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変化

 パートナーを組んでから二週間が経過した頃。二人は今日も討伐に勤しんでいた。

「伊織! そっちお願い!」

「了解!」

 凛が討ち損ねた芥を伊織が追い、薙刀で一突きする。

「ありがと、まさかもう一体いたと思わなかったから助かったよ」

「でも今の、凛なら余裕で斬ってたよね」

 ギクリ。バレている。凛は伊織に少しでも経験を積んでもらおうと考え、討伐の際は少々誘導する形で環境を作っている。

「そ、そんなことナイヨー。それにしても伊織の動き格段に変わってきたね!」

「本当? なら嬉しいなぁ。……じゃ、討伐も終わったことだし、訓練お願いします」

「オーケー、一本も取らせないからね?」


あれから変わったことといえば、討伐時に苗字にさん・くん付けは長いとなり、呼び捨てになったこと。また、伊織から「一人でも討伐できるようになりたいから」と申し出があり、一対一での訓練がルーティンとなっていたことだ。そしてもう一つ。




「結構頑張ったんだけどな〜、昨日も凛から一本取れなかったなぁ」

「あはは、伊織はなにしてくるかバレバレなんだもん。顔見たら分かる。けど、この前よりは上達してたよ」

 悔しがる伊織に指摘しつつも褒める凛。

「伊織ちゃんとやれてんだ。意外だわぁ」

 ついていけないだろうと思っていたハーフアップの少年、氷ヶ屋実央(ひょうがやみお)は感嘆を漏らす。

「私も〜。ちょっと運動苦手そうと思ってた」

 実央に同調する紗良。


 中庭で遭遇したあの日以来、自然と四人で昼食を摂るのがお決まりになっていた。そして凛と伊織が互いに呼び捨てを始めたこともあり、紗良が「仲間外れは寂しいからもう全員呼び捨てにしよう」と提案し、距離が縮まった現在に至る。


