【漫才】関西界隈のキョンシー事情
ボケ担当…台湾人女性のキョンシー。本名は王美竜。日本の大学に留学生としてやってきた。
ツッコミ担当…日本人の女子大生。本名は蒲生希望。キョンシーとはゼミ友。
ボケ「どうも!人間の女子大生とキョンシーのコンビでやらせて頂いてます!」
ツッコミ「私が人間で、この娘がキョンシー。だけど至って人畜無害なキョンシーですから、どうか怖がらないであげて下さいね。」
ボケ「どうも!留学生として台湾から来日致しました。日本と台湾、人間とキョンシー。そんな垣根は飛び越えていきたいと思います。こんな風にね。」
ツッコミ「いやいや、両手突き出して飛び跳ねなくて良いから!」
ボケ「知ってる、蒲生さん?学内のカウンセリング窓口に予約が殺到して、今じゃキャンセル待ちなんだって。」
ツッコミ「俗に『五月病』って言うけど、この四月下旬の時期は多いだろうね。講義に慣れてきたタイミングで緊張の糸が切れちゃって、そのまま一気に塞ぎ込んじゃうとか…」
ボケ「地方から下宿したり海外から留学してきた人達なんか、今の時期は大変みたいね。親元から離れて生活スタイルが変化した事で、色々辛いのは分かるけどさ。」
ツッコミ「そんな他人事みたいに言ってるけど、貴女だって台湾からの留学生じゃない。そういう貴女は大丈夫なの?」
ボケ「ああ、私は概ね大丈夫だよ。私には心を健康に保つ秘訣があるから。」
ツッコミ「生き返った死体の貴女の口から『心の健康』って単語が出るとは思わなかったけど、まあ良いや。それで貴女の言う『心を健康に保つ秘訣』って何なの?」
ボケ「それは勿論、同郷の人と仲良くお喋りする事だね。異郷の地で故郷の言葉や文化に触れるのは、それだけで心が落ち着くって物だよ。」
ツッコミ「予想以上にマトモな答えだった!困ったなぁ、これじゃ突っ込みにくいじゃない。」
ボケ「そもそも県人会とか留学生同士の扶助会とかがあるのも、そうやって『同郷の者同士、異郷の地で仲良く助け合おうよ。』って考えがあるからじゃないかな。」
ツッコミ「確かにその通りだとは思うけど、貴女の場合はなかなか難しいんじゃないの?だって貴女って、台湾人であると同時にキョンシーでもある訳だし。」
ボケ「問題はそこなんだよ、蒲生さん。台湾人留学生同士で集まっても、キョンシーは私だけじゃない。」
ツッコミ「他の括りで集まっても、キョンシーは貴女だけだと思うよ。」
ボケ「だから初対面の人がいると面倒だよ。『王美竜さんってキョンシーなんですか?それはレアですね。』って珍しがられちゃうし。」
ツッコミ「いやいや、珍しいだけじゃ済まないでしょ!」
ボケ「そこでね、キョンシー同士で集まる時間もキチンと取っているんだよ。寄り合いみたいな感じでね。」
ツッコミ「キョンシー同士の寄り合い?何それ、詳しく聞かせてよ?」
ボケ「堺県立大学の近くに住んでいるキョンシーに関しては私だけだけど、関西界隈にまで範囲を広げたら割といるんだよ。」
ツッコミ「へえ…聞かせて貰おうじゃないの、関西界隈のキョンシー事情ってのを。」
ボケ「一人目は神戸の元町にお住まいの御隠居様。物腰柔らかで教養のある優しいお爺ちゃんなんだ。」
ツッコミ「成る程、関西界隈のキョンシーコミュニティにおける長老格の人なんだね。」
ボケ「その認識で合ってるよ、蒲生さん。何しろ長年に渡って神戸にお住まいで、日本文化にも精通していらっしゃるからね。俳句や和歌も御得意だから、歌会を通じて神戸における日中の文化交流にも貢献していらっしゃるんだ。」
