壱−3 祟り
生ぬるい風が三人の間を駆け抜ける。彼らを案内していた少女は、遺体が現れたときに姿を消した。
朝嘉は厳しい顔で遺体の顔を見つめる。脈を測るまでもなく彼女の死は確定していた。小さな胸や腹にいくつもの刺し跡があり、紺色の着物にシミを作っている。
極めつけはその顔だ。目、鼻、口という人間の顔のパーツ。それらがすべて欠損していた。大きく陥没して深い溝になっており、一輪ずつ青い花が挿されている。少女が大事そうに握っていたものと同じ花だ。残酷な絵面に猟奇的という単語が頭をよぎる。
「死ぬ瞬間は、怖かったよな」
ぼそりと呟いた彼の言葉は重みを持って石動や氷魚の心に転がりこむ。消える間際の少女の寂しそうな表情が思い出されて、彼女に同情する。
「死因は見た感じ出血多量っぽいけど、そういうことじゃないんだろうな」
「うん⋯⋯たぶん、どうして殺されたのかってことだと思う」
少女がなぜ殺されなければならなかったのか。まだ幼い彼女は無邪気に笑って親に甘える年頃だろうに、恐怖に圧迫されてこんな表情をすることになった。彼女の両親はさぞ無念だったことだろう。
「ここに留まっていても帰り方はわかんねぇ。けどもしかしたらこいつの死んだ理由を調べるうちに帰れる方法がわかるかもしれん。俺はこいつの頼みを聞くことにする。お前らは? どうしたい?」
一度手を叩いて朝嘉は立ち上がった。まっすぐな彼の視線は二人に曖昧に濁す道を与えない。真摯な瞳に射抜かれ、逃げるという気持ちすら湧かなくなる。
「俺もそっち派だな。ここにいても仕方ないし。硝に従うのは嫌だけどな」
「⋯⋯まぁ、俺はどっちでもいいよ。朝嘉たちがそう言うなら異論はない」
満場一致。反対意見ナシ。そういうわけで三人は少女の死んだ理由を探すことになった。
まずはここがどこで少女が誰なのか。それを把握する必要がある。無差別で殺されたにしては刺し傷が多い。飾られていた花の件もある。怨恨という線が強いだろう。
「小さい子だし、身内か近所の人っていうのがアタリっぽいよね。あ、あの子の親を恨んでたって線もあるか」
小さな集落だ。全員が知り合いだったとしてもおかしくない。少女がイタズラのしすぎで恨まれたか、彼女の親を含む家族に対する憎悪が爆発したか。いずれにしろ並外れた感情があったに違いない。
「身体を散々刺したうえで顔に細工して花を飾るなんてふつうの感性じゃないし、よほど恨んでたんだろうね。花を飾ったのはなんでかわかんないけど。花言葉とか関係してんのかな」
建物のボロボロ具合や彼女の着ていた着物からしてかなり昔のことだ。ネットにニュース記事があるとは思えないし、どうやって調べるか。そもそもネットに繋がるのかもわからない。
「何にせよ集落に残ってるものとかであの子について調べてみないことにはなんとも⋯⋯何?」
石動が顔を上げると、ほーっと息を吐く二人がいた。ぱちぱちとまばたきをして石動を見つめる。
「はー、淡々と言うなぁ。ある意味こえー」
「冷静ー⋯⋯ちょっと硫子ちゃん! 硝子ちゃんがビビっちゃってるでしょうが!」
「あらやだ塩子、膝ガッタガタのブルッブルよ! 人のこと言えないんじゃなくて!?」
「硝子ちゃんのエッチ!」
「何がだゴラァ! きしょいんだよボケ!」
「ノッてきたのお前じゃん! いちいち殴らなきゃ気ィすまないのお前!?」
取っ組み合いを始めた二人を放って、石動は社の中に進んでいく。台の上には供物だったものの残骸がこびりついている。石のような素材でできた小さな鳥居に触れるとぼろっと崩れ、長い時間ここに放置されていたことがうかがえる。この本殿には特に時代や少女についてを教えてくれるものは置いていなかった。
社務所の中も簡素でこれといってめぼしいものはなく、三人は村に行ってみることにした。上りはしんどかった階段も下りは楽なものだ。
階段を下る直前、ふと右手側を見た石動が声を上げた。それに倣って階段を下りかけていた朝嘉もそちらを向いた。
「あ」
「あん? おー、家っぽいのある!」
「行ってみるか」
本殿に向かって左手側の広場の奥に小さな建物がある。集落にある家よりも少し立派なものだ。さすがに境内にあるだけのことはある。
