5 「チャットから仲良くなりましょう」
萌恵は課長と呼ばれた職員の男性がすごすごと部屋から出ていく姿を、あのてっぺんハゲ嫌いと不快感を抱きつつ見送る。
萌恵はまだ高校生だ。彼氏もいたことがないのにA.I.Sが導いた100%の運命の人だと言われても、会って数分数回会話を交わしただけの相手と結婚なんて考えられるはずがない。
萌恵は普通の恋愛を経て、デートしたり思い出を沢山作って、この人だと決めた人と結婚したかった。
孝之の母親と名乗った貴子は、丁寧な化粧を施し身なりが美しく、とても上品でまさに美魔女マダムというような佇まいだった。萌恵は斜め前のソファに腰掛けた優雅な仕草を見つつ、自分も再びピンと背筋を伸ばす。
先程“浅見グループ”やら“御曹司”と聞こえた言葉と、ちらっと見た名刺の役職名にあった『代表取締役』という文字が頭にチラつき、目の前の孝之はもしかして萌恵が思っているより立場のすごい人なのではと頭の中でパニックになっていた。
「状況説明と今後どうして行くかの2つを話し合いたいと思っております」
「萌恵の母、香奈恵です。…正直、私たちはほとんど何も聞かされていないんです。A.I.Sの結果で職員の方が盛り上がっているのは分かっています。…先程の週刊誌の記事はもう世に出てしまっているのでしょうか」
「今の所、まだこちらで発刊だけ止めている状態ではあります。ただ、区役所での騒動で情報のネタを掴まれてしまった以上もみ消すようなことはできないかと。ただ萌恵さんは一般人ですので名前や写真などは伏せられています」
そうですか、とホッとしたような複雑そうな顔をする香奈恵。娘のA.I.Sの識別結果が、週刊誌にすっぱ抜かれるほどのスキャンダルになってしまうとは到底予想していなかった状況に頭を抱えたい気持ちだった。
置かれた状況が現実離れしていて萌恵はどこか他人事のような気持ちになっていて、ハキハキと受け答えする貴子の様子に、クールな高齢の大人の女性って落ち着いていて素敵だな、と思考を停止させていた。
チラッと黙っている孝之を見ると、丁度こちらを見ていたのかバチッと目が合い、何故か照れくさくてサッと机のコーヒーカップに目線を落とす。
A.I.Sの高確率の相手との出会いで初日から母親同士の対面になるなんて、全く予想外だった。
「お母様が心配なさるのも無理はありません。週刊誌の方はプライバシーの観点からこれ以上深堀しないように意見は出すつもりです。それと、浅見家として責任は孝之に取らせますので」
「そ、そんな孝之さんは何も悪くは…」
「いいえ。…はぁ。そもそも20年前孝之がA.I.Sに登録してから10年経っても相手が見つからなかった時点で、私はお見合いをいくつも持ちかけたんです。
それを仕事にかまけてフラフラとして。この歳まで独身でいるのは、うちの息子の怠慢なのです」
今回の騒動の責任は浅見家にある、そう言い切る貴子に香奈恵は狼狽える。
貴子はそんな香奈恵を安心させるように、わざとらしくため息をついてみせ、表情を緩めて隣の孝之をジロリと睨みつける。
孝之は母親からの正論にグサリと刺されながらも苦笑して口を開いた。
萌恵は確かにこんなにイケメンが何故結婚していないのか今更になって関心を抱く。
「…まぁ確かに相手が見つからず、投げやりに過ごしていたのは認めます。ただ今回区役所の職員がこうも積極的に結婚を勧めているのは、都民のA.I.Sの利用者の低下が絡んでいるそうです。
“相性率100%のカップルが結婚”と広告を出して利用者を増やしたいんでしょう。」
たまにニュースにもなっているA.I.Sの若者離れ。AIに決められたくないと自由恋愛を目指す若者も増えてきたと確かに見た覚えがあった萌恵。
「…私の友達にも、A.I.Sの登録を嫌がる子はいます」
「それであんなに結婚、結婚って急かしてきてたのね」
試すだけならいいじゃないかと親に説得されていると愚痴っていた友達の顔を思い出しながら、納得がいった香奈恵は萌恵に話しかけ顔を見合わせる。
全国的に見れば利用割合は8割を越えていたが、人との出会いが多い都会では少しずつ若者の登録年齢が遅くなっていた。
