6 「私…!孝之さんが好きです…!」
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デザートの少し前、萌恵は席を立ってお手洗いに行っていた。
練習したとはいえ、高層階の素晴らしい景色を背景に、高級フレンチのクリスマスディナーという日常離れした状況に、のぼせ上がりそうになっていた。
ふぅ、大きく深呼吸をして気持ちを整える。
このホテルは記念日やプロポーズなどにもよく使われる格式高いレストランで、経験の少ない萌恵にとって、最難関ディナーと言っても過言ではなかった。
マナー講座の先生から教わった、レディの心得『人前で感情的にならない』『背筋を伸ばし、上品でメリハリのある所作』を反芻しながら、軽く化粧直しをする萌恵。
…きっと孝之は、どんな行動をしたって優しく受け入れてくれる。
でも萌恵はそれだけじゃ嫌だった。孝之の横に立って恥ずかしくない女性になりたい。これは自分との闘いだった。
颯爽と歩いて個室に戻ると、孝之が素晴らしく綺麗な夜景を見ながら窓際に立っていた。
…初めて会った時は、文京区役所の高層階から見えた夕陽を背負っていた。
あれから半年以上も経つことに、萌恵は時の流れの速さに驚く。長く感じた時もあったが、あの日から萌恵はどのくらい成長できたんだろう。
あの日から芽生えた、孝之対する恋する気持ちは、とてつもなく大きく膨らんでいた。
うっとりと、端正な顔立ちの孝之の横顔に見蕩れる萌恵。
「萌恵、おかえり」
「…お食事中に、失礼しました」
「ははっ…デザートは少しあとにしようか。
少し待ってもらってるから、こっちにおいで」
窓際まで誘う孝之の手に、誘われるままそっと左手を乗せる。
ゆっくり孝之の顔を見つめると、柔らかく微笑まれ、ぽっと頬を染める萌恵。
視界に隅にキラキラ揺れ動くネオンが、孝之を煌めかせているようだった。
孝之は乗せられた萌恵の左手首に、贈ったブレスレットがちゃんとつけられているのが見えて、胸がぐっと熱くなる。
「…贈った服、着て来てくれてありがとう。
よく似合ってるよ」
「お礼を言うのは私の方ですよ。
たくさん貰ってばっかりで…。服とか靴までサイズ、ピッタリで驚きました」
「そりゃあ、ヴィラであれだけ一緒に過ごしたんだ。
何となく分かるよ」
二人はほぼ同じタイミングで、背中に日焼け止めを塗った時に触れた、お互いの肌の温度や手触りや感触を思い出す。
萌恵がもっと顔が赤くなるのを『レディの心得』を唱えて、必死で誤魔化そうとする。
孝之は表情を取り繕うのは経験上、朝飯前だったため、柔らかい笑みを貼り付けて、ポケットからアクセサリーケースを取り出した。
「今日の服…首元が寂しいって思わなかった?」
「え?…孝之さん、そんな、また…!」
「ブレスレットは外でつけにくいだろうから。
これならいつでも付けられるだろう?」
ケースから取り出された、1本のネックレス。
眩い光をきらめかせる石が付いているようだったが、ろくに見れないまま孝之にそっと首につけられてしまう。
至近距離に近付いた孝之の顔に、叫びそうになるのをぐっと押しとどめて、髪の毛をチェーンから引き抜かれていく時の手が肌に触れる感触にゾワッとする萌恵。
「…とっても似合ってるよ。沢山つけてね」
「あ、ありがとう、ございます…」
孝之は、頭から足まで自分が用意した物で包まれている萌恵に、とてつもない満足感と今すぐにでも全て取り去ってしまいたいという真逆の二つの気持ちを抱いていた。
…髪、随分伸びたな。
綺麗に巻かれた萌恵の艶やかな黒髪を指でクルクルともてあそび、そっと顔を近づけて毛先に唇を押し付ける。
無意識に体が動いてしまった孝之は、至近距離の萌恵の瞳が潤んで揺れるのに気づき、しまったと我に返る。
