6 「俺しか見ていないんだから」
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萌恵の手を取って、少し低い車体から体を降りやすいように支えてドアを閉め、予約したレストランへ向かう。
さりげなくそのまま腕を貸しながら、目に入った萌恵の爪に、綺麗にネイルが施されているのに気づく孝之。
「綺麗な爪の色だね。…ネイルサロンに行ったのかな」
萌恵がとても大人びた服装で出迎えたのを見て、孝之は自分に合わせようと努力してくれているのに気づいていた。どうしても連れ添って歩けば、年齢差が気になってしまうだろうと思っていた。
それでもどこか孝之は、心の奥で萌恵のいじらしさに、たまらなく胸が弾んでいた。自分のために着飾ってくれたその健気さが、心に沁みていた。
しかし、ネイルサロンに行くのはお金もかかるだろうと無理をさせたくない孝之は少し心配になっていた。
「え?…あの、自分でやりました。
その、昔から趣味で、ネイルが好きなんです」
ちょっと貧乏臭いですよね、セルフネイルなんて、と苦笑する萌恵に、驚く孝之。
余程好きなんだな、もう一度見ようとすると照れくそうにぎゅっと肘を掴んで、孝之から見えないようにする萌恵。
「いや、正直驚いたよ。プロに頼んだのかと思った。
…萌恵さんは手先が器用なんだね」
「ありがとうございます」
そんな話をしながらホテルのエントランスに入って、レストランへと歩みを進める。入口にメニューの看板が置いてあり、ランチメニューの一覧と大きなハンバーガーの写真が飾ってある。
「わ、ハンバーガーも美味しそう」
「うん。ここのハンバーガー、母が好きなんだ」
「そうなんですか?」
「歳の割に健啖家なんだ」
孝之の母、貴子の話を聞いて驚く萌恵に軽く笑って、見た目は若そうな婦人だが、今年68歳になるのだと孝之が続けると、再び、え!?と驚く萌恵を、店員の案内でスッと窓際の特等席に連れていく。
この席なら窓から庭の緑がとても映えるし、周りの様子も見えないから、周りを気にせずに済むだろう。
高級ホテル内にあるカジュアルレストランのこの店は、洋食コースをランチとして出しているが、いくつかアラカルトも頼めた。
萌恵は、数年前に出席した従兄弟の結婚式以来となる、セッティングされた皿やスプーンが並ぶテーブルに、少しだけ緊張していた。
その時隣に居たのは母だったが、同じくらいの距離には孝之がいる。
「良かったら、さっきのハンバーガーにしようか」
「いえ!…折角なので、ランチがいいです」
「なら季節のランチコースにしようか。旬のものが食べれるから美味しいよ」
ヴィネグレットやらグリエだのと、カタカナのよく分からない料理名が並んでいるが、初デートっぽいコースメニューに萌恵は心が惹かれていた。
確かにハンバーガーも美味しそうだが、大口開けてかぶりつくのは、今日のモットーに反してしまう。
そんな萌恵に、快く頷いた孝之が店員にサッと注文する。
「萌恵さん、緊張しなくていいよ。
俺しか見ていないんだから、マナーも気にしなくていいよ」
「…はい。お気遣いありがとうございます」
孝之が声をかけると、深く息を吐いた萌恵がホッとしたように笑う。
1品目が運ばれてくると、前菜の魚介がふんだんに使われたマリネだった。
萌恵がホタテを口に含むと、とろけるような甘いプリプリの身に、酢橘のソースがサッパリとしていてとても美味しい。
萌恵の背後にパッと華が舞ったように、表情が明るくなり、いそいそとフォークやナイフを使って、口に頬張る姿をじっと見つめる孝之。
その様子に安心して胸を撫で下ろしながら、萌恵にもっと美味しいものを食べさせたい欲求に駆られていた。
よく食べる若者に食事を振る舞いたい上司の気持ちとは、こんなものなのだろうかとメニューを手に取る。
「口にあったみたいで良かった」
「孝之さん、トマトもすっごい甘いです…!」
「ふふ、そうだね。…ここ、オニオングラタンスープも人気なんだそうだよ。ひとつ頼んで分けようか」
「あ!私それすごく好きです!よく家族と行くお店で絶対食べます。…あ、ファミレスなんですけど」
ニコニコと笑っていた萌恵が、少し気まずそうにサッと食事に目を落とす。
そんな萌恵にフッと笑いながら孝之は口を開く。
「俺もそこのお店、たまに行くよ。コーヒーが美味しいよね。
…あと牛丼チェーンもファーストフードもよく食べるよ」
「…そうなんですか?なんか、意外ですね」
てっきりセレブ御用達のお店とか回らないお寿司とか、そういうリッチなものばかり食べていると思っていた萌恵は、驚いた顔で孝之を見る。
…思っていたより庶民的な食生活の人なんだなと親近感すら湧いていた。
孝之は時間を気にしない、ワーカーホリック気味だったため、夜遅くても開いていて、早くて手軽に腹を満たせるファーストフードをそこそこ好んで使っていた。
そもそも余り食に興味がない孝之。
健康のため、なるべく自炊して野菜を摂取するようにはしているが、仕事が忙しければそちらを優先していた。
立場的にそういう高級な店に出かけることはあったが、好んで自ら嗜むことはなく、平気で昼を抜いてしまう孝之に食堂から秘書が勝手に持ってくる程だった。
コース料理で追加メニューを自ら頼む孝之を、秘書の佐伯が見たら驚いただろう。
「仕事で遅くなった時に、すぐに食べられるのは便利でいいからね。
…萌恵さんはメインのお肉は、豚と牛どっちがいいかな?」
「…えーと、孝之さんはどっちが好きですか?」
両方頼んだから選んでいいよと言う孝之に、萌恵は可愛らしくモジモジと孝之の好みを聞く。
本当に食に興味がない孝之は、うーんと考える。
「…これも半ずつにしようか」
「どっちもですか?…ふふ、いいかも」
マナーとかは本当にいいのか、とぱちくりと瞬きする萌恵が笑いをこらえたのを見て、孝之は満足そうに笑った。
***
デザートまでしっかり食べきった萌恵は少し苦しそうにお腹の辺りを押さえる。
サッと会計を孝之に済まされてしまった萌恵はソワソワしていた。
「孝之さん、あのお会計…」
「あぁ、うん。大丈夫だよ、ここの株主優待を持ってるから、萌恵さんが思ってるより高くないよ」
「…えと、じゃあ…ご馳走様です。とても美味しかったです」
きちんと親からお金を渡されていた萌恵だったが、母からきっとお金を渡しても断られるだろう、その時はすぐ引き下がってしっかりお礼を言うようにと言い含められていた。
ぺこりと頭を下げお辞儀をした萌恵に、孝之は気にした素振りもなく、腕を差し出す。
素直にそっと肘あたりに手を添えると、2人はゆっくり歩き出した。
「俺も満腹になったし、腹ごなしに庭園へ行ってみようよ」
「庭園?窓から見えてた所、入れるんですか?」
「雲海がみれるよ。今は花菖蒲も見頃だそうだよ」
「あぁ!SNSでみたことあります!…ここだったんだ」
高級ホテルの演出だったような気がする、とソワソワしながらもワクワクした気分で、再び孝之にエスコートされながら、庭園へ足を踏み入れた。
お読みいただきありがとうございます。
萌恵は食べ盛りなのでたくさん食べられそう。
美味しそうに食べる女の子って可愛いですよね。
次回大人の?庭園お散歩へ。
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