大学卒業あたりから、やはり一度試してみようとする人もいるのでそこまでA.I.S離れしている実感は無いが、国としては再び晩婚化することを恐れているのだろう。
しかしどれもこれも萌恵には関係のない話だった。
「萌恵さん」
「は、はい」
貴子に名を呼ばれ、緊張した面持で返事をし向き直る萌恵。
貴子の眼差しは、真剣だがどこか優しく感じた。
「あなたはA.I.Sの結果を受け止め、今後孝之とどうして行きたいか希望はありますか?」
「…私が決めていいことなんでしょうか」
「もちろんです。…ただ、萌恵さんの識別結果も孝之一人のみとお聞きしています。孝之はこれまで20年間、1人もマッチングしませんでした」
孝之は自らの母親の言葉に、目が覚めるような気持ちでいた。
大人に振り回されている高校生の彼女を同情するような気持ちでいたが、確かに萌恵もこの際A.I.Sが導き出す相手は自分1人だけかもしれない。
“欠陥人間”だのと言われのない中傷を受けてきた孝之は、彼女が自分と同じような未来を辿るかもしれない事実に胸が傷んでいた。
…もちろんまだ若いし、可愛らしい萌恵にはこれからもたくさんの出会いはある。
A.I.Sのサービスを捨てて結婚相手を見つける覚悟はあるかと貴子は萌恵に示唆しているように孝之は感じていた。
「そう、だったんですね。…結婚は正直今すぐは考えられないです。…ただ、うーん」
だから孝之が独身でいたのかと、驚きつつも腑に落ちた萌恵は質問されたことに対して思案を巡らせていた。
香奈恵は自分の娘がどう応えるのか、ちゃんと考えているか不安だった。
考え込む萌恵に孝之はそっと自分の意見を付け加える。
「先程も申し上げましたが、私は萌恵さんの意志を尊重します。今すぐに答えを出さなくても…」
本人を目の前にして、断りの言葉を紡ぐのは言いづらいだろうと貴子も孝之の言葉に小さく頷く。
「そ、そうですよね。萌恵ちゃん、一度帰ってしっかり話を…」
「私は孝之さんが嫌じゃなければ、チャットからゆっくり仲良くなりたいです!」
萌恵の頭の中には、A.I.Sで見つかった男性と少しずつチャットを通じて仲を深め、デートに繋げていく予定だった。
予定とは違ってもう既に顔を合わせてしまったが、年の差がある分の、容姿や高圧的な人じゃないとかの不安要素は、今日の孝之の雰囲気でわかっていた。
あっけらかんと今後、孝之と連絡を取り合いたいという前向きな萌恵の言葉に、大人たち3人は絶句していた。
「も、萌恵ちゃん…!!」
「だって、100%ってことは誰よりも相性はいいんでしょう?」
特に母親の香奈恵は驚きを隠せない。
孝之は呆然とにっこり笑う萌恵を見つめていた。
自分はA.I.Sからも誰からも選ばれる人間ではなかった。だから今回も20歳も年の離れた萌恵にも当然断られると、始めから何処かで決めつけていたのだ。
彼女が断りやすいように言葉を選んでいたが、まさか好意的に取られていると思ってもみなかった。
…何か新しい感情が胸の中で湧き上がるのを孝之は考えない振りをする。
貴子も目を見開いて驚いたものの、チラッと孝之の表情をみて、口角を上げる。
「…ふふ、若い方って頭が柔軟でいらっしゃるのね」
「す、すみません。娘が…!」
「いいえ、お母様。子どもとは親の思い通りにならないものなんですのよ」
「…もう、本当に…。」
戸惑う親同士のやり取りを見て、萌恵は自分が何か変なことを言ってしまったのかとキョトンとした顔で見回す。片手で顔を覆うような仕草をしている孝之をチラッと見て首を傾げる。
「…孝之」
「…!あ、はい。私はその、もちろん。萌恵さんがそう仰るなら是非」
貴子に名前を呼ばれて、ハッと取り繕ったように孝之はどうにか萌恵の提案を受け入れたのだった。
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これからどんどん2人の仲が深まる予定です。
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