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バナナケーキ

作者: 芹沢ジュネ

もう学校から帰宅して一時間以上がたった。


二回ほど宿題の存在が頭をよぎったが、今日の宿題は大嫌いな数学なので、なかなかやる気が起きない。


リビングのソファーで寝転がりながらテレビを見る。昭和の特集をしている。


別にテレビが見たかったわけじゃない。そしてこの番組が見たかったわけでもない。


ただついていたチャンネルをそのまま見ていた。意味のない時間だ。


リビングに接したキッチンでは、母が夕食の支度をしている。


包丁とまな板がぶつかる音が規則正しく鳴っている。


トントントントン―


「お母さん、なんで昔は白物家電って言ったの?」


ふと浮かんだ疑問を母に投げてみる。


「昔の家電はどれも白かったのよ。」


なんで急にそんな質問をするのよ、と質問で返してくると思ったのに、意外にも普通すぎる答えが返ってきて呆気に取られた。


たぶん母も料理をしながらテレビの音を聞いていたのだろう。


やっぱり昭和特集なんて昭和の人にしか楽しめない。


トントントントン―


「じゃあ、逆になんで今はカラバリが沢山あるのかねぇ?」


包丁の音が止まる。


「インテリアに凝るおうちが増えたからでしょうね。」


次はジュージューと何かを焼く音がしだした。


「ふーん。でも私、冷蔵庫がインテリアとして機能してるおうちなんか見たことないよ。美智ちゃんちも咲良ちゃんちも綺麗でオシャレなおうちだったけど、冷蔵庫はやっぱり冷蔵庫って感じで、ドドンって存在してたよ。インテリアにはなりきれてなかったよ、やっぱ。」


咲良ちゃんちの冷蔵庫は赤で驚いたなあ、なんて思い出していた。


「そうね。実際はそうかもね。でも白よりはマシでしょう?優奈、お醤油取ってちょうだい。」


面倒くさ、と思いながらも、ちゃんとソファーから起き上がって、キッチンの調味料棚から醤油を取る。


母がこちらに差し出す右手に、バトンのごとく醤油ボトルを渡す。


母がその醤油をフライパンに垂らすと、ジュジュジュッと音を立てて醤油の匂いが立ち上る。


無意識に鼻から大きく吸って匂いを嗅ぐ。


「いい匂いでしょう?これ、お母さんの技。」


「なにそれ。」


「ちょっとお醤油を焦がすと美味しくなるのよ。」


「ふーん。そんなのどこで覚えたの?」


「優奈ねぇ。バカにしないでちょうだい。お母さんだって、結婚してから主婦を二十年もやってるのよ。」


「そりゃあすごいね。」


優奈は真面目に聞いたつもりだったが、予想外なおもしろくない返答だったので少しがっかりした。


キッチンを後にして自分の部屋へ行く。


机に無造作に置かれた数学の問題集に目をやる。しかたないと思いながら、今日の宿題の範囲を確認してみる。


簡単な計算ならまだしも、長々とした文章題が五問ほどあった。


「うわぁ。やりたくない。なんでこんなに面白くないことをやらされなきゃいけないの?」


はぁ。大きくため息をついて机にうつ伏せになる。ふと、今日の学校での出来事を思い出した。


お昼休みにいつメンの美智ちゃんと咲良ちゃんと話していた時のことだった。


「今度は優奈ちゃんち行ってみたい。」

「私も。」


ついに来たか。美智ちゃんちも咲良ちゃんちも行ったのだからそう言われる日が来るのはわかっていた。


優奈の家はお世辞にも綺麗ではない。もうかなり築年数のたったボロアパートである。


優奈はこの家が気に入ってない。なるべくなら自分の家に友達を呼びたくないのだ。


キッチンに戻ってこの事を母に相談しようかと迷う。


もちろん、こんな事を言ったら母を困らせると分かっている。


それでも母なら何か気の利いた事を言ってくれるのではないかと淡い期待を持っていた。


目の前の数学の問題が再び目に入る。少し考えてみる。


「やっぱこれ分かんないや。」


優奈は立ち上がって足早にキッチンへと向かった。


「ねえ、お母さん!」


勢いよく言ったので母は少し驚いたようにこっちを見た。


「なあに。もうそろそろできるわよ。」


「うん。あのね…美智ちゃんと咲良ちゃんがね、うちんち来たいって。」


「いいじゃない。お母さんは大歓迎よ。」


「うん。でも…。」


「ん?なに?お母さん張り切って手作りお菓子も作るし、心配しないで!二人は嫌いな物とかあるかしら?」


そうじゃないのに。私の心配を全然分かってない!


しかし意外なまでに母が嬉しそうにしているので、本当のこと言えるわけがなかった。


母はコンロの火を止めて、後ろの食器棚から皿を三枚取り出した。


優奈は決心したように大きく息を吸った。


「バナナケーキがいい。お母さんのバナナケーキが一番好きだもん!きっと二人も気にいると思う。」


「バナナケーキいいわね!決まり!」


母は上機嫌になって、冷蔵庫に貼ってある紙に「バナナケーキ」と書き込んだ。


「明日二人に予定聞いてみるね。」


「あ!二十八日はダメよ。お父さんとの結婚記念日なんだから。」


そう言って、母は料理を皿に盛り付けだした。


なんか心がポカポカした。家の見た目はボロいかもしれないけど、この家の中には温もりがある。


「楽しみ。」


冷蔵庫の「バナナケーキ」の文字を人差し指でなぞりながら、そうつぶやいた。


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