1 「私、女として見られてない…?」
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8月は夏期講習だのお盆休みだのと、あっという間に過ぎ去った。
萌恵は孝之からもらったブレスレットを自室の机の一番よく見える所に飾り、埃が被らないようにケースに入れては蓋を開けて眺めていた。
あの夢のような夏の思い出の一日が、萌恵の心に強く刻み込まれていて、ブレスレットと拾ってきた貝殻を見るだけで一瞬であの日に戻れるような、鮮やかで色濃く記憶に残っていた。
9月に入ると、学校は受験モード一色。
国立や難関私立大学を目指す子、私立の指定校推薦の子、AO入試でちらほら進路がほぼ決まる子もいた。
萌恵の狙う専門学校は一般入試が11月末で、12月の上旬には合否が発表される予定だ。
…あと2ヶ月。萌恵は多分学力的には申し分ないとは思いつつ、孝之との思い出に浸ってうかうかしていては落ちかねないと度々気合を入れ直していた。
孝之とはマメに連絡は取ってはいたが、繁忙期で忙しいのか、昼休みの返事は時間がバラバラで萌恵の補講の時間に返事が来ていたり。
夜のおやすみチャットの返事が次の日のおはようと一緒に来ることもざらだった。
やっぱり社会人って忙しいんだな、と萌恵は次第になるべく通話やチャットを送るのを控えるようにしていた。
…孝之の負担になることはしたくなかった。
月末になると、萌恵の周りでチラホラと18歳の誕生日を迎える子が増えていた。
「A.I.Sの登録かぁ、でもタイミングが悪いよね」
「わかるー。もし90%の人とかでたら、受験勉強どころじゃないよね」
「いや、数人見つかっただけでも連絡取りたくなるよ!」
年頃の女の子のノリでポンポンと軽く会話が飛び交うのに、萌恵はA.I.Sの話題に少し身構える。
「ほら、春頃にネットニュースになってたの見た?
『相性率100%!20歳差』ってやつ!同い年じゃん?うちら」
「見た見た!あれはさすがにドン引く。どうしたんだろねー、その子」
「わ、私トイレ行ってくるね!」
自分の話題がついに友達の口から出て、表情に感情が出やすいことを自覚している萌恵は慌てて、その場から離れる。
いってらー、と手を振られて教室を出る。
「あーみた!でもあの拡散系のアカウントの人、インサイダーで逮捕されてなかった?」
「…インサイダーってなに?」
ちょっと勉強より常識勉強しなよー!とはしゃぐ友達の声が聞こえる。あの時はネットニュース見ないように言われてたから知らなかった、と思いながらトイレの個室に入ってほっと一息をつく。
これからA.I.Sの話題も増えるだろうし、適当に何人かと連絡取ってるよと誤魔化していたが、親と決めた嘘のネタを突っ込まれないように、スマホの中のメモを見る萌恵。
そこへ他のクラスのちょっと弾けた子達が女子トイレに入ってきたようだった。
大声で話す声が個室まで丸聞こえだった。
「えー!じゃあアンタ、初めて会ったその日にキスしたの!?A.I.Sの高確率の人と!?」
「うん。大学生だったし、なんか慣れてる感じだった」
「わー!大人〜!…どうだったの?」
萌恵は、盗み聞きしてしまった恋愛トークにピシリと体を固まらせる。
今、初めて会った日にキスしたって言った…?
