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敵討ち

「……は?」

「間に、合った……」

 レイピアが飛んできた方向の先には肩で息をしている凛がいた。

「凛! なんで……」

「応援要請、してんだから、行くに、決まってるでしょ!」

 伊織の胸中は安心感と罪悪感で入り乱れていた。「一人でやっておく」などと豪語しておきながらこの有様であり羞恥が湧き上がってくる。

「おい、ここか!?」

「あなたたち大丈夫!?」

 凛に続いて男女二名の討伐士が現れた。芥少女はレイピアを引き抜き、怒りで体を震わせる。

「ふっ……ざけんなよ……くそ……邪魔しやがって!!」

「やめろ!!」

 芥少女は凛に飛び掛かろうとするが伊織が反応し、放った左袈裟が左肩へ命中する。

「いっ……てぇなぁ!!」

 全力で振り払われた左腕は伊織の体を飛ばし、石塀へ叩きつけられた。

「いおり!!」

「人間じゃない!? 芥!?」

 女性討伐士は銃を構え弾丸を撃ち込むが全て避けられる。

「あー……邪魔が増えてきたし最悪……また今度ね」

 芥少女はそう言い残し、自ら霧散した。




「伊織! 伊織!! 早く救急車呼ばなきゃ……!」

 伊織は頭から血を流し意識を失っている。頭だけではない。肩、腕、足、様々な箇所から出血や裂傷が見られた。凛は震える手で頰に触れる。

「伊織、お願い、待って。いかないで、嫌だ」

 凛は泣きながら祈るように呟いた。


 その後、男性討伐士は救急車が到着するまで応急処置を行い、凛はそれを手伝った。女性討伐士は二人に「彼のことをお願い、私は今回の件を報告しに行く」と伝え、すぐさま暁ノ討伐士連合へ向かって行った。


 伊織は処置のため救急外来へ、凛は状況などの説明のため場所を移り別れた。伊織は命に別状はなかったが意識がすぐに戻らず、医師からは頭を打っていることもあり意識が戻ったとしても後遺症が残る可能性は否めないと告げられた。

 ナースコール、バイタルモニタの音がひっきりなしに鳴り響いている空間。白いベッドの上には胸、腕、指から様々な線や管が付けられている伊織が眠っている。

「おい、伊織どうなってる!?」

 実央は連絡するとすぐに駆けつけてくれた。全力で走ったのか、額から汗が伝っていた。

「……ごめん。私、伊織も……守れなかった……」

「何言ってんだ。伊織はまだ、生きてるだろ」

 スカートの裾を握りながら絞り出すように言う凛。実央は背中をポンと叩く。

 凛はあのときの考えを後悔していた。横槍を入れれば芥は激昂しこちらへ向かってくるはず。その瞬間を狙って迎え討とうと。

 しかし伊織が凛を守るために一撃を放ったことでこの事態を招いてしまった。時間を与えず、自ら追撃に行っていればと自責の念に駆られる。

「実央……お願い、手伝ってほしい」




 黒々とした雲が空を覆い、ぽつりぽつりと雨粒が木の葉や地面を叩きつける中。例に漏れずバブル崩壊と共に廃業となったホテルがひっそりと存在していた。五階建ての廃ホテルはアトリウムになっており、ガラス屋根はところどころ割れ破片が散らばっている。

