壱−2 少女の願い
「⋯⋯⋯⋯は? なにコレ」
ゴミ捨て場の小さな建物に設けられた金属製の扉を開けると真っ赤な空が広がっていた。夕焼けにしては濃い赤色。まだ午後三時を回ったばかりで空が赤くなるなんてあり得ない時間帯だ。しかし空が真っ赤に染まっているのは事実で、三人は呆然と立ち尽くした。
「なんか変なとこに来ちまったな」
「ゲェ 何アレ、何あのカラス」
葉のない枯れ木の枝の上に止まったカラスは左側の目玉がぶら下げてただ静かに空を眺めている。赤い空や枯れ木が雰囲気を増していて自然と恐怖の感情がわいてくる。
カラスに気を取られているとゴソゴソとゴミ袋の山から何かが動く音がして三人はそれを警戒した。口をつぐんでジッとその山を見つめる。
すると袋が一つ滑り落ちて、白い人の手のようなものが下から生えてきた。朝嘉の髪と同じくらい真っ白で生気のない手だ。スプラッタ映画のゾンビが墓から這い出てくるシーンのように、白い手は身体をゴミ山から出そうと奮闘する。そうしてずぶりと出てきた顔は目と鼻と口という顔のパーツがあるはずの場所が落ちくぼみ、淀んだ闇を宿している。
化け物はニタリと笑った。
「走れ!」
「石動、急いで!」
ゾッとして三人ともすぐに踵を返した。アレは関わってはならないものだ。どういうものなのか見当もつかないが、とにかく漠然とそう思った。逃げなければ危険だと警鐘が鳴った。朝嘉に腕を引っ張られ、氷魚に背中を押されて全力ダッシュする。ろくに運動していない足は二人よりも遅かった。
しばらく走って荒れた集落にたどり着く。人の気配はない。田畑は雑草が生い茂り、家々はネズミに食われ穴だらけ。屋根は茅葺きでとても現代人の集落とは思えない。
「何なんだ、あの化け物」
「アレだ。マシュマロ工場でギリギリ出荷された突然変異だろ」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「そんな冷めた目で見なくてもいいでしょうが! ちょっと和ませようとしただけでしょうが!」
比較的きれいな民家の一つにおじゃまして、居間の火のついていない囲炉裏を囲う。ようやくあの化け物から逃げおおせたことで安堵した。
「とりあえず自己紹介でもしようぜ」
「え、今?」
「呼び方わかんねぇと不便だろ?」
「あぁ、うん⋯⋯ショウギってなんかアレだよね」
「あ゙?」
「サーセン」
余計なひと言の多い彼はいつまでたっても学ばない。石動はまた口喧嘩が始まるのか、とため息をついた。ところがさすがに時と場合をわきまえているのか二人はおとなしくとどまった。一応の冷静さは持ち合わせているらしい。ほんの少しだけ感心した。
「じゃ俺からな。2組、朝嘉硝だ」
「2組。石動硫弥⋯⋯」
「氷魚塩来。3組ね」
「アイスフィッシュ塩来の間違いだろ?」
「おだまり!」
余計なひと言が多いのは朝嘉もだった。二人は互いに言い合いをしないと死んでしまう病気にでもかかっているのだろうか。また口喧嘩を始めてしまった。TPOをわきまえられないお子様たちである。石動は額をおさえた。
「ここ異世界とか、そういうのかね?」
「まぁそうだろうな⋯⋯絶対無事に帰ってやる」
「そう、だね」
三人で小指を絡ませる。右も左も分からない状況だが、その意志だけは絶対に持っておかねばならない。神妙な顔で氷魚が笑った。
「何してるの?」
「ッ!」
高校一年の男子しかいないはずの空間に高い声が通る。口論を始めていた二人はすぐに声のした方を振り返った。今日は驚いてばかりだ。
囲炉裏の三辺を三人が囲い、残りの一辺は誰もいない空席のはずだった。ついさっきまでそうだった。しかしいつのまに現れたのか、古くさい着物を着た小さな女の子が床に手をついて石動を見上げている。好奇心旺盛で活発そうな女の子だ。手にはねこじゃらしと青い花が数本握られている。
「お前、どっから入ってきた?」
「入り口だよ。ほら、ちゃんと草鞋も脱いでるよ」
朝嘉が石動を守るように腕を前へ出して少女に問う。氷魚もまたすぐに立ち上がれるような姿勢だ。判断が早い。
少女はにっこりと笑って格子窓の向こう側を指さした。
「ねぇ、あっちのお社に行こう。お兄ちゃんたち、帰り道を探しているんでしょ?」
「そのお社まで行ったら帰れるのか?」
「ウフフフ」
「⋯⋯」
少女はスッと立ち上がると脱いだ草鞋を抱えて裸足で地面に降りた。そのまま戸をくぐって外へ進んでいく。三人は眉根を寄せて顔を見合わせた。
