5 「…このまま時間が止まればいいのに」
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萌恵は、視覚的にも聴覚的にも、孝之が左手の甲を親指で擦る感覚にも、何もかもにパニックになっていた。
いつぞやに見た甘い孝之の破顔に、ボンッと顔を真っ赤に染めて、何か言わなくてはと思うがハクハクと口を開いたり、閉じたりする。
孝之はそんな様子におっと、と手を離す。萌恵が右手を頬に当てて、じっと左手首を見つめる姿を満足そうに笑みを漏らす。
「気に入ってくれたかな?」
「えっと…、ありがとう、ございます!」
「萌恵は手首が細いから、華奢なデザインが似合うかと思ったんだ」
「や、やっぱり、名前!たまにで、お願いします…!」
無理…!と照れまくっている萌恵に孝之は苦笑したあと、ニヤリと笑って見せる。
「自分からおねだりしておいて、それは無いんじゃない?」
「わ、急にいじわるですよ…!」
「ふふ、すぐに慣れるよ」
好きな人の新たな一面を見てときめく萌恵だが、破壊力が凄すぎて今はただ、たじろいでしまう。
確かにもっと気軽に名前を読んで欲しいと思ったのは本心だったが、こんなにスマートに切り替えられる大人な孝之にドキドキと高鳴る胸をさする。
手を動かすと光の反射でキラキラと輝くブレスレットに、つい見入ってしまう萌恵。
「なんだか、…とっても高そう」
「有名なブランド品ではないよ。
出資してる工房にいい職人がいたから作らせたんだ」
「…それって」
アクセサリーを作らせるって…?と思案しだした萌恵の手を取ってソファから立たせる孝之。
「アイスでも食べながら、映画の続きを観ようか」
「…孝之さん、プレゼント、ありがとうございます。
大事にしますね」
「…うん」
左手ごとブレスレットを右手でぎゅっと握りしめた萌恵が嬉しそうに笑うのをみて、贈った側の満たされる気持ちを孝之は感じていた。
***
真っ赤な夕日が降りていく海岸の波打ち際を手を繋いで歩く二人。繋いだ萌恵の左腕には、太陽が反射してキラキラと光るブレスレットがあった。
遠くでサーフィンを楽しむ人々が水面に浮いているのが見える。
「夕陽が沈む時ってこんなに綺麗なんですね、あんまり気にしたことなかった」
「さっきまで真上にあって暑かったのに不思議だね」
「…孝之さんは夏休み、満喫できましたか?」
「こんなに遊んでゆっくりした休みは久しぶりだったよ」
孝之は六本木のオフィスで仕事をする姿を思い出す。去年の今頃何をしていたかすら思い出せなかった。
「社長さんって、どんな仕事するんですか?」
「んー。ふんぞり返って、偉そうに部下に仕事しろ!って言う仕事をしてるよ」
「あはは!孝之さん怖そう」
冗談を言われて笑っている萌恵だが、あながち嘘でもなく、上に立つものは立場を見せ付けるように振る舞って、会社の指揮を取らなければいけないことも多かった。
いつもどこかピリピリイライラしていた浅見孝之は、今は穏やかな気持ちで萌恵に寄り添っていた。
「あ!孝之さん、貝殻!拾って帰りたいです」
「待って、萌恵。スカートが濡れちゃうよ」
「…ありがとうございます」
代わりに拾ってくれたいくつかの貝殻をぎゅっと握って、萌恵は胸が締め付けられる思いだった。
…このまま時間が止まればいいのに。
***
ヴィラに戻ってきた頃にはすっかり日が落ち、庭のプールがライトアップされロマンチックな印象になっていた。
夕飯は余った海鮮と追加で頼んだ中華麺で孝之が焼きそばを振舞ってくれた。これがとても美味しくて萌恵はしきりに賞賛を贈った。
