4 「…一目でいいから会いたかったんだ」
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もしかしたら、孝之にとって自分は“姪っ子”のような存在なのかもしれない。
萌恵は自分と4歳しか変わらない姪の存在に、衝撃を受けていた。
思い出し笑いをした孝之の声色が、萌恵の子どもっぽい言動で笑みを噴き出す笑い方とそっくりで、ガンッと雷が撃たれたようなショックを感じていた。
せっかく通話していたのに、声も出ないほどの無力感に苛まれ、到底話が続けられる気がしなくて、慌てて通話を切ってしまった。
あんなにときめいていた孝之の“おやすみ”が急に萌恵は、子どもを寝かしつけるような挨拶なのではないだろうかとすら感じてしまう。
…自分は孝之にとって、恋愛感情ではなく親戚の子を可愛がるような対象でしかないのかもしれない。
何とかモヤモヤする心を落ち着けて、マイナス思考を無理やりポジティブに替えようと努力する萌恵。
必死で年上の孝之に追いつこうと背伸びしていた萌恵が掲げていたモットーは“大人の女性”だったが、この日から“色っぽいお姉さん”にすり替わったのだった。
しかし、いくら今すぐ何か行動したくても萌恵の目の前には、専門学校の一般入試が差し迫っている。
孝之から貰った香水を吹きかけて、頭を切り替えて机に向かう日々を過ごした。
***
11月に入ると孝之の仕事は繁忙ピークに達していて、ろくに連絡すら取れなくなっていた。
そして、下旬。
あっという間に萌恵の一般入試の日が来た。
早くから起きてバタバタと準備していた萌恵は、なぜか落ち着いていた。専門学校の行き方をもう一度確認し、少し早めに出ようかなと持ち物をもう一度確認する。
「お母さん、いってきます」
「もう行くの?忘れ物ない?」
「うん、大丈夫」
「頑張ってきてね!行ってらっしゃい」
玄関で母親から激励を受け、エントランスに向かう。
握ったスマホがブブッと通知を告げる。
(孝之)ー おはよう。まだ家にいるかな?
今マンションの駐車場にいるんだけど ー
萌恵はアプリを開いてすぐに走り出す。
来客用の駐車場に孝之のベントレーが置いてあるのを確認して、駆け寄るとちょうど孝之が車から降りたところだった。
「孝之さん!?」
「あぁ、丁度間に合ったかな」
「…もしかして、今日徹夜ですか?」
「うん。急に来てごめん。
…一目でいいから会いたかったんだ」
昨夜、受験頑張って、と夜中にチャットが来てからそのままだったので、今日もまだ家に帰れないくらい忙しいんだと心配していた萌恵。
仮眠は取ったよ、と心配そうな萌恵の手を握る孝之。
「近くまで送っていくよ。今日は頑張ってね」
「…来てくれて、嬉しいです。頑張ります」
「きっと萌恵なら受かるよ」
孝之は、恐ろしく可愛い顔で笑っている萌恵をみて、睡眠不足の頭でうっかり抱き締めないように、彼女の両手を握る手にギュッと力をいれた。
家に帰る時間すらない孝之が、自分のために合間をぬって逢いに来てくれた。
それだけでこの場で跳び跳ねたくなるくらい萌恵は嬉しかった。
胸の中の衝動を抑え込むように、孝之の胸にとんっと軽く頭をもたれさせ、体を寄せる萌恵。
「ありがとう、孝之さん…!」
「…うん」
繋がれた手が緩んだのをいいことに、孝之のスーツの背広を控えめに指で掴む。
孝之はまいったなぁと苦笑を浮かべながら、大きな手で萌恵の頭をそっと触れて、優しく自分の胸に押し付けた。
***
12月に入ってすっかり寒くなり、学校から帰る時間には日が落ち始めていた頃。
萌恵はネイリスト専門学校からの合格通知書を受け取った。
「受かった〜!」
「よかったわねぇ、萌恵ちゃん。…手続きとか漏れなくしないと!」
「おめでとう萌恵。週末に美味しいものでも食べに行こうか!」
「ありがとー!お父さん、私お寿司食べたい!」
すっかりお祝いムードで、はしゃぐ白川家。