きっとついて来いという意味なのだろうが彼女を信用していいものか。彼女は別に帰り道を教えてやると言ったわけではないし、彼らにはついていく義理などない。だが不可解な現状を打開するにはなにか情報が必要だ。あの少女はそれを知っているかもしれない。あるいは彼女自身が三人をこのおかしな空間に連れてきた張本人かもしれない。
三人は意を決して少女についていくことにした。
カァ カァ カァ
人の気も知らず呑気に鳴くカラスの声でよりいっそう恐怖の波が大きくなる。心臓を鷲掴みにされたような気分だ。足がすくんで一歩を踏み出すのがとても苦しい。
けれどここで立ち止まることはできない。絶対に元の世界へ帰ると三人で約束したから。怖いという感情で雁字搦めになった自分を奮い立たせて進んでいく。
「お兄ちゃんたち、まだ?」
鈴の音のようなかわいらしい声を上げるのは古い着物を着た五歳ほどの女の子。不気味なほどに無邪気で、ニンマリと笑う口の中は赤い。何を食べたのか想像してしまい、胃から昼に食べたものの残りがせり上がってくる。のどとあごに力を入れて吐き気をやり過ごすも、少女に対する不快感は消えない。
歪んだ魂を持つ人間たちは誰かを呪わずにはいられない。恨んで妬んで嫉むのだ。それが何かを生むことはない。それでもただ自分の負の感情がそれを求めていて、人が堕ちていくのを見ていたいと思うらしい。石動には分からない感情だった。
「あのクソガキ、絶対一発殴ってやる」
「同感」
境内へ続く階段をのぼりながら二人は顔をしかめる。朝嘉も氷魚も凶悪面で憎々しげに少女を睨んだ。
長い階段をようやくのぼり終えて、石動は尻もちをついた。二人と違って鍛えていないために身体が酸素と休息を欲している。しかし少女は待ってくれなかった。
「お兄ちゃんたちにね、お願いがあるの」
「こっちの願いを聞くってんなら聞いてやらないでもないぞ」
「いいよぉ!」
拳を握る朝嘉の怒気に怯えることもなく少女は屈託なく笑った。くるりと身を翻して、手に持っていたねこじゃらしと青い花を石畳の地面へ放り投げる。着物の裾についた泥を気にとめずその場にしゃがみこんだ。
「私が死んだ理由を探してほしいの」
手をこめかみや頬に滑らせて薄気味悪い顔でうっそりと笑う彼女に恐怖を覚える。
どうして、こんなことになったのだろう。仏像を倒したり祠を壊したり何も罰当たりなことはしていないのに、どうしてこんな奇怪な現象に遭っているのだろうか。異様に赤い世界に放り込まれ、白い化け物に追われ、奇妙な少女に死因を探すように頼まれる。これほど不気味な体験をしたのははじめてだ。
「ちょっと待て。じゃあこの場にいるお前は何だ?」
「わかんない」
「ユーレイとかか?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「お前にもわからないと?」
「うん。でも私が死んでいるのはホントだよ」
少女は寂しそうに微笑んで社を指さした。傾いた社は元は立派な建物だったのだろう。装飾は細かく、歴史を感じさせる。崩れた鳥居も苔生した屋根も少女にとっては辛い記憶のものなのか、苦しそうな目で見つめている。
「宮司のおじいちゃんに大事なお話があるからここで待ってろって、お父さんが言ったの。私はずっと待ってたけど夕方になっちゃって、ねこじゃらしを摘んで遊んでたの」
社をさしていた少女の指が今度は石動たちの後ろを示す。それを追うように三人の目が反対方向に向かう。
石畳の上、散らばったねこじゃらしと青い花のすぐ横で小さな少女が血まみれで倒れていた。自分たちが通ったときには何もなかったその場所に、三人を案内した少女が死んでいる。目も鼻も口も顔にあるはずのパーツは消えて真っ暗な黒がのぞく。それはまるで三人を襲った白い化け物とそっくりな風体で、三人は自分の身体が総毛立つのがわかった。
―――お願いだよ、お兄ちゃん。
囁くような、悲しい声が聞こえた気がした。
石動硫弥
・根暗
・人と話すのも関わるのも好きではない
・朝嘉や氷魚と一緒にいるのは居心地がいいと思うようになる
・ホラーは苦手だが、巻き込まれてしまったら仕方ないと割り切れるタイプ
朝嘉硝
・基本的に温厚な頼もしい性格
・幼馴染の氷魚が関わるとすぐ喧嘩する
・コミュ力は高いので三人の中では率先して少女と会話をする
・ホラーは若干苦手だが殴れるなら平気
氷魚塩来
・三人の中では最も大人っぽい
・幼馴染の朝嘉が関わるとすぐ喧嘩する
・人をおちょくるのが好き
・ホラーは嫌いではないがビックリ系は苦手