「そうだ! 二人の討伐、見学させてよ!」

 紗良が手をぽんと叩き、キラキラした眼差しを向けてくる。

「えー……でも怪我するかもしれないし、危ないよ?」

 凛は止めるよう誘導しようとするが、紗良はふんと笑う。

「そこは自己責任で承知の上! それに優秀な討伐士が二人もいるんだから大丈夫でしょ〜。実央も一緒に行かない??」

「正直、討伐してるところって見たことはないから興味はある。今日は部活に呼ばれてないから時間空いてるし」

「部活に呼ばれてないって何?」

 部活はそもそも自ら赴くものではないかと疑問を持ち、訊ねる凛。その横で紗良も同じようにハテナを浮かべながら実央の方を向く。

「あー、いろんな運動部に練習試合の人数合わせとか練習相手とかで呼ばれること多くてさ。正式には帰宅部なんだけど」

「実央って運動センス良いからね。体育のときは活躍しまくってるんだよ」

 同じクラスでしか知り得ない情報を伊織は補足する。

「なるほどね、討伐士の才能あるんじゃない?」

「その進路があったか……俺も凛に弟子入りしようかな?」

 実央はやや表情は硬いが会話はノリが良く、思わず凛はふふっと笑ってしまった。

「はいはい話が逸れてる! じゃあ今日の放課後に見学二名、お願いします!」

 紗良は手を叩いて軌道修正を促す。遠くから見る分には安全確保はされると判断し、凛と伊織は承諾した。




 放課後、四人は校門前で合流。凛と伊織が先頭となり紗良と実央が付いていく形で巡回エリアへ歩みを進める。

 その最中、伊織が切り出した。

「そういえば、凛と紗良って幼馴染って言ってたけどいつからなの?」

「そうねぇ……あれは三歳の頃のこと……」

 紗良はしみじみとした表情で語り出した。




 ——十三年前。紗良、三歳。凛、三歳。

 お互い幼稚園でクラスメイト、ただそれだけだった。

 凛は言わずもがな天英会の次期当主と知れ渡っていたことで、先生たちはどこか距離を置いた接し方をしており、保護者たちから異様な視線を向けられていた。

 もちろん子どもも大人たちの態度を感じ取り、同じように一線を引いていた。紗良もその中の一人であった。

 付け加えると、凛本人も気難しそうな雰囲気をしていたし、自ら人の輪に入ろうとすることも無かったため、一人でいるのが純粋に好きなんだろうと紗良は思っていた。




 とある休日、紗良は母親と商店街に買い物に来ていた。八百屋にて母親は野菜の大きさや新鮮さを吟味しており、早く帰って遊びたい紗良にとっては退屈で仕方がなかった。

 ふと目をやると隣の店舗の横には住宅街へ続く道となっているのを発見した。

〈ちょっと探検してみよう〉

 紗良は吸い込まれるように向かう。道の辺りに咲いているたんぽぽを摘んだり、綿毛を飛ばしたりして遊んでいたときのことだった。

 視線を感じ後ろを振り向くと物陰から人でも動物でもない、芥がこちらを見ていた。

「あ……えっ……」

 紗良は恐怖で逃げるどころか立ち上がることすらできない。しかし、芥はじりじりと近づいてくる。

「こっちだ!!」

 左側から声がした。

 声の主は木刀を握り正眼の構えをしている小さな女の子、クラスメイトの天羽凛だ。

 彼女が果敢に立ち向かおうとした瞬間、急いで駆けつけた男性討伐士が静止し、代わりに芥を討った。

「えっと……大丈夫……?」

「りんちゃん……ありがとう……!」

 紗良は安堵から泣き出し、凛を困惑させてしまった。もちろんそのあと、母親から勝手に離れたことで大目玉を食らった。



——そして現在。

「……ってことがきっかけで仲良くなったのよ。最初は何考えてるかわかんない、ちょっと怖そうな子と思ってたけど、話したら全然普通の子だったからびっくりした」

「三歳で芥に……!? 精神力がもう大人……」

「違うよ、勢いで行っただけ。もちろん実戦前で練習中の歳だったから、そのあと怒られたよ」

「でも私のこと助けてくれたじゃーん。これからも守ってくれるでしょ?」

「はいはい、紗良お嬢様」

 揶揄うように言う紗良に冗談を交えて受け流す凛。

 凛は自分と関わることで紗良まで同じような視線に晒されるのではと不安を抱いていたが、紗良は「どうでもいい」と一蹴し今の関係に至る。幼いながら孤独を当たり前と受け入れようとしつつも、他者との関わりを望んでいた凛もまた、紗良に救われていたのだ。まだそれを伝える心の準備はできていないが。


「貴重なエピソードの後に悪いんだけど、アレ、芥だよな……?」

 実央の指差す十メートル先には二体の芥が小さな公園の花壇で土を掘り返し、花を千切り、悪事を働いる真っ最中。隅では数組の子どもと保護者が身を寄せ合い、守っていた。

 それを目にすると同時に凛と伊織のスマホが通知音を鳴らす。画面には一般人からの救急要請、場所が記されておりビンゴ。実にナイスタイミングであった。

「二人は絶対ここから動かないで!」

 凛と伊織は重なって言い放つ。凛は左腰からレイピアを、伊織は背負っていた薙刀を袋から抜き、芥を目標に飛び出した。

 凛は助走をつけ、前方宙返りに半回転ひねりを加える。空中にとどまっている最中、凛を捉えている眼球に右手でレイピアを突き刺す。爪先が地に着くと同時に左手に握られていたレイピアで胴体を斬る。

 一方、伊織はもう一体の手前で止まり一回転、遠心力を利用し一閃を放った。


「もう大丈夫ですよー、要請ありがとうございまーす!」

 伊織は遠くにいる保護者たちに一声かけ、凛は軽く会釈をした。



「すごっっ!!」

 こちらも先程と同様、紗良と実央が重なる。

「ちょっと待って!? 今そんなんできんの!? いや分かってたつもりだけどあの頃と全然違うじゃん!」

「二人ともすごいな……映画観てた気分になったわ、マジで」

 両者共に興奮が止まらない様子である。

「いや〜褒められると嬉しいなぁ」

「はいはい、満足したら帰るよー」

 凛はレイピアを回収した後、両手をひらひらさせて三人に帰宅を促した。

「凛!!」

 背後から怒声に近い声で名前を呼ばれる。振り返るとそこには前下がりのミディアムヘアでブラウスとロングスカートを身に纏った初老の女性。母親だった。恐らく、救急要請の場所と自身の巡回エリアが重なっていたことから予想して来たのだろうと凛は推測する。母親が訪れた理由は分からなかったが嫌な予感はしていた。

