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呪い呪われ遊びましょう  作者: 浅霧猫ノ輔
壱章 赤い空と青い花
1/10

壱−1  赤い空


 カァ カァ カァ


 人の気も知らず呑気に鳴くカラスの声でよりいっそう恐怖の波が大きくなる。心臓を鷲掴みにされたような気分だ。足がすくんで一歩を踏み出すのがとても苦しい。

 けれどここで立ち止まることはできない。絶対に元の世界へ帰ると二人に約束したから。怖いという感情で雁字搦めになった自分を奮い立たせて進んでいく。


「お兄ちゃんたち、まだ?」


 鈴の音のようなかわいらしい声を上げるのは古い着物を着た五歳ほどの女の子。不気味なほどに無邪気で、ニンマリと笑う口の中は赤い。何を食べたのか想像してしまい、胃から昼に食べたものの残りがせり上がってくる。のどとあごに力を入れて吐き気をやり過ごすも、少女に対する不快感は消えない。


 歪んだ魂を持つ人間たちは誰かを呪わずにはいられない。恨んで妬んで嫉むのだ。それが何かを生むことはない。それでもただ自分の負の感情がそれを求めていて、人が堕ちていくのを見ていたいと思うらしい。石動いするぎには分からない感情だった。


「あのクソガキ、絶対一発殴ってやる」

「同感」


 境内へ続く階段をのぼりながら二人は顔をしかめる。朝嘉あさか氷魚ひおも凶悪面で憎々しげに少女を睨んだ。

 長い階段をようやくのぼり終えて、石動は尻もちをついた。二人と違って鍛えていないために身体が酸素と休息を欲している。しかし少女は待ってくれなかった。


「お兄ちゃんたちにね、お願いがあるの」

「こっちの願いを聞くってんなら聞いてやらないでもないぞ」

「いいよぉ!」


 拳を握る朝嘉の怒気に怯えることもなく少女は屈託なく笑った。くるりと身を翻して、手に持っていたねこじゃらしと青い花を石畳の地面へ放り投げる。着物の裾についた泥を気にとめずその場にしゃがみこんだ。


「私が死んだ理由を探してほしいの」


 手をこめかみや頬に滑らせて薄気味悪い顔でうっそりと笑う彼女に恐怖を覚える。


 どうして、こんなことになったのだろう。



□□□



 石動いするぎ硫弥りゅうやは根暗である。

 声は小さくリアクションは薄い。四月のはじめは仲良くなろうと近づいてくるクラスメートも三日もすればいつのまにか半径三メートルの範囲外へ消えている。一日一メートル換算だとすれば、一月後には教室に誰もいなくなってしまう。そんなバカな計算を人との会話中に頭の中でシャカシャカと組み立てるくらい他人に興味がない。


 高校生活を無難で地味なものにしようと地元を離れ上京してきた。同級生とはそこそこの距離を置いて卒業すればスーッとフェードアウトしようと決意した。誰とも仲良くならない。頼られない。必要とされない。

 その方が楽だから。人見知りというわけではないが、極力人と関わりたくない。石動はスレていた。


 ところが、石動が思っているより世間は甘くなかった。目立たないようにうまく行動しているつもりでも、それなりの話ができない者や陰鬱さの激しい者は一部から反感を買うことがある。ウザいとかキモいという彼らの主観で彼らより劣っているというレッテルを貼られるのだ。

 赤椿あかつばき高校は治安の良い学校だと評判だが、学生のなかには自他に優劣をつけたがる者も少なからずいる。彼らは大きく目立つ嫌がらせをする度胸はないけれど言い訳を並べて自分の逃げ道を作ったうえでネチネチと攻撃してくる。人間とはそういう生き物なのだと諦めるほかないと、石動は冷めた目で下卑た笑みを浮かべるクラスメートを見つめた。


「代わりに持っていってくれよー。俺今日は部活が始まるの早いからさ」


 まだ入る部活も決めてないくせに、なんてぼそりと口の中に転がしてみる。けれども小さな声が相手に伝わるはずもなく、さっさと帰り支度を始めて石動の前から去っていく。

 声をかけようと伸ばした手が空を彷徨い、遠ざかっていく背中をぼんやりと見つめる。今週は掃除班でも何でもないのだが、ここで反論して彼らに目をつけられるのは避けたい。石動は開きかけていた口を閉ざした。


「おー、じゃあ俺が持ってくわ。ちょうど部室棟近いしな」


 口をつぐんだ石動の横でサッとゴミ袋を拾い上げる影があった。影と言う割には白飛びしそうな外見をしているが、白い髪や灰色の眼は生まれつきのものだという。彼の声に振り返った元凶はギョッとして慌てる。


