3 「全然38歳にみえない!!」
萌恵の母、香奈恵はスマホを片手に握りしめ、何度も萌恵の父親に連絡を取ろうと必死になっていた。
「どうしましょ、お父さんったら全然電話に出ないの。既読も付かないし」
「ねぇ、お母さん。確率100%ってどういうこと?
この人で決まりってことなの?すごく結婚を勧められたよね」
「さっき説明してた職員の方、“前代未聞で前例がない”としか言わないんだもの。
…ねえ萌恵ちゃん、絶対にA.I.Sで会った人から決めなくてもいいのよ」
説明に来た年配の職員は他にも
“奇跡としかいいようがない数値、たった1人しか導き出せないほどA.I.Sが結婚を勧めているお二人”なんてしきりに結婚を仄めかしていた。
先程までいい人が見つかるといいね、と笑っていた母親がまるで、あの結果に出た浅見孝之という男はやめておけというかのように必死で説得する様子に狼狽える萌恵。
幼、小、中学校は人並みに身近な同級生の男の子に恋して、将来A.I.Sに導かれる相手があの子だったらなんて妄想したりして楽しんだ萌恵。高校は女子高に進んだため恋愛なんてする間もなく友達との青春を楽しんでいる真っ最中だ。
これからの進路は専門学校か短大に進むつもりでいたし、一体どうやって結婚相手を見つければいいのか見当も付かなかった。
「そんなこと言ったって、殆どの人はA.I.Sで相手を見つけるのに、私はどうやって見つけたらいいの?」
「…だって、38歳ってあなたの生きてきた時間よりも年の離れてる男性なのよ?」
萌恵の識別結果に名前が表示されたのは
ー浅見孝之 38歳 相性率100%ー
平均4.5人表示されるリストにただ1人だけだった。
「お母さんの携帯だから出ないのかも。ちょっと電話借りて連絡取ってくるから、待っててね」
「ちょっと、お母さん!」
香奈恵は焦っていた。A.I.Sは婚姻した人間は検索から外すのが当たり前なので、相手は独身の男だ。個人登録の際に再婚希望者の枠にチェックは入れなかったため相手が一度も結婚していないこともわかる。
こんな年齢差がたまにあるとテレビ番組で見たことはあったが、あれは本人たちの意思で出会い距離をつめていった結果である。
なかなか帰らして貰えないのは100%なんて目を疑う高確率が出たことで萌恵を断らせないように話を進められているように感じていた。
母親として、まだ子どもに毛が生えたような可愛い娘を中年の独身男に、はいどうぞと差し上げる訳には行かなかった。
普段はおっとりのほほんとしている母親が焦っているのを見て萌恵はこの状況はヤバいんじゃないかと感じていた。
そこへノックの音が響き、ビクリと体を震わせて何とか返事をする。
「お待たせしました。準備が整いましたので応接室にご案内します」
「あ、あの母が今外しているので、待っていてもいいですか?」
「お母様もすぐご案内しますので」
男の職員に有無を言わさず、さぁ、と促されおずおずと立ち上がって後について行く。エレベーターに乗せられて22階のボタンが押される。
運命の人を探しに個人登録に来ただけなのに、なんでこんな目にあっているんだと萌恵は泣きたい気持ちになっていた。
「この部屋です。ごゆっくり」
「はぁ…どうも」
応接室と書かれたドアは先程いた会議室とは違う素材で、重厚で高級そうに見えた。入れと促されて、コンコンとノックしてみる。
『はい』
落ち着いた少し低い声で返事が聞こえる。
まるで面接官のいる部屋に入るかのような気分になり、シャキンと背筋を伸ばしてドアノブに手をかけた。
「失礼、します」
22階というだけあり景色がよく、はめ殺しの窓から夕日が差し込み、眩しさに目を細める萌恵。中にいたのはスーツ姿のスラッと背の高い男性で、萌恵も165cmはあるが目線は確実に上だった。
端正な顔立ちで、髪は黒髪でワックスで撫で付けられ清潔感のある男性が萌恵に柔らかく笑いかける。
「初めまして、白川萌恵さんかな?」
「は、はい。そうです。もしかして…」
「はい、浅見孝之です」
「は、初めまして!」
まさかこんなに早くA.I.Sが選んだ相手に会うとは思わず、声が上擦ってガチガチに緊張する萌恵。
気にした様子もなく部屋のローデスクを挟んで2脚ずつ置かれた高そうな黒い皮のソファに座るように促される。
萌恵は制服のスカートを撫で付けながら浅く腰を降ろす。
ローデスクの上には綺麗に活けられた色とりどりの花の小さな花瓶とマカロンやチョコレートなどのお菓子が並べてある。空のコーヒーカップとポットなども置いてあり、入れた方がいいのかなとソワソワする萌恵。
萌恵は孝之を前に、一番思っていた感情は
全然38歳にみえない!!という衝撃だった。
父親が確か50歳位だったはず。同じくらいの年齢の人が身近にいないが、父親よりずっとずっと若く見えた。
芸能人のイケメンタレントや俳優が実年齢より若く見えるし、身なりに気をつけている人なんだなと考えていた。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。今日は何時からここへ?」
「えっ、えっと学校帰りにそのまま来たので、15時過ぎくらいからです」
「ご両親と一緒に?」
「はい、母と来ました。今ちょうど外していて、すぐ来ると思います」
低い声だけれど、怖がらせないように少しだけ声色を優しくしてくれているように感じた。孝之がコーヒーポットに長い腕を伸ばすと、ふわっと上品な香水のような匂いが香った。
大人の、男性の香りって感じだ…。
それは先程までガチガチだった萌恵の緊張を解いていく、何故かほっとする匂いだった。
「あ、コーヒー、私が入れます!」
「いいんだ、こういうのは早い者勝ちなんだから。ミルクと、砂糖はいくついれようか」
「…2つください」
甘いカフェオレしか飲めない萌恵を想定していたかのように、世話してくれる孝之。どうぞと勧められて少しだけ口をつける。
子ども扱いされているな、と思いながらもその通り孝之からすれば萌恵は子ども同然だろう。こんなにイケメンなおじさまがどうして結婚していないのかとても気になる萌恵。
なんなら、せめて制服から私服に着替えてくればよかったなと後悔していた。
「大人の事情でこんな所まで引っ張り出して申し訳ない」
「え、いえ、そんな」
「俺は萌恵さんの意思を尊重したいと思っている」
急に頭を下げて謝罪され、あわあわとコーヒーカップを机に戻す萌恵。続けられた言葉に孝之を見上げると、じっと萌恵の瞳を見つめて表情は真剣そのものだった。
柔らかい笑みが消えた孝之の顔は、大人の男の人の顔をしており、ドキリと萌恵の胸が跳ねる。この胸の疼きの理由は今の萌恵には何かわからなかった。
コンコンッとドアをノックはされたが、返事を待たずにガチャリとドアが開いた。
「失礼します!萌恵はいますか!」
「…お母さん」
「はいこちらに。初めまして、萌恵さんのお母様ですね。浅見孝之です」
孝之はゆっくり立ち上がって、勢いで部屋に入り込んできた香奈恵に気分を害することもなく、萌恵の横に座るように促し、懐から出した名刺を差し出した。
ー浅見ホールディングス株式会社
代表取締役
浅見 孝之 ー
香奈恵は名刺を覗き込んでヒュッと息を飲んだ。
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