「え、お母さん、なんで……」

「変な話を耳にしたから確かめに来たのよ」

 母親は凛以外の三人を睥睨し、薙刀を背負っている伊織に訊ねた。

「……あなたが、凛と一緒に討伐してるの?」

「……はい、そうです」

「申し訳ないんだけど、師なら他を当たってくれないかしら。この子はまだやらなきゃいけないことがあるし、大事なことがあるの」

 凛の母はゆったりと丁寧な物言いをしているが、それが威圧感を増している。要するに「天英会の次期当主になるのだから、余計なことに時間を割かせるな」ということである。

「あ、あの、おかあさ——」

「今この子と話してるの。凛は黙ってて」

 凛は仲介しようとするが母親の鋭く冷たい目と共に静止される。

〈凛の母親こえぇーー!!〉

〈いや本当に。〉

 傍観するしかない実央と紗良は怯え、目で会話していた。

 そんな中、伊織は臆することなく口を開く。

「嫌です」

 そのまま伊織は言葉を紡ぐ。

「たしかに、俺が頼み込んで凛さんと組んでもらってます。邪魔をしてるということも、否定はできません。ですが、それはお母さんの意思ですよね」

「……」

「凛さんが嫌ならば、今すぐにこの関係を止めます」

「凛、どうなの」

「わ……私は……」

 二人の視線が凛に突き刺さる。呼吸が浅くなり息苦しさを感じ始めた。


「え、あれ天英会の人じゃない?」

「なになに、修羅場?」

「あの人らやっぱ怖いわー、近寄りたくない」


 公園にいた人たちだけでなく道行く人からも注目の的になっていたときに気づく。

 最近の生活が温かくて忘れていたのだ。私の本来の立場を。このままでは伊織も同じような立場に引き摺り込ませてしまうことを。

 伊織に褒められて良い気になって、勝手に一人で「人助けに」なんて舞い上がって、愚かにもほどがある。

 伊織のことを考えるなら、と思考を巡らせていたとき、伊織が手の甲にポンと当ててきた。反射的に地面から伊織の方へ視線を移す。


「凛がどうしたいかだけを教えてくれたら良いんだよ。他のことは考えなくていいから」

 伊織の表情、言葉、声色、すべてがひだまりだった。まるで包み込まれ、温められ、溶かされ、そのまま消えゆくような。

 また甘えてしまう。紗良の心の次は、伊織の心に。

「私……伊織と組んでいたい」

「……あなたねぇ、現状分かってるの?」

「天英会はちゃんと継ぐから! これからもっと頑張るから!」

 通常であれば十六年も生きると親に対して多かれ少なかれ反抗は経験するだろうが、凛にとっては初めての経験。心臓はずっとバクバクと拍動し、その反動で体まで揺れているような感覚だ。

「お母さん! 本人もこう言ってますし〜!」

「た、たまには討伐スタイル変えるのも大事だと思いますよ!?」

 思わず紗良と実央も助け舟を出す。

「……その言葉、信じるわよ」

 母親は呆れたように背を向け、踵を返した。




 姿が見えなくなり、四人は胸を撫で下ろした。

「みんなごめん、変なことに巻き込んで……」

「ううん、ぜーんぜん」

「俺らは別になにも!」

「凛……俺が言わせたようなものだよね、ごめん」

「違うよ。伊織が言えるようにしてくれたんだよ。あんなこと言うの初めて! ……ありがとね」

 伊織を助けていたんじゃない、ずっと伊織に助けられていたんだと、凛は気づいた。

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