそうな様子はどこへやら。彼女はまるでゲームをクリアしたあとのように晴れ晴れとした表情で三人に笑いかけた。最初に彼女に感じた不気味さは間違いではなかったのだ。直感が正しいときもあるということらしい。
「ここに呼んだ人はみんな真面目に推理してくれるの。自分たちが餌になる準備を自分でしているとも知らずにね。フッフフフフ」
この空間は少女の怨念が作り出した異空間。そこに長いこと居続けるとどうなるか。身体や精神が弱り、徐々にこの空間に馴染んでいく。
今まで少女はそうして食料を用意してきた。弱った人間を食らい力をつけてきたのだ。最初に出会ったとき彼女の口が赤かったのは、誰か別の人間を食べた後だったのだろう。三人はそれぞれ少女に対して嫌悪を抱く。
「お兄ちゃん、気をつけないとだめだよ? そんな美味しそうな匂いプンプンさせてたら、私みたいなのがつられて寄ってきちゃう。ウフフフ」
「⋯⋯どういう意味?」
「そのままの意味だよ。そっちの人たち、特に若白髪のほうはなんだか嫌な感じがするの。でもね、お兄ちゃんだけはすっごく唆られるの」
「えぇ⋯⋯ヤなんだけど」
指をさされた石動は迷惑そうに顔をしかめた。昔からこういったことに巻き込まれる。そういう体質なのだと納得させてきたが正解だったようだ。
若白髪と呼ばれた朝嘉は今にも噛みつきそうな勢いで怒鳴る。氷魚はそれを腹を抱えて笑った。この二人はコンビネーションは抜群だが根本的に互いの欠点を笑い合う性格の悪さが似通っており、喧嘩が絶えないのだ。
朝嘉は氷魚に回し蹴りをお見舞いすると、すぐに臨戦態勢に入った。口角を上げ、悪い笑みをつくる。
「前に会ったときに約束したよな。テメェのお願い聞く代わりにこっちのも聞くってよぉ⋯⋯殴らせろ!」
「キャハハハハハハッ やぁだよう!」
身軽な彼女はすばしっこく、飛び跳ねながら逃げていく。それを朝嘉は追いかけていった。どちらも足は速い。
朝嘉と少女が戦闘を始め、残った二人は地面に腰掛けたままその景色を眺めた。
「氷魚さ、その能力はどのくらい使いこなせるの?」
「なんか、いくらでもいける気がする」
「そっか。それじゃあ、頃合いになったら合図するね」
「⋯⋯あぁ。わかった」
朝嘉の繰り出す蹴りはすぐに避けられる。ただし彼女は攻撃を仕掛けてこない。小さな身体にそれだけの力はないのだろう。まして相手は運動センスがピカイチの朝嘉だ。軽いパンチでも出そうものなら一瞬で腕をつかまれお陀仏にされる。それを彼女も理解していた。
「お父さんはね、私を一回刺したあとすぐ逃げちゃったの。腰抜けだよね」
「その滅多刺しは? 誰に殺られた?」
「おさちのお母さん。ウフフフ 私が嫌いだったんだって」
「そうかよ。お前も難儀なやつだな」
ぴょこぴょこと跳ね回り無邪気に笑う彼女を憐れに思う。彼女は自分が殺された理由を、父親がどんな思いだったかを知らないのだ。朝嘉は深く息を吐いた。
人は協調を大事にする生き物だ。なぜなら独りでは生きていけないことを知っているから。その協調を壊そうとする者はいつだって淘汰される。
自分が殺された理由を理解できずに死んでいくのは憐れなものだ。
バレー部で鍛え上げられた跳躍力。白い化け物には通用しなかった足技だが、すばしっこいだけの少女になら話は別だ。彼は力いっぱい地面を蹴った。
「約束は守りましょうって母さんに教わらなかったか!」
「ぁぐっ」
少女の方は戦闘力はさほどない。化け物に力を振り切っていたのだろう。バランスがとれてちょうどいい。
波に乗った朝嘉に蹴り飛ばされ、少女は吐血して地面に転がった。石動は立ち上がるとそこへ近づいていく。
「ねぇ、あの青い花。あれの意味は何?」
「意、味? なに、それ? 私は、ゲホッ い、意味なんて、考えずに、摘んだの、よ。きれ、い、でしょ?」
「⋯⋯そう」
石動の疑問はそれだけだ。答えが得られないのならもう少女に用はない。彼は背後に控えるように立っていた氷魚と入れ替わった。去り際にひと言呟いて。
「おしまいだよ⋯⋯バイバイ」
「⋯⋯やだっ 待ッ」
余裕綽々だった彼女は石動の恐ろしさにいまさらながら気がついた。自分の顔にかかる影の持ち主が今から自分に何をしようとしているのか。それを察して肝が冷える。
合図を受けた氷魚の上げられた腕が勢いよく振り下ろされ、彼の足元でぶちゅりと不快な音を立てて少女の全身が潰れた。白い化け物と同じように灰となって流されていく。
三人はそれを、静かに眺めていた。




