2「…俺なんかを一番に選んでくれるんだろう」
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萌恵が大きな声で驚く様子に、香奈恵が何事かと慌てて駆け寄る。通話をスピーカーにするように促すと、萌恵がそっとスマホを机に置く。
『本来ならば、報告書を後日書面にて郵送させて頂くのですが、白川様の識別結果が人とは異なる点が多いため、異例ではありますが先に、口頭での連絡となりました』
「そう、なんですね。…でも、私には既に相手がいるので結構です」
A.I.Sの新しい識別者はいらない。
スルッと口からでた否定言葉に、自分自身の心にすとんと腑に落ちていく。
香奈恵がなんとも言えない表情で、そんな娘の様子を見守った。
『勿論です。A.I.Sは相手を導き出すまでのサービスですので、その後の判断はご本人様に任せております。
ただ、白川様がたった一人の中から選ばざるを得ない状況になってしまっていたので…。
もし関心がございましたら、是非A.I.Sのアプリのチャットなどご利用ください』
「…はい。わざわざ、ありがとうございました」
要件はそれのみだったようで、失礼しますと言われて通話を終了ボタンを押す萌恵。
孝之は、20年間A.I.Sでの識別者は萌恵だけだと言っていた。まさか自分に半年たらずで新しいマッチング相手が見つかるとは思っていなかった。
「びっくりしたね。…お母さん?」
「…ねぇ、萌恵ちゃん。
あんまり口出ししないようにしてたけど、どんな人か詳しく分からないけど、連絡取ってみたら?」
「え、どうして?」
自分には孝之がいる。
もう必要ないと本気で思っている萌恵に、香奈恵はじっと目を見て口を開く。
「相手の人がチャットしてて嫌な人なら、すっぱり諦めればいいと思う。
…でもやっぱりお母さんは、萌恵には色んな経験してもらいたいの」
経験不足を身に染みて感じていた萌恵は、母親の言葉にうっと詰まる。
「孝之さんにも相談してみましょ?」
「え、いうの!?」
「話づらいなら、お母さんが話すから。
だって萌恵ちゃん告白したのに、孝之さんに振られたんでしょ?」
「ふ、振られてない!…と思いたい…!」
グサッと刺さる母親の言葉に、瞳を潤ませる萌恵。
確かに好きだと言って、お礼を言われるのはどっちなんだろう。
孝之から好意を向けられているということだけはわかるが、それが恋愛感情なのかまでは、今までのやり取りから萌恵には分からなかった。
このままズルズルと孝之と関わりを持っていけば、何となく結婚して何となく一緒にいてくれるのだろうか。
…萌恵はそれじゃ嫌だと思った。
思い詰める表情をする萌恵をみて、香奈恵が小さくため息つく。
「何も孝之さんとの関係が終わるわけじゃないの。
ただどんな人か話してみます、交流するだけって伝えれば分かってくれるわよ。最初はみんなそうなんだから」
「それは、そうだけど…。考えとく…」
水の入ったコップを手に自室に移動する娘を見ながら、香奈恵は孝之の母、貴子に連絡を取った。
***
あっという間に年が明けた。
萌恵へのチャットに今年もよろしく、と送る孝之。
ポンッと、スタンプと新年の挨拶の返事が送られてきた。
孝之と萌恵は、あの後からしばらくチャットをしていても、どこかギクシャクしていた。
たまに通話しても、お互い黙ってしまうなんとも言えない間があり、何故か会話も弾まなかった。
それでも2人は欠かさず、おはようとおやすみのやり取りだけは続けていた。
自宅の六本木の高層マンションでくつろいでいると、孝之のスマホが鳴る。
萌恵からの電話かと覗き込むと、母親からだった。
「もしもし、母さん?明けましておめでとう」
『えぇ、明けましておめでとう。
…孝之。今年も顔を出さないつもり?』
「兄さん夫婦に、子どもたちのおもちゃにされるのはごめんですよ」
忙しかったからゆっくりしたいと言い渋る孝之に、貴子ははぁとため息をつく。
『まぁ、それは本題ではないので構わないけれど。
…萌恵さんに、A.I.Sが新しい相手をマッチングさせたそうよ』
「…は?…それはいつですか!?」
ガバリと体を起こして、大きな声を出した孝之に、貴子は電話の向こうで含み笑いをしつつ、声色を変えないように続けた。
『年末の休庁日の前日。先に結果だけ連絡があって萌恵さんにも知らせが来たと。
…そろそろ通知書が届く頃じゃないかしら』
「…相手はいくつの男性なんですか?相性率は?」
孝之は自分のバクバクと心臓が鳴る音を聞きながら、頭で考える前に、つい相手の詳細を聞き出そうとしていた。
一体どこの誰なのかと口にしそうになりながら、頭の奥で自分にそれを聞く権利があるのかと自問自答する。
『自分の口で、萌恵さんから聞きなさい。
…孝之。あちらのお母さんのご意向で、なるべく交流を取るようにと、萌恵さんに勧めているそうなの』
「…そうですか」
『萌恵さんは、A.I.Sが識別者を出したと聞いて、真っ先にお断りしたと聞いたのだけど。
…あなたはそれを聞いてどう思う?』
孝之は胸の奥がジリジリの焼け付くような感情を抱えながら、母親のまるで自分を試すような問いかけに、ぐっと言葉つまらせた。
ーうかうかしてたら、他の男に取られちゃうかもー
秘書の佐伯が予言した通りの状況が近付いているという現実に、孝之は柄にもなく焦り、余裕の欠片もなく動揺して、言葉が出てこない。
「……」
『言いたいことは沢山あるけれど…私は女性からの告白に真摯に応えられないような、腑抜けな男に育てた覚えはありませんからね』
ブツンと一方的に貴子に通話を切られてしまった孝之。
呆然とスマホの画面を見つめる。
新年早々、うっすら懸念していたA.I.Sが萌恵の自分以外のマッチング相手を導き出したと聞かせた。
20歳差という途方もない年の差の孝之と萌恵が、定期的に連絡を取り合って逢瀬を交わしているのは、相性率100%という途方もない数字とマッチング相手が、お互いただ一人だったという二点が理由だった。
萌恵は本来なら、孝之以外の男性ともA.I.Sで出会い、チャットやデートを重ねて経験し、仲を深めていけるはずだった。
その選択肢が彼女に与えられた。
成人の年齢に達した萌恵に保護者の許可はいらないが、学生という立場上、両親の監視がどうしても入る。
萌恵の母親が、他の人とのやり取りを通して経験するべきだと言いたくなるのは孝之にも痛いほどよく分かった。
まだ若い萌恵の選択肢を増やせるように。
先程の貴子の電話で伝わっていた通り、ディナーで萌恵の告白に孝之が向き合わなかったことが、親に伝わるほど萌恵が傷ついたんだと孝之にはすぐに分かった。
…それでも萌恵が、すぐにA.I.Sのマッチング相手を断ってくれた。
孝之以外の選択肢は要らないと言ってくれたことが、酷く嬉しかった。
「…どうして彼女はいつも…」
…俺なんかを、一番に選んでくれるんだろう。
前回のデートで不甲斐ない自分を晒した自覚のある孝之は、いつだって真っ直ぐに自分だけを見てくれる萌恵に同じだけ返したいと今更強く願っていた。
…それでも彼女がその男と連絡を取り、会いたいというなら、彼女が他の男と仲を深めていくことを自分に止める権利は無いと感じていた。
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