4 「…本物の、婚姻届」
名刺を見て固まってしまった萌恵の母親をみて、にっこりと笑みを顔に張りつけて落ち着くのを待つ孝之。
内心、酷く動揺していたが必死に表情に感情を出さないようにしていた。
てっきり案内された部屋に保護者と共に待機してるかと思えば誰もおらず、萌恵一人通され、いきなり部屋に2人っきりにされた。
孝之はネイビーのブレザーに薄いブラウンのチェックのスカートといった制服姿で現れた萌恵に、何とか取り繕ったが実はかなり動揺していた。
パッチリとした目に化粧っ気のない可愛らしい顔つきで、前髪は眉上にぱつっと切り揃え、鎖骨下あたりまで伸びた艶々した黒髪ストレートだった。萌恵に可愛らしくもあどけない印象を持った孝之。
想像はしていたがどこから見ても成人年齢に達したばかりの高校3年生の18歳だ。
孝之は萌恵の制服姿に年の差を感じざるを得なかった。
22階の応接室は、来賓向けの部屋なのだろう。
丁度品は高級感にあふれ、窓から眺望できる夕日は確かに綺麗だった。テーブルには女性が好きそうな甘い菓子と生花のいけられた花瓶。
まるで作られた雰囲気のある部屋で、ロマンチックに萌恵を口説き落とせと言わんばかりのセッティングに孝之は苛立ちすら感じていた。
区役所の人間は何を考えているのだと。
ここで行動を間違えてしまうとロリコンのレッテルどころかセクハラで訴えられてしまう。孝之は社会的に抹殺されそうな殺意すら感じて、そこはかとなく胃がキリキリとしていた。
とにかく彼女を怖がらせないように意識して言葉を選び続けた。
しかし萌恵のガチガチに緊張している姿や飲み物もろくに喉を通らない様子に、無理もないなと自虐気味に思う。
職員に母親から上手く離されたのだろう。大人の思惑で子どもが振り回されている理不尽さに孝之は酷く同情していた。
この娘はハズレくじを引かされた被害者だ。
A.I.Sなんて人工頭脳に振り回されるのは自分だけでいい。
何とかして、自分の社会的立場と萌恵の尊厳を守りたいと、怖がらせないように心がけて接していた。
すぐに慌てて追って入ってきた母親の登場に孝之は酷く安堵していた。
その焦ったような姿が娘を守ろうとする気概が感じられ、白川萌恵は愛されて育ったのだろうと想像できた。
先程のコーヒーの給仕のくだりは慣れない場に緊張しながらも孝之への気配りを感じた。
どう考えても38歳の自分とこんな若々しい彼女とでは、いくら高確率の相性率でマッチングされたところで断りたい気持ちが本人にとっても、保護者からしても強いはずだ。
現に母親も孝之の財閥の人間だという社会的立場に目を白黒させている。
「お母さん…、どうしたの?」
「あっ、い、いえ。ご丁寧にどうもありがとうございます。萌恵の母、香奈恵です」
ソファに浅く腰掛けたまま、名刺を持って固まってしまった香奈恵は、取り繕うようにローデスクに名刺をそっと置いて自己紹介をして孝之に向き直る。
萌恵がちらっと名刺に目をやるのを、孝之はそっと見守った。
浅見ホールディングスは浅見財閥のグループ会社で、詳しく知らなかったとしても“浅見”の名くらい知っているはずだ。
萌恵は、相当雰囲気のある孝之の姿に只者では無いと感じており、驚きより納得の色の方が強く表情に出てきた。…社長という肩書きだけ理解しただけで、会社の規模には気づいていなそうではある。
「香奈恵さん。先程萌恵さんにも伝えさせて頂きましたが、私は今回のA.I.Sの識別結果を彼女に無理強いするつもりはありません」
「…そう、ですか」
ホッとした表情で顔を緩ませた香奈恵に、とりあえず自分の意思だけは伝えられたことに孝之も肩の荷が降りた気持ちになった。
しかしそこに不躾なノックが響く。バーンと大きく開けられた扉から職員が腰を低くしながら入室してくる。
「失礼します!