ツッコミ「とっても立派な人じゃない!日本に留学して良い人に巡り会えたね。」
ボケ「人というよりはキョンシーだけどね。」
ツッコミ「コラコラ、そんな事は言わないの!大体、貴女もキョンシーじゃない。じゃあさ、元町の御隠居様が詠まれた和歌で貴女のイチオシを教えてくれない?」
ボケ「お安い御用だよ、蒲生さん。えっと、確か…」
ツッコミ「コラコラ、額の御札をカンペ代わりにしないの!」
ボケ「ここに書いていたら失くさないんだよ。じゃあ詠むよ、蒲生さん。『日清の 戦垣間見 幾星霜 桜の色は 今も変わらず』と、こんな感じだね。」
ツッコミ「成る程…歴史の重みと自然の美しさが対比された、深い感慨を覚えずにはいられない和歌だね。」
ボケ「ありがとう、蒲生さん。そう言って貰えたら、きっと御隠居様も喜んでくれるよ。後で御隠居様にはメールで伝えておかなくちゃ。」
ツッコミ「えっ、元町の御隠居様ってメールもやってるの?」
ボケ「やだなぁ、蒲生さんったら。今はシニア世代向けのスマホも各メーカーから発売されている時代だよ。」
ツッコミ「まさか清朝の時代の官服を着た貴女に、現代のスマホ事情を説かれる事になるとはねぇ…にしても同じキョンシーとはいえ女子大生とメル友だなんて、元町の御隠居様って意外と若い趣味をお持ちなのね。」
ボケ「そうでしょ、蒲生さん!御隠居様としても、そう言われるのは嬉しいみたいだよ。とても百年以上昔に亡くなった方だとは思えないよね。」
ツッコミ「えっ、百年以上昔?元町の御隠居様って、そんな昔から活動しているキョンシーなの?」
ボケ「御隠居様としても、若い頃の西太后は好みだったみたいだね。『今だから笑い話として話せるが、世が世なら不敬罪として大事になっていたじゃろう。』と苦笑されていたよ。どう思う?」
ツッコミ「どうもこうもないよ!『私の推しは清朝の西太后です。』なんて言われて、即答出来る訳ないでしょ?」
ボケ「西太后しか勝たん!」
ツッコミ「負けた人がどうなるか怖くなるじゃないの!」
ボケ「それでさ、私も御隠居様から歌会に誘われているんだよね。屍小町って雅号で行こうと思うんだけど、どうかな?」
ツッコミ「小野小町に触発されたのが一目瞭然な雅号だね…そういう話は私じゃなくて御隠居様に聞いた方が良いんじゃない?」
ボケ「じゃあ、それもメールに書いておこうっと…」
ツッコミ「って、止しなさいよ!暖帽の中からスマホを取り出すの。」
ボケ「スマホ以外にモバイルバッテリーも入れてるよ。」
ツッコミ「ハンドバッグじゃないんだから…まあ、元町の御隠居様の事は大体分かったよ。それじゃ、島之内の姐さんはどんな人なの?」
ボケ「島之内の姐さんはね、生きてた頃は拳法とか棒術とかをマスターした武侠だったんだ。腕利きの女侠として、無法者や悪徳役人の横暴から無辜の民衆を守っていたんだよ。」
ツッコミ「まるで『史記』や『水滸伝』の世界観だね。そんな腕利きの女侠が、どうして日本へ?」
ボケ「かつて同じ流派で拳法を学んだ兄弟子が、義和団に入った末にとんでもない大罪を犯してね。そいつが日本に逃げたから、同門のケジメとして追撃したんだ。」
ツッコミ「まるでカンフー映画か少年漫画のバトル物みたいだね。しかし義和団事件とは時代掛かってるなぁ…」
ボケ「無事に兄弟子は倒したんだけど、義和団事件から後の清国は色々とごたついたじゃない。それで帰国の機会を逃したので島之内に住み着いたんだけど、そのまま病死してキョンシーになっちゃったんだ。」