二人で一緒に食器を洗って片付けをしながら、次は何をしようかと萌恵はトランプやボードゲームを提案する。孝之は2階のメインの寝室に行こうと提案した。
「え、私が着替えに使った部屋にもベッドが2台もありましたよ?」
「うん、ここ4台ベッドがあるんだ。景色がとっても良いんだよ」
デザートのケーキとフルーツ。
飲み物に萌恵はハーブティーと孝之はブラックコーヒーをいれて、2階の階段を登る。
階段は熱帯夜でムワッとする暑さだったが、寝室はエアコンが効いて涼しかった。
ドアを開けてすぐ目に入ってきたのは、はめ殺しの窓に先程歩いた海岸が見え、奥には夜景も眺望できた。
オーシャンビューの特等室だった。
「わーすごい!夜景まで見えますね!」
「そろそろ、始まる時間だと思うんだ」
シングルベッドが2台壁について置いてあり、萌恵はそっと窓際に駆け寄る。孝之がお盆をサイドテーブルにおいて、電気を消す。
部屋が暗くなると、庭のプールのライトアップの光が差し込み、ロマンチックに磨きがかかる。
背後から近寄ってくる孝之に、ドキドキと緊張する萌恵の視界の奥に、ドンッと1つの花火が打ち上がった。
「…えっ!打ち上げ花火?」
「思ったより遠かったね」
「すごい!今日花火大会だったんですね
綺麗…!あ、今ハートがでましたよ!」
ウキウキと窓ガラスに張り付いてはしゃぐ萌恵を見やすい方のベッドに促す孝之。二人でデザートのケーキを食べながら鑑賞していると、ふと萌恵が孝之を呼ぶ。
「孝之さんも一緒にこっちでみましょ?」
「いや、でも…」
「…あ!ほら今のダイヤモンドの形!」
無邪気に男をベッドに誘う萌恵が、ちらっと左手首に視線をやったのをみて孝之は表情を緩める。
ギシリと音を立ててベッドに腰かけると、静かになった萌恵が意識しているのを感じ取る孝之。
「萌恵、花火が終わったら帰ろうか」
「…はい。孝之さん。とっても楽しかったです」
遠くで打ち上がる花火を一緒に見ながら、二人はどちらともなく手に触れ合い、指を絡めて握りあった。
二人の距離がぐっと近くなった、そんな一日になった。
***
23時半を回る頃、萌恵はそっと玄関のドアを開けた。
定期的に親に写真や状況を送っていて、起きているだろうなと思ったが、リビングの電気が付いていて両親はテレビを観ていた。
「ただいまー!…お母さん!」
「おかえり!萌恵ちゃん。あらちょっと焼けたかしら」
「萌恵、おかえり。遅かったな」
赤くなった萌恵の顔を見て、のんびりする母、香奈恵と対象的に心配そうな父、幸一。
焼けたのではなく赤面していた萌恵が、母親に左手首のブレスレットを見せる。
「も、貰っちゃった…!」
「えー!大人っぽいブレスレット!よかったわね」
「お返しとかどうすればいいの!?」
「男の人からのプレゼントなんだから、沢山付けてあげればいいじゃない?」
萌恵の左腕を持って、なんの気もなくプレートの裏をめくる母。そこには『K18 0.20 T to M』と刻印が彫ってあった。
「…孝之さん、出資してる工房で作ってもらったって言ってたの」
「それって…オーダーメイドってやつじゃない?」
「わぁ!やっぱお高いやつなんだ!」
「お家の中だけでつけましょ、ね!」
もう部屋に飾っておいておく!と萌恵が嘆くが、一向に外そうとせずじっと手首のブレスレットを見つめている。
妻が現状にウキウキしたり、娘がいつも通りなことに気づいて、一先ずホッと胸を撫で下ろす幸一だった。
お読みいただきありがとうございます。
多分、…海外の工房の職人に頼んで作らせてるはず。
本日21時にも投稿します!
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