3 「大丈夫だよ。楽しんでおいで」
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萌恵はA.I.Sの新しいマッチング相手のことは正直あまり気にしていなかった。
心の底から、もう自分には関係のないものだとすら思っていた。
しかし三が日が終わって郵便が届くと正式なA.I.Sの識別結果がポストに届き、何度も母に勧められた。
「ほら、萌恵ちゃん名前とか相性率を見るくらいはいいんじゃない?ね?」
「んー。うん、わかった」
萌恵のマッチング相手は孝之一人だったため、結果が追加されるとこうやって通知されるようだった。
公的サービスっぽいなぁ、なんて他人事のように思う萌恵に、香奈恵の方が相手がどんな人なのかソワソワしていた。
ー 三浦 誠18歳 相性率75%ー
孝之の名前の上に、そう書かれていた。
「75%で18歳…ってことは同い年の男の子…!」
「みたい。…みうらまこと…あれ?お母さん。中学の時に居なかったっけ」
「え!?ちょ、卒業アルバム持ってきましょ」
パタパタと母が騒ぐのを見つつ、まさかただの同姓同名だよね、と苦笑する萌恵。
中学3年間は父の転勤で、長野県の公立中学校に通っていた萌恵。男女差がたまたま極端な地域でクラスに25人ほどいたのに、5人しか男子生徒が居なかった。
ほぼ女子高気分で青春を過ごし、とても楽しかったため高校は女子高校を選んでいた萌恵。
クラスと委員会が同じだったのが確か、三浦 誠だった。
「萌恵ちゃん、あったあった」
「でも何年の時に同じクラスだったかなぁ?」
「…ほら、これじゃない?」
「あ、そう、この子だ!…3年生だったっけ」
黒い普通の学ランに短髪の少年数人と、セーラー服に2つ縛りの女の子たちが並んでいる、クラス写真を覗き込む香奈恵と萌恵。
この学校のセーラー服可愛かったなーと懐かしむ萌恵。
「同姓同名かもよ?だって長野の子だもん」
「まぁそうだけど、…もし同級生だったらなんかワクワクしちゃうわね」
「…?そうかなぁ」
萌恵は、孝之に出会う前の“恋に夢見る女の子”ではなくなっていた。
ロマンチック!と盛り上がる母についていけず、萌恵はこのままA.I.Sの結果はスルーするつもりだった。
…香奈恵はそんな萌恵の様子に宣言通りやり取りは取らなさそうだなと苦笑しながら、この後は萌恵に任せようと思っていた。
しかし、しばらくするとピロンとA.I.Sのアプリが通知を鳴らす。マッチング相手からチャットの申請が来ていて、やり取りをするかしないか、承諾と保留のボタンが表示されていた。
そういえば萌恵と孝之はその場で一緒にアプリを取って、承諾ボタンを押したなと懐かしくすら思う萌恵。
孝之との出会いはやはり普通とは違って、今までA.I.Sの話題が友達と出た時に、無理に会話に混ざらなくてよかったと萌恵はホッとしていた。
萌恵は迷わず、保留のボタンを押した。
しかし、二度三度と三浦からチャットのお誘いが来た。
孝之とのチャットをしている最中にも、バッジが付くせいで新着通知なのか分からなくなるのが嫌で、毎回保留ボタンを押して消していた。
…また申請が来てる。
萌恵は何度目かの保留ボタンを押そうとしたら、間違えて承諾ボタンを押してしまった。
「あっ…!え、これ、やっぱなしとかどうやるんだろう」
萌恵がアワアワと焦っていると、ポンッとチャットの通知が来てしまった。
(誠)ー 初めまして、承認ありがとう
もしかして、白川萌恵って長野の南中にいた? ー
「え!…やだ、本当に三浦くんだ!」
萌恵はチャットでやり取りをするつもりも、返すつもりもなかったのに知り合いだとわかって、つい返信していた。
(萌恵)ー うん、南中の3-1だった、白川だよ。
三浦くんだよね? ー
(誠)ー マジか!やっぱそうかなって思った。
高校は東京行くっていってたけど
俺も今東京の高校通ってる。受験終わった? ー