ツッコミ「戦いに明け暮れた末に異国の地で客死か…とっても波乱万丈な人生だったんだね。」
ボケ「まあ、兄弟子を追跡する過程で食べ歩きした大阪の料理が気に入ったのも理由として大きいけどね。」
ツッコミ「何その世俗的な理由!私の感動返してよ!」
ボケ「こないだだって、『お好み焼きで御飯食べるん、そないに変わった事やろか?』ってモダン焼きを食べながら言ってたもん。」
ツッコミ「完全に適応しちゃってるじゃない!コテコテの関西弁まで喋っちゃって…私には大阪のオバチャンしか浮かんでこないよ。」
ボケ「大丈夫だよ、蒲生さん!姐さんはちゃんとしたキョンシーだし、侠の精神もキチンと持っているんだ。」
ツッコミ「私の脳内ではアニマル柄の服を着たオバチャンが自転車に跨って豪快に笑っているんだけど、このイメージを覆せる?」
ボケ「島之内の姐さんは、私が見ても憧れちゃう程の凛々しい美人さんでね。白い細面に鋭い切れ長の目が光っていて、戦う時に邪魔にならないよう髪はキチッと結い上げているんだ。」
ツッコミ「キョンシーだから『白い細面』と言うより『青白い顔』と言った方が合ってそうだけど、普通に美形キャラって感じがするね。」
ボケ「私と同じような官服は着ているけど、拳法や棒術をやりやすいように仕立てられているんだ。それで普段は長煙管で煙草を吹かしているんだよ。」
ツッコミ「良いね、長煙管!如何にも侠客って感じがしてカッコいいよ!」
ボケ「だけど最近は困っていてね。何しろアチコチ禁煙じゃない。『オチオチ煙草も吸われへん、世知辛い話や。』って嘆いてたよ。」
ツッコミ「流石に電子タバコじゃ様にならないもんね。」
ボケ「電子タバコは姐さんも吸わないよ。桃フレーバーのを吸って嫌な目に遭っちゃったから。」
ツッコミ「桃フレーバーで?フルーティで美味しいと評判だけど?」
ボケ「私達キョンシーは、桃の木の剣で攻撃されたら物理ダメージが入っちゃうんだよ。」
ツッコミ「それで桃フレーバーも嫌いなの?まるで『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』だね。」
ボケ「道教のお坊さん以外なら、どうという事はないんだけどね。」
ツッコミ「それ絶対わざと言ってるでしょ?」
ボケ「そんな島之内の姐さんは、地域の子供達やシニア世代を対象にした武術教室や武侠としての経験を活かした防犯活動に取り組んでいるよ。」
ツッコミ「その島之内の姐さんも凄く立派な方じゃない。元町の御隠居様もそうだけど、そういう立派な方と御縁を頂けた貴女は果報者だよ。」
ボケ「果報者かぁ…確かにそうなんだけど、私なりに悩みもあるんだよ。」
ツッコミ「どうして?そんな良い人達とお知り合いなら、何も悩む事はないと思うけど?」
ボケ「だって御隠居様や姐さんと集まると、私は最年少のポジションになっちゃうんだよ。」
ツッコミ「えっ、悩みってそういう事?」
ボケ「孫娘や妹みたいに可愛がって貰っているし御飯も奢って貰っているから、二人には感謝してもしきれないよ。だけど同世代や年下の子がいないってのも、それはそれでね…」
ツッコミ「部活の一年生みたいな感覚で言われてもなぁ。」
ボケ「だから私、気付いちゃった事があるんだ。どうして怪談に出てくる幽霊は、生きている人間を仲間にしたがるのかを。」
ツッコミ「また変な事に気付いたねぇ。よし!じゃあ貴女の意見を聞こうじゃないの。」
ボケ「周りが先輩ばっかりだから、後輩が欲しいんだ!」
ツッコミ「いや、絶対違うって!」
二人「どうも、ありがとう御座いました!」