9.法務官
エミリアはロダンの発言にぽかんと口を開けてしまった。
だが、それで腑に落ちた。
(だから怒ってくれたのね)
ロダンからしても元夫のベルはとんでもない裏切り者だ。
妻であるエミリア経由で参列したのにそれを隠し、多額の祝儀をせしめたのだから。
エミリアに怒りがふつふつと沸き上がってくる。
(こんなこと、許せないっ……!!)
どこまでも舐められ、馬鹿にされている。
エミリアだけじゃない。
せっかく参列してくれたイセルナーレの方々をも踏みにじっていた。
「……まさか、こんなことになるとは」
「そうね……はぁ、怒りでどうにかなりそう」
貝のスープを飲みながら、気を落ち着ける。
「以前の君なら、ここまで率直に怒らなかったかもな」
「きっとそうね。私、変わったと思う」
「今のほうがいい」
ロダンが慰めてくれる。
表情はそこまで変わらないが、声はとても柔らかい。
「昔の君は今だから言えるが、抑圧されていたように思う。今回の件で怒りを覚えるのは正常な反応で、おかしくはない」
「あなたも昔ならそんなこと言わなかったわよ」
「……むっ」
「でも、ありがとう。慰めてくれて」
「全部口に出さなくてもいい。わかっている……君のことなら」
「ふふっ、そうかもね。あなたはいつも頭が良くて、全部お見通しだったし」
胸に溜まっていた離婚話。
それを吐き出せて、ロダンと昔に近づけたと感じた。
あの頃もこんな風に色々な話をしていた。
黄金色の草原で……懐かしい。
感傷に浸るエミリアをロダンの声が通り抜ける。
「で、今の話を聞いてどうだ? 正当な権利を行使する気はあるか」
「もちろん。このままでは終われないわ」
今までは何の手もないと思っていた。
理不尽に離縁を突きつけられても、受け入れるしかないと――。
それに結婚生活がうまく行かないのは、自分の責任もあるのだと感じていた。
もう少し、あの夫に従順なら変わっていたのかもしれない。
自分の心を殺して、這いつくばれば……それは自立からも生きているという観念からも程遠いとしても。
この世界で放り出されるよりかはマシなのかと。
(……けれど、あらゆることが幻想だったのね)
結局、あの結婚生活にそんな余地はなかったのだ。
元夫のベルと義実家のオルドン公爵家はエミリアとフォードを足蹴にした。
そしてイセルナーレの参列者も利用したのだ。
「……絶対に許したくない。でもいいの? あなたを巻き込むわ」
「そんなことは些細なことだ。君と俺の間ではな」
ロダンが食後のコーヒーを嗜む。
この男が言うと、本当に絵画のように思えてしまう。
「学院時代、君に受けた恩を忘れたことはない。君はこんな仕打ちを受けていい人間ではない」
「……ロダン」
彼にそう言われると、心が救われる。
困った時の友人こそ真の友人と言うけれど、まさにロダンがそうだった。
「君の許しがあれば、俺は動ける。法務官としてな」
「でも、ロダンはいつの間にそんな資格を?」
「王都守護騎士団の団長になるには、法務官の資格が必須だ」
はぁ、なるほど……大国の組織は色々と大変だなとエミリアは思った。
ウォリスにはそんな仕組みはないからだ。
でも、イセルナーレの法のおかげでほんのわずかに望みが出た。
「詳しいことはまた話すとして……そうだな、ひとつだけ条件がある」
「んっ、何かしら……?」
何を要求されるのだろう。
色々と動くのに金銭が必要とか?
それはあり得る。前世でいう所の弁護士みたいな仕事をロダンは行うのだ。
手持ちの金で足りるだろうかとエミリアは算段した。
「事が終わるまで、王都に滞在してくれ」
「えっ……そんなこと?」
「俺が動いている間に、君がウォリスに戻ったりしたら計画が狂う。何があってもイセルナーレの王都にいてくれ」
拍子抜けした。
しかし、言われてみれば当然のことだ。
離婚協議の間に、弁護士の許しもなく行動していい訳がない。
特に、これほど入り組んだ案件ならば。
(……身の危険もあるかもしれないしね)
「それはもちろん……絶対に守る。ずっとあなたの側にいればいいのでしょう? 打ち合わせだってすぐできるように」
「……ああ、そうだ。そうしてくれるとありがたい」
一瞬、間があった気がするが。
でもこんな大事件の思案をロダンはしているはず、反応が遅れておかしなことはない。
エミリアは心の怒りをぐっと押し込める。
フォードと一緒にイセルナーレで暮らしながら、ロダンの動きを待つ生活だ。
結果がすぐに出てくれればいいが、あのオルドン公爵家が素直に応じるとも思えない。
かなりの時間がかかるかもしれない。
(でもこれが最善よ。焦っちゃだめ、エミリア……)
もしうまく行けば相応の補償をさせられる。
身ひとつで放り出されたエミリアにとって、それは喉から手が出るほど欲しい。
(……フォードの為にも)
やられっぱなしでは済まさない。
相応の代償は払ってもらう。
夫に愛されなかったエミリアの離婚調停が今、始まろうとしてた。
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