6 「おはようとおやすみチャットはあり派ですか?」
pv130越えありがとうございます!
萌恵は孝之と貴子が区役所の職員たちよりずっと自分に寄り添ってくれているのをヒシヒシと感じ、緊張は溶けて始めていた。
香奈恵がどうしたものかと考えあぐねていると、ポケットのスマホが震え出す。電話をかけまくっていた萌恵の父親からの折り返しだ。
「…すみません。電話に出てもよろしいですか?」
「構いませんよ。私も結論を主人に報告してもよろしいですか?」
「も、もちろんです。…萌恵ちゃん、いい子に待っててね」
母親2人が席を立ち部屋の隅で通話を始める。
「あの孝之さん。A.I.Sのチャットのアプリ、インストしてもいいですか?」
「そうか。専用のチャット機能があるんだったね」
孝之と萌恵はスマートフォンを取り出し、お互いにA.I.Sのチャットアプリをインストールして開く。ログインすると既に2人はマッチングしており、チャットが送り合えるように許可のボタンを押した。
「私の我儘だったらごめんなさい」
「…本当に無理はしていないんだよね?」
孝之は、これからチャットで仲を深めたいと言った萌恵にもう一度意志を確認をする。
カルチャーショックや学生と社会人の時間的なすれ違いで上手くいかないことも多々あるだろう。現実を見るために萌恵にとって試すことはいいかもしれないと、少しだけ孝之は気持ちが前向きになっていた。
萌恵はずっとやってみたかったA.I.Sのマッチングアプリのチャット機能を使える日が来て、テンションが上がっていた。
「はい!あの、孝之さんは、おはようとおやすみチャットはあり派ですか?」
「…ははっ、あまりやったことはないけど、あり派だよ」
若者らしい発言をした彼女がつい可愛らしくて、胸の奥がキュンとするのを孝之は感じていた。
孝之はいつの間にか取り繕っていた社会人の浅見孝之としての接する態度から、一人の男として萌恵に話しかけていた。
萌恵は孝之の笑った顔に、ドキリと胸が跳ねるのを感じポッと頬を染める。イケメンの笑顔の破壊力やばい、と慌てて視線を下げ、机に戻す。
「お菓子、折角だから頂こうか」
「…はい、いただきます」
何度か机の上に目線をやる萌恵を見て、食べたいのだろうかと先に手を伸ばす孝之。
そんな2人の様子を微笑ましく見ていた貴子は、自分の旦那に軽く報告すると香奈恵の方に足を向ける。
香奈恵は何とか萌恵の父親に状況を説明するが、動転していて要点を落ち着いて話せず、中々伝わらない。とにかく今日は早くまっすぐ帰宅して貰うように頼んで電話を切った。
香奈恵は自分の夫に、娘が一大事のときにそばにいてくれないんだから、とため息をつく。
そこへ貴子が香奈恵の背中に声をかける。
「お母様、この度はご混乱の中、萌恵さんに早急に答えを求めさせてすみませんでした」
「あっ、いえ。こちらこそ、…多大なるご配慮頂いてありがとうございます」
香奈恵は浅見グループが浅見財閥の経営する日本屈指の企業だと知っている。住む世界が違う自分たち一般家庭とは決して関わることの無いほどの層に生きる人達だ。
A.I.Sの結果で萌恵とマッチングした孝之だが、貴子や孝之は最初から萌恵の意志を尊重するといいながらも、断らせるように持っていこうとしていたように感じていた。
…萌恵が関係を深めたいなんて発言をしたからお困りかもしれない。香奈恵は何を言われるのかと、じっと貴子の次の言葉を待つ。
貴子はそんな香奈恵に優しく笑いかけて口を開く。
「孝之は次男坊なのです。長男が既に会社の後継者として就いております。孫も3人、目に入れても痛くないほど可愛がっておりますの」
「3人も、それは賑やかなご家庭ですね」
「えぇ。…ですから私は今回のA.I.Sの結果は、年の差には驚きましたけど…嬉しく思いました」
貴子はチラッと孝之と萌恵の方に顔を向ける。2人がお菓子を食べながら交流しているのを見て、にっこり笑って香奈恵に向き直る。
