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3.宣戦布告

 重たい沈黙が流れる。


 サエの引きつった笑顔が、冷や汗を滲ませる。隠し切れていない動揺の裏、このメスガキはどんな思考をこねくり回しているのだろうかと、鏡合わせの歪んだ笑みにて相対する。


 冷たい、あまりにも冷たい空気の中。


 客の喧騒と、店員の足音が、遠く。


 しばしの間、過ぎ去って。


「……何故気付いた?」

「デスクワーカーが屁こく時に酷似した動きをしてた。腹の調子が悪いのかと思ったが、さすがに頻度が高すぎる。下痢してる奴の飲み食いっぷりでもない」

「ははは……、最低で的確な観察力だ。小一時間ほど陰茎イラつかせてる男とは思えない。良いね、そういうところが好きだよ」

「小一時間パンツぐしゃぐしゃにしてるメスとは思えない言葉のキレだな。どんな状況であれレスバに挑めるお前の姿勢、嫌いじゃないぞ」


 ふぅー、とサエから長い息が吐き出される。後に震える両腕をテーブルへ肘立て、組んだ両手に顎を乗せた。どこぞのマダオスタイルにて、両者向き合う。


 大きな丸い目が眇められ、こちらを睨む。臆することなく応じる。もはや隠すこともあるまい、極上の獲物を品定めする捕食者の眼光でもって舐めるように睨め回す。


 サエの細い肩が、僅かに、跳ねた。


「二次元と、三次元は別モノだよ」

「ロリエロは力で押さえつけられて無理矢理が至高……だったか?」

「現実に、理想は持ち込まないよ」

「俺にエロい目で見られるのは気持ち良かったか?」


 反撃が止んだ。弱点を晒していたのは互いに同じ。この勝負は初めからノーガードインファイト。ゆえに勝利の女神は、最も己の醜さを曝け出した者にのみ微笑む。


「カモたん、この前すげえ有望なロリ作家見つけたってはしゃいでたよねえ二次創作専門だったのが突然オリで特濃の性癖描き始めたって。ところであのヒロイン僕に激似じゃないかい」

「お前が勧めてくるロリモノの質は素直に尊敬してるんだよ。散々煽り散らかしておいて事に至ったら成す術なく敗北した挙句に純愛堕ちする流れの神作ばかりでな」

「そういえば君筋金入りの純愛厨だったねえ結果純愛なら過程問わずな性癖拗らせ切ったバケモノだけど。一体僕を見ながらナニの想像膨らませてるんだい」

「凌辱輪姦寝取られ寝取らせ娼婦ヒロインもアリだよなあ過程がどうあれ最後は隣に居ればいい。ズタボロであればあるほど救いが尊いし最終的に濃いのが出る」


 互いに引きつる頬を吊り上げて笑みを交わす。どうしようもねえド底辺の汚物が二匹、心の底からの闘志をぶつけ合う。さあ次なる一手は何かと待ち構えていれば、サエはおもむろに緩い握り拳を己の顔に添えて、


「にゃ、にゃ~あ?」

「おいシンプルに強いの止めろ暴発するだろうが。オラ、そのちっさい口開けろよ。出来立てホカホカのカルボナーラ捻じ込んでやる」

「何でそう的確にイイところ突いてくるかね君は。下っ腹がオギオギするじゃないか。……ところで今僕のスカートの中がどうなってるか気にならないかい」

「それこそお互い様だなあ俺はともかくお前のタッパならテーブルの下に潜り込んでも誰も気づかないだろ。見たけりゃ見せてやるよ……!」


 加速する。文章化するも憚られる放送禁止用語の応酬。もはや何のためにここにいるのか、何のためにこうなったのか、何のために戦うのか、そんなことさえも忘却の果てへ捨て去って重なり続ける売り言葉に買い言葉。こうなれば行きつくところまで行ってやろうじゃねえかと見下げ果てた両者の根性は、


「お客様」


 ハッと、同時に振り向けば。


 店長らしき制服の浮かべる、爽やかな笑顔。


「他のお客様の、ご迷惑になりますので」






        ◇






「人生初の出禁になったかもしれん」

「僕もだよ」

「行きつけだったんだけどな」

「僕もだよ」


 互いに失うモノばかりの戦いだった。


 残念でもないし当然であった。


 股間にモザイクが必要だろう者同士、そこまで準備は良くないので誤魔化しがてらにモールのベンチへ腰かける。サエはお行儀よく揃えた膝に両手を乗せ、俺は組んだ脚に手を合わせ。


「とりあえず、レスバはチャットか通話でやろうな」

「そうだね。でも楽しかったんだよ」

「周りが見えなくなるくらいに白熱したな。結果はコレだが」

「コレがアラサー男女の姿とは世も末だねえ。……それで、さ」


 もじもじと、サエは両手の指を絡める。


 言葉を探すように、頬の裏を膨らませて、


「良かったらで、いいんだけど。……また、遊べないかな」


 いつになく、しおらしく。不安と恐れとをないまぜにした声音に。


 少し迷って、頬を掻いて。


「まあ、今回全部俺の奢りだからな。次は払ってくれよ」


 そう告げれば、一拍置いて、小さな笑い声が返る。


「それ、どこのネタだい?」

「Vの切り抜き」

「つくづく最低だねえ。正直なのは良いことだと思うけど」


 からからと朗らかな笑いに、釣られて頬が緩む。どこまでもいつもと変わり映えの無いやり取りが、こうして生身の初対面でもできることに、心底の安堵と、心地良さを覚える。


 さて、と。呟くサエが立ち上がり、日傘の先端で床を突いて、振り向く。


 浮かべられる微笑みに、何故だろうか。


 根拠不明の期待が胸の内に――、


「とりあえず……、今日のプリキュアは、やめておこうか」

「……そうだな」


 そもそも、そういう理由でのお誘いだった。


 ゲロにも劣るド腐れ汚物が、公開初週土日の劇場へ乗り込むは作品と小さなお友達への冒涜に他ならぬと、共通認識でしかなかった。





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