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消えた白亜の至宝 -序-

「あーーーっ! ない! ないぞ! 私の『白亜の至宝』がぁぁぁ!!」


 静寂に包まれていた昼下がりのベルンシュタイン伯爵邸に、当主であるアダルベルト様の悲痛な叫び声が響き渡った。


 私は持っていた羽はたきを止め、やれやれと小さく息を吐く。

 

「……また始まりましたね」

「だねぇ。平和でいいこった」


 私の横で、窓を拭いていた同僚のサーシャが雑巾を放り投げた。


 彼女は元冒険者崩れという異色の経歴を持つ。

 赤毛のショートカットで、掃除の時は無駄に動きが良いが、頭を使うことは苦手らしい。


「騒々しいですね。ティータイムの準備中だというのに」


 ワゴンを静かに押して現れたのは、黒髪をきれいに三つ編みにし、丸眼鏡をかけたレノアだった。

 聡明な彼女の家は今でこそ没落しているものの、かつては王都にいくつもの大店を構える名の知れた商家だったという。


 隙あらばサボろうとするサーシャの手綱を握れる唯一の存在である。


 そして私、ミナ。

 ごく普通の一般市民から、コネと()だけでこの名門伯爵家に滑り込んだ、平々凡々な侍女だ。


「おーい! ミナ、サーシャ、レノア! 至急、書斎に来てくれっ!」


 執事長の声ではなく、旦那様直々のご指名だ。

 私たちは顔を見合わせ、仕方なく主人の待つ書斎へと向かった。


 重厚な樫の扉を開けると、そこには部屋中をひっくり返したような惨状と、頭を抱えるアダルベルト伯爵の姿があった。

 伯爵はロマンスグレーの小太りナイスミドル、甘いものと骨董品に目がなく、少々子供っぽいところがある。


「旦那様、いかがなさいましたか?」

 レノアが澄まし顔で尋ねる。


「いかがも何もないっ! 消えたのだ! 昨日、闇オークション……ゴホン、あー、知人から譲り受けた、伝説の『白亜の至宝』がっ!」


「白亜の至宝……ですか?」

 私が聞き返すと、伯爵は涙目になりながら机の上を指さした。


「そうだ。南方大陸でしか採れない、幻の果実……『スノウ・メロン』だ!」

「……メロン、ですか」


 国宝級の宝石かと思えば、食べ物か……。

 やれやれ、まあ、この旦那様ならあり得る話だが。


「ただのメロンではないぞ⁉ 糖度30度越え、一口食べれば天国の扉が開くとさえ言われる奇跡の果実だ! 今日のティータイムに、妻と一緒に食べようと楽しみにしていたのにぃ……!」


 伯爵は悔しそうにハンカチを食いしばる。

 奥様への愛妻家ぶりは巷でも有名だが、それにしても必死すぎるような……。


「状況を整理しましょう――」

 レノアが丸眼鏡をクイッと押し上げた。


「旦那様、最後にスノウ・メロンを確認されたのはいつですか?」

「き、昨日の夜だ。私が寝る前、この頑丈な金庫に入れて鍵を掛けた。そして今、開けてみたら……箱の中身が空だったのだ!」


 伯爵が指さした先には、魔導錠付きの巨大な金庫。

 扉は開いており、中には空っぽの木箱が鎮座していた。


「密室……ですね」

 私が呟くと、サーシャがボキボキと指を鳴らした。


「へっ、面白いじゃねぇか。犯人はこの屋敷の中にいるってことだろ? 全員締め上げて吐かせるか?」

「サーシャ、あなたは短絡的すぎます」

 レノアがたしなめる。


「金庫に傷はありません。つまり、鍵を使ったか、魔法で転移させたか……。ですが、この部屋には結界が張られています。転移魔法は不可能です」


「じゃあ、鍵を使ったってことか? 鍵はどこ?」

「私の首に掛けてある、これ一本だけだ!」


 伯爵が首から下げた鍵を見せる。

 

「ふぅ……」

 私はこっそりとため息をつく。


 密室、消えたメロン、唯一の鍵。

 ミステリー小説ならワクワクする展開だが、現実はただの面倒事だ。

 犯人が見つからなければ、今日の夕食は全員抜きにされかねない……。


「わかりました。私たちが、この謎を解明してみせましょう」

「おぉ、やってくれるか⁉」


 旦那様が安堵した様子で顔を綻ばせた。


 やるしかない――。

 今日の晩御飯、ミートローフを守るために!

お読みいただきありがとうございました。

この事件は解決まで一気に更新します。

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