「孝之には健全で誠実なお付き合いをするように言い含めます。どうか萌恵さんが受け入れている間だけでも、関係を許して頂けませんか?」
香奈恵は、A.I.Sの結果が出てから、どうにかして断る理由を探していた。区役所の対応が悪かったことで追い詰められているようにすら感じていた。
しかし、そもそも結婚相手を決めるのは母親の役目ではない。
萌恵がどうしたいのか、聞いてあげることすらしていない。
香奈恵は娘を守るつもりで動いていたが、自分の意思を押し付けようとしていた自分を恥じた。
ゆっくり貴子に頭を下げる香奈恵。
「…こちらこそ、まだ躾の行き届かぬ娘がご迷惑になるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
こうして、白川家と浅見家にとっても萌恵と孝之にとっても忘れられない一日が終わったのだった。
***
帰り道、送ると言ってくれた孝之の申し出を断り、電車に乗って自宅であるマンションへの道を歩く香奈恵と萌恵。
「え、浅見ホールディングスってお父さんの働いてる銀行なの?ASM銀行でしょ?」
「やっぱりわかってなかったのね。あ、さ、み、じゃない。浅見ホールディングス株式会社の傘下にあるのがASM銀行なの」
孝之の会社と立場を萌恵がどのくらい理解しているのか気になった香奈恵は、電車では人が多すぎると住宅街まで待っていた。
やはりわかっていなかった様子にため息をつく。
傘下…と口にしてよく考える萌恵。
つまり、父が務めている銀行の上に立つ会社の社長が孝之だと思い至る。
マンションのエントランスに入って、ギョッとする萌恵に苦笑しながら香奈恵は鍵を開けて中へ入る。
「そ、そんな偉い人だと思ってなかった。え、待って浅見グループってもしかして…」
「そうよー財閥よ財閥。社会科で習ったでしょ」
「なんでお母さんそんなに落ち着いてるの!?」
「落ち着いてなんかないわよぉ」
エレベーターに乗って自宅の階までいき、玄関のドアを開ける。ただいまと言うと、萌恵の父親幸一が慌てたようにリビングから駆け寄ってくる。
ちょうど父も帰宅してすぐだったのだろう、スーツ姿だった。
「おかえり、どうした!?何があったって?」
「幸一さん!今日萌恵と区役所に行くって言ってたのにどうして携帯見てくれなかったの!」
「ごめん。締め作業でトラブってて携帯触れなかったんだ」
「大変だったんだからぁ!」
家に帰ってきて早々、父親の顔を見るなり安堵からか香奈恵のスイッチが入ってしまったようだ。焦る父親と荒ぶる母親にやれやれと首を振ってリビングに先に入る萌恵。
萌恵ー!と呼ぶ父親の声を聞こえないフリをして、ソファにゴロンと寝転ぶ。
なんだかとっても体が重く、急にどっと疲れが押し寄せてきた。
ワーワーと廊下で両親が痴話喧嘩しているのを聴きながら、そっとポケットからうつ伏せの状態でスマホを取り出す。
A.I.Sのマークがついたアプリを開いて、チャットの孝之とのトーク画面を開く。
萌恵のA.I.Sが導いた運命の相手は、優しくて落ち着いていて、顔が整っていて、大人の男性だった。
笑った顔も素敵だったな、と思い出しながらそっと画面に指を滑らせる。
(萌恵)ー 無事帰宅しました!
今日はありがとうございました ー
ポンっと音を立てて送信すると、既読マークがすぐにつく。
わ、と頬を染めて萌恵が起き上がって画面を見つめる。
(孝之)ー よかった。こちらこそありがとう
お父さんによろしく ー
区役所を出る前に一度父にも会って説明をする、と言って別れたのでその事だろうと思いながら、萌恵は孝之と連絡が取れたことで、本当に今日のことは夢じゃないのかと実感していた。
続けてポンッともう一つチャットが届く。
(孝之)ー おやすみなさい ー
早速くれたおやすみチャットに、萌恵はズキューンと胸を打たれていた。
お読みいただきありがとうございます。
胸キュンの音が沢山聞けるのは楽しいですね
次回、社長、萌恵パパとご対面。