「これ、あれじゃないか? 社家ってやつ」
「鮭? 食いモンか?」
「腹ペコか。違うって。宮司の家な」
「はーん?」
氷魚は境内に詳しいのかボケた朝嘉に簡単に説明をする。
社家の中は宮司の日用品がたくさん置いてあり、社務所よりも生活感を感じさせた。『社務所は生活するとこじゃないから当たり前だけど』と解説する氷魚をよそに、石動も朝嘉もさっそく物色し始める。
「日記、かな」
「いや、神社だし記録帳とかじゃないか?」
和綴じのそれは日焼けして色褪せている。表紙にはタイトルを貼っていたであろう髪が剥がされて、その部分だけ少し色が濃い。石動が手に取ったそれを肩口から覗いて、朝嘉が面白そうに明るい声を出す。
「俺、中学のとき作ったことあるわ。書道?書写?の授業で」
「俺もある」
「同じ学校なんだから当たり前だろ。いちいち言わなくても分かるわ」
「じゃあお前もわざわざ言わなくていいじゃん!」
記録帳には虫食いの跡が多く見られた。現代の紙よりも粗く、上質とは言えない。パラパラとめくって一番最後の記録にたどり着く。そこには祟りというタイトルがつけられていた。この村には祟りがあったらしい。
読み進めていくと村に突然現れた白い化け物が襲ってきたという。身体は大きく、腕や足は大きく膨らんで肥満体形にも見える。目や鼻といった部分が欠落しているにも関わらず、人間を見つけたら一直線に追いかける。獣のように唸って言葉は話さない。内容が合致することから三人の見た化け物と同じもののようだ。石動は虫に食われていない部分をできるだけ拾って解読した。
「白い化け物が現れて村人を五人食い殺した、らしい⋯⋯」
「ゲェ あいつも出てくんのかよ」
「まぁ俺らを襲ってきたんだしそりゃあ出てくるよな。対処方法とか載ってないか?」
「⋯⋯ないみたい。けど、化け物の正体については書いてあるよ」
化け物の正体は境内で遺体として見つかった九郎兵衛のところの娘だろう。そう記されていた。娘とはすなわち三人を案内した少女のことだ。大きさは違ったが顔からしてもしかして、とは思っていた。宮司もまた遺体と同じ顔の化け物を彼女と結びつけたようだ。
化け物を祟りと言っているのは少女の恨みが化け物になったという意味だ。恨みが恨みを生む。やはりそこにはなんの利点も存在しない。石動はため息をついた。
記録帳を遡ってみるとところどころページが破り取られていた。虫食いもあって大変読みづらい。数ページ前にようやく読める記述があり、そこには九郎兵衛のところのおたえが死んだと書かれている。少女の名はタエだ。
「タエちゃんかぁ。古風だな」
「タエが死んで三週間後⋯⋯約一月後にネオ・タエが現れた、そういうことみたい」
「ネオってねぇ、石動サン」
「何。間違ってはないでしょ」
「うーん、なんか、センスがイマイチ」
「じゃあ氷魚ならなんてつけるの」
「⋯⋯」
「ネオ・タエでいいじゃん」
珍しく饒舌な石動は氷魚にムッとしてくだらない争いをする。その勢いに驚いて氷魚は根負けしそうになるところを負けじと言い返して徐々にヒートアップする。
「シッ 静かにしろ」
朝嘉がひとさし指を唇に当て二人を静止させた。耳を澄まして外の様子を注意深くうかがう。入り口のすき間からジッと見つめていると、近くから枝葉の音が聞こえる。それはまるで何かが移動してきているような音だった。カラスがいるのだから他に動物がいてもおかしくはない。けれどもこの状況で動物だと決めつけて無視するのは愚かな行為だ。
「ッ!」
「噂をすれば、だ」
件の白い化け物が本殿に続く道の上で歩き回っていた。まるで三人を探しているかのようだ。石動は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「まずいことになったな」
氷魚の緊張で掠れた声が空に溶けた。
昔のことなので記録帳の書き方はもっと古風な感じです。本文ではわかりやすく要約して現代語訳しています
時代的には江戸時代を想定しているのでそれほど大差ないですが
あとひらがなが多いので石動たちにもギリギリ読めます
氷魚は三人の中で一番大人っぽい性格ですが、同級生に対して子どもっぽくなるのはあるあるです