ポンッポンッと返されるチャットは、これから男女の出会いを交わしますというよりも、懐かしの相手との近況報告になっていた。
三浦は、親の転勤で高校2年生の時に東京に転校してきたらしい。大学は共通テストを受けると聞いて、受験の追い込み時期に呑気に萌恵とチャットをしていていいのかと驚いた。
(萌恵)ー そもそも、どうして受験勉強真っ只中の
年末前にA.I.Sに登録したの? ー
(誠)ー そりゃ、誕生日がクリスマスだから
すぐに登録したかったんだよね ー
“クリスマス”と書いて胸のキズがずきりと痛む萌恵。
三浦のあっけらかんとした答えに毒気を抜かれながらも、先に言っておかなければと、チャットに打ち込む。
(萌恵)ー 三浦くん。マッチングして
チャットもくれてありがとう。
でも私、もう決めた人がいるの ー
(誠)ー そっか。わかった。
でも良かったら折角だし
1回だけでいいから会って話せないかな ー
萌恵はすんなりと三浦が受け入れてくれたのに、ほっとしながらも何故か会いたがる理由が少し気になっていた。
(誠)ー どうしても直接会って
話したいことがあるんだ ー
***
夜寝る前にチャットをみると萌恵から、話せませんかと通話の誘いが来ていた。
孝之はいつ萌恵からA.I.Sのマッチング相手のことを聞かされるかハラハラしていた。
今すぐにでも会いに行きたかった。
でもきっと連絡は取って欲しくない、会わないで欲しい、みっともなくそんな要求をしてしまう自分が容易く想像できた。
…今まで過去に自分は手当り次第、群がる女性達と関係を持ってきたのに、萌恵には一度もなにもさせないなんて許されるのだろうか。
孝之は萌恵の未来の選択肢を狭めることだけはしたくなかった。こんな時ですら、孝之は見栄を張っていた。
そっと通話ボタンを押す孝之。
「もしもし、萌恵?」
『はい!孝之さん、お仕事お疲れ様です』
「萌恵も学校始まったかな?…体調はどう?」
『今日から行ってきました。受験を控えてる子はピリピリしてます。体調はもうずっと元気です!』
電話越しに聞こえる萌恵の声はいつもよりどこか明るくて、久しぶりに学校に行けて楽しかったのかなと思う。
…それとも、A.I.Sのマッチング結果に無邪気にはしゃいでいるのだろうか。
孝之は、また胸の焦燥感が湧いてくる。
『あの、孝之さん。
今日区役所からA.I.Sのマッチング結果が届いたんです』
「…そう、なんだ」
孝之はヒュッと息を飲む。
とても言いづらそうに話す萌恵に、孝之の心臓はバクバクと高鳴る。
『相手の男の子なんですけど、とても見覚えのある名前で同姓同名かと思ったら、中学の時のクラスの男の子だったんです。…それで』
萌恵がゆっくりと説明してくれる、相手の情報に孝之は頭が真っ白になっていた。
萌恵と同級生のすでに面識のある男性。
財力も立場も経験だって豊富な孝之にとって、ただの18歳の男子高校生など、傍から見たら敵にもならない。
…なのに、萌恵の隣に立つべきなのは彼の方なんじゃないかと思ってしまっていた。
きっと自分は選ばれない。
そんな諦めに似た感情すらあった。
『…孝之さん?聞こえてますか?』
「ごめん、うん。聞こえてるよ」
本当は半分も頭に入ってこなかったが、取り繕って震える声で何とか返事をする。
『…それで、一度明日の学校帰りに会ってみることになったんですけど。その…孝之さんは嫌じゃないですか?』
「…大丈夫だよ。楽しんでおいで」
『そう、ですか。…分かりました。少しだけ話してすぐ帰りますね』
まったく大丈夫じゃなかった。
なのに、どうしても萌恵に言えなかった。
取り繕って、自分の感情に蓋をして、彼女から一歩下がる。
孝之はドロリと胸の奥に溜まる黒い感情に押しつぶされそうになっていた。
…あんなにクリスマスディナーで後悔したばかりだったのに、孝之はまた大事な場面で選択を間違えていた。
お読みいただきありがとうございます。
孝之…!
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