話に花が咲いている所に誠に恐縮ですが、恋愛識別システム管理課課長の館林と申します。
A.I.Sに選ばれし相性率100%のお二方の出会いに祝福を。おめでとうございます!」
部屋に入るや否や空気も読まず、3人が立ち上がるのを目にすると課長が調子よくペラペラと話を始める。まるでお見合いの場に乱入した仲人のようだった。
妊娠だの出産だのと孝之のオフィスで漏らした萌恵に対する侮辱的なことを言われてはたまらないので、サッと一歩出る孝之。
「課長、先程もお話致しましたが、私たちは釣り合いの取れる年齢差ではありません。従って…」
「まぁまぁ!そう結論を急がずに!95%以上の方が現れた際にも適齢期の皆様にはご案内しております、婚姻届けです。白川様ぜひお持ち帰りを」
確かに95%の相性率ですぐにでも結婚を求めている年齢ならば記念にとでも受け取るであろう婚姻届を道行くポケットティッシュ配りのように気安く、無理やり手渡された萌恵。
たった1枚の紙なのに、萌恵にはとてつもなく重みを感じていた。
「…本物の、婚姻届」
「ちょっと、一体何なんですか!先程の職員の方も結婚、結婚って何故そんなに急かされなければいけないんですか!」
「お、お母さん…」
さすがの酷い対応だとたまらず憤慨する香奈恵とその姿に心配そうに母親を見る萌恵。課長は怯む様子もなく、おでこの汗をハンカチでしきりに拭う。
「お母様、ただのプレゼントに過ぎませんよ。
しかし、こんな相性率今までにない最高値ですので、お二人の今後は約束されたも同然でしょう…それに」
「課長、いい加減にして頂きたい」
また綺麗事を並べ立てる課長に孝之が強く反論しようとしたとき、課長が入ってきた際に開けっ放しになっていたドアから1人の女性がゆっくり入ってくる。
孝之がよく知る人物だった。
「失礼します、私も同席させて頂いてかまいませんか?」
グレーのスカートスーツに身を包み、しゃんと背筋を伸ばし、グレイヘアを上品にまとめあげた、洗練された雰囲気をもつ高雅な女性は孝之の母親だった。
婚姻届を手渡され、頭が真っ白になっている萌恵は次々とお偉い雰囲気の大人たちが現れて不安げにしている。
香奈恵は入ってきた女性を、先日行った美容院の婦人画報の雑誌でコラム記事を読んだばかりで見覚えがあり、再びヒュッと息を飲む羽目になっていた。
「初めまして、白川萌恵さん、お母様。私は孝之の母、浅見貴子と申します」
「は、はい」
挨拶はハキハキと恭しく様になるお辞儀をした貴子に、萌恵は孝之の母親と聞いて、ハッとして貴子に習って頭を下げる。
「浅見会長の奥様!これはこれは直々に!」
「管理課課長さん。お聞きしたいのですが」
「はい!なんなりと」
5年ほど前まで、孝之のA.I.Sの識別結果に問い合わせをしていたのは親の意向だったため、課長ははぞ結婚に前向きだろうと、貴子にごまをするように擦り寄る。
ジロリと課長を睨めつける様は静かな怒りさえ感じられた。手にしたハンドバックから4つ折りにした用紙を開いて課長に見せつける。
「先程、出版社の方から速報の情報が届きましたの。
『浅見グループ御曹司、A.I.S相性率100%の相手は高校生』見出しは“運命の人は20歳差”。
…随分公衆の前で大騒ぎしていただいたようですわね」
「それは、…大変遺憾といいますか」
貴子が手にしたのは週刊誌の原本のコピーだった。
先程まで笑顔を貼り付けてテンションも上げていた課長が顔色悪く言い淀む。
騒ぎを起こしてしまい、箝口令を強いた所で無駄なほど周りにいた来庁者にも軽く話が伝わってしまっていた。
しかも一般人の萌恵はまだしも相手の孝之が浅見財閥の子息であり名前を知るものは多かった。職員などどこからか情報が盛れたのかもしれない。
「区役所は区民のプライバシーを守る努力はなさらないのですか?」
「い、いえそんな、しかし、こんな確率は…」
「そもそもA.I.Sは国民のための、恋愛の手助けのサービスの一貫ですわね?結婚の意思は本人に委ねられているはずです」
ピシャリと課長を黙らせた貴子は、一度本人たちの意志の確認をするから邪魔者は出て行けと部屋から追い出した。
「折角の機会ですし、今後のことを話し合いましょうか」
「…わざわざいらっしゃなくても」
「さぁ、お二方もお座りになって」
孝之の言葉を無視して、孝之の隣のソファに腰を降ろし、立ったままの萌恵と香奈恵にも座るように笑顔で促す貴子。
親子で面談が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
未来の姑合戦!と思いきや…?
次回もお楽しみに!




