7 「自分の歩みで大人になっていけばいいんだよ」
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ホテルに隣接する庭園は、初夏の緑が濃く色づいており、クラシカルなレストランの建物から一歩出ると、そこはまるで自然に溢れた別世界だった。
「わぁ、すごい。霧が出ているんですか?
雲の中にいるみたい…」
「本当だ。あそこまで行ってみようか」
「はい!」
奥に三重塔が木々に囲まれながら姿が見え、真ん中の大きな池に雲海が生まれ、幻想的な雰囲気に萌恵はワクワクした。
足取りは軽くコツコツと軽快な音を立てながら、庭園を歩いてく。池のほとりや近くのせせらぎに近づくと紫や白の花菖蒲が咲き乱れている。
足元から白い霧が立ち込めると、空気は少し涼しく爽やかで、快晴の強い日差しを木々の木陰と共に和らげていた。
「天気も良くて、すごく綺麗ですね」
「1日数回雲海を再現しているようだね。タイミングが良かったかな」
「わ、あの花菖蒲のグラデーションきれい!」
サッとスマホを出して撮影している萌恵を孝之はそっと見守る。
すぐ後ろの豪華な和風建築や池の飛び石が雰囲気よく、どこを切り取っても様になっていた。
しばらく歩き回って写真を撮って、色々小話をしていると他の数人の年配の客が通りかかる。
まず孝之に視線がいって、興味ありげに萌恵の方へチラッと視線が寄越されると、ドキリと萌恵の心臓が跳ねた。
サッと体を反対に向けて景色を見るフリをする。
何も悪いことはしていない関係なのに、孝之との見た目のアンバランスさから、どうしても周囲の目を気にしてしまっていた。
…今の私たちは他の人から見たら、どんな関係に見えるんだろう。
孝之はそんな萌恵に苦笑しながら、真っ赤な桟橋を指差す。
「萌恵さん、あそこも行ってみようか」
「…はい」
深い緑の中に存在感のある真っ赤な和風の橋は、せせらぎの上にかけられ、木漏れ日が差し込む太陽の光がとても綺麗だった。
萌恵は慣れない靴に、ヒールの高さもあってズキズキと小指が痛むのに気付く。
…はしゃいであちこち動き回ったことを後悔していた。
つい楽しくて、モットーに掲げた“大人びた女性”が程遠い距離にあることを自覚し、余計に足の痛さが増していた。
先程まで目に見えるほど喜んでいたのに、急にとぼとぼ歩く萌恵に首を傾げる孝之。
桟橋を渡り終え、小道に入ったところで萌恵が足を気にしているのに気付く。
「萌恵さん、足疲れたかな?休憩しようか」
フッと優しく口元を緩めて、近くの石のベンチに萌恵を誘導する。
見抜かれてしまったことが恥ずかしくて顔を赤くする萌恵だが、痛みが限界で、促されるまま腰を下ろす。
日陰にあった石のベンチは、表面がヒヤッとして冷たかった。
「孝之さん、…ごめんなさい」
「…どうして謝るのかな」
俯く萌恵にそっと屈んで寄り添う孝之。
「私、少しでも孝之さんに釣り合う女性になりたくて。頑張ってみたんですけど…」
「うん。伝わってるよ。…謝るなら俺の方かな」
「えっ!どうしてですか?」
萌恵が顔をあげると、片膝を地面につけた孝之にそっと膝の上に置いていた萌恵の両手を、大きな手のひらでぎゅっと握られる。
じっと端正な顔に見つめられて、萌恵はじっと見つめ返すことしか出来ない。
「俺が年上なせいで、焦らせてしまってるから。…萌恵さんは自分の歩みで大人になっていけばいいんだよ」
「…焦って、はいるけど…私にも理想像があるんです。それは孝之さんのせいじゃありません!」
スカートも靴も母親に借りて、孝之に気遣われて、成人はしたけど大人になりきれない萌恵はもどかしかった。
せめてあと数年経っていれば、学生ではなく大人の女性として孝之と出会えたのに。
…でもその頃にはもしかしたら孝之は誰かと出会って結婚してしまっていたかもしれない。
そう考えると萌恵がすぐにA.I.Sに登録したのは悪くなったのかもしれない。
グルグルする萌恵に、孝之はそっと萌恵の足を見る。
「…本当に無理だけはしないで。ほら足痛いんだろう?」
「わ、孝之さん…!」
手を離すと、左足を靴ごと踵を持ち上げてストラップを外す孝之。
なんだかとても居た堪れない気持ちになる萌恵が、ワタワタと手を伸ばす。
スルッとパンプスを脱がされると、淡いピンクのラメの可愛らしいフットネイルが施されていて、萌恵らしさにフッと笑みが漏れる孝之。
小指の付け根にできた豆が潰れて皮がめくれていた。
「…痛そうだ」
「あ、私、絆創膏持ってます…!…あ」
財布の中に入れていた絆創膏をサッと取り出した萌恵。
それは可愛らしいうさぎのキャラクターが着いた絆創膏だった。
萌恵の中の理想の大人の女像がガラガラと崩れていく。
ショックで固まる萌恵。
「ふふっ…!あ、いやごめん。つい可愛くて」
「もう!孝之さん、今笑いましたね?!」