大学生なんて、萌恵と孝之からしたら誤差のような年の差で、自分より進んでいる男女関係に驚いていた。
萌恵と孝之はお互いに結婚を意識しあっている関係のはず。萌恵が子どもすぎて考えられないから、孝之を待たせている状態だ。
デートもお出かけも、毎日チャットだって通話も何度もしているのに、キスの一つもしていないことに萌恵は今初めて気がついて愕然としていた。
「…もしかして、私、女として見られてない…?」
萌恵はガァンと自分で見つけた一つの仮定に、ショックを受けて青ざめていた。
***
孝之は六本木のオフィスの社長室で、いつもと代わり映えのない仕事を捌いていた。
この時期になると大体どこもかしこも決算だなんだと動き出す。外資系も新しい動きがあって、昼夜関係なく対応に追われていた。
ある程度部下に仕事を振ってはいたが、自分が動いた方が早く済む場合が多く、スピーディーさを求められる株価の動きを指揮を執るのは孝之の仕事だった。
毎年恒例。なんてことはない、ただの仕事なのに。
「…社長。最近例の子とチャットあまりやってないんじゃないです?もう飽きられました?」
「佐伯。なんだ、もう昼食か。…空いてない、下げろ」
「ダメです。食事だけは摂っていただきます」
食堂のランチを運んできた秘書の佐伯をジロリと睨みつけ、孝之は苛立ちながら食事が用意された机に移動する。
こう言い出したら諦めない奴なので、さっさと食べるかと手をつける。
…萌恵が一緒ならいくらでも楽しめる食事も、なんだか今は味気がなかった。
「先程の質問には、答えて頂けないんでしょうか」
「面白がってるだけだろう。…彼女は今受験を控えてるんだ」
「…あー、なるほど」
孝之は佐伯の指摘が、痛いほど胸に刺さっていた。
萌恵が自分を気遣って、チャットの返事や通話が目に見えて減っているのに気づいていた。
プライベートスマホで萌恵とのチャットアプリを開けば、いつだって萌恵は孝之の体調を気遣うメッセージと勉強頑張ります、と自分を奮い立たせるような言葉が並んでいた。
…正直、寝る間を惜しんでも萌恵と繋がっていたかった。毎日でも声が聞きたいと思うようになっていた。
名前を呼ぶだけでくすぐったそうに笑ってくれるんだろう。
でも声を聞いたら会いに行きたくなってしまうかもしれない。
大人である孝之が深夜に家族と住むマンションに押しかける訳には行かない。
孝之は募る想いを理由に、萌恵が喜びそうな物がないか探していた。
***
「ただいま…」
「おかえり、萌恵ちゃん。
孝之さんから荷物届いてるわよ?何か言ってた?」
「え!き、聞いてない!」
萌恵がしょんぼりしながら帰宅すると、小さな白いダンボールが届いていた。母親から受け取ってドキドキとそっと開封する。
「わぁ、甘くていい香り…」
プレゼント包装された袋の中に入っていたのは香水だった。
母、香奈恵はキッチンからそっと萌恵の様子を伺う。
勉強上手くいってないのかしら、とテンション低く帰ってきた娘を心配する。
Diorのブルーミングブーケという香水が入っていた。
漏れ出る甘い匂いに、萌恵はぎゅっと香水の瓶を握る。
一緒に入っていたカードには
『萌恵へ
いい香りで癒されながら、勉強頑張ってね。 孝之』
と短く応援のメッセージが添えられていた。
少し前に部屋でアロマをつけて勉強していると、話したのを覚えていてくれたようだ。
孝之が選んでくれた香水は、甘いけれどどこから洗練された大人の女性も思い出せるような香りだった。
真摯に萌恵向き合ってくれている孝之と、自分自身が今抱える問題がぐるぐると混ざって、複雑な思いを抱えていた。
萌恵はそっとチャットアプリを開く。
(萌恵)ー こんにちは!今家に帰って来ました。
香水受け取りました。とてもいい匂いで沢山付けます。
ありがとうございます!
孝之さんもお仕事頑張ってください♪ ー
そして、真由に電話をかけた。
『あ、萌恵ー?どうしたの?』
「お願い!真由!今度お買い物付き合って!!」
『い、いいけど。ほんとにどうしたの?』
お読みいただきありがとうございます。
二人とも会いたい気持ちに蓋を締めてます。
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