 その中に、凛はいた。

「おねーちゃん! こんなところでなにしてるの?」

 左奥の厨房からひょこりと三つ編みの女の子が声をかける。凛は表情を変えず視線だけを合わせて返す。

「早くこっち来いよ。やるんだろ」

 今までに聞いたことのないほど声帯が厚みを増した声色だった。

 芥少女は嘆息し、やれやれといった表情でとぼとぼと向かって来る。

「本当はあのお兄ちゃんから先にやりたかったのに……お姉ちゃんがそんなに遊びたそうにしてるから、仕方なく来てあげたんだよ?」

 凛はふふっと口を押さえて笑みをこぼした。

「……なに? なんかおかしい?」

「いや、別に。人の姿になって言葉を話しても、大して頭は変わらないんだなって。勉強になった」

「ムッカつく……! お前を殺した後、お兄ちゃんもそっちに送ってやるから!」

 芥少女は両爪を伸ばし、爪同士をシャンと擦り合わせる。

「あはは。……やってみろよ」

 凛は両腰からレイピアを抜き構えた。

 その様子を左手前にあるフロントの物陰から実央は見ていた。

「凛……!」




 遡ること十二時間前——

「実央……お願い、手伝ってほしい」

「な……なに、考えてるんだよ。まさか討伐するつもりか? 今の凛は休むべきなんだよ、討伐は他の人に任せて——」

「他の人じゃ無理だと思う。……だから、許して」

「…………分かった」

 心労が重なっている凛に、これ以上つらい思いをさせたくはない。しかし、伊織のように自らが討伐に行くとも言えない立場の実央は強く反対する術を持っていなかった。

 それに加え、自分にもできることがあるならば、と加勢したい気持ちが反対を弱めた一因にもなった。

「多分アイツは計画的。周囲に人がいない環境で一人のときを狙って襲ってる。伊織の応援に駆けつけたとき、私の後で討伐士が二人来ただけだったから」

「それって、少ない……のか?」

 討伐士の事情や暗黙のルールを把握していない実央は追究する。

「少ないって言うより、遅い。討伐士が応援要請するってよっぽどだからね。私が着くまで五、六分はかかってたから、一人や二人いてもおかしくないはずなんだけど……」

「なるほど……人の多い場所から距離を取って、ってことか」

「そう。それで、作戦があるの」



 ——少し山道に入ったところに、放置されたホテルがあるでしょ? あそこなら人なんか来ないし、絶対現れるはず

 ——そうか……現れたところで要請したらいいんだな?

 ——ううん。私が戦闘不能になるまで呼ばないで。できるだけ自分の力で戦いたい

 ——凛、まさか死ぬつもりじゃ……

 ——それはどうなるか分からない。……私のスマホも預けておくね。救急要請と応援要請したら、絶対早く来てくれるから。実央、頼んだよ



「死のうとしたら絶対、なにがなんでも止めてやるからな……!」

 凛と芥少女が対峙し戦闘が始まる直前。凛の無事を祈りながら見守る実央の手には凛のスマートフォンが握られていた。

 芥少女は高く跳躍し凛を目掛けて右爪を振るう。右爪が間合いに入ると凛はレイピアを絡ませ、ワンテンポ遅れて振るわれた左爪にも同様に絡ませた。一瞬生まれた動揺の隙にレイピアから両手を離し、足払いを喰らわせる。