萌恵のコロコロ変わる表情としっかりしているのに可愛らしい一面に、ついに吹き出してしまった孝之。
そんな彼に向かって、ぷりぷりと怒って、泣き笑いする萌恵。
普通の肌色の絆創膏をなぜ入れておかなかったのかと、とりあえず貼ってしまおうとパッケージを開いていると、孝之の手が伸びてきて、すっと取られてしまう。
「お詫びに、ほら貼ってあげるよ」
「…お願いします」
孝之のような素敵な男性を地面に跪かせてしまっている罪悪感と、一連の自分の子どもっぽさに萌恵は投げやりに拗ねた顔で手当てを頼む。
笑われたけれど、決して萌恵を馬鹿にしたような雰囲気ではなく、ただ優しくて、温かな孝之の手の体温に萌恵はじんわり胸の奥が暖かくなるのを感じていた。
…やっぱり、この人が好きだなぁ。
ふと人の声が風に乗ってやってきて、顔をあげると先程渡った赤い桟橋の奥で、和装の新郎新婦が和傘を手に写真撮影をしていた。
「わ、孝之さん、お嫁さんですよ」
「ん?あぁ、ここのホテルチャペルもあるから、結婚式の前撮りだろうね」
「綺麗…、素敵…!」
ウットリと新郎新婦を見上げる萌恵をみて、夢見る女の子が可愛らしくて、心ときめかせる孝之。
他人の心の機微なんて今まで気にしたことがなかった孝之だが、目の前の萌恵がコロコロ表情にそのまま表れるからついつられて感情が揺れてしまう。
そんな自分の心が動く意外さも、孝之は不思議と嫌ではなかった。むしろ、楽しくも嬉しくて…。
…庇護欲、だけでは片付けられない感情が孝之の心に燻っていた。
「孝之さん。あの絶対SNSには載せないので、一緒に写真撮ってもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。ここでいいのかな?」
「いいんです!失敗も思い出。次回の糧にします!」
もっとあっちに景色のいいところが、と言いかけた孝之に、何故か気合いの入っている萌恵がインカメラを起動する。
萌恵は新郎新婦の姿をみて、あれが未来の自分たちの姿になるのだろうかと想像していた。
今はもちろん全く想像できないが、何も一度のデートで結婚できる訳ではない。
あの人たちもこうして失敗したり喧嘩したりしながらああして幸せな日を迎えているのかもしれない。
そう思ったら、まだ一回目のデートで挫けてはいられなかった。
…孝之が小さくつぶやく。
「…女の子と自撮り撮影なんて、初めてかもしれないな」
「孝之さん、隣座ってください。あれ、何か言いました?」
「…ううん、なんでもないよ」
萌恵の隣に腰掛けて、そっとスマホのカメラを覗き込む孝之。
初めてのデートはとても素敵な一日で、自分の子どもっぽさが全面に出てしまったけれど、萌恵にとって忘れられない一日になった。
…勿論、孝之にとっても。
***
午後3時を回る頃、自宅マンションに送られた萌恵はエントランスで玄関まで送ると申し出る孝之を押しとどめていた。
「大丈夫です、エレベーターもすぐそこだし。
孝之さん、今日は本当にありがとうございました」
「うん、俺も楽しかったよ」
「また、…チャットしてもいいですか?」
時間が経つにつれて、今日のデートで孝之にもう会えないと言われないか、萌恵はハラハラしていた。
孝之は、初めて会った時の萌恵の台詞を思い出していた。
『私は孝之さんが嫌じゃなければ、チャットからゆっくり仲良くなりたいです!』
あの日から迷わず、ずっと自分を求めてくれる萌恵に、孝之は救われる想いで胸がいっぱいになっていた。
思わず破顔して、萌恵に微笑んで告げる。
「勿論。いつでも待ってるよ」
「…っ!は、はい」
「こちらこそ、今日はありがとう」
孝之の甘い笑顔に、ボンッと顔を真っ赤に染める萌恵。
どこか大人の色気を纏う表情に、経験値ゼロの萌恵には刺激が強すぎた。
そこへ、丁度買い物から帰ってきた萌恵の両親が通りかかる。
「あら、萌恵。孝之さんも。おかえりなさい」
「こんにちは。お父さんも、今日はありがとうございました。」
「…いえ、こちらこそ」
孝之の甘い笑顔が、いつもの素敵な孝之に戻ったのを感じ、あれ?と軽く顔を染めて瞬きする萌恵。
気のせいだったかなとテンパっていると、孝之が踵を返してその場を離れようとする。
「あ、孝之さん、また今度!」
「うん、夏は海に行こうか」
「…はい!」
ぺこりと頭を下げて、車に乗り込んで去っていく孝之を窓ガラス越しに見送る萌恵。
後ろで見守っていた両親は、初デートが上手くいったことを感じ取っていた。
幸一は、夏に海!?とあわあわしていた。
お読みいただきありがとうございます。
夜、おやすみチャットと返事がきてまた悶絶する萌恵でした。
2章完結です。
3章からは孝之が翻弄される側です!
糖度、じれじれアップでお送りする予定です。
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