ちょっといいお店予約しようと父、幸一が検索するのを横目に、萌恵は早速孝之に報告する。
(萌恵)ー 孝之さん!合格しました♪ ー
やっと受験も終わったことだし、萌恵は週1で通っていた料理マナー教室のコマ数を増やそうかと思っていた。
夏頃から少しずつやっていたレッスンは、やっと慣れてきたけど身につけるまでは難しく、食事マナーなんて数こなすのが一番だと先生も言っていた。
「ねぇ、お母さん。マナー講座の先生ってどうして急に変わったの?」
「…前の先生の方が良かった?この前の先生も良かったと思ったけど」
「ううん、今の先生の方がかなりしっかり教えてくれてるから、身につくかなとは思った。
…ちょっと指導が怖いくらい」
ならいいじゃない?とさりげなく専門学校からの入学金やらなんやらの書類を見ているフリをする母、香奈恵。
実は萌恵には伝えていなかったが、孝之の母、貴子と定期的に連絡を取っている香奈恵。
一応、食事マナー講座を萌恵が興味があるため受講する旨を知らせていた。
すると貴子から通っている教室を聞かれ、適任が知り合いに居ると、先週からより良い指導者に習えるように根回ししてくれていた。
数回見学した香奈恵は、娘にエールを送りつつも、自分も習おうかななんて思っていた。
***
次の日。
萌恵が学校から帰ってくると、母がリビングから大慌てで出迎える。
「も、萌恵ちゃん!」
「ただいま、…どうしたの?」
「また孝之さんから荷物が届いてるんだけど…!」
「えぇ!」
おめでとうチャットは来てたが、何も聞いてなかった萌恵は再びギョッとしてリビングへ向かう。
ダイニングテーブルには大きく豪華なフラワーアレンジメントが置かれ、リビングには大きな箱が2つも3つも置いてある。
…箱には街の看板で見かけるような、有名な高級ブランドのロゴがいくつも書かれていた。
「…えっ。ちょっと待って…!」
「はー。できる男ってやる事が違うのねぇ」
「お母さん、一緒に開けて…!」
一周まわって感心する母に、まだ気持ちが追いついていない萌恵はこわごわと箱を開けていく。
速達で届いたみたいよ、なんてはしゃぐ母に小さく頷くと、中は衣服や靴、バッグなどだった。
シンプルなブランドの厚手のワンピースに、ふわふわなファー付きの恐ろしく手触りのいい暖かそうなコート。
ヒールは控えめだが、シックな色の大人っぽいパンプス。
ブランドのハンドバッグとヘアアクセサリーまで、一式揃っていた。
「すごい…可愛い。…サイズ合うかな?」
「見た感じ、萌恵ちゃんピッタリじゃない?」
「あ、メッセージカードも入ってる」
香奈恵はざっと計算し、低く見積もっても30万は軽く超えているなと思いながら、まだ気づいていない萌恵に黙っていることにしていた。
ドキドキと鼓動する心臓の音を聞きながら、メッセージを開ける萌恵。
ー 萌恵へ 受験合格おめでとう
お祝いも兼ねてクリスマスディナーの
誘いをしてもいいかな?
贈った服を着て来てくれたら嬉しい。
孝之 ー
萌恵はたまらず、ぎゅっとカード胸に抱く。
…食事マナー講座、受けていて本当によかった。
まだ実践は全然できていないけれど、何も分からない時よりは数段にマシになっているはず。
お礼のチャットをしようとスマホを取り出す萌恵の様子を見て、そっと見守る香奈恵はワンピースを差し出す。
「ね、萌恵ちゃん。一回着てみましょ?きっと似合うわよ」
「うん、きつかったら痩せなきゃ!」
「大丈夫よー!部活終わってから、あんまり食べてないじゃない」
ルンルンとはしゃぐ母に癒されながら、萌恵は自覚のないまま大人への階段に足をかけていた。
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すれ違いの初冬です。
本日21時にもう一度投稿する予定です!
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