「え、朝嘉が? それはちょっと、」

「なんだよ。班員じゃない石動に任せる方がアウトだろー?」

「えっウソ! 悪い、えーと、イスルギ」

「いや、別に」


 勘違いの末に起きたハプニング。それを取り繕ったクラスメートは冷や汗を垂らしながら朝嘉という男子に軽く冗談を言って足早に教室から消えた。他のメンバーも気まずそうに後に続いて、教室にいつも通りの平穏が戻ってくる。


「あの」

「んー? なんだ?」

「ありがとう、ございます」

「あぁ、いいっていいって! 言ったろ? 部室棟のすぐそばだからって。どうせ通るんだしゴミ捨てくらい手間じゃねーよ」


 爽やかに笑う顔に嫌味はまったくない。入学式の日から不思議な色彩と朗らかな人柄で人気を集めた彼はすぐに学年で有名人になった。クラスの中心でさまざまな人に囲まれ、誰に対しても分け隔てなく接する。学年一モテるとか学年一の秀才とか、そういうものではないけれど彼には人を引き寄せる魅力があった。

 朝嘉とて今週は掃除班ではない。けれど石動を助けてそこそこ重たいゴミ袋を二つも持ってスタスタと進んでいく。恩着せがましくない彼には好感しかない。お礼も兼ねて片方は持つべきだと考えて彼の右手から一つ奪って隣に並ぶ。


「⋯⋯重くない?」

「そうか?」


 よく見ると朝嘉の腕は石動よりも太く鍛えられており、ゴミ捨て場に着く頃には石動は少し息が上がっていた。その様子をケラケラと笑いながら壁を叩く朝嘉を一睨みしてため息をついた。少しは鍛えてみようかと思った石動だった。


「そこのお前ェ! なんで言い返さないんだよ!」


 ゴミ捨て場の外からぬっと現れた上背のある男子生徒が石動の肩をつかんで前後へ揺さぶる。それに酔いかけた石動は眉根を寄せて彼を見上げた。間髪入れず朝嘉の肘が彼の鳩尾にめり込んでエビのように丸くなった。


「イッタァ!? 何すんの!?」

「初対面でそんな迫るヤツがあるか! テメェはデケェんだから体格差考えろ!」

「お前も同じくらいなんだからいいでしょうが!」

「テメェは顔が怖いんだよ! 自覚しろ、ヤクザ面!」

「お前の方が傍から見たらひどいこと言ってるからね、内面ヤクザ!」


 突然現れた彼はたしかに朝嘉と同じくらいの身長だ。ただ朝嘉はその爽やかさのおかげで高身長族の威圧感のようなものが抑えられてまったく気にならなかったが、彼の方は目つきが悪くあまり近寄りたくない部類の人間に見えた。石動はそっと顔を背ける。

 まだ痛む腹をさすりつつ、彼は石動を心配そうに見下ろした。


「あそこは反論したりゴミ袋投げつけたりしないと。ナメられるぞ?」

「いや、投げつけるのは、ちょっと⋯⋯」

「お前も甘やかしてんじゃないよ、ショウギ。お前がいつも一緒ってわけじゃないんだろ?」

「一理あるがお前に言われると腹が立つ」

「牛乳飲んだほうがいいんじゃない?」

「よしそこに直れ」


 温厚なはずの朝嘉だが彼がいちいち余計な一言を言うせいで青筋が浮かんだまま消えない。仲が悪そうにも良さそうにも見える。

 二人の口論を少し離れたところから見守る。あまり人と関わらないようにと決心したばかりなのに早くもその決心が無駄になりそうになっている。正直二人と一緒にいるとこの口論をずっと聞かされることを思えば近づきたくない。けれど朝嘉たちから近づいてきたら逃げるのにいらない苦労がかかる。


クラスメート(あいつら)が何言ってくるかわかんないし⋯⋯)


 石動が戸惑っていると入り口の方から重たい音が鳴った。三人ともその音に驚いてそちらに視線をやると、入り口の金属製の扉が閉まっていた。開けっ放しにしていたはずのその扉がひとりでに閉まったらしい。


「⋯⋯風?」

「そんなわけなくない?」

「エンライ、殺す」

「なんでさ!?」


 またもや喧嘩を始めた二人頭を痛めながら、石動は扉のノブに手をかけた。何の変哲もない、普通の冷たい金属の感触。ノブをひねって扉を外向きに押す。


「⋯⋯⋯⋯は?」


 外の世界は血のように真っ赤な空が広がっていた。


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