「…っ孝之、さん…」
「………」
萌恵が潤んだ瞳をゆっくり閉じる。
ぷっくりと色付いたピンク色の唇から目が離せない孝之。
そっと彼女の頬から耳にかけて手を添えると、ピクリと反応するが決して逃げない萌恵。
吸い寄せられるように、唇に顔を近づける。
…少し前の孝之なら、スマートに軽い重ねるだけのキスくらいしてあげられただろう。
今、孝之の腹の底でぐつぐつと煮えたぎるような欲望は、一度触れてしまったら止められなくなると頭の中で警報が鳴っていた。
…このまましたら、彼女の全てを奪い尽くしてしまう。
きっと無垢な彼女に、泣いて嫌がられて、怖がらせてしまう。
ーー愛しくてたまらない彼女に幻滅されるのが、怖くてたまらなかった
孝之は、萌恵の後頭部と背中に両腕を回して、強く抱き寄せた。
「…た、かゆきさん…?」
萌恵が待ち望んだものではなかったが、熱い抱擁と様子の違う孝之に驚いて目を開ける萌恵。
右頬に触れている孝之の頬の温かさと、背中に回った力強い腕と目の前の大きな肩に、溺れるように顔を上にあげて天井を見る。
頭が真っ白になって、飛んで行ってしまった『レディの心得』の代わりに、萌恵の中でモヤモヤと燻っていた気持ちが溢れ出る。
キスはまだ貰えない萌恵は、孝之にとって“姪っ子”のような存在なのだろうか。プレゼントに贈ってくれたこの服は萌恵を一人の女性として扱ってくれた証じゃないのか。
萌恵は、今夜のクリスマスディナーに賭けていた。
きっと恋人関係の一歩先へ進めるはず。
…でも、孝之にその気がないなら萌恵はどうすればいい?
ぎゅっと自分の手を握り拳を作って、大きく息を吸った。
心臓が痛いくらい高鳴って、緊張で手のひらにじわっと汗をかくのを感じる。
「私…!一人の男性として、孝之さんが好きです…!」
それは、萌恵が今まで生きてきた18年間で、一番勇気を振り絞った、孝之への真っ直ぐな愛の告白だった。
耳元で孝之が息を飲む声が聞こえる。
ドキドキと高鳴る心臓の音と浅くなる呼吸に萌恵は、息を整える。
「うん…。ありがとう、嬉しいよ」
絞り出すような孝之の声に、萌恵は心がヒュッと冷えていくのを感じた。
今まで萌恵が口にすることを、全て誠実に、確実に、優しく叶えてくれた孝之。
ゆっくり離れていく体と、孝之の何かに耐えるような表情。
…それは、初めての拒絶のように萌恵は感じてしまった。
***
あのあとノックの音が響き、デザートが運ばれてきて、萌恵はまた必死で習った食事マナーを意識して口は運ぶ。
繊細なデコレーションのクリスマス特性デザートなのに、味なんて何も分からなかった。
感情を出すな、隠せ、笑え。
これだけ考えて、いつの間にか自宅のマンションの扉の前に立っていた萌恵。
呆然と立ち尽くしていたが、そっと鍵を開ける。
まだ23時を回っていない時間だが、両親は気を使って先に寝ていたようで、家の中はシーンと静まり返っている。
萌恵は自室にたどり着くと、何とか服だけハンガーにかけてヘアアクセサリーをもぎ取る。
気合を入れて身につけた可愛い勝負下着が視界に入ると、ついにブワッと涙が溢れてきて、そのまま布団に潜り込んだ。
親に気付かれたくない一心で、枕に顔を押し付けて漏れ出る嗚咽を押し殺す。
化粧もボロボロで酷い姿だろう。こんな所を孝之に絶対に見られたくなかった。
でも、100%の気持ちをぶつけた萌恵にとって、もう泣くことしか道が残されていなかった。
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どっちも悪くないんですよね…いや悪いかも。
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