硯女のこと 3
食堂で向かい合わせに座ってお昼を食べる。誰かと一緒にご飯、というのも、ずいぶん久し振りな気がする。ぱくぱく美味しそうにアジフライを食べる巌橋さん。なんだか意外すぎて固まってしまう。私とは違う世界で、キラキラ生きていると思っていた人。そう言ったら、巌橋さんはちょっと不機嫌そうな顔をした。こんなふうに感情を見せる人だったんだな。今までの私がどれだけ周りを見ていなかったのか思い知らされる。
話してみると、巌橋さんはすごくいい人だった。同級生だし名前で呼んでって言われて、咲良、と言ったらすごく嬉しそうにしてくれた。友達、とは違うかもしれないけど、東京に来て、群星学園に入学して、初めてちゃんと誰かと話をしている。
それで、私の中の栓が外れた。
気が付けば、私はずーっと自分のことを話し続けていた。お昼の時間が終わって、食堂に他に誰も居なくなっても、ずーっと。いきなりこんなことを聞かされても困るだろうに、咲良は真剣に話を聞いてくれていた。良いとも悪いとも言わずに、話してくれてありがとう、と受け入れてくれた。
そんな咲良にほっと安心したのも束の間、私の墨汁を二十万円で買うとか言い出した。お金はいらないと言っても納得してくれなくて、結局は何か奢ってもらうことになった。なんだかこう、ジェットコースターみたい、っていうのはこういうことを言うんだろうな。
食堂の広い窓からは、よく晴れた空に揺れる桜が見えた。同じ部屋になってまだ一日。大変そうで、楽しそうで。そんな毎日が予想できて、私はどんな気持ちになって良いのか分からず、結局笑ってしまった。
閑話「硯女のこと」これにて終了です。
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