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「え……。マジで?硯女と?」

 それが巌橋咲良が入寮する時の友達の反応だった。


 群星学園。初等部から高等部まで十二年間の一貫教育を提供する、東京のど真ん中に位置する国立学校である。同名の幼稚部も存在するが、組織上は別とされていて卒園後に初等部に進学できる保証はない。

 占い。呪い。祈祷。古来から政には欠かせないそれらを司る、特別な能力を持った人材を育成する使命を帯びた群星学園は、その歴史を辿れば律令の時代まで遡ることができるとされている。暦と占星術を司る陰陽寮を起源とする説と、神祇官から派生したとする説があるがそのあたりはどうでもいい。明治維新後に西洋魔術体系を取り込みつつ「術」全般を総合的に教育し、近代国家建設に資する人材育成を目指して設置された群星学舎が、学校法人としての直接の起源だ。科学の発達によって術の重要性は低下し続けているものの、特殊能力で権力中枢に食い込んできた歴史を反映して群星学園卒業生の影響力は未だに強い。今では術師の素養がある子女の割合は一割にも満たず、どちらかというと上流階級向けのセレブ学校というイメージで語られることが多い。

 そんな群星学園には中等部から利用できる寮がある。収容定員は男子百五十名、女子五十名。元々は地方出身術師の合宿場であったこの寮は、今はその伝統を残しつつ将来のエリート層が人脈を形成する場として機能している。

 その女子寮に、巌橋咲良は高等部進学を機に入寮する運びとなった。

 巌橋家は術師を多く輩出しており、明治維新を機に東京に下り華族として貴族院に籍を置いていた家系である。咲良が術師としての素質を開花させたのは四歳の時。「ほしがくるよ」と夜空を指差すと、必ず流星が横切る。星の巡り、気の巡りを読む能力。同じく術師であった曽祖父は、巌橋の家系に久々に現れた術師の血を殊の外喜んだという。

 咲良には兄と姉がいた。姉の咲夜は歳が離れており、早々に結婚して家を出ていたのであまり交流がない。兄の幸彦とは三歳差で、共に群星学園に通っていた。幸彦は術師としての才能は無いが優秀で、どこか抜けたところのある妹を何かとバカにしていた。

 咲良を「猫娘」と呼び始めたのは幸彦だ。対外的には「猫みたいに可愛らしい妹」という外面を作りつつ、当の本人に対しては「釣り上がった猫目がキツくて呪われそう」と嘲笑う。実際に呪詛を操る能力がある咲良にとって、兄の言葉は重く冷たく響いた。そんな兄が中等部に進学し、寮生活を選んだ時には心底ほっとしたものだ。

 その兄が大学進学を機に実家に戻ってくることになり、兄と極力顔を合わせたくない咲良は入れ替わりに寮生活を希望した。群星学園の寮が元々術師のために設置されたものということもあり、咲良は無事入寮の運びとなる。

 群星学園寮は男子寮は改修されて個室もあるが、女子寮は基本的に二人部屋である。三月の入寮手続の際に相部屋になる生徒の名前を初めて聞き、それを友達に伝えたところ、冒頭の反応が返ってきた、というわけだ。


「硯女?」

「あ、いや。咲良は聞いたことない?その、水守さんの噂」

 そう言われて、咲良は首を傾げた。肩にかかる長さのクセのある猫毛がさらりと揺れる。この雨の日には爆発する言うことを聞かない髪も、兄から「猫娘」と揶揄される所以だ。何も知らなそうな咲良の反応を見て、初等部からの友達の花園小春が声を潜める。

「寮生の中では有名だよ。あの子、ずーっと硯で墨を磨ってるって。術師ではあるらしいけどさ、ちょっとアレだよねって」

「へー」

「へーって」

 咲良が気のない返事を返すと、小春は眉を顰めた。そう言われても、咲良は噂で人を判断するのが好きではない。術師の選択科目で一緒になる同級生の硯女こと水守杏花を思い浮かべてみる。

 水守杏花は、一言で表現するならおとなしい子、だと思う。俯くと長い黒髪が庇のように視線を遮るせいで、周囲に暗い印象を与えがちだ。たしか東北地方の出身で、今となっては希少な術師選抜枠で中等部から群星学園に入学し、ずっと寮生活のはず。幼稚部から群星学園に通う咲良はグループが違ってほとんど接する機会が無くて、ろくに話したこともない。墨……は、選択科目の課題で使ったりするから咲良も硯で墨を磨ることはある。術師について知らない人から見れば陰気な作業だし、それを大袈裟に言われているだけなんじゃないかな、とも思える。

「まあ、一緒になってみなきゃ分からないし。大丈夫じゃない?」

「うーん……。どうかなあ?あの子の部屋、そのせいでずっと相方居なかったんだよ?」

 それですぐに入寮が決まったのか。小春のように、都内在住でも将来の人脈作りや箔付けのために寮生活を希望する生徒は多い。群星学園卒業生は政財界に広く散らばっている。そういった人達に「第何期生で寮生でした」と話を振れば、軽く十分やそこらは思い出話で盛り上がれる。ファーストコンタクトとしては上出来だ。そのため、入寮希望者が途切れることは無い。その状況で部屋に空きがあったというのも、言われてみればおかしいのかもしれない。そういえば、入寮手続の時にも寮母さんに「水守さんと相部屋だけど大丈夫?」と聞かれたような。知り合いかどうかを聞かれたのかと思って元気よく「大丈夫です!」と答えたが、ひょっとしたら小春と同じ意味だったのだろうか。

「咲良なら大丈夫かもだけど。同じ術師だったら何か違うのかもだし」

「術師っても、普通の人と変わらないよ。手品ができるとかと一緒」

「いやー、咲良のは手品どころじゃないでしょ。もう仕事してるじゃん」

「親の手伝いしてるだけだって」

 咲良の術師としての適性は高く、初等部の頃から巌橋家の縁故に符を書いて贈ったりするようになっていた。商売繁盛や病魔退散のような昔からある形式をなぞった護符だが、確かなご利益があると評判だ。高等部に進学する今では両親の管理下でビジネスとして成立している。

「困ったら言ってね。一緒に寮母さんに部屋替え掛け合ってあげる」

「ありがと。ま、やってみるよ」

 散々脅してくる友達に軽い調子で返す咲良。この時はまだ、猫娘は硯女のことを何も知らなかった。

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