2 「2年経ったらどうなるの?」
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真剣な顔付きの父親を見つめる萌恵。
香奈恵が萌恵の横の席に座ると、幸一はサッと頭を下げた。
「この前、萌恵が区役所で大変な目にあってる時に一緒にいられなくて、本当にごめん」
「…幸一さん」
状況説明でなあなあになっていたことを、香奈恵がひっそりと根に持っていたのを察し、幸一は二人に向かって謝罪した。
香奈恵は、幸一のこういう根が真面目なところが好ましく、表情を和らげ小さくため息をつく。
萌恵は今日の話をするとばかり思っていたので、なんの事かと一瞬考える。
「…そんなのいいよ、お父さんお仕事だったでしょ」
それにあの場に父がいたとしても、萌恵は3人一緒におろおろするだけだったような気がしていた。
チラッと母親を見ると満更でもない顔をしているので、これは萌恵に対する謝罪ではないのかもしれない。
…お母さんまだ怒ってたんだ、と思いながら萌恵は父親を見る。
「パパはA.I.Sの結果で、彼氏候補が出るだろうから、萌恵が見せたくないかと思って遠慮してたんだ」
「うん…。それは私も見せたくなかったかも」
「それに結婚なんてまだ先だろうって甘く見ていたんだ」
もう誰も幸一のことを“パパ”とは呼ばないのに、家の中で一人称がパパになる父親に、萌恵は思春期が原因の気恥ずかしさみたいなものがあった。
きっと未来の旦那さん候補の話なんてしなかっただろう、と簡単に想像できた。
目を逸らして頷く萌恵を見ながら幸一は続けた。
「A.I.Sで識別されるのは、結婚できる者同士のマッチングなんだ。確率云々はあるけど、その意思があるって思われることなんだって改めて思ったんだ」
「…確かに登録できる年齢だからやりたいってだけで動いちゃったわね」
「これは皆やってるしいいだろうって、甘く考えてたパパと母さんの責任でもあると思う。
ただ、萌恵のA.I.Sの識別結果は人と違う“特別”なんだってことを萌恵には分かって欲しい」
あの日の区役所職員の対応に、萌恵を尊重されていない違和感がなかったとは言わないが、自分たちにも非はあったと認めていた幸一。
A.I.Sを使った結婚が主流の世の中で、若い世代は恋愛目的が多く、適齢期の男女は結婚を目指したサービスになっている。
そもそもマッチングするだけで、仲を深めていくのは普通の恋愛と同じで、個人のやる気次第だった。
高確率の相手から選んだり、年齢を基準に選んだりして恋愛をしていくのは、AIではなく本人たち人間の役割だった。
萌恵はA.I.Sに導かれた運命の人と、幸せな恋がしたくて、学生のうちはチャットとか通話でやり取りしてゆっくり時間をかけて仲を深められたら…、そんな甘い夢見がちな想像をしていた。
父と母の言葉に、家族みんなで考えなしだったことを反省する。
…現実は100%という予測もしていない高確率で、20歳も年の離れた相手の孝之ただ一人としかマッチングしなかったのだから。
“特別”と言った父親の顔が真剣で、いいことだけではないんだと萌恵は固唾を飲む。
「萌恵。結婚するってことがどういうことなのか、もう一度よく考えて欲しいんだ。男親のパパには言いたくないことがあるかもしれない。けど、…孝之さんは萌恵に2年間の猶予をくれた」
「猶予って…?」
「そうね、ここからはお母さんと話しましょう?」
とても歯切れの悪い父親に、どういう意味か分からずにぎゅっと眉間に皺を寄せて考える萌恵。
幸一の様子に見かねた香奈恵が、萌恵に身体を向けて目を見て口を開く。
「あのね、萌恵ちゃん。A.I.Sが国のサービスとして行われているのは知ってるわね?
相性のいい男女を引き合わせて上手く行けば、いつか結婚するでしょう?」
「うん」
「その2人に子どもができれば、少子化対策になるの。だから行政サービスとして広めてるの」
やたら区役所の職員のおじさんたちが早急な結婚を勧め、婚姻届まで渡してきた理由がやっと腑に落ちた萌恵。
38歳の孝之に、18歳の萌恵と言う相手が見つかった以上、早く結婚して子どもを作るように促されていたのだと。
相性率100%なんてA.I.S主義の考えからすれば、結婚一択。
もし孝之がその気なれば、何も分かっていない萌恵をおだてて説得すれば、強引に結婚させることもできたはずだった。
孝之は萌恵の意思を尊重し、チャットしたいなんて呑気な提案にも応えてくれた。
萌恵はもし相手が孝之じゃなかったら、どうなっていたのかと背筋が凍るような気持ちになっていた。
「相手が孝之さんで本当に良かった…」
「それは萌恵ちゃんがお母さんの子だもの!変な男とマッチングするはずないでしょ?」
「…ふふっ自分で言っちゃうの?」
ハッとして顔色が悪くなった萌恵に、香奈恵が茶目っ気たっぷりにウインクしてふざけてみせる。ついつられて笑う萌恵をぎゅっと抱きしめる母。
「孝之さんは、結婚も今後の将来のことも2年間待ってくれるんだって。だから萌恵ちゃんにも真剣なお付き合いをして欲しいの」
「…2年、経ったらどうなるの?」
「期限がついてるだけで、他の人と何も変わらないわ。孝之さんがどんな人なのか知っていって、萌恵ちゃんがどんな人か孝之さんに知ってもらうの。
例えば、将来の話とかどんな家庭を持ちたいかをね。
…本当は時間をかけてなんとなく擦り合わせていくんだけど、確かめ合う時間が2人には他の人より少ないの」
萌恵は母親の言わんとすることを必死で受け止める。
しかし18歳の経験の浅い萌恵にとって、結婚へのビジョンや子ども産んで育てていく心の準備などどうすればいいのか分からなかった。
でも萌恵が2年後孝之と結婚したいと思ったとしても、孝之は望まないかもしれない。
男女の付き合いとは、意思のすり合わせなんだと萌恵は感じた。
でも萌恵には経験もなく、男女の駆け引きなんてものも何も持ち合わせていない。
「すぐには難しいかも…」
「そうね、正解なんてないもの。
ただお母さんとお父さんは萌恵の味方だって覚えていて。孝之さんとのお付き合いも見守りたいし、もし上手く行かないなら他の出会いを一緒に探しましょう?」
「うん…わかった」
シャワー浴びてくる、と言い残してトボトボと浴室に向かう萌恵。そんな娘の様子に両親は、上手く親の気持ちは伝わったのだろうかと心配そうに見る。
萌恵はここ2週間、A.I.Sに選ばれた孝之の存在にふわふわと舞い上がっていた。
年の差はあるけれど、相性率100%の運命の相手なんて言われて、テンションが上がって大事なことを見落としていたのかもしれない。
孝之は社会人で仕事もあり、忙しいはずなのにチャットのやり取りは何度もしてくれるし、ずっと萌恵に優しかった。声が聞きたいと強請れば通話だって付き合ってくれた。
その時、世間話に今度デートしたいと言えば、他には何がしたいか尋ねられ、夏は海かプールか花火が見たいとはしゃぐ萌恵に同調してくれた。
チャットの通知が鳴るだけで、嬉しくてたまらないこの胸のときめきが恋なんだと感じていた。
萌恵にとって既に孝之は、初めて恋する大人の男性だった。
「…結婚とか子どもとか言われてもなぁ」
熱いシャワーを浴びながら、ぼんやり計算する萌恵。
2年後結婚の話になって、1年以内に妊娠したとしても産まれるのは萌恵が21歳で孝之は41歳。
萌恵が進学だの就職だのといって待たせ、25歳で産んだら孝之は45歳で、子どもが成人する時には萌恵は43歳、孝之は63歳だ。
萌恵は、自分たちに残された時間が確かに少ないことを感じていた。
萌恵がシャワーから出て来るのを、孝之がお土産にくれたケーキを用意して待っていた母親に、萌恵はいても立ってもいられず、スマホを持って自室に向かう。
「…お母さん。孝之さんと、通話してくる!」
「あ、ちょっと萌恵ちゃん?!
孝之さんも、今日うちに来てくれて疲れてるだろうから、ゆっくりさせてあげないと…」
「5分だけだから!」
自室に入っていく萌恵に、もう!とため息をついて香奈恵はやれやれと頭を振る。
幸一は自分の可愛い娘の思っていたよりも早い旅立ちが近づいているのを感じて、ティラミスを頬張りながら口の中に広がる苦さよりもずっと苦いものを感じていた。
お読みいただきありがとうございます。
見守りたいっていいつつ口出しちゃう香奈恵ママの心配症もお母さんっぽくて好きです。
次回、通話タイムと萌絵の親友が出てくる予定です!
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