 すぐさまレイピアを拾い、床に倒れた芥少女に斬りかかる。横回転で致命傷は避けられてしまったものの、右脇腹から背中にかけて裂傷を合わせた。

 芥少女は立ち上がった直後、左爪で横一文字に振るう。しかしその瞬間に凛はロールし避けながらもう一剣を拾い、右から斬り上げ左頬を裂いた。

「いっ……た……顔斬るとか……ほんとありえない……!」

 押さえている左頬や右脇腹からは煤のようなものが絶え間なく漏れ出ていた。

「動きはワンパターン。腕の力と爪に全振り。足元は疎か。……どう? 私に勝てそう?」

 凛はレイピアについた芥少女の一部を振って落とす。芥少女は余裕のある表情と言葉に苛立ちを隠せない様子であった。

「調子に……乗るな!!」

 芥少女は目一杯に大きく振りかぶり右手を大きく開くが寸前で攻撃を止めた。直後中段蹴りを繰り出され、凛は左腕でガードする。

「今のは痛かったんじゃない? 痛かったよね?」

 問いかけに凛は何も答えず、中央から2階と3階へ繋がっている階段を上がっていく。

「ねえ、逃げんの〜?」

 途中で手すりへ飛び乗った後、バックターンし芥少女に向かってレイピアを投げる。

「うわっ、あっぶな」

 頭部を右回旋し避ける。芥少女の視界から凛が消えた刹那。空中で一回転し遠心力を加えた凛の蹴りが左側頭部へ直撃。

「うぐ……っ!」

 頭を押さえ屈む彼女を横目に凛はゆっくりと階段を下り、レイピアを拾い上げる。

「今の、痛かった?」

「……うっ…………っっざ!!! マジで殺す!」

 階段の上から飛び掛かり空中での一回捻りから右突きを放ち、左爪で右上へ斬り上げる。凛は突きを回避。左爪にレイピアを絡ませ、てこの原理で捻り上げようとするが剣身が折れ曲がり防ぎきれずスカートごと大腿部を裂いた。

「さすがにレイピアじゃ無理か」

 狼狽する様子は微塵もなく、冷静に呟く凛。絶えず振るわれる大爪の攻撃を回避し続けるが、わずかに当たる爪先が少しずつ切創を生み出す。

 凛は後方へ走り出し、芥少女も追いかけた。

「なに!? 逃げんの!?」

 粗雑に寄せ集められたテーブルへ飛び乗り、そのまま一歩、二歩と壁を駆け上がる。壁を蹴ると後方へ宙返りし芥少女の背後へ着地————する寸前、レイピアで背中に一閃を放った。

「んなわけないだろ」

「くそ……くそがっ……!」

芥少女は膝から崩れ地面に伏せた。


「これが……凛の本気……?」

 戦闘に釘付けになっていた実央。以前公園で見た討伐とは明らかにレベルの違う相手。だが冷静さを欠くこともなく渡り合っている凛に、畏敬の念すら抱いていた。




「あは、あは……あはははは!」

 芥少女は笑いながら膝を支えにし立ち上がる。

「そうだよねぇ……これじゃ無理なんだよね……これじゃ……」

 俯きながらぶつぶつと言葉を漏らし、ゆらゆらと揺れる体は最期が近いことを示していた。

「しぶといな、今トドメを——」

「お姉ちゃんにはさぁ! こういうのが! 効くよねぇ!?」

 そばで倒れていた椅子を両手で掴み、思いきり投げた。それは凛ではなく、討伐を終えたと思い姿を現した実央に向かって。

「え……」

 実央は驚きと恐怖で金縛りにあったかのように指先一つ動かせない。椅子の行先は実央の頭部へ一直線となっていた。


 ——しかし、凛がそうはさせなかった。

 直前に彼女の行動を予測し、走り出していた。だが自身よりも椅子が実央に接触する方が明らかに速い。

 凛はギリギリのところで実央と椅子の間に左腕を差し込んで盾にし、防いだ。笠木が実央のこめかみに当たり、出血を起こすがそれ以外の痛みは感じなかった。砕けるような衝撃音とコンクリートの床に椅子がバウンドする音がフロアに響き、砂埃が舞っているのを肌で感じる。

〈あれ……思ってたより痛く……ない?〉

 目を開けると、凛がクッションとなっていたことを即座に理解した。

「お姉ちゃんなら絶対そうするよねぇ!! 一キルはしたかなぁ!?」

 芥少女もまた、凛の行動を予測していた。間髪入れず二人に向かって跳躍し振りかぶる。

 

 そして凛は、芥少女の腹部に思い切り、深く、レイピアを突き刺した。


「死んでねぇよ」

「な……なん、でまだ、動け……」

「本能には抗えないのかな。本当、あんた達ってすぐ、追いかけてくるよね」

 言い終えるや否や、凛は横一文字に芥少女の胴体を斬り裂いた。

 芥少女の体はかろうじて繋がっている状態。戦えるはずもなく、霧散が始まる。

「最悪、最悪、最悪……! まだ……殺してないのに……こんなやつに……!」

 消滅するまで彼女は延々と怨嗟を